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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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20/90

20 「……近いな」



 変化は、外から来るとは限らない。

 むしろ――内が整った時、外は“引き寄せられる”。


 夜。

 難民村の外縁に張られた境界は、静かに機能していた。


 風は緩やかに流れ、土はわずかに締まり、気配は歪められる。

 侵入を拒むのではない。

 “近づきにくくする”。


 それだけで十分だった。


 だが、その夜。


 境界の外で、明確な“意志”が止まった。


「……止まっているな」


 エルガード・カウフマンが呟く。


 気配は消えていない。

 逃げてもいない。


 ただ――見ている。


「数は」


 背後からレオニア・アルディウスの声。


「三。動きが揃っている。斥候ではない」


 エルディア・ヴァレンティナがすぐに分析する。


「偵察……いや、観察ね。こっちの流れを見てる」


 マリナ・ルクレツィアが静かに扇を閉じる。


「価値を測っているのでしょう。奪うか、繋ぐか」


 その言葉に、空気がわずかに張る。


 奪うか、繋ぐか。


 それはつまり――


 敵か、交渉相手か。


「どうする」


 レオニアが問う。


 手は剣帯に触れている。

 だが、抜いてはいない。


 以前とは違う。


「……出る」


 エルガードは短く言った。


「一人でか」


「一人でいい」


 即答だった。


 エルディアが眉を寄せる。


「危険」


「問題ない」


 それ以上の説明はない。


 だが、止める理由もない。


「……なら、行け」


 レオニアが言う。


「だが、無理はするな」


 それが彼女なりの許可だった。


 エルガードは境界へ歩く。


 線を越える。


 空気が変わる。


 内と外。


 その違いが、肌で分かる。


 数歩進んだ先。


 闇の中に、三つの影が現れた。


 揃っている。


 装備は軽い。動きは無駄がない。


 訓練されている。


「……止められているな」


 中央の男が言った。


 声は低いが、怯えはない。


「殺気もない。だが、近づけない」


 分析している。


 敵ではない。


 だが、味方でもない。


 エルガードは止まる。


 距離は数歩。


 互いに、踏み込めば届く位置。


「何を見ている」


 短く問う。


 男は少しだけ口元を上げた。


「面白いものをな」


 視線が、村の方へ向く。


「回っている。崩れていない。奪われてもいない」


 事実の確認。


「珍しい」


「それだけか」


「いや」


 男は首を振る。


「価値を見ている」


 その言葉に、エルガードの視線がわずかに変わる。


 理解している。


 この男は、“分かる側”だ。


「……で」


 男が一歩だけ近づく。


 だが、境界に触れる前で止まる。


「お前は何者だ」


 問い。


 単純だが、本質的。


 エルガードは答えない。


 代わりに、問う。


「お前は何者だ」


 同じ形で返す。


 男は一瞬だけ沈黙し、それから小さく笑った。


「商業国家の大商会の下請けだ」


 マリナの領分。


「流れを見るのが仕事でな」


「なら、見ただろう」


「ああ」


 即答。


「見た」


 そして、続ける。


「だから来た」


 その一言で、意味は確定する。


 奪いに来たのではない。


 繋ぎに来た。


 だが――


 それは同時に、別の意味も持つ。


「……近いな」


 エルガードが呟く。


「何がだ」


 男が問う。


「次の段階が」


 短い答え。


 村は、内で回り始めた。

 だから、外が寄ってきた。


 それは必然だ。


 男はその言葉を聞いて、わずかに目を細める。


「理解しているな」


「している」


「なら、話は早い」


 男は一歩引いた。


「明日、正式に来る」


 それは予告だ。


「その時、条件を出せ」


 交渉の開始。


 エルガードは頷かない。


 否定もしない。


 ただ、見ている。


 男はそれを確認し、踵を返した。


 残りの二人も、無言で従う。


 気配が遠ざかる。


 境界の外に、再び静けさが戻る。


 エルガードは振り返る。


 村の火が見える。


 小さく、だが確かに。


 回っている。


 その流れが、外を引き寄せた。


 それが答えだ。


 境界を越えて戻る。


 内の空気が、わずかに温かい。


「……どうだった」


 レオニアが問う。


「敵ではない」


「味方か」


「違う」


 エルガードは首を振る。


「価値だ」


 それが最も正確な答え。


 エルディアが小さく笑う。


「来るわね」


「来る」


 マリナも頷く。


「そして、選ばされますわ」


 奪うか、繋ぐか。


 それを。


 レオニアは剣帯に触れる。


 だが、抜かない。


「……近いな」


 彼女も同じ言葉を口にした。


 戦いではない。


 だが、同じだけ重い局面。


 エルガードは何も言わない。


 だが、その視線は、すでに先を見ている。


 日常は終わる。


 次が来る。


 そして――


 また、選ぶことになる。

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