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第四話

 トーマスは惜しそうにしている。


「お嬢様、貴重な薬を渡すなんてどうかしていますよ。あれは高く売れるんですよ」


「情けは人の為ならずよ。きっと、巡り巡っていいことがあるわよ」


「そうだといいですけどね」


 瓶詰の保存食の売り上げは良いのだが、玉葱のジャムは売れ残っている。


(あれ、鶏肉と一緒に焼くと照り焼きみたいな味で美味しいんだけどな)


 玉葱をジャムにするという発想がこの国の人には受け入れられないらしい。しかし、マーマレードや酢漬けの野菜類や焼き菓子は見るからに美味しそうなので爆売れしている。


「かなり売れてよかったですね。お嬢様、あとは、あたしにお任せください」


 お嬢様自らが商品を売る為に声を張り上げてるものだから、侍女のサリーは申し訳なく思っている。


「お嬢様、街歩きをしたいとおっしゃっていたじゃないですか。どうか、散策なさいまし」


「そうですよ。セシル様、オレと一緒にパブに行きませんか」


 トーマスが、この国のビールを飲みたいと言うので居酒屋に向かう事にした。


 十代の若い女性の従業員何人か働いていた。活気のある店だ。ずいぶんと流行っているようだ。ビールやベーコンを挟んだパンやスープを配膳する娘がに着いた。栗毛で青い瞳の美人さんだが、その肘にはXの焼き印が押されている。


「トーマス、あれは何の焼き印なの?」


「異教徒や異端者、つまりアルギーナの印ですよ。今でも、秘密裏に東方派を信仰している者はいるが、密告制度があるのでバレるようです。多神教の砂漠の商人達もここに定住する際には改宗しています。改宗を拒むと、ああやって烙印を押されます。そして、刑罰として、こういうところで働かされるのです」


 それは気の毒だわと思っていると、トーマスがコソッと囁いた。


「ここだけの話、改宗しますと言っても、身寄りのない美人は焼き印を押されるみたいですよ。ここじゃ、貧しい美人は魔女にされちまうんです」


「そんなの無茶苦茶だわ」


 すると、すぐ後ろにいた旅人の若者がフッと笑った。


「ああ、そうだ。理不尽だがこれが現実だ」


 その時、セシルは、フードをかぶったハンサムな旅人の顔を見つめた途端に心臓が跳ね上がり、うっかり叫びそうになった。


(こ、この人、アランだよーーー。なんで、ここにいるのよ)


 また我々が出会うには早いぞと言いたい。


 セシルがアランに捕まるのが十八歳である。前世では、それまでアランと接点はなかったのにストーリーが変化している。


(待って。今、アランの国籍はどっちなの?)


 今回の物語はどうなってるのか気になる。


「あ、あの、あなたはこの国の人ですか?」


「あんたと同じアルビオン人だよ」


 何だろう。アランはこちらを試すような眼をしている。何か企んでいるように見えるのだが気のせいだろうか。


「あなた、ここには何しに来たの?」


「白粉や櫛や口紅を売り歩いている。人妻のいる家庭を一軒一軒、巡るのさ」


 トーマスが言った。


「なんで人妻限定なんだ?」


「リユンじゃ、未婚の娘は化粧をしてはいけないのさ。王である神の教えだ。聖書にも書かれている」


(ああ、だから、女子修道院で口紅を塗ったら大騒ぎになったのか……)


 前世、セシルは修道院で栽培した紅花を使って口紅を作り、それを友達にプレゼントしようとしたら、相手は怯えたように拒否していたのである。


 てっきり、セシルのお手製なので衛生面に関して身構えているのかと思っていたのだが、修道院の寄宿生達は、あの時、こう言った。


「穢れなき乙女は装飾の欲に溺れるなかれ~ 神よ、彼女の罪をお許しください」


 聖書の一節なんだけど、こういうのは、ノストラダムスの預言と同じで、どうとでも解釈は出来る。


 若い娘がお洒落ばっかりしてると馬鹿になるとか、若い娘が自分の美しさに関してうぬぼれているとろくなことはありませんとか……。


 それぞれが解釈すればいいと思うのだが。


 しかし、リユンの王は未婚女性は化粧をするなという法律を制定したのだ。


 アランは皮肉な顔で言った。


「逆に言うと、未婚で化粧をする女は穢れているとみなされる。親を失った若い娘を娼婦にしたければ、無理に顔に口紅を塗りたくって往来に連れ出せばいい」


 アランの皮肉な声は乾ききっている。


「ここでは東方派の信者は異端と見なされるからな。改宗しても異端狩りの餌食になってきた」


「そんなの無茶苦茶だわ」


 こういう国の人達とは関わりたくない。いや、厳密に言うと、国民が悪いのではなくて政府が悪い、


(別に、東方派の信徒でなくても、こんな国にいるのは嫌になるんじゃないかしら)


 トーマスも神妙な顔をしている。


「もしかして、あの給仕の小娘も娼婦なのか?」


 どう見ても、歳はセシルと同じぐらいなのだ。頻繁にお尻を触られたり下種なヤジを受けているが、怒ったり悲しむことなく淡々と働いている。諦観の表情というのだろうか。


 もう、彼女は運命を受けているようにも見える。


「あの娘の名はアンヌ。ここの看板娘だ。もうじき十五歳になる。ここの成人年齢は十五歳。そしたら、アンヌは男の相手をするようになる。あの口紅は雇い主によって強制されて塗っている」


 それを聞いたセシルはゾッとした。


「ここの王様は神なんでしょう。十五歳の娘が身体を売ってはいけないと言えばいいのよ。こんなの酷いわ」


 それに対してトーマスが低い声で囁いた。


「この話題はやめましょう。お嬢様、そんなこと口走ると外国人でも粛清されますよ」


 すると、アランは愛想よくトーマスに話しかけた。


「そうだな。もっと楽しい話をしよう。あんたら、ここの名物の小麦のビールを飲んだかい? せっかくだから、一杯、奢るよ」


 トーマスは警戒した。


「おいおい、初対面の旅人に奢ってもらう理由なんてないぜ」


「オレは、あんたらが、オレの知り合いの娘さんに薬を分けてくれるのを見たのさ。あそこに娘が二人いる。どちらも喘息がなかなか治らなくて困っているんだよ。それにしても、気前がいいんだな」


 褒められたトーマスは自慢気に話している。


「お嬢様の兄上が趣味で薬草を育てておられるんだよ。いい方なんだぞ。オレ達の健康を気にかけてくださる。虫刺されの薬や熱さましの薬も荷車や馬車に積んできた。今日は、昼過ぎまでに売り切れそうだ」


 今朝は、荷馬車の御者台にトーマスとセシルが座り、一頭の馬にサリーとエドが相乗りして移動した。


 今、店番をしているのは侍女のサリーとサリーの恋人のエドだ。


 まさか、この先、サリーが凌辱されるという悲劇が待ち受けているなんて、エドは知る由もない。


 いいえ。


 その悲劇は何としても回避してみせる。その為にはアランと親しくなればいい。今が、そのチャンスだ。


「トーマス、せっかくだから、いただきましょうよ。あたしはビールは飲めないから遠慮しとくわ」


「それなら、チコリのお茶を飲むといい」


 すぐにチコリのお茶が運ばれてきた。運んできたのはアンヌという娘だった。アランはアンヌの顔をじっと見つめている。


(アランの好みのタイプの女の子なのかしら)


 そんな事を思いながら、セシルはカップを手にする。


 チコリの根で作ったお茶はコーヒーに味が似ているけれど、そんなに美味しくない。奢ってもらってので仕方なく微笑んだ。


「美味しいです」


 アランと親しくなるのを目的に飲んだ訳なのだが、次の瞬間、ヒュッと意識が飛んでいた。


     ☆


 気付くと、セシルとトーマスは、どこかの家の地下室に閉じ込められていた。


(何なのよ)


 どれくらい眠っていたのだろう。


 手足を縛られてどうにもならない。しかも、トーマスはなかなか目覚めてくれない。イラついていると声をかけられた。


「目覚めたようだな」


 セシルの目の前にはアランがいた。


「ちょっと、どういうつもりなのよ」


「手荒な真似をしてすまないが、あんたの助けが必要なんだ」


「どういうことよ」


「先刻の店にいたアンヌはオレの妹だ。オレはアラン・ガレ。元々、ここで生まれた。幼い頃、オレとオレの伯父の二人でこの国を脱出している」


 そして、これまでの人生を語り出した。


 アランの父親は材木店を営んでいたが、アランが七歳の時、木材の運搬中の事故で亡くなってしまう。それからは、アランの母とアランの母方の伯父が材木店を経営するようになるが、アランが八歳になると、ライバルの材木店の男がアランの母に嫌がらせをするようになる。


 そいつはフーシェに多額の寄付をしているが、アランの母の寄付金は少なかった。事業の収益は従業員の給与として上乗せしていたからだ。


 そのせいで取引先から『信仰心が薄い』と言われて仕事が減り、、最終的には憲兵隊がアランの自宅に踏み込んだ。


 すると、東方派の聖書が見つかったと言って、彼の母は逮捕されてしまう。


 材木店の運営資金を寄付すれば助けてやると言われ、アラン達は異端裁判にかけられそうになった。


「オレ達の祖父は東方派だが、母は改宗していたんだよ。それなのに、あいつには言いがかりをつけてきやがった」


 伯父も異端裁判にかけられると察知し、八歳のアランを連れて逃亡している。


 百メートル以上ある川を二人で泳いで命からがらアルビオンに辿り着くと、そこからアランと伯父は遠い親戚を頼ってアルビオンの王都まで歩き、その後、難民申請をしたのだ。


 令和の日本円に換算して二人で一千万ほど払ってアルビオンの国籍を得ているという。


 アランの母は絶望して収監先で自殺した。残された妹のアンヌは養子に出された。五年前からアンヌを救おうと努力してきたが、この国に行商人として移動する旅券を手に入れるのが難しかった。


 そして、今年、ついに久しぶりに帰郷したというのだ。


「妹が、あの居酒屋にいると分かったのは三か月前だ。あそこに通い詰めて、オレは、妹を救う手立てはないものかと考えた。幸い、妹は買い物なども自由に出来ている」


「それなら、あなた達がやったように川を泳げばいいんじゃないの?」


「妹は泳げない。奴等もそれが分かっているので足に鎖をつけたりしていない」


「船に乗せるというのはどうなのよ?」


「それも考えたが、渡し舟の船頭を雇うのが難しい。それに船は目立つ。国境の警備隊に見つかれば射殺される」


 アランが言った。


「もう、これしかない。あんた達の荷車に妹を乗せて橋を渡ってくれないか? 二重底の箱は用意してある。助けてくれるなら大金を払う。あんたは子爵の娘だ。憲兵もあんたには甘い」


 アランの妹のアンヌを逃がしてあげる事に関しては何の異論もない。しかし、もしもバレたら大変な事になるのでセシルの一存では決められない。


 という事でトーマスを起こして相談したところ、トーマスは渋面になり反対した。


「お嬢様はここに来たのは初めてだから分からないと思いますが、帰りは、箱の中を丹念に調べるんですよ。前に、ここの特産品の林檎を箱買いした時も、いちいち、箱の底まで見てましたぜ。女の子一人を隠すなんて無理ですよ」


「心配ない。棺桶を用意しておいた。上の段に偽物の遺体を入れてその下にアンヌを入れる。憲兵達も遺体に対しては及び腰になる。ユリン人は遺体に触れると呪われると信じている」


 それに対してセシルはつっこむ。


「偽物の遺体って何よ」


「あんたのメイドを仮死状態にして棺桶に入れるんだよ。こっちで急に死んだ事にすればいい。向こうに帰ってから生き返ったとしてもパレやしないさ」


 アランは何としても妹を救おうと必死だ。


 彼は、セシルに言った。


「……心配ない。それは眠り薬のようなものだ」


 その言葉に嘘はないとは思うのだが……。


 ここで危険を冒していいのだろうかと思案する。


(だけど、アランに恩を売っておけば、後々、起きるかもしれない断頭台の悲劇を回避できるのかしら)


 色々と悩ましい。


 セシルも不幸なアンヌを救いたい。しかし、二重底の棺桶による運搬というのは危険な気がする。なんつーか、嫌な予感がする。


「その棺桶、どこで調達したの?」


「この国で調達したものだ」


「そんな怪しいものを注文したなら、何かを企ててるってことが相手にもバレちゃうわよ。もしかしたら、もう当局に密告されているかもしれないって思わないの?」


「……あっ」


 十三歳の小娘にシビアなことを言われてアランは黙り込んでいる。セシルは腹をくくっていた。


 やるなら、もっと大胆にやるべきだ。


「堂々とアンヌは大橋を渡ればいいわ」


「えっ?」


 トーマスとアランは同時に聞き返している。


「あたしのフリをしてアンヌは荷馬車に乗ってゆったりと橋を渡ればいいのよ。今朝、ユリンの検問の憲兵は言ってたわ。この後は別の者と交代するって。つまり、あたしとアンヌが入れ替わっていてもユリン側の憲兵は気付かないわ。アルビオン側の国境警備員は、うちの村の者だから、どうにでもなるでしょう」


「いや、でも、そうなるとセシルお嬢様はどうするんですか?」


 心配するトーマスに向けて言い放った。


「あたしはアランと共にロメール川を泳いで渡るのよ」













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