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第三話

 その翌日。大量のフライドポテトを作って村外れの寡婦のルイーゼの家を訪問した。


 何しろ、夫がいない上に子供も幼くて稼げないので収入は限られており、ルイーゼは自分の食べる分を削って息子達に与えている。


「セシルお嬢様、この食べ物は何でございますか?」


「王都で流行っているハイカラな揚げ物なのよ。これ、あなたにあげる」


「と、どうして、このようなものを……」


「領主の娘だからよ。領民を飢えさせない事が、あたしの仕事なの」


 そういう事にしておこう。元々、父親が領民に対して優しいので娘のセシルがこういう行いをするのも不自然な事ではない。


 ポテトフライの美味しさにルイーゼ達は悶絶していた。


 しかし、父の目には令嬢にあるまじき奇行として映ったようである。


「セシル。おまえは何という事をしているのだ。不浄な食べ物を人々に与えるのはやめなさい」


 その数日後。強引に連れ帰られそうになったが、父に悪気はない。得体のしれないジャガイモというものを食べると身体を壊すと本気で信じているからこそ反対しているのだ。


「食べても平気よ」


 セシルはフライドポテトをその場でムシャムシャと食べてみせた。


「セシル、な、なんと無茶な事をするのだ。あんなものを食べると天罰が下るぞ」


 聖書には書かれていない野菜や草花を食べる事を父は恐れている。


 父に叱られてもめげずに次の日もジャガイモの料理であるコロッケを作った。村人達はカツレツかと思い、それを食べた後、妙な食感だが上手いと頬を緩めていた。


 そうやって、ジャガイモ料理を振舞った後、実は、こういう野菜なのだと種明かしをすると、村人は怯えたように顔を引き攣らせた。やはり、村人も新大陸由来の野菜に対する恐怖は拭えないらしい。


 セシルは負けじと説得していく。


「人間が食べても平気だよ。というか身体にいいんだよ、新大陸の人間は食べてるもん。そうだ、そんなに嫌なら豚の餌として栽培してみようよ。それならいいでしょう?」


 豚は農家の裏庭などで飼育していた。豚は屑野菜などを喜んで食べる。


「そうですね。豚の餌としてならいいですね。植えてみましょうか」


 そう言って村人達はジャガイモを痩せた土地で栽培するようになった。


 最初は豚の餌として栽培していた人達も、フライドポテトやポテトサラダの味を覚えている。とても優れた食材だ。


 もちろん、ジャガイモにも弱点はある。村人達にジャガイモの芽は毒だからそれは食べさせるなと言っておいた。


 すると、豚の餌用の根菜を栽培すると見せかけて、各家庭でこっそりと食するようになった。


(栄養もあるし、腹持ちもいいわ。ジャガイモは貧民にとっての救世主だわ)


 腹いっぱいたべることが先決だ。


「みんな、サツマイモや南京も植えてね」


 ジャガイモな続いてソサツマイモと南京である。それらの料理を振舞い、村人達が栽培するように仕向けていった。


「栗粉やサツマイモの粉を混ぜてパンを焼くことも出来るのよ」


 なんというか、戦中の日本人のような食卓になってきた。


 ここの気候では砂糖きびを作るのは無理だ。それても、砂糖ダイコンから砂糖を搾り取ることが可能だ。セシルは呼びかけた。


「砂糖ダイコンもたくさん植えましょうね」


 その昔、南洋の植民地を持っていなかったドイツは砂糖ダイコンを大量に植えている。寒くてもこれなら作れる。


(お砂糖は近隣の村でも売れるわ。作物を市場に売りに出て現金を得ることが出来たなら、村人は豊かになるわ)


 こういう寒村で困るのが冬や春先の食料である。


 農業高校では保存食品の歴史という授業も存在した。


 乾燥、塩,酢漬け、燻製,発酵、砂糖、濃縮、缶詰、瓶詰。


 食べ物の腐敗を遅くするには色々な方法がある。 


 ちなみに、ベーコン。ハム、チーズなどの作り方はセシルよりも詳しく知っているので伝授する必要はなかった。


「酢はとても役に立つものなのよ。そうね、余った林檎でお酢を作るところから始めましょうか」


 急に、色々と食の加工について口を出すようになったセシルは落馬をして頭を打ったせいで神から知恵を与えられたのだと言い張り、有意義な知恵を授け続ける。


「椎茸を乾燥させると栄養が高くなり味も濃くなります。もちろん、腐りにくくなります」


 川魚を油で揚げて冷めてから酢漬けにするといった事を懇切丁寧にレクチャーしていった。


「最後に静かに油を注いで空気を遮断してくださいね。漬け汁に浸しておけば、何か月も持つので冬の保存食として最適なの」


 果物、スープ、豆などを瓶に詰めて湯煎して保存する。これを各家庭で出来るようにした。本当は缶詰が理想的なのだが、そこまで大がかりなものを作るのは無理である。


 とにかく、色々とトライしていくうちに、保存食品のレパートリーは増えていった。


 おかげで、冬の間も安心して暮らせるようになった。


 この世界には、フランス南部の伝統的な保存食であるコンフィが存在していないと知ったセシルは、コンフィも作り出した。アヒルやガチョウの肉のコンフィはとても美味なので、これを、特産品として王都まで売りに行くことにした。


 サツマイモを収穫した後、干し芋を作り、それも街で売る。コンフィと干し芋の商いは順調だった。


 売り上げの一部は使用人の給金に含むという約束にしている事もあり、使用人達は、張り切ってサツマイモを植えたり、アヒルの飼育に励んでいる。


 ジャムそのものは珍しいものではないけれど、セシルは、柚子に似たオレンジの皮でマーマレードを作り出していた。


(ここでは、皮を美味しく食するという発想はなかったのね)


 その柚子に似たオレンジはアルビオンの北部限定の植物で特に名前はなかったようなので、セシルは、ユズオレンジと命名しておいた。


 大陸南部の人にとっては手に入れにくいので、これも人気のある商品となった。


 領内で育てた野菜や果物や魚や肉を領民に納めてもらい、それを、屋敷の大きな厨房で保存食として加工して売る。使用人にしてみれば、作り方を知られてしまうと子爵家には打撃となるので、人に尋ねられても秘密にしている。


 とはいうものの、中には、使用人を酔わせて作り方を聞き出そうとする者もいた。


『加熱済みの肉を脂肪の層で空気から遮断して壺に詰めて保存する』


 このシンプルな原理を真似て作った人もいたようだが、壺そのものが汚染されていると食中毒の元になる。


 やはり、セシルの使用人のコンフィでないと安心して食べられないという事になり、市場では高価な値段で売ることが出来た。


 このスタイルを確立して以降、安定的な収入を得る事が出来るようになった。


 色々と食を生み出したが、やはり、ジャガイモは偉大である。


 ジャガイモがあれば、農家は飢えることなく暮らせる。


 腐りかけたジャガイモも豚が食べるので無駄がない。トマトやトウモロコシや唐辛子といったものを普通に食べているのは、セシルの村の者達だけ。


『地底の食べ物など家畜が食べるものだわ』


『いや、しかし、皮を剥いて蒸して食べると美味いですぞ』


 人々は少しずつジャガイモに惹かれていった。


 特に貧しい地域の人達は、芋を食べるしかない。それ故に、だんだんと、これらの野菜が他の者達にも伝播してきたようなのだ。


(革命は飢えた庶民の怒りによって広がっているものね。逆に言うと、腹が膨れていたなら、わざわざ、革命を起こしたりしないわ)


 断頭台回避大作戦はわりと順調に進んでいるようで何よりだ。


 大きな橋の向こう側はリユン。


 十月の末になると誕生祭が行われる。先王が神と名乗って以来、先王の誕生日を盛大に国を挙げて祝っているのだ。


 元々、リユンは聖職者が政治に介入していたのだが、先王の代から特に宗教色が強まったと聞いている。


 いつしか、セシルは十三歳に成長していた。


 せっかくなので、隣国のリユンでも商売をしてみましょうと執事が言い出したので、セシルも同行した。


(前世では、リユンで街歩きをした事はなかったなぁ)


 貴族のセシルは、日本で言うところのビザを取得する必要はない。紙一枚の旅券があればいい。


 しかし、他の者は厳重にあれこれと質問されて調べられる。屋敷の使用人を含めた五人と国境を越えると、そこは、司教のフーシェの領内である。


 この街は鉱物資源を含む山もあり、辺境地なのに人口密度は高い。市場もにぎわっている。


 フーシェはアルビオンとの国境で通行料も徴取しており、教会へのお布施と、農地の小作料の他に、あれこれと儲ける手段を持っている。


「うわー。すごい人ね」


 一見すると、華やかな地方都市なのだが……。


 やはり、ここは一筋縄ではいかない国のようだ。


 広場の市場でマーマレードや酢漬けのマスやコンフィやパスタやマッシュルームを売りに出したところ、役人にパスタを取り上げられてしまった。


「何なのだ。これは」


 アルビオンもそうだけど、パスタを食べた事がないので説明しても理解してくれない。


 異端の食べ物を売るのは許さんと言われてしまい投獄されそうになった。しかし、同行していた御者のトーマスが、セシルがアルビオンの子爵令嬢だと言うと、役人は複雑な顔をしながらもこう言った。


「投獄は免除するが、ここでは王の聖典に記されたもの以外を売る事を禁じる」


「あのう、これ、カチカチに乾燥していますが材料は小麦粉ですよ」


 説明しても、駄目だの一点張り。


 しかし、大陸南部の王国の晩餐会でパスタを食べていると説明すると、何とか許してもらえた。


(ちょっとでも珍しい食べ物があると警戒するのね。ほんと、窮屈な世界だわ)


 そんな中、市場の片隅で異変が起きた。


「おい、こんなものを市場に持ち込んでタダで済むと思っているのか」


 何か揉めている。


 芽の生えたジャガイモをポケットに忍ばせていた行商人を見つけ出したらしい。あれは禁輸品である。


「お、お許しを……。お役人様」

 

 泣いても無駄だ。そのまま、男は役所へと連行されていく。


 横目で見ていたトーマスが言った。


「オレ達がジャガイモを食うようになって、こっちの奴等もジャガイモをこっそりと植えるようになったらしいですよ。しかし、リユンではジャガイモは悪魔の食べ物。王である神を呪う野菜だという理屈で栽培を禁止しているそうですよ。それでも、貧民達は隠れてこっそりと作っているんです。種芋を密やかに売る奴も増えているようです」


「そう言えば、わが国でも最初は敬遠されたわね」


 しかし、我が国の王は禁止することはなかった。


 宮廷の前の露店で堂々と売られている。


 だが、ここではジャガイモは禁忌。まるで麻薬の密売みたいな扱いだ。


「サツマイモやキャッサバ、それに、トマトも悪魔の食べ物って事になっていますが、リユンの貴族どもは我が国に来た際には食ってますぜ」


 市場の喧噪に少し疲れたセシルは日陰を求めて移動した。


 十三歳の令嬢が一人で歩くのは危険なのでトーマスが護衛として横にいる。


 その時、セシルの目の前で悲鳴が湧き上がった。


「お、おやめ下さい。わたくしどもはアルギーナではありません」


 やつれた顔の婦人が玄関先で役人にすがりついている。しかし、役人は金貨の入った袋を握りしめたまま婦人を振り払っている。


「この金はなんなのだ。フーシェ様に寄付する金がないと嘘を唱えたのだぞ。異教徒でないなら、なぜ、金を隠すのだ」


「それは娘の喘息の治療費でございます」


「おまえは神を信じていないようだな。偉大なる我々の神に祈れば病気などすぐに治るのだぞ」


「神への祈りは欠かせていません。しかし、薬も必要なのでございます」


「いや、おまえの信仰心が足りないので病気になるのだ」


 お金を奪われた婦人は泣きながらも諦めるしかないようである。


 ここはアランが生まれ育った街。


 今日、わざわざここに来たのは、ここで生まれたアランという男のバックボーンを知りたいという気持ちもあったからである。セシルは集合住宅の玄関先で泣き崩れる婦人に近寄った。


「あの、良かったら、この薬を使って下さい」


 兄が趣味で医学を学んでいる事もあり、我が屋敷には薬草がどっさり送られてくる。


 領民が困っていたら助けるように備蓄していたのだが、栄養状態がいいおかげで薬はあまり必要がない。


 季節ごとに余った分をこうやって売りに来ているのだ。


「あの、しかし、わたしはお薬代をもっておりません」


 そう呟く婦人に対してセシルは微笑んだ。


「これからも、ちょくちょく商売をしに来ますので、うちの薬か効いたなら、みんなに宣伝しておいて下さい。お願いしますね」


 その時、セシルとトーマスの様子を陰から覗いている人がいた。ずっと尾行されていたのだ。


 二十歳ぐらいの若者の横顔は孤高な鷹を彷彿させる。


 再び屋台に戻り、冬の保存食やお菓子の小売りに励むセシルを見つめる眼差しは鋭いのだが……。


 かつて、セシルを断頭台へと追い詰めたアランに尾行されている事にまだ気付いていない。





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