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第二話

 革命隊のトップにいるのは、アルビオン随一の紡績工場の息子で弁護士のマーク・ブラウンである。容姿端麗、頭脳明晰でカリスマ性がある。アランは、そんなブラウンの右腕と呼ばれる存在。


 腐った王制を打倒して共和制の国を作るというのだが、そのやり方は荒っぽいように感じる。


 王様や王妃は市内にある革命隊が所有している館に収監されており、監視下に置かれた。


 王妃は裁判の法廷で厳しく追及されているという。


 何日も裁判は続いているようである。


 セシルは牢の鉄格子を握りしめたままアランに訴えた。


「新しい国を作りたい気持ちは分かるけど、あなた達、かよわい貴族の娘まで捕まえる必要はあるの?」


「逆に問うが、働かずして生きている貴族が生きる意味はあるのか? 金を浪費する以外に何が出来るんだ?」


 アランは吐き捨てるように言う。


「農家は汗だくで畑を耕す。貧しい下町の女達は仕方なく身体を売る。幼い子供達も裸足で行商をしている。その間、こいつらは高価な鬘をかぶり、香水をふりかけて、お気に入りの恋人達と不倫してたいたんだぞ。こんな女に何の価値があるというのだ?」


「……だけど、貴族は、それ以外の生き方を教えられていないんだから仕方ないじゃないの。それに、立派なレディもいるわよ」


「もちろん、貴族の女の中にもまともなのはいるだろう。孤児院を創設したレディ・パトリシアの事は捕まえていない。オレ達が憎むのは貧民を犠牲にして生きている卑劣な者達だ。おまえも邪悪なのだよ。サリーという娘を身代わりにした時点でサリーの身に災いがふりかかると知っていた。そうだろう?」


「えっ……」


 その瞬間、セシルは打ちひしがれていた。


(そうなのよ。その通りなんだよ……)


 セシルも、自分本位な貴族のお嬢様に成り下がっている。


 前世で苦労した分、ここでは楽をしようと考えていた。


 あの夜、サリーが凌辱されなかったとしても、サリーは、セシルの身代わりとして処刑されていたかもしれない。


(あたし、馬鹿だったわ。サリー、エド、本当にごめんなさい)


 追い打ちをかけるようにしてアランは恐ろしい事を告げた。


「おまえの兄が、フーシェと結託してからというもの、亡命しようとした人達が泳いで川岸にたどり着いても強制送還されてしまった。彼等は地獄を味わっている」


 実は、アランは隣国から信仰の自由を求めて亡命した後に帰化したのだ。リユンでは国教徒以外の存在を認めないという法令を出しており、それ以外の国民を徹底的に排斥している。


 あの国では貴族出身である司教や枢機卿の勢力が議会を牛耳っており、大臣達も宗教関係者の言いなりになっている。


 我が国、アルビオンにおいても王は絶対的な存在だが、さすがに神の代理人を名乗るほど図々しくない。政治と宗教は別物というスタンスだ。我が国では異教徒でもアルビオンの貴族と婚姻する事も可能だ。


 まったく差別がないかというと多少はあるけれど、リユンほど酷くない。


「元々、ユリンには東方派の信者が三割ほどいた。しかし、先王の政策によって、東方派の者達は差別されるようになった」


 同じ神を崇拝しているが宗派が違う。


 分かり易く言うと東方派は質実剛健で教会も質素。


 寄付しなくても神はあなた達を救って下さるというのが、東方派。


 当然、貧者としては東方派の方が有難い。


(まぁ、イスラム教でも仏教でも色んな宗派があるからね……)


 異世界でも宗派の違いでバチバチやるのは避けられない。


「ガキの頃、オレは魂の自由を求めてこの国に来たんだよ。ここは第二の故郷だ。同胞達はアルビオンにいる親戚や知人を頼って脱出してきた」


 アランの声は低く震えている。


「脱出する際に多額の金を案内人に支払い、ほとんど無一文になっている。そんな人達の所持品を奪い、おまえの兄は水車小屋を建てたり橋を修復している。おまえの屋敷の銀の食器も、迫害を受けて亡命してきた者達の荷物から略奪したものだ」


「えっ……」


 そうだったのか。


 革命隊の顔とも言えるアラン自らが、わざわざ、うちに乗り込んできた理由もこれなのかと納得した。


 アランは冷え冷えとした声で言い捨てている。


「亡命に失敗してフーシェに引き渡された者は罰として穴の中に投獄される。看守が上から残飯を投げる。それが食事だ。穴の上からションベンをかける者もいる。その死体は医学校に送られて解剖の材料となる」


「ご、ごめんなさい」


 村人を大切にしてきたつもりだったけれど、兄は、隣国にいる東方派の人達を犠牲にして生きてきたようだ。


(あたしは死ぬのね……。こういう死に方は嫌だわ)


 そして、その翌週、セシルは断頭台に立つと、いきなり、雨が降り出した。


 そう言えば、前世で死んだ時もこんな雨の日だった。


(あたし、雨振りの日に死ぬ定めなのかしら……)


 またしても、若くして死ぬしかないと悟った時、色々と後悔の念が渦巻いた。


(あたし、甘ったれたお嬢様だったわ……。もう一度、人生をやり直したい。神様、どうかチャンスを下さい)


 必死になって祈ったのだが、鋭い刃によって民衆の前で処刑された。


 コロンコロンッとセシルの生首が転がる。


 広場は騒然としている。水たまりに血が滲み広がっていく。


 それと同時に運命の輪が回ったのだ。グルッと景色がねじ曲がったかと思うと、眩しい朝の光に包まれていた。      


     ☆


 えっ。


(何だかいい香りがするんですけど……)


 天井画が綺麗だ。横を見ると薔薇の花が枕元に飾られていた。


「セシルお嬢様、朝でございますよ」


 セシルを起こしてくれたのは家政婦のメアリーである。元々は乳母だった人で母親代わりのような存在なのだが。


「お嬢様、お転婆はいけませんよ。トーマスが止めたのに、勝手に馬に乗ろうとするから落馬するんですよ」


 セシルは、ハッとなって鏡で確認してみた。まだ自分は子供だ。


(処刑されたのよね。あれは夢?)


 もしかして、また転生したの?


「メアリー、あたしは誰? 今、何歳?」


「あら、やだ。記憶喪失ですか。セシル様は九歳になったばかりですよ」


「落馬?」


 そう言われてみると、打撲したのか肘が痛い。


「お嬢様、危ないことはやめて下さいませ。打ち所が悪いと死んでしまいますからね」


 落馬のショックで処刑された過去や、日本人だった日々を事を思い出してハッとなる。


 自分は、やり直しの真っ只中にいるようだ。


(もう、今度こそは失敗しないわよ。処刑は嫌よ)


 金色の美しい髪。青い瞳。華奢な手足。溌剌とした美しい貴族の娘なのだが、このままだと、また、若くして死んでしまう。


 今度こそ、長生きしたい。


 前回セシルとして産まれた時は、お気楽なお嬢様として過ごしてきたけれど、今回は、のんびりしていられない。生き延びたい。でも、どうすればいいのだろう。


 しかし、前回の経験を経て分かった事がある。


 貴族だからといってアランは皆殺しにはしない。孤児院を創設したレディ・パトリシアは無罪放免になっている。


 よし、今世で徳を積もう。善良な貴族として認められたならば、ギロチンの悲劇を回避できるはず。


「あ、あのね、メアリー、お父様とお兄様は生きてわよねる?」


「何をおっしゃいますか。子爵様も若君もお元気ですよ」


 ただし、兄は王都にいるという。


 前世でも、兄は医術を学び、領地に戻ってきてからはタダで領民の治療をしていた。本当に立派だと、前世のセシルは兄を尊敬していたが、その裏では隣国のフーシェと繋がり、東方派の信徒を迫害する手助けをしていたのだ。


(今回は、そんなことさせないわよ)

 

 アランはリユンの司教であるフーシェを憎んでいる。


 フーシェが東方派の人達を潰そうとする理由は明快だ。異教徒や別の宗派の者達が増えたなら、王や宗教関係者は民衆を支配できなくなってしまう。だから、徹底的に弾圧をしてきたのだ。


 神の権威を盾にすれば、無理な徴税もやりやすくなる。マイノリティを弾圧する事で他の人達の一体感も高まる。


(信仰という名の精神的な虐待や支配は怖いわ)


 前世でアランはフーシェと結託している兄はもちろん、その妹であるセシルも弾劾している。アランのフーシェへの憎しみは相当なものだ。


(確かに、前世で、リユンの修道院にいたから分かるけど、おっそろしい国だったわよ)


 つくづく思うのだ。


(リユンみたいな偏屈な国に生まれなくて良かったわ)


 アルビオンの王族は無能だけど、宗教で皆を洗脳して儲けようとはしていないだけマシだ。


(ちなみに、お兄様がここに戻ってくるのは、あたしが十四歳の夏……)


 セシルの父は善良だ。東方派の人がうちの領地を通っても捕まえて追い返したりしないだろう。


 さて、これからどうしようか。


(日本人としての経験はあるけど、高校生の時に死んでいるわ。こんなあたしに何が出来るのかしら)


 とりあえず、兄がフーシェと結託するようになった理由は、この領地の作物が安価で、暮らしが貧しいからだ。


 アルビオンという国は平原が多くて小麦の栽培に適している。海に面した南部はブドウやオリーブも栽培されている。


 しかし、我が領地は最北に位置しており、山と丘に囲まれている。小麦の栽培には向いていない。ライ麦、大麦、カラス麦の収穫と酪農が主な収入源だ。しかし、カラス麦はアルビオンでは馬の餌だ。ライ麦は売ったところで小麦の三分の一の価値しかない。羊毛や乳製品は、他国との競合によって値段は下がっている。しかも、新大陸で綿花が栽培されるようになってから、ウール生地の人気は劇的に落ちている。


(貧しい土地の救世主と言えばあれよね。アイルランドではあれがあったからこそ生きられたのよ)


 日本人だった頃、世界史が大好きだったセシルは、人類の興亡に関する書籍やら、海賊や大航海時代に関する本を趣味で読み漁っており、その時の知識がある。


 メアリーに尋ねた。


「ねぇ、メアリー、この村にジャガイモはある?」


「あら、それは何ですか?」


 おや、おかしいぞ。


 前世で舞踏会に出た時、植物学者のモース伯爵とやらが、王室の植物園でジャガイモやトマトやキャッサバやニンニクという珍しい新大陸由来のものを育てていると言っていた。


 アルビオン国が新大陸の端っこに領土を獲得したのが、今からおよぞ半世紀前。


 植民地としてアルビオンの役人が住み着いて以後、色々な新しい野菜や花を持ち帰ってきている。そして、それらは王立の植物園では栽培されているし、鑑賞用として栽培する愛好家もいると聞いている。


 しかし、ジャガイモは食用としては流通していないようである。


 よし、決めた。


 セシルは、王都にいる兄に手紙を書いた。


 いつも、兄は、王都のお土産として何が欲しいのか妹であるセシルに尋ねてくる。だから、私は、『ジャガイモとトマトとオクラの苗が欲しい』と伝えておいた。


 なぜ、そんなものを欲しがるのか、兄は不思議がりながらも、帰省した時に持ち帰ってくれた。


 日本人だった頃、セシルは家から歩いて五分のところにある農業高校に通った。部活動の一環として牛や豚を育て、なおかつ、畑仕事もこなしている。


 父を亡くした後、うちの母さんも苦労したのよ。


本当は私立の女学校に行きたかったが、電車通学をしなくてもいい農業高校へと行った。


(生徒が作った農作物は道の駅で売ってたんだよね~)


 田舎なので家でも普通に野菜を植えており、スイカを守ろうしてアライグマと闘った事もある。だから、野菜の育て方は頭に入っている。


(前世の労働が役に立つのだわ)


 どっこいしょ。鍬を持つのは久しぶりだ。


 メイドに頼んでモンペと腕抜きを作ってもらった。


 日焼けしないように麦藁帽子も被る。


 農作業にはもったいないが、革の手袋も装着する。


(ミントの精油てせ作った虫よけスプレーをかけようっと……)


 セシルは畑仕事に勤しんだ。まず最初にジャガイモを収穫した。それを見た仕使用人達は、不気味なものでも見るような顔をしていた。しかし、セシルは、めげずにポテトサラダへと変換させたのだ。


「さぁ、召し上がれ」


 そう言っても、使用人は怖がってジャガイモを食べてくれなかった。


「お嬢様、そのようなものを食べると野獣になりますよ」


 使用人達は妙な事を言う。仕方ないので、セシルは、バケツ一杯分のポテトサラダを持って、屋敷から近い村の公民館へと向かった。


「お嬢様、それ、何ですか?」


 一日の野良仕事を終えて汗だくの農夫が話しかけてきた。


「これ、あたしが作った野菜の料理よ。良かったら食べてみて」


 味見をさせてみたところ、美味いと言ってくれた。


 この農民の名はボブソン。ボブソンの家族は十人。


「全部、あげる。バケツは返さなくていいわよ。ハイカラな料理なのよ」


「お嬢様、いいんですか」


 もちろん、いいに決まっている。ジャガイモとは何たるかなど知る由もないボブソンは有難く受け取ってくれた。


(この村の食料自給率を上げてやる)


 よし、ここからは破滅回避作戦の始まりだ。




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