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第二十話

 セシルの兄が死んだ。その時、シャルロットは部屋にはいなかった。


 執事や家政婦と共に一階の窓から逃げていたからだ。


 家政婦は、放心したように裏口の畑の辺りから燃え盛る屋敷を仰ぎ見ている。


「どうしましょう。屋敷の中には、旦那様とお嬢様、それに、マーガレットもいるのよ。ああ、まさか、こんな事になるなんて」


 シャルロットは家政婦の手を握りながら気遣っている。


「火の粉が飛びますよ。さぁ、もう少し後ろに下がってください」


「だけど、消火しないと……」


 セシル達なら心配ない。秘密の通路がある。


 だから、シャルロットは初老の家政婦と執事を救いに来たのだった。


(お屋敷が燃えているわ)


 シャルロットは、約五年、このお屋敷で暮らしてきた。建物は古いけれど趣味のいい調度品や美しい絵画があり、とても素敵な屋敷だった。それが灰になるのかと思うと悲しくて胸が苦しい。


『シャルロットーーーーー』


 先刻、走って逃げる際に、誰かが自分を呼んだような気がしたけれど、それは気のせいだろう。シャルロットは苦笑する。


 まさか、若き子爵が自分を救おうとして死んだなど夢にも思っていない。


 シャルロットは屋敷にいるはずの二コラ達がいない事に気付いていた。


(二コラ達は、おそらく逃げたんだわ。異端の食べ物を食べたという事実を隠すために、こんなことをしたのね)


 あいつらはキャッサバの粉を横領した事を隠すため、こんな事をしたのだ。


 二コラ達のことなど、今は、どうでもいい。


 シャルロットは村人に思いを馳せている。


 救わなくてはならない。


(だって、お嬢様と約束したんだもの)


 真夜中、突然、起こった火事に公民館やで見張りをしていた神学校の生徒達も驚いている。


 公民館の建物の前まで向かうと、生徒達に向かってシャルロットは言った。


「二コラ様が怪我をなさったみたいよ。あなた、薬草を使って治療をして差し上げてちょうだいな。村人はここに閉じ込められているのよ。しかも、南京錠がかかっているわ。放っておいても問題ないわ」


 それもそうだなと思い、見張り役の者達は火事の現場へと走り出している。その隙に、シャルロットは村人達を救い出していた。


 ちゃんと南京錠を開錠する鍵を用意している。


「皆さん、早く、ここから出て下さい」


 シャルロットによって開放された村の男達は農具を手に燃え盛る屋敷へと向かった。


 ちょうど、火事に気付いて村の周囲に点在していた神学校の生徒達が百人ほど戻ってきて鉢合わせになった。


「おい、おまえらが火をつけたのか」


 生徒達に問われた村人は怒鳴った。


「ふざけんな、オレ達が子爵様の館に火をつける訳がねえだろう。おまえらの大将がつけたんじゃねぇのか」


 狂信的な生徒達に囲まれた村人の一人か棒切れを握ったまま喚いている。


「おいおい、てめぇら、勝手に人の家に踏み込みやがって。本当に信仰心があるのか? 他人の物を盗むと罰が当たるんだぞ」


 いかにも真面目そうな学生が眼鏡の奥の目を細めたまま言い返していく。


「おまえらはジャガイモやサツマイモというおぞましい物を喰らう異端者だ。神はおまえらに罰を、お与えになるだろう」


 すると、髭面の村長は吐き捨てるように言う。


「はぁーーーー。ふざけんな。おまえ、おいらが食おうとしていたコロッケを食っただろう。あれはジャガイモだぞ。おまえも異端者だな。ばぁーーーーか」


 その瞬間、言われた生徒は蒼褪めた。他の者もその現場を見ている。


 大工のハドソンも叫んでいる。


「おい、そこのガキ、てめぇ、おいらの弁当のパンを食ったな。あれは、コーンミールで作ったパンだぞ。てめぇの国じゃ、トウモロコシを食ったら悪魔に呪われるそうだな。ざまーみろ。おまえも異端者だ」


 その後、長老がとどめを刺した。


「うちの村の工房のパンは、全部、おまえさん達の言うところの異端の芋で作ったパンだぞ。あれを食ったら、わしらの同胞じゃのう~」


 まだ十四歳の生徒は、すぐさま膝をついて嘔吐していた。精神的にショックを受けたらしい。


 ある者は、錯乱したように自分の頬を自分の手で叩き始めた。


「か、神よ。どうぞ、お許しください」


「あ、悪魔の罠にはまってしまった。う、うおーーーーーー」


「神よ。どうか、我らに慈悲をーーーー」


 まさしく、集団ヒステリー状態である。


 村人達は、あんぐりと口を開けていた。


 何なのだ。こいつらは……。


 所詮は宗教に縛られた操り人形のような奴等だ。村人達は泣き叫ぶ生徒達を捕まえると地下室へと閉じ込めていく。


「そこで断食して祈ってろ」


 別に、芋を食ったって天罰なんてねぇよ。そう言っても信じようとしない。洗脳の恐ろしさに村人達は呆れながらも苦笑する。


「シャルロットによると、セシル様達は秘密の通路とやらで逃げたようだ」


「おう、それは良かった」


 セシルには、このまま遠くに逃げて欲しい。村人達はそう思ったのだ。


 すると、そこにトーマスとアルギーナ達が戻ってきた。


「おう、おまえらも上手くやったようだな」


 村人はアルギーナを迎え入れて微笑みかけている。


「おまえさん達、この国で暮らせ。おいら達が迎え入れてやるぜ。疲れただろう。今夜は、おいら達の家で休め」


 そう言ってアルギーナ達を分散させて、それぞれの家に招き入れて寝かせたのだが、その翌朝、とんでもない事になっていた。


 リユンの精鋭部隊が村に戻って来た。しかも、村人とアルギーナを捕まえて広場に集めてしまった。


「てめぇら、なめた真似しやがって」


「俺達に勝てると思ったのかよ」


 精鋭部隊の奴等は気が立っている。


 全員を殺そうとして銃を構えたのである。


 この時、セシルは森番の小屋で朝を迎えていた。


 広場の様子を盗み見ていた料理長がセシルに報告した。


「た、大変でございます。フーシェの精鋭部隊がなぜか戻っていますよ」


 予定では縛られている精鋭部隊をアルビオンの正規軍が成敗してくれる筈だった。それなのに、まさか、こんな展開になるとは。


「お嬢様は、このまの川に向かって船に乗り河口の方まで逃げて下さいませ」


「そんなの駄目よ。村人を見捨てるなんて出来ないわ」


 精鋭部隊は荒れている。


 しかし、シャルロットに聞いたところによると、フーシェは村人の惨殺は望んでいないようなのだ。


「あたしが顔を出せば済む事よ」


 村人の誰一人として傷つけたくない。


「あたしは領主の娘としての責任を果たすわ」


 みんなが止めるのを振り切り、セシルは石畳の広場に向かった。


「あなた達、村人に手を出したら許さないわよ」


 そう言いながら投降すると、武闘派の大将のエミールの直属の部下がセシルを羽交い絞めにしてニヤリと笑った。


「舐めた真似をしてくれたな。オレ達に逆らったらどうなるか見せてやる」


 何と、村人が見ている前でセシルを押し倒している。エミールは、みんなへの見せしめとしてセシルに罰を与えようとしたのだ。


 こんな時だと言うのに、セシルは前世のことを思い返していた。


(サリーも、こんなふうに怖い思いをしたのね)


 村人達は悲壮な顔で泣き叫んだ。


 セシルもジタバタと暴れて抵抗しようとする。嫌がるセシルを見た興奮したように、エミールの部下達が囃し立てている。


「エミール、やっちまえ」


「そうだ、そうだ。フーシェ様も殺すなとは言ったが、それ以外なら何をしても構うもんか」


「よう、お嬢さん、あんたの村人がオレ達をコケにするから悪いんだぜ」


 いたぶるような目付きでエミールは村人を眺めまわすと、蛇のような目でニヤッと笑った。


 これは見せしめだと言わんばかりに、強引にセシルのスカートをまくりあげていく。


「やめろーーー」


 村の男達はもちろん、アルギーナ達も悲鳴をあげている。


 しかし、悲痛な声に興奮したようにエミールは笑った。


「いいぞ。みんな、よく見ろ。これから、面白いものを見せてやる」


 セシルが暴れると、エミールの部下の隻眼の男がセシルの脚を押さえつけたのだ。そして、エミールは長い舌でセシルの鼻を舐める。そして、いよいよ、エミールがセシルに手を出そうとして、もう駄目だと諦めかけた時、遠くから銃声が鳴った。


 パーンッ。


 セシルを押さえつけていた男の後頭部が正確に撃ち抜かれた。男は鮮血を流しながら後ろに倒れている。何が起きたのか。


 村人達はいっせいに振り返る。


 鹿狩りに使う猟銃を構えていたのは何とシャルロットだった。


 立ち上がろうとしたエミールだったが、また銃声が響いた。


 シャルロットは大将のエミールの左胸を撃ち抜いている。


「クホッ」


 セシルの胸の上にエミールが覆いかぶさるようにして倒れ込む。


「うそ」

 

 セシルは信じられないという顔で驚きながらも、エミールの身体を押し返す。


 何と即死である。エミールはピクリとも動かない。鮮血がセシルの顔や衣服にに飛び散っている。


「てめぇ、何しやがる」


 武闘派の男達は色めき立っている。そして、シャルロットのいる方向へと一斉に走り出している。


 それを予期していたかのようにシャルロットはひらりとスカートを翻して立ち並ぶ建物の向こうへと駆けていく。この辺りは村のメインストリートだ。庁舎、診療所、雑貨店などがあるのだが、迷路みたいに道は複雑だ。そして、どんどん道幅が狭くなっていく。


 袋小路に突き当たると百人単位の男達が立ち止まった。


「あの女、どこに消えた?」


 次の瞬間、袋小路の入口にある建物の影から大砲が出てきた。しかも、精鋭部隊の男達の群れへと砲弾が打ち込まれていく。爆風のせいで男達は薙ぎ倒された。


「ふん、さまぁーみろ」


 撃ったのはクロードだった。


 あの時、クロードは船に乗ってシャルロットの妹のマデリーンを目的地まで届けようとしたけれど、マデリーンは、ここから立ち去るつもりはなかった。


 マデリーンは村を救う為にここに残ると告げた。


「あたしは戦うために来ました」


 その言葉にクロードは度肝を抜かれた。


(本当は、シャルロット、おまえの妹のマデリーンが、オレ達の為に大砲を撃ち込む予定だったんだよな)


 この大砲を用意したのはアランだという。


 深夜、アランの伯父の運び屋とやらが持ってきて廃墟に隠しておいたというのである。


 本当は、アランの伯父が助っ人として来る予定だったが、アランが刺されたせいで出来なくなったようである。 


(その為に、実の妹に大砲の撃ち方を暗唱させるなんて驚いたよ。実践で撃ったことのない妹にやらせるなんて無茶苦茶だぜ)


 その計画をシャルロットの妹から聞いたクロードは自分がやると志願した。クロードも大砲なんて撃ったことはないが、鉱山にいたので火薬の扱いには慣れている。


 それに、何年も村に住んでいる自分の方が建物の構造を理解している。


 あいつらの背後にある建物の壁は高い。


 三百年前は、あそこにリユンの神父が暮らしていた。でも、ここが子爵の領地として確定した後、あの建物には誰も住んでいない。


 クロードにとって、あの教会を囲む壁は憎しみの象徴だ。


 その壁の上部を撃つことで、あいつらは壁の下敷きになり圧死するという訳だ。


(シャルロット、オレもおまえも、ずっと前から、こうしたかったんだよな。リユンの腐った番犬どもの首を吹っ飛ばしてやりたかったんだよな。あいつらの死に場所に相応しいぜ)


 だから、こうして大砲を撃ってやる。


 それでも、果敢にこちらに駆けてくる男がいた。


 そいつらの頭部をシャルロットが狙い撃ちしている。


 シャルロットは何丁もの銃を事前に用意していたのだ。マデリーンは長銃に弾を装填すると姉に手渡している。


(おまえら姉妹は強くて逞しいよ)


 敵対していたシャルロットとクロードの連係プレイによって屈強な百人の男達もは次々と倒れていく。


 しかし、まだ残りの男達は広場にいる。



       ☆


 クロード達が健闘している最中、セシルも闘っていた、


 幸い、精鋭部隊の銃器や火薬や剣といったものはトーマスが取り上げており、村外れの洞窟に隠している。しかし、奴等は腕力がある。


(村の男達と戦闘員では、やっぱり、スキルが違うのね)


 素手でも彼等は強いのだ。今のところ精鋭部隊が優勢だ。


 ジワリと追いつめられている村人達は血まみれになっている。このままではやばい。


 村人がハァハァと息を切らしていると、どこからともなく腐った玉ねぎやジャガイモが飛んできた。


 カコーン。


 リユンの精鋭部隊の一人が腐った玉ねぎを喰らって鼻を折って呻いている。


 ふと、懐かしい声が響いた。あれは、大工のハドソンの妻だ。


「あたい達も加勢するよ」


 なんと、それは村から出たはずのハドソンの妻だった。大急ぎで駆けてきたのか肩で大きく息をしている。


「あたいらの村に土足で踏み込みやがって、あたいは許さないよ」


 馬乗りになって殴られている旦那を救おうとしてハドソンの妻が進み出ている。


「てめぇーー。あたいの夫に何しやがる」


 そう言うと、夫を殴った男を投げ飛ばし、履いていた木靴で男の頭を殴打した。


「このアマーーー」


 立ち上がった精鋭部隊の男が応戦しようとしているので、それを見ていたセシリが男を羽交い絞めにした。それを見ていたハドソンの飼い犬もガブリと男の足に噛みつく。


「うぜぇ犬だな」


 尻餅をつくような恰好のまま男は犬の顔を殴るとハドソンの妻の事も足蹴にして、更に、ハドソンの妻の顔を蹴ろうとした。


「やめなさいよ」


 セシルも必死だ。ポケットに隠し持っていた護身用のハバネロの粉を振りかけると、男は激しくむせた。


 よし、今のうちだと思い、男の頭を棒で叩いて気絶させようとして近寄るが簡単に振り払われてしまい、セシリは尻餅をつく。


(悔しい……)


 力ではこいつらに敵わないのだろうか。


 今度こそ、誰も傷つけることなく幸せになりたい。


 その為に、懸命に努力してきたつもりだったが、あいつらは強い。


(だけど、あたし達は闘うわ)


 村人達や寝返った異端者のアルギーナ達も必死だ。


 精鋭部隊の猛者たちも、素手でグタグタと殴り合うのは時間なの無駄と悟ったのだろう。


 ヒリヒリした戦いの最中、不気味な声が響いた。


「おまえら、素人相手に情けないぞ」


 死んだと思っていた隻眼の男が起き上がり、ゾンビのような凄まじい顔で近付いてきたのである。


 顔面は血まみれだが、なぜか、生きている。


「ふっ、前に頭を骨折した時に金属を入れたのが良かったようだな」


 銃弾も貫通に至らず、表面の皮膚を切っただけで済んだようだ。


「おい、おまえら、何を手間取っている。この女を人質にすれば話は早いぞ」


 さすがに、隻眼の男は脳震盪のショックで俊敏には動けないようだが、上官が生きていると知った奴等は色めき立った。そして、セシルを捕まえようと迫ってきた。


 囲まれてしまっている。すると、隻眼の男が一気に進み出てきた。


 セシルの腕をねじるようにして押さえつけて不敵に笑っている。


「おまえさえ捕まちまえば、あいつらも静かになるさ」


 グイッ。


 セシルの肩を掴むと、腕を首に回してナイフを喉元にあててきたのだ。ワーワー。村人と精鋭部隊との混戦は続いている。みんな、目の前にいる相手と殴り合うことに夢中だ。


「せ、セシル様」


 顔面がはれ上がっているハドソンと右手の指が折れているトーマスが、そうはさせまいとして這うようにしてこちらに近寄ろうとする。


 ジュワッ。


 少し刃先が皮膚に食い込み、ゾクッという恐怖がセシルを脅かしている。


「ふふっ、いいか。おまえら、じっとしてろよ。でないと、レディ・セシルは即死するぜ」


 自分が人質になったなら、村人達は闘うのをやめてしまうかもしれない。


「次のリーダーは俺様だな。今すぐにオレの女になってもらおうか」


 ぞわっ。


 嫌悪で心がはち切れそうになる。


 ここでこいつらに蹂躙されるなんて嫌だ。


 負けたくない。負けたくない。


 そんな気持ちがはち切れそうになった時。


「セシルから離れろ」


「えっ」


 懐かしい声が響いた。


 セシルが、えっと驚いたのと、セシルを脅かす隻眼の男の背中にナイフが突き刺さったのは同時だった。


「ぐっ」


 ナイフの痛みに悶絶した男はセシルを拘束する腕をダランと下げて膝を落としている。


 セシルは夢を見ているのかと思った。


 なぜなら、すぐ後ろにアランがいたからだ。


 彼の凛とした眼差しは、いつにも増して精悍だ。


「ここはアルビオンで最も美しい村だ。おまえにの好きにはさせない」


 隻眼の男は、そんな馬鹿なという顔をして横向きに倒れたままダラダラと血を流していたが、げほっと吐血して絶命した。


 アランは、隻眼の男の屍を乗り越えてセシルに近付いてくる。


 セシルは信じられない気持ちで尋ねた。


「アラン、どうしてここに?」


 革命をほったらかして、王都からここまで来るなんて、そんなの思ってもみなかった。


 自分達を裏切ったのだと想っていたのに村の窮地に駆け付けてくれている。その現実に、セシルの胸は震えて涙が滲んだ。


「待たせたな」


 アランは村人を助けに来てくれたのだ。









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