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第二十一話

「アラン、無事だったのね」


 刺されて入院したと聞いていたけれど、アランは、クシャッと優しい笑みをこぼしている。


「よう、セシル、遅れてすまないな。色々あって予定が変わったのさ」


 自分の部下達を連れてきたのかと思いきや、なぜか、そこにいたのは女性陣だった。しかも、どう見ても農家の主婦たちだ。


 すると、アランの隣にいる大工のハドソンの妻が誇らしげに言った。


「隣村の婦人部の女達も来てくれたんだよ。この後も続々と女達が来る。国中の女達が、あたいらの味方だ」


 その言葉の通り、わらわらと女達が村へと押し寄せる様子は圧巻だった。隣村から来た女の一人が言った。


「あたいらの旦那や息子は革命隊の戦士として王都に向かった。男達は、こっちに来られないが、女だって戦える」


 女達は、思い思いの武器を握りしめている。


 武器というよりも棒なのだが、それでもやる気に溢れている。


「ジャガイモの女神のセシル様を救う為に来たのさ。あたいらは、前々から街でデモとかやってるから、荒っぽい事に慣れてんだよ」


「そうさ。穀物問屋をハンマーで破壊した事もあるんだよ。あたしもジャガイモの女神を守る為なら流血も厭わないよ」


 ジャガイモの女神?


 何だろう。誉め言葉なのに、ちよっとダサい。いや、そんな事はどうでもいい。


 とにかく、セシルは嬉しくて泣けてきた。グワーッと目頭が熱くなる。


「セシル、そこ、どいてろ。おまえは少し休んでいろ」


 アランは先頭を切って、フーシェの子飼いの部下達を斬って斬って斬りまくっている。


 なんて鮮やかなんだ。


 まるで演舞のように剣を扱うのね。


 アランが来たことで再び形勢が客転している。


「あたい達もやるよ」


 幸い、精鋭部隊の奴等は制服を着ているので、どれが敵なのか他所の村から来た女達にもすぐ分かる。


 この国の女は強い。特に、目の前にいる女達のパワーは凄まじい。


 夫婦喧嘩をしたら、ほとんど女が勝っているという噂は本当のようだ。


 精鋭部隊も自慢の腕力で女達を殴り飛ばすが、殴られた女は怒り狂って股間を蹴り返している。


「みんな、こいつらの玉を潰してしまいな」


 それを聞いた敵は一斉に股間を押さえ始めた。そのせいで攻撃力が鈍っている。


 こうしている間にも、すく近くで大砲の音が鳴っている。ドーン。


 建物が崩れる音が続いている。シャルロットは廃墟の近くで大砲を撃つと言っていたのだが一人で大丈夫なのだろうか。


 セシルは、シャルロットの近くにクロードがいる事をまだ知らない。


 それにしても、神学校の幹部候補の六人はどこにいるのだろうかと思っていると、橋のところで待ち構えていた女達によって捕縛されていたのである。


「セシル様ーーーー。この小生意気な生徒どもがコソコソと逃げようとしていたんで、捕まえましたよ」


 彼女達にしてみれば、十八やそこらの少年は自分達の息子のようなものである。


「ほら、あんた達、さっさと歩きな。自分だけ逃げようなんて卑怯な奴等だね」


「う、うるさい。異端者ども、汚い手で触るな」


 そう叫ぶ二コラの口にセシルの村の助産婦の女が干し芋をねじ込んだ。


「フン。芋でも食って賢くなりな」


 ふんがっ。


 芋が喉に詰まり、悶絶する二コラ。


 他の五人は絶望したように白目を剥いている。


「あっ……」


 その時、松明の明かりがたくさん近寄ってる光景に胸が震えた。


 川を遡り、手漕きの小舟が近づいてくる。そこには近隣の村の女達が乗り込んでいた。


 みんな、普通の人達だ。ぞろぞろと群れなしてやってくる。その光景にセシルは涙がこみ上げてきた。


 みんな、この村を守ろうとしてくれている。女達はもちろん、うちの村の男達は必死で戦っている。しかし、やっばり精鋭部隊は手強い。


「そうだわ。あれは使えるかもしれない」


 工房の倉庫にはスパイスがある。


 アランが赤毛のガタイのいい男に馬乗りにされて首を閉められているのを見たセシルは、唐辛子を塗りこんだ手で敵の目を覆って悶絶させてやった。


 ゲホッ。ゴボッ、やばい。アランもむせているけれど、何とか立ち上がってくれている。


「助かったぜ」


 そう言うと、唐辛子に悶絶する男の顔を蹴りあげて気絶させたのだ。セシルは、すぐさま、倒れた敵を次々と縄で敵を拘束していく。


 ワンワンっ。村の牧羊犬が精鋭部隊の男達の股間に噛みついている。


 急に増えた助っ人のおかげだろう。時間と共にセシル達が優勢になっていった。さすがの精鋭部隊の男達も次々と捕縛されていく。


(シャルロットはどうなったの?)


 セシルがシャルロットの方へと向かおうとしていると、それに気付いたアランがついてきた。


「オレも行く」


「シャルロット達が心配だわ」


 先刻から大砲が鳴りやんでいる。おそらく、手持ちの火薬が尽きたのだろう。


 駆け寄っていくと、瓦礫の中に大勢の男達が埋もれていた。しかし、その中でも生き残った者達がいて、ゾンビのようにシャルロットやクロードに絡みついている。


 シャルロットは何人かを剣で突き刺したようだ。


 クロードも石を投げつけたりして何とか、相手を交わそうとしている様子が目に入った。


 しかし、そのうちの一人が建物の影にいたマデリーンを人質にとって脅し始めていた。


「おい、シャルロット、その剣を捨てろ。でないと、このガキを殺すぞ。おまえの妹はエミール様の女にする予定だったんだぞ」


「あんたの大好きなエミールは殺してやったわ」


 それは、みんな知っている。


 シャルロットは妹を人質に取られているというのに、フッと微笑んでいる。あまりにも幸せそうに微笑むものだから、相手は怪訝な顔をしている。


「なんだ。てめぇ、気でも狂ったのか」


「さぁ、どうかしらね。あたしは剣を捨てるつもりはないわ」


 シャルロットは本当に嬉しそうに笑っている。


 それもそのはず。


 マデリーンを人質に取る男の背後にはアランがいたからだ。


 そっと影のように忍び寄るアランが、男の後頭部を叩きのめしている。少し離れた場所からアラン達の様子を見つめていたセシルは走り出していた。


「マデリーン、あなた、怪我はない?」


「はい。あたしは平気です。でも、お姉ちゃんとクロードさんが……」


 シャルロットのブラウスが血だらけだ。


 しかし、返り血を浴びただけで本人は斬られていないようである。困ったことにクロードは、今まさに、敵に押し倒されて首を絞められている。


 けれど、アランが駆け付けると、敵の男の頭を回し蹴りして気絶させていたのである。


「おい、クロード、大丈夫か……」


 気の毒な事に頸動脈を絞められたクロードは失神している。


 しかし、どうやら、命には別条はなさそうだ。


 シャルロットは建物の中から油を取り出すと、石垣の下にいる男達の上に油を撒いた。


「えっ、どうするつもりなの?」


 まさか、こいつらを丸焼きにするつもりなのだろうか。


「もう死んでます。火葬にします」


 いや、もしかしたら生きている者もいるのではないか。


 そう思ったけれど、シャルロットは既に火を放っていた。


 多分、それがシャルロットなりの復讐なのだろう。


「セシル様、ここは、もう終わりました。クロードと妹を連れて広場に戻って下さいませ」


「まさか、あなた、ここで死ぬつもりじゃないわよね?」


「いいえ。こいつらと一緒に死んだりしません。それだけは絶対にありませんよ。安心して下さい。わたしは村の為に今後の人生を捧げます」


 シャルロットの表情からは、長年の恨みを晴らした清々しさのようなものが放たれている。


 セシルは戦場となった村を見渡した時、早起きの鶏が鳴いた。もうすぐ夜が明ける。本当に色々あってクタクタだ。


 もう大丈夫と思った瞬間、体の力が抜け落ちそうになっていた。


(本当に大変な夜だったわ)


          ☆


 東の空が明るみ始めている。


「よつしゃーーー。あたい達の勝ちだよ」


「そうだ。オレ達の村を守り切ったぞ」


 村人や助っ人全員で万歳三唱をしていると、一人、雑貨店の二階に残って隠れていたエルザの孫のロバートが泣きながら走ってきた。


「おばぁちゃーーーん」


「ロバート、あんた、無事なんだね」


「おばぁちゃん。悪い奴等をやっつけたの?」


「ああ、そうだよ。あたし達でやっつけてやったさ」


 後に、この事件はジャガイモ聖戦と呼ばれるようになる。


 名もなき農民が、隣国から来たフーシェの私兵による魔の手を防いだからだ。


「もう、これで安心だな」


 アランがそう呟いた時、アランは脇腹を押さえていた。傷が開いたようだ。


「アラン、しっかりしてーーー」


 それから三日間、セシルはアランの枕元で看病を続けた。屋敷の大半は燃えてしまったので、アランとセシルは森番の小屋で過ごしたのだ。


        ☆


 セシルは尋ねずにはいられなかった。


「革命はどうなったの?」


「さぁな。オレは参加していないで、ずっと病院にいた。オレの伯父が革命戦士を引き連れて宮殿を占拠しに行ったみたいだな」


「あなた、こんなところに来て大丈夫なの?」


「最初から、伯父に任せてこっちに来るつもりだったぜ。だって、この村の方が大事だからな」


 そう言うと、アランは愛し気にセシルの頬に手を添えた。


「おまえが無事で良かった。おまえの村を誰にも渡すもんか」


 お腹の傷が治っていないというのに無理をして駆け付けてくれたようだ。


「でも、こっちに来たと知られたら、ブラウンは怒るんじゃないの?」


「実は、病院をこっそりと出ようとした時、ブラウンに言われたよ。これは裏切り行為だってね。だから、言ってやった。オレは革命隊を脱退するってね」


 そう宣言した事に後悔はないという。


「でも、裏切り者として裁判にかけられるかもしれないわよ」


「それはない。オレは、王都で暗殺されそうになったから療養の為にここに来たと言うさ。そしたら、たまたま、フーシェの私兵と遭遇した。ただ、それだけだ……。今は、オレを刺した奴に感謝してる」


「刺したのは誰なの?」


 アランは一瞬、言葉に詰まるが小さく微笑んだ。


「さぁな。見た事もない奴さ」


        ☆


 体力が落ちているというのに長旅をして、挙句の果てに乱闘に参加したせいだろう。


 数日、高熱にうなされていたアランだったが、安静にしたおかげで元気になったのだ。


「身体が元気なら、もっと早く駆け付けられたのに、すまなかった」


「気にしないで。間に合ったわ」


 あの時の乱闘が嘘みたいに思えてくる。キラキラと輝く水面が綺麗だ。


 森の脇を流れる小川のせせらを聞きながら二人は見つめ合う。


「おまえの館は燃えちまったな」


「当分、あたし小屋に住むわ。残念だけど、食料の加工の工房は、また一から建て直すしかないわね」


 でも、手狭になっていたのでちょうどいいかもしれない。


 大砲をぶち込んで崩れた廃屋のところに、新たな工房を作ろう。


 この村に住むことになったアルギーナと呼ばれるユリン人の寮やコテージも必要だ。


「お金がいくらあっても足りないかも……」


「それなら、心配するな、オレの金を貸してやる」


 アランは、その為にコツコツと溜めてきたといっても過言ではない。セシルの夢はアランの夢なのだ。


 あの地獄のような事件の一週間後、久しぶりに行商人がやってきた。


「いやいや、王都は戦場になりまして大変でしたぞ。しかし、こっちも大変だったようですな」


 こんな村にも革命成功の知らせは伝わる。


 宮殿は革命隊に占拠されており宮殿に仕える王族や貴族はみんな収監されている。


 ブラウン達は、市民も政治に参加できるような仕組みを目指している。


 王はお飾りとして置いておき、行政はブラウン達が引き受けるというのが理想らしい。


「王がブラウンとの交渉の場に出たなら、すぐに決着は着くと思うが、王を国外に逃がそうとする勢力もいるからな。もしも、王が国を捨てて逃亡したら、話しはややこしくなるぜ」


「でも、まだ王の権力は健在のようね」


 昨日、ようやく村に王軍が到着した。そして、フーシェの手下どもは、王軍によって捕らえられた。


 後で分かったことだが、アランが高熱を出してセシルに看病されていた頃。アルビオンの王都では王様がバルコニーから白旗を振っていたという。


 宮殿の外では近衛兵と革命戦士の激しい銃撃戦が繰り広げられており、王は、ずっと、耳を塞いでいたが、ある時、決意したように顔を出した。


「撃ち方、やめい。余は降参しておるぞ。皆の者、戦争はいかんぞ」


 王は、元々、政治に興味などこれっぽっちもなかった。命を救ってくれるのなら喜んで政治の権限を市民に渡すと宣告したのだった。


 アランの伯父は王を捕らえた後、また商人に戻っている。だが、革命戦士達からは兄貴と慕われ、大通りに銅像が立ったらしい。


     ☆


 王は、からくり人形を作るのが趣味のオタク気質である。贅沢な食事や衣服も望んでいない。


 王妃は、それなりにお洒落には興味があるけれど、自分で裁縫したいと前々から思っていたし、子育ても自分でやりたいと思っていたので、使用人を減らす事には賛成だ。


 実は、王と王妃は金に頓着はない。浪費していたのは周囲の取り巻き達である。


「節約、おおいに結構」


 王はそう言っている。


「わたくし、自分で縫ったドレスを売る店を作りますわ」


 王妃も働く気でいる。


 そうなると、わざわざ王を殺す必要もない。


 他の貴族達が反対しようとも、王の宣誓により、この国の政治を担うものは国民から選ばれることになった。しかも、貴族に与えられていた無税の特権は廃止された。貴族も税を支払うことになっている。


「サマセット村のセシルのように貴族も働くべし」


 今ては、王様も自分の玩具工房を営んでいる。


 王は、祭事などは行うが、政治とは無関係である。


 宮殿の維持費も小麦の値段も国民から選ばれた議員が決める。


 そんな法案が通過しているものだから、商人達はズルをする事が出来なくなっている。


 そして、怠けていた貴族達も実業家として働き始めている。ちなみに、隣国リユンでも異変が起きている。


 二コラ達の親達は芋の粉を使ってパンを焼いて食べた事がバレてしまい投獄された。


 国内に余計な反乱要素を持ち込んだフーシェは神王によって処刑され、なおかつ、フーシェの神学校は解体された。


 二コラ達は追放されて異端者の烙印を押されたのだが、彼等は、流刑地で反乱を興して逃げ出した。


 その後、二コラ達は神王を倒す為に暗躍するようになっている。


「ジャガイモの貴公子」


 自ら、そう名乗り、二コラ達は『テロリスト』として国内を荒らしまわっている。


 有力な貴族達の食卓に。こっそりとキャッサバのパンを忍ばせたり、コーンポタージュを飲ませたりして異端審問会に密告するという形で報復している。


 神王も、次から次へと貴族を粛清しなければならないようになり、そうなってくると、貴族達も神王に逆らうようらになる。


『神王にも芋を食わせてしまおう』


 そんなテロを二コラ達は計画している。平和なテロと言えるだろう。


 この先、あの国がどうなるのかは未知数だ。


 もしも、リユンで暴動や内戦が起きたなら、大勢の亡命者が村に流れ着く事だろう。


 しかし、今のところセイルの村は穏やかだ。アルビオンの情勢は安定している。


 ブラウン総長の計略による怒涛の革命騒動は、こうして幕を閉じた。


 あれから一年。


 セシルは十九歳になった。兄が亡くなってから一年になる


 シャルロットはセシルの村に残り、村の小学校で校長先生として働いている。


 そして、シャルロットの妹のマデリーンも補助教員として教えている。


 侍女のサリーはエドと結婚している。


 セシルの屋敷は解体されており前に比べるとずいぶんと小さな家が建った。


 使用人はメイドのセーラ一人。


 セーラが仕えていた老婦人は亡くなったのだ。


 新しい家で暮らし始めたセシルは、少し寂しそうな顔で窓の外を見ていた。


「クロード、今、外国にいるんだね」


 前々から世界中を旅したかったので船乗りになると言って出て行ったけれど、本当は、この村にいたかったのではないかと思う。


 あの事件の後、セシルに泣きながら告白してくれた。


 アランを刺したのはクロードだったのだ。


(あたし、そんなの知らなかったわ)


 あの時、傷口の痛みに耐えながら、アランはあいつらと闘う為に来てくれた。


 シャルロットがセシルに教えてくれたのだが……。あの時、アランは村を守ろうとしてシャルロットに託したらしい。


「作戦を練ったのは彼なのよ」


 敵に毒を盛る作戦も、袋小路に追い込んで大砲を撃ち込み、一網打尽にする方法もアランが考えたものだった。


 アランが自費で大砲を買ってこの村に密かに運んでくれていたというのである。


 シャルロットが言った。


『アランはお嬢様を愛しているわ。怪我していても王都で指揮するように言われていたけれど、それを蹴ってここまで来たせいで、ブラウン達からは裏切り者扱いになっているわ。だけど、村を救った美談に世間は心酔しているから、アランはブラウンとも和解したって訳なのよ』


 そんな裏事情があったなんて知らなかった。


 人の気持ちというのは外からはよく見えないものである。


 ああ見えて、シャルロットは兄を本気で愛していたようなのだ。


『あの方の側にいられて幸せだったわ。あなたの兄様は本当に優しい人だったわね……。生まれ変わったなら、あなたのお兄様みたいな人と暮らしてみたいな』


 セシルは言いたかった。


『転生したら、あなたも、別の世界で愛する人に出会えるかもしれませんよ』


 しかし、やっぱり、胸の奥がツンとなる。どうしても兄の死だけは防げなかったことは残念だ。


 しかし、前を向いて生きていく。セシルには守るべき人達がいる。


 前世では、革命の渦に巻き込まれて殺されるだけの人生だった。


 だけど、今回は無事に切り抜けた。村の人達も幸せそうだ。


 兄のお墓に向かった後、アランのプロポーズに対してイエスと頷いた。


「これからは夫婦として一緒に歩みましょうね」


 セシルは、この村の為にこれからも尽くそうと誓ったのだった。






 おわり

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