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第十八話

 どうやら、シャルロットは、入念に妹と話をつけていたようである。


 空き家の前でクロードがフクロウの声の物真似をすると、中から、猫の声が聞こえてきた。


 扉を四回ノックすると中から人が現れた。クルクルとカールした赤毛の美しい少女が安堵したように言った。


「お姉ちゃんのお友達のセシル様ですね。妹のマデリーンです。いつも、姉がお世話になっています、いつも手紙にあなた達のことが書かれていました」


 クロードが言った。


「もしかして、鷹を使って手紙を送っていたのか?」


「いいえ。あれはフーシェ様に送る手紙です。あたしへの手紙の文章は本の余白のところに書いてありました。火にあぶると読めるんです」


 読んだらすぐに燃やして消去していたという。


「お姉ちゃんはフーシェの下僕に賄賂を渡して、川の土手であたしと会っていました。もちろん、フーシェもその事は知っていました。お姉ちゃんは、あたしに会いたくて密輸の回数を増やしていました」


 その顔はシャルロットによく似ている。つまり、色っぽくてミステリアスな美人さんだ。年は十五歳。


「お姉ちゃんがアルビオンに向かってから、あたし、喘息の発作を起こさなくなったんです。いいお薬を手に入れてくれて感謝しています」


 シャルロットは妹のマデリーンを守る為に頑張ってきたというのは本当なのだ。それを思うとセシルの胸は熱くなった。


「助けてあげるからね」


 そこから、夜陰に紛れるようにして三人は進んだのだが、マデリーンは歩くのが少し苦手なようだ。


「歩くのが遅くてごめんなさい。子供の頃、栄養失調になったせいで片足がうまく動かせないんです」


「いいさ。オレの背中につかまれ。背負ってやる」


 クロードとしては早く帰りたい。シャルロットと似た顔立ちの美少女のマデリーンは、何度もすみませんと呟いている。夜風が冷たいせいで咳き込みそうになるが、マデリーンは懸命に耐えている。


 その一時間後、護岸から小船に乗り込み、向こう岸に向けて漕いだ。


 ちなみに、河の警備の者達も兵隊として駆り出されているが故に、今夜は警備がユルユルなのだ。


 誰かに撃ち殺されるというプレッシャーを感じる事なく船を漕げる。


 無事に河を渡り切ると、マデリーンは自分のペンダントをセシルに渡した。


「これを姉に渡してください」


「あなた、一人で大丈夫?」


「ここからは、私、一人で河を下ります」


 セシルの領地より下の河の両岸はアルビオンの領地となっているので安全だ。いきなり、誰かに撃たれる心配はない。


 いや、しかし、女の子が一人で下るのは危険な気がする。途中で大きな岩にぶつかったらどうするのだろう。


 セシルは頼んだ。


「クロード、お願い。この娘の護衛として近くの町まで連れて行ってあげて」


「何を言っているんですか。閉じ込めているはずの侍女のオレが消えたら、見張り番は不審に思いますよ」


「それは適当に誤魔化しておくわよ。この子を送り届けたら、またしれっと戻ってきたらいいのよ。それに、今、領地の外ではどういう事になっているのかも知りたいわ」


「それもそうだな。村の女達がいる場所までマデリーンを連れていくとするか。マデリーン、あんたはオレ達の人質になってもらう」


「ちょっとクロード、何を言うのよ」


「いいんです。信用できない気持ちも分かります。でも、姉は、本当に子爵様とセシル様を尊敬しているんですよ。今、いる場所は夢の様に素敵な村だと言っていました」


 確かに、フーシェの圧制に苦しんできた者にしてみれば、セシルの村は眩い程に輝いて見えたに違いない。


 生まれた場所によって、こんなにも境遇が変わってしまう。


(この娘は今まで怯え続けてきたんだろうな)


 何だか切なくなり、セシルの胸がツンと痛む。


 村に戻ったセシルは夜が明ける前に秘密通路を使って館に戻った。


 少し仮眠をとろう。


(戦いに備えたい……。負けるもんか)


 翌朝、午前の十時頃にシャルロットが起こしに来たのでマデリーンのペンダントを渡すと、彼女はホッとしたようにセシルの手を握った。


「この後、私はどうなっても構いません。この村の為に命をかけると誓いますわ。どうか、私の言うとおりにして下さい」


 シャルロットとセシルと兄は互いに頷き合う。


(ここからは、シャルロットの計画に沿ってあいつらを追い詰めてやる)


 それから、三人で綿密に打ち合わせをしていく。


 未来の枢機卿や大司教候補生の六人。この屋敷には神学校の生徒達の中でも、トップクラスの者達が泊っている。貴族の息子達なので戦線には向かわずにここでセシル達を見張るのだ。


 この日の朝、彼等は屋敷の裏手にある工房で焼いたパンを食べた。


 すると、あまりにもパンがもっちりとして美味しかったので、製法を教えるようにと料理長を脅した。


「そ、それは特赦なパンなので、あたしには分かりませんよ」


「だったら、分かる奴を連れてこい」


 どうして、こんなにモッチリとしているのかレシピを教えろとセシルに詰め寄ってきたのである。しかし、セシルは首を振る。


「これは我々の村の大事な食料です。あなた達には教えられません。あたし達、どこにもない食べ物を売る事で生計を立てているんですよ」


「レシピなどなくても、我々の国にもマイスターがいる。ふん。いずれ突き止めるさ」


 二コラは満足したように笑った。


「見たところ、上等な小麦のようだな。わたしの父の屋敷でもこのパンを焼くぞ。この製粉をすべて移送しろ」


 工房で焼くパンの材料は屋敷の倉庫に詰まれている。すると、神学校の生徒会の幹部達による略奪が始まった。そして、あれよあれよという間にセシルの工房で使う製粉はすべてリユンへと持ち去られてしまったのだ。


「ひどいわ。すべて持ち去るなんて」


 セシルが悔しがると、学生達のリーダーである寮長の二コラが意地悪な笑みをこぼした。


「お前たち、異端者には罰を与えよと神はおっしゃっておられるのだ」


 ニコラは気まぐれに、そこらへんにある陶器を叩き壊している。二コラの顔は高揚していた。


(誰かに罰を与えるのは実に爽快だ)


 それだけでは飽き足らず、二コラ達は工房の製品を点検していく。その最中、ふと、二コラはアルミの缶を見つけた。


「これは何だ?」


「キャンディーです」


 まだ商品化には至っていない。


 七つの色と味にしようと思っているのだが、どうやってバラエティ豊かなものにしようか迷っているところなのだ。


 南国ならばパイナップルやマンゴーといった果実が使えるけれども、この村に実る果物はそう多くない。


 今のところ、ブドウ味、梨味、ミント味、林檎味、桃味、チェリー味が確定している。


 あと一つをルバーブ味にしようか、それとも杏にしようかと考えていたところである。


「飴を作るには大量のハチミツが必要になると思うが、おまえの村は養蜂が盛んなのか?」


「いいえ。砂糖ダイコンから砂糖を抽出しています」


「なんだと、砂糖もあるのだな」


 早速、砂糖も強奪しようと色めきだっている。食糧庫を探し回ったが、精製された砂糖は見当たらなくて苛立っている。


 砂糖は貴重なので洞窟に隠しておいたのだ。


 半地下にある倉庫の奥にある芋を見ると学生達は顔をしかめた。


「こ、これがジャガイモか。な、なんとも面妖な形状だな……」


 セシルは答えた。


「いいえ。それはキャッサバという芋ですわ。それで、こっちの赤いのがサツマイモです」


 しかし、米やキャッサバやジャガイモは異端の食べ物として見向きもしない。トマトの瓶詰のソースやパプリカのペーストに至っては、おぞましいと言い放ち割って廃棄している有様だ。


 セシルは疲れたように座り込む。


「あなた達……。そんなに新大陸の野菜が憎いのですか?」


「あ、あたり前だ。異端の食べ物だからな」


 そう言いながら、二コラ達は缶入りのキャンデーを口に頬ばると美味いと目を細めている。甘いものには目がないようだ。そんな訳で、彼等は略奪することでおおいに満足していたのである。


 その日の午後、お茶の時刻になったので執事が二コラ達にケーキを出した。


「むむっ。このねっとりとした質感は何なのだ」


 フォークにケーキを突き刺したまま、二コラはしげしげと眺めまわしている。


「これはサツマイモを蒸してペースト状にしたものを使っています」


 甘栗をてっぺんに乗せているので、みんなは、そのペーストを栗だと思ったようである。


 いわゆるモンブランケーキに関しては、以前、セシル達はリユンで売った事があったので、彼等は、これか噂のモンブランかと思っていたようである。


「サツマイモだと……」


 異端の根菜。それは、エリートの宗教家が最も忌み嫌うものである。


「ふ、ふざけるなーーー。こ、これは悪魔の食べ物ではないか」


 食べようとしたものを踏みつけている。


 しかし、セシルは言ってやった。


「食べないなんてもったいない事をしますね。うちの村では小麦のケーキは滅多に作らないんです。村では小麦は栽培してませんから、よそから買うしかありません。でも、買うのはお金がかかります。だから、山際の棚田で米を栽培してます。そして、我々は、米粉のパンとケーキを食べるようになったんですよ」


「こ、米はまぁいい」


 そう、米は大陸南部で食べられているのでセーフのようだ。


 セシルの講釈は続く。


「米粉でパンやケーキを作るだけでは村人全員を満たせないと気付きましたので、キャッサバという芋を植えるようになったのです。その芋の粉からパンを焼くようになりました。キャッサバの粉を加工してタピオカミルクティーというい飲み物を作ることもあります。キャッサバ芋って毒があるから、毒の処理が大変なんですよ」


「毒芋にまで手を出すとは、おまえ達は何と野蛮な奴等なのだ……」


 彼等は、わなわなと震えている。


「貧乏だから仕方ないではありませんか。カエルやカタツムリも食べますよ。セミも食べています」


「信じられん」


 昆虫食に関しては、さすがに、村人も嫌がる人は多いけれど、カエルに関してはすっかり浸透している。


「昨日、うちのメイドが酒のつまみとしてあなた方にセミの佃煮を出したら、全部、食べたじゃないですか。おかわりまでしたくせに、何を言ってんだか。ちなみに、あのお酒は、あなた達が忌み嫌うサツマイモの蒸留酒ですよ。昨日の夜と今朝、あなた方が食べたニョッキはジャガイモが練り込まれたパスタですよ」


「うぐっ」


 それを聞いた神学校の生徒達は慌てふためいた。


 異端のおぞましい食べ物をすぐに吐かねばならない。


「き、貴様らーーー。ふざけるな」


「な、なぜ先に言わない」


 とにかく、ガチガチに洗脳されている人達なので神の祟りが怖くて仕方ない。


 そこで駄目押しするようにシャルロットが告げた。


「あらあら、大変だわ。でも、三日間、断食をして瀉血をすれば少しは清められるかもしれませんね。幸い、子爵様は医療の心得がありますので瀉血して差し上ると申されていますわ」


 今は緊急事態である。六人いた学生たちはセシルの兄に瀉血をしてくれと泣きついてきた。


「子爵殿、は、早く、穢れを取り除いてくれーーー」


 リユンでは悪魔を身体から追い払うには次のようなことを行う。


 瀉血、嘔吐、浣腸、発汗。


 彼等は何とか穢れを追い出そうとして、セシルの兄が処方した嘔吐剤で食べたものを吐き出している。


 そして、暖炉に薪をくべて、ひたすら祈るという体勢に入っている。


「あらあら、二コラ、ひどい冷や汗だわ。拭いてさしあげますわ」


 シャルロットは神学校の寮長二コラの汗をタオルで拭くフリをして額に漆を塗りつけていく。


 すると、たちまち二コラのおでこに湿疹が広がった。それを見た盟友達が悪魔の印だと言い出している。


 しかし、中には論理的な者もいた。


「な、なぜ、この村の者は悪魔の食べ物を食べても平気なのだ?」


 セシルは言ってやった。


「あなた達とは別の宗派だからだと思いますよ。あなたも改宗すれば呪いは解けるんじゃないかしら?」


「ふざけるな、異端者どもめ」


 痒みに悶絶しながら二コラが呻く。


「やだー。あなたも食べたんだから、こっち側の人間ですよ。きっと、リユンに戻ったら焼き印を押されますね。お可哀そうに~ あら、何て罪深い事をしてしまったのかしら」

 

 ここぞとばかりにセシルは涼しい顔で言い放つ。


「あなた達が略奪した粉は小麦じゃなくてキャッサバの粉です。あなた達は悪魔の手先としてみんなから石を投げられるんだわぁ~ あら、恐ろしい」


 煽って煽って煽りまくってやった。ざまーみろだ。


 神学校の寮長の二コラは苛立っている。


「おい、シャルロット、なぜ、そのことを教えない?」


「あなた達が私的に略奪する許可をフーシェ様は与えていませんわ。そのような真似をする者がいれば罰を与えると申されていたわ。だから、裏切り者が誰なのか入念に見定めていたのですわ」


「ぐっ……」


 フーシェを出し抜いて略奪するのは大罪だ。


 今回、ここで奪ったものはフーシェに捧げる事になっている。


「し、しかしも、異端の食べ物は危険なので我が家で消去する為に持ち去ったのだ。こ、これは決して裏切りではない」


 だが、シャルロットは冷え冷えとした顔をしている。


「あらあら、二コラ様は御存知ないのですね。フーシェ様は、それを他所の国に売っておられます。キャッサバの粉や米粉は他国では兵站として需要があるのです。あなたが略奪したものはフーシェ様の財産の一部となる予定でしたのよ」


 今回のこれは、オレオレ詐欺の下っ端が勝手に暴走して現金を着服したようなものである。


「この事をフーシェ様には報告しておきます。あなた達の父上は神都で粛清されますわね。でも、あなた達は庶子だから、親子の縁を切れば、何とか、お父様達は生き延びることが出来そうですわね。ただし、その食べ物を口にしていたら、お父様やお兄様もアルギーナの仲間入りです。炭鉱などて働くことになりますね」


「な、なんだと」


 彼等は狼狽している。


 権力者の庇護なしでは彼等は無力だ。


 神学校に入った時点で去勢されており、神の家でしか暮らせない哀しい境遇なのだ。


 神学校の生徒達の心に絶望の色が広がっているのを見ているうちに何だか哀れになってきた。


 セシルは二コラ達の焦りを感じ取りながら思った。


(この人達も自由には生きられないのよね)


 シャルロットと同じようにフーシェに支配されている。


 リユンの下層民は、ずっと前からジャガイモやサツマイモを食べて飢えをしのごうとしているのに、リユンの支配層は新大陸由来の作物の畑をみつけると潰してきた。


 神王が編纂した経典に縛られたせいでリユンの王は新大陸由来の食べ物を禁止するしかなくて、国内は飢えが蔓延している。


 フーシェは、そんな停滞ムードの中、侵攻による手柄を立てようとしている。


 しかし、そうはさせるものかとセシルは密やかに拳を握る。さぁ、ここから反撃してやると燃えていたのだった。



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