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第十六話

「お初にお目にかかります。公爵様にお話があって参りました」


 セシルは公爵家ので向かうと丁寧に告げた。


「今は、領地でやるべきことがたくさんあるのです。ですから、モーリー様の良き妻にはなれません」


 この日、モーリーはその場にはいなかった。


 何でも、モーリーは時計職人の大会の審査員手して地方に出かけているらしい。


 公爵夫妻が代わりにセシルと対面したのだ。


「わたしの兄嫁の借金に関しては少しずつ返却いたします」


 向こうは、まさか、セシルが断るとは思っていないくて驚いていたけれど、モーリーとの結婚を望む貴族は多いので相手はセシルに断られてもたいして気にしていなかった。むしろ、変り者として有名な娘を嫁にしなくて済んでホッとしているように見えたのだ。

 

夕刻、アランとは王都のホテルの近くのレストランでアランと食事をする約束になっている。 


 公爵家からホテルに戻ると仰々しい手袋やアクセサリーを外し、動きやすい普段着に着替えているとクロードが戻ってきた。


 灰色の泥水を飲まされたかのような陰鬱な顔のクロードに驚いた。


「クロード、何かあったの?」


「はい。恐ろしい事実が判明しました」


 クロードから衝撃的な事実を聞かされてセシルは凍り付く。何と、フーシェが村を襲うというのだ。


(あたしの館にフーシェの部隊が来る……?)


 前回よりも、もっと酷い内容になっている。前回は、セシルと兄が犠牲になればそれで良かったのに、今回は、もっと陰惨な事が起きようとしている。


「こ、この事をアランは知っていたのかしら」


「知っていますよ」


「……なんですって」


 そんなおぞましい計画に参加しておきながら、よくも、プロポーズなど出来たものだとセシルは唇を噛みしめていく。


許せない。怒りに胸が震える。喉元が詰まり、立っているのさえ苦しくなってきた。


「あたし、アランのことを信じていたのに見損なったわ」


「……」


 クロードも絶望したような顔で佇んでいる。セシルの胸は焦げ付いている。今すぐにでもアランを問い詰めたい。


「アランとじっくり話す必要がありそうね」


 そんなセシルに対してクロードは何か言おうとして黙り込む。自分がアランを刺したとは言えない。


(ああ、もう、イライラする)


 ホテルの一室にいても気が詰まる。


 セシルは喉が渇いたのでホテルのカフェに向かうが、その時、ホテルにいた客が騒ぎ出した。


『おい、聞いたか。革命戦士の隊長のアランが何者かに路地で刺されたようだぞ』


『きっと王党派の仕業だ』


『王の手下どもはアラン様をつけ狙っていたからな』


 なんですって。


 セシルは動揺を隠せない。アランが刺されたと聞いてセシルの心は揺れている。


 憎むべきなのに容態が気になって仕方がない。


 革命隊の同士の印である赤いネッカチーフを巻いている市民に尋ねたところ、アランは腹を刺されて病院に運び込まれたという。


 セシルが真っ青になっているとアランの部下だという男が告げた。


「アランの意識はあるみたいだ。心配なら医者に聞きに行くといいさ」


 しかし、見舞いに行く暇などない。早く村に帰りたい。


(あたし、本当は、この後、アルビオン南部に行く予定だったのよ)


 アランの妹のアンヌがセシルに会いたがっているとアランが言うので、この後、そこに向かう予定だったのだが……。今思うと、それもアランの罠だったのかもしれない。


 自分が留守の間に村を奪われてしまうところだった。


「セシル様、あんな奴のことは放っておきましょう」


 クロードは早く村に帰って何とかしましょうと言っている。


「そ、そうね」


 王都に着いたばかりだが、セシル達は村に帰ることにした。とはいうものの、夜間は移動できないので王都郊外まで進むと宿に一泊したのだ。


 その宿の夕飯はテラス席でいただいた。クロードは食事の後、星を見上げながら言った。


「きっと、前々から、フーシェは村を乗っ取ろうと考えていたんですよ。シャルロットもフーシェと通じていますよ」


「……そうかもしれないわね」


「シャルロットがアルビオンの塩商人から塩を買っていることはお嬢様も知ってますよね? あれは、きっとフーシェに捧げる献上品なんだと思います」


 今度こそ、クロードの言葉にセシルは頷いた。


 こないだシャルロットとアランが部屋で会っていたのは、こういう裏があったからなのかと納得した。


(革命の為にフーシェと組むなんて、アランは頭がおかしいのかしら。フーシェは、あなたの敵だったはずだわ)


 もしかしたら、セシルにプロポーズしたのは、こちらを油断させる為だったのかもしれない。


(急にプロポーズするなんて変だと思ったわよ)


 まんまとアランに騙されるところだった。


 あの男はセシルに気があるフリをしていただけなのだ。そう思うと眩暈のような感覚に襲われる。


 生まれ変わっても、自分とアランは傷つけ合う関係のようだ。


「それにしても誰がアランを刺したのかしら」


 疑問を口にしたセシルに対してクロードは黙っていた。


 自分が刺した。しかし、それを言うと、セシルが自分を軽蔑して泣き出すような気がして怖かった。話題を逸らすかのようにクロードが言った。


「奴等の作戦は巧妙ですよ」


 事前に、ブラウンは計画を詳細に仲間内で確認していたのである。だから、クロードはそのままセシルに伝えた。


 アルビオンの軍隊の上級士官は王党派だ。


「宮殿の警備は固い」


 近衛兵は王に忠誠を誓っている。


「アルビオンの王軍は合わせて五千。革命隊の革命戦士は約三千人。訓練をしたものの、プロのアルビオンの兵士と闘うとなると不利だ。だから、少しでもアルビオンの王軍側の兵を減らしたいのさ」


 という訳で、フーシェという敵をわざと招いて、宮殿の防衛に駆け付けさせまいとしている。


「酷い話だわ。何のための革命なのよ。あたし達の大切な村を囮にするのね。もしかしたら、フーシェの奴は、うちの村人も兵士として使うかもしれないわよ」


 無理に脅して村人を盾代わりにするかもしれない。


「オレはそんなことより、女達のことが心配です」


「……そうね」


 前世の悪夢が生々しく蘇り背筋が毛羽立つ。


(悪夢だわ。アルビオンの革命隊よりも、もっと酷い奴らが来てしまうなんて……。何て恐ろしいことか。ああ、嘘だと言って……)


 荒々しく踏み込んできた男達がメイドや村娘に何をするのか考えただけで視界が歪む。


 大急ぎで村に帰ったセシルはクロードに命じてシャルロットを拘束した。


 そして、シャルロットを尋問したところ、彼女は淡く微笑むようにして告白した。


「もう、賽は投げられたのです。今更、どうにもなりませんわよ」


 その落ち着き払った態度にセシルはカッとなった。


 フーシェの忠実な私兵は千人。


 狂信的で残酷な奴等だ。


 聖戦だとか、ジャガイモを喰らう異端者を悪魔から解放するという名目でここにやってくる。


 予定では、四日後、奴等は乗り込んでくる。


 村には砲弾がない。侵攻を食い止めたいけれど石橋を今から壊すのは無理だ。


「シャルロット、あたしは、あなたを軽蔑するわ」


「……分かっております」


 クロードによって手足を拘束されようとも、シャルロットの声は穏やかなままである。


 あまりにも落ち着いているのでセシルは苛ついてきた。


「あなた、フーシェの為に今まで何をして来たのよ」


 すると、シャルロットはすべて告白した。それを耳にしたクロードの顔は怒りに染まっている。


「おい、てめぇ、フーシェを喜ばせる為に生まれてきた雌犬だな」


 そんな汚い言葉を吐かれても、シャルロットの表情は変わらない。クロードはシャルロットの襟元を掴んで殴りかかろうとする。


「何を騒いでいる。やめなさい」


 ちょうど図書室にやってきた兄が割って入てきた。セシルは兄に説明すると、兄は険しい顔で言った。


「本当に革命隊の者達が、そのような事をもくろんでいるのなら、なぜ、おまえは王に上奏しないのだ? 王が無理なら公爵様に言っても良かったのだぞ」


「……言える訳がありませんよ」


 そんな陰謀があると言ったところで証拠がない。


「証拠がなくても匿名で知らせる事は可能だ。伝書ハトを飛ばしなさい」


 しかし、それにはシャルロットが反対した。


「そんなことをしたなら、フーシェ様が、あなたとの密貿易を暴露しますよ。革命は防げても、子爵家の崩壊は防げません」


 フーシェは兄の弱みを握っている。


 兄を誘惑したのは、この日の為。シャルロットは寄生虫のような女だ。


 宿主を破綻へと追い込んでいる。なんて恐ろしい女なのだろう。


 おそらく、この村の形状や家族構成などもシャルロットは把握している。


 色々と筒抜けになっており、どうしようもない。


「ああ、どうすればいいのだ」


 せっかく飲むのを止めていたアヘンチンキを飲もうとしたので、セシルは兄の頬を平手打ちした。


「お兄様は領主なのですよ。あなたが、そんな状態でどうするのですか?」


 アヘンチンキの瓶が割れていた。兄は腑抜けた顔で言う。


「わたしは名ばかりの領主だね。村人は、おまえを崇めている。村が豊かになったのはおまえの功績だ。拗ねている訳ではないよ。おまえのように賢くないのだ」


「そんなことありません。お兄様の薬の知識によって救われた人はたくさんいます」


 セシルは兄を鼓舞する。


「お兄様、もう、そんなふうに卑下するのは止めて下さい。あたし達の村を守らなければなりません」


 村民は五百人。といっても半分以上は女と子供と老人。


 戦うのは難しい。


 第一、こちらには武器がない。とにかく、何か対処しなければならない。セシルは言った。


「とりあえず、妊婦と若い娘は今のうちに村の外に避難させましょうよ」


 しかし、王都も危険である。


(あそこも、革命の嵐が吹き荒れるんだわ……)


 とりあえず、村と王都の中間地点の辺りに向かわせる事で話はまとまった。


 足腰が丈夫な者は陸路で移動するのだ。妊婦と乳飲み子は釣りに使う小さな船に乗せて移動させていく。


 アルビオンの革命隊がこの件に絡んでいる事はまだ誰にも話していない。


 もしも、村人が知ったなら革命隊に心酔している者と対立するかもしれない。村人同士でいがみ合うのは避けたいと、そこまて考えてセシルは伏せることにした。


「お嬢様も避難しましょう。我々だけが逃げる訳にはまいりませんわ」


 出かける前、サリーはセシルにすがりついて泣いたけれども、これでいいのだ。心の中で思った。


『あなたは、前世で、あたしの身代わりになって酷い目に遭ったのよ。謝って済む事じゃないけど、ごめんなさい。今度こそ、あなたは生き延びてね』


 自分はここに残ると宣言すると、村の女達は泣いた。それでも、女達は略奪されたくない高価なものを鞄に詰めて旅立っていく。


 サリーを含む村の女達は強い眼差しでこう言った。


「セシル様、あたし達の村を守るために仲間を集めて戻ってきますね。だから、それまで、どうか生きていてくださいね」


「心配ないわ。貴重な労働力なんだもの。簡単に殺したりしないわよ」


 そうは言ったものの、この先、どうなるかは不透明である。どう考えても見通しは暗い。


    ☆


 セシル達が悲壮な気持ちで過ごしていた頃、王都では、ブラウンが執務室のテーブルを叩いていた。


「誰が、アランを刺したんだよ? 犯人を見ていないのか?」


「小柄な男が刺したと浮浪者が証言していますが、本当のところは分かりません。アランは一命はとりとめましたが、意識は戻っていないようです」


「なんということだ。王党派の仕業だな」


 ブラウンにとって、これは大きな誤算である。


 革命隊の武装兵士の司令官としてのアランの力は絶大だ。彼なしでの作戦決行は痛手になる。


 革命隊の文士達は、大学出のエリートが多いので扱い易いけれど、戦場での斬り込み部隊となると、どうにも荒っぽくて統率するのが難しい。


 アランは子供の頃、移民として苦労してきただけあって喧嘩には慣れている。卑怯な相手とどう闘えばいいのか本能で分かる。そういう勘の良さに不良どもは惹かれている。


 そのアランがいないとなると、どうも分が悪い。


 とはいうものの、アランが元気になるまで待つという選択肢はない。


 なぜなら、フーシェは、もうすでに動き出している。


 王都から手紙を送るにしても間に合いそうにない。


(こうなったら、アランなしでもやるしかないな……)


 それにしても、アランは助かるのだろうか。


 そんな心配をしていると、ブラウンの元に部下がやってきた。


「総長、報告します。アランの伯父がアランの代わりを務めると言ってくれました」


「ああ、そうか」


 それならば安心だ。


 アランの伯父はアラン以上にゲリラ的な闘い方を心得ている。アランに人の殴り方を教えたのも伯父なのだ。リユンにいた頃、迫害されてきただけあって、危機を回避する野生の勘や、荒くれものを手なづけるコツも心得ている。


 ただし、彼は商売に専念したいからと言って、革命隊に寄付はするが、実働には参加しないと言っていたのである。


(アランの伯父が参加してくれて何よりだよ)


 確証はないが、アランを刺したのは王党派だとアランの伯父には伝えている。


(だから、敵討ちに名乗り出てくれたようだな)


 ブラウンはほくそ笑む。


「この革命、成功させてみせようじゃないか」


        ☆


 そして、その頃、セシルの兄はシャルロットと向き合っていた。


 愛するシャルロットがいる部屋に水と食料を届けたのはセシルの兄だった。


 みんなが、シャルロットを魔女と呼ぼうとも、自分はそうは思わない。


 家政婦はシャルロットがフーシェの手先と知り、ペッと床に唾を吐いていた。


「あの女、いつも人をおだててばかりいたよ。だけど、その裏で、恐ろしい事を考えていたんだね。なんて陰険な女なんだい」


 トーマスも頷いている。


「マジで騙されちまったな。オレ、あの女にプロポーズしたこともあるんだぞ。ああ、やだやだ。オレもシャルロットの美貌の底にある悪意に気付かなかったぜ」


 執事もシャルロットのことを悪く言いだした。


「美しいバラには棘がありますからな」


 しかし、唯一、セーラだけは悪く言わなかった。


 セーラと共に暮らしているスーザンという老女は馬に乗って移動していた。


 セーラはスーザンの体調を気遣いながらも、なるべく目立たないように縮こまりながら、村の女達と移動している。


 セーラは怯え切っていた。


 もしも、誰かが、セーラもフーシェの手下だと叫んだなら、自分は袋叩きに合う。そして、きっと捨てられる。いくら違いますと言っても信じてもらえないに違いない。だって、自分は余所者なんだもの。


 セーラは呼吸が出来なくなり、道端で倒れ込む。すると、周りの女達か寄ってきた。


「あんた、どうしたんだい」


「ご、ごめんなさい。ぶたないで」


 セーラは大粒の涙をこぼしながら懇願していた。


「なんで、あたしらが叩くんだい?」


「だって、あたしはリユン人だもの」


「やだね。それが何だよ。うちのばぁちゃもリユン人だよ」


 女達は、この子が何を恐れているのか悟ったのだ。


「あんたは悪い子じゃないって事ぐらい分かってんだよ。女狐のシャルロットとは違うよ」


 そう言って、セーラを抱きしめている。


 前方にいた老女のスーザンもセーラに話しかけてきた。


「心配しなくていいの。性悪女のシャルロットとは違うよ。あんた、これからもあたしと暮らしなさい」


 しかし、セーラは言いたかった。


 シャルロットさんを悪く言わないで……。


(きっと、シャルロットさんも従わないと殺されるの。仕方なかったんだよ)


   ☆


 セーラが村の女達に抱きしめられている頃。セシルの館の一室では、こんな会話がかわされていのである。


「君は、本当は優しい女性だ。なぜ、こんな事をするんだい?」


 兄が尋ねるとシャルロットが言った。縄を解いてくれたなら教えますと。


 躊躇いながらも、兄はシャルロットの縄を解いている。


 シャルロットは兄に生きる力を与えてくれる。兄はシャルロットの為なら何でもするつもりでいる。


「君は逃げなさい」


 そして、力いっぱい、シャルロットを抱きしめていたのだ。


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