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第十四話

「君がフーシェの飼い犬だという事は分かっている」


 シャルロットは顔色一つ変えなかった。


 やはり、この女はスパイなのだ。


 あの国には二種類の信者がいる。


 陶酔したように妄信する者と、仕方なく従う者とに分かれている。アランはシャルロットが後者だと推測している。


「あの国は地獄だ。家族の命を奪われるかもしれないと思っているんだろう? 確か、妹がいると言っていたな」


 アランは鋭い目でシャルロットを見詰める。そして、彼女を壁際に追い詰める。


 ドンッ。


「キャッサバの粉をリユンに送っているようだな。おそらく、フーシェは、その粉を他所の国に転売するつもりだろう?」


 キャッサバ芋の毒を抜く方法を知っているのはセシルだけ。


 しかし、その気になれば、シャルロットは作業工程を見れる。


(シャルロットなら毒抜きの方法も理解しているに違いない)


 あの食材は軍用の兵站として使える事に他の国も気付いている。


「リユンでは誰も食べなくても他の国では食べているからな。フーシェとしては、ここを、その生産地として支配すれば色々と儲かると思っているだろうな。さすがに、リユンで悪魔の芋を栽培できない。だから、この村を栽培の土地として定めた。そうだろう?」


 侵略を目論むフーシェの黒い影が刻々と迫っている。


 シャルロットの首でも絞めるのかという勢いで近付いたアランだったが、ふっと膝をついた。そして、土下座をして頼み込んでいたのである。


「頼む。セシルの事だけは守ってやって欲しい」


 それを聞いたシャルロットの唇がスルッと綻んだ。


「フーシェ様もセシル様を殺したりしないわ。だって、保存食品のレシピの多くはセシル様だけが知っているのよ」


「しかし、もし、ここを占拠されたら、セシルは意地でもそれを教えようとしないかもしれない。あいつは気が強い。だから、フーシェの私兵の顔に唾を吐いたりするかもしれない」


 セシルを殺さなくても奴等が殴る可能性はある。


「私も、お嬢様に何の恨みもないのよ。お嬢様を傷つけたいとも思ってやしない。フーシェ様の兵が来る前に、あなたが連れ出せばいいのよ。展示会や博覧会など色々とあるでしょうし、あなたならお洒落な店を知っているでしょう」


 貴族のお嬢様が王都でお買い物。


 そういうことにしておけばいいだけの話だと言うとアランは苦笑した。


「あいつは贅沢な買い物になんて興味がないさ」


「……」


 少し考えた後、シャルロットは言った。


「あなた、革命隊のブラウンから詳細を聞いたのね。それなら、いっそ、あなたの口から正直に話したらどうなの? あたしからは言えないけど、あなたなら言えるわ」


「もしも、それを言うと革命隊の事も敵に回してしまうことになる」 


 アランはセシルがいかに良い貴族であるのかを革命隊の幹部に話している。


 だから、他の貴族がどうなろうとセシルだけは救い出せると確信してきた。


 それなのに。


 まさか、こんな展開になるなんて……。


(ある意味、オレはセシルを守る為に革命隊に入ったんだぜ)


 それなのに、ここで、自分がブラウンを裏切ったなら、これまでの努力が泡になってしまう。


 それだけは避けたい。


「そうね。それなら、公爵との結婚を利用したらいいわ」


「公爵と結婚なんてしたら、革命隊の標的にされるぞ」


「そうだわ、いっそ、あなた、セシルお嬢様に求婚しなさいよ。駆け落ちしようとか何とか言って連れ出すといいのよ。あなた、ハンサムだし、お嬢様とも仲がいいじゃない。誘惑しなさいよ」


「馬鹿な事を言うなよ」


 誘惑云々はともかく、セシルを何とか言いくるめて村の外へと連れ出したいとは思っている。


「……どうすりゃいいんだ」


「ねぇ、こうなったら、私と手を組まない?」  


「はぁ」   


 シャルロットはアランの顔に唇を近付けると、コソコソと囁いたのだ。それは、予想もしていない内容である。


(シャルロットは本気なのか? 本心なのか?)


 そして、アランは眠れぬ夜を過ごすことになったのだった。


   ☆


 その頃。


 アランの斜め向かいの部屋で休むセシルはモヤモヤしていた。 


 アランはシャルロットの部屋で何をしているのだろう?


 深夜、美男美女が二人きり。


(もしかして、二人はそういう関係なの?)


 二人は独身だから付き合っていてもおかしくない。


 それでも何だか胸がひび割れたような感覚になり、明け方になっても眠れなかった。


 頭の中が濁っている。シャルロットのことが憎たらしくなってきた。


(シャルロットって、お兄様と不倫しているんじゃなかったっけ?)


 もしそうなら、アランと二股をかけた事になる。


 とんでもない毒婦だ。


 憎らしいような気持ちがこみ上げたけれど、それを振り払うように首を振った。


(ううん。そんな訳がないわ。きっと、仕事の事でシャルロットに聞きたい事があったんだわ。そうに決まってる)


 いや、しかし、どうなんだろう。


 モヤモヤしている時は動くに限る。翌朝、セシルは侍女に言った。


「ねぇ、サリー、あなた、あたしと山登りをしない?」


 背中に籠を背負った状態で話しかけると、運動が苦手なサリーは顔をしかめた。


「嫌ですわ。また山菜採りですか。あたし、お嬢様が、こないだ破いたスカートの裾を直すのに忙しいので無理です。他の人を誘って下さい」


 トーマスも、明日の村祭りの屋台の設営があり忙しいと言う。


 クロードも家政婦と一緒に村の広場に出かけている。


 厨房のメイド達も村の公民館で何やら打合せをしている。


 唯一、シャルロットだけは屋敷にいるけれど、彼女を誘う気にはなれない。


 仕方ないので一人で山に行こうとして、厩舎わ向かっているとアランが声をかけてきた。


「おまえ、そんな籠を背負ってどこに行くつもりだ?」


 しかも、その服装が奇抜だ。


 サリーに言って作ってもらったモンペである。


 こんな妙な恰好で出歩く令嬢など、この世界にはいない。


「それは男装か?」


 しかし、花柄の生地というのは何とも奇妙だ。


「これは山に行く服装よ」


「山で何をするつもりだ」


 すると、山に生えている自然薯という芋やキノコを取りに行くと言い出したのだ。芋をすりおろし食べると美味いと言うが、アランにはよく分からない。


「暇だから、オレがお供するよ」


「ええーー、そんなのいいわよ」


 昨夜の事もあり、アランと二人きりというのは何となく落ち着かない。


 それでも、アランが言った。


「熊が出たらどうするんだよ。それに、遭難したらどうするつもりだ? 一人は危ないぞ」


 それもそうだなと思い一緒に山に向かった。セシルは自然薯をゲットしたのだが、アランは首を傾げている。


「山芋だという事は分かるが、こんなもの、どうやって食うんだ?」


「ふふっ。今夜、食べさせてあげるわ。生のまま美味しくいただくのよ。滋養強壮のあるネバネバ料理よ。御飯にかけるのよ」


「うーむ。あまり気は進まないな」


 アランはお米が苦手だ。ネチッとした食感が気持ち悪い。


 かろうじてピラフなら食べられる。


 アランは、セシルの斬新な食べ物にまだ慣れていないのだ。


「それよりも、ジャガイモのコロッケが食いたいな。おまえの作るコロッケは最高だ」


 そう言いながら、アランは、ふっとセシルの右肘の火傷に気付いて視線を凍らせた。


「それ、どうした?」


「ああ、昨日、銅鍋の縁に肘を当てたの。熱かったわぁ。すぐに水で冷やしたんだけど、痕がついちゃったのね」


「ちょっと待ってろ」


 そう言うと、アランは火傷に効く薬草を摘んできた。そして、それを手で揉み込むとセシルの肘に張り付けた。


「この汁を塗りこむと火傷が早く治るって、昔、母さんが教えてくれた」


「アランの母さんって、どんな人?」


「いつも、自分の事より周りの人の事を考えて行動していた。母さんは、独身の従業員の為に昼飯を作ってあげていた。みんな、母さんの手料理が大好きだった」


 そう語るアランの顔は今にも泣きだしそうに見える。


 セシルはアランをハグしたい衝動に駆られていた。


(あの国で生まれたせいで、あなたの母様は酷い目に遭ったのね……)


 しんみりしているとアランが逆に尋ねてきたのである。


「おまえの母親は?」


「あたしの母様は、あたしが生まれた後、すぐに亡くなったの。お兄様は、その時、十二歳だったわ。お母様を亡くしたショックで、お兄様、一時期、言葉が話せなくったそうよ。とても繊細なの」


「確かに、今でも、あの方は繊細そうに見えるな」


「お兄様は、医師になるのが夢だったわ。血を見るのが苦手だから医師になれなかったそうよ。多分、お母様が出産の際に血まみれになって亡くなった場面を見た事がトラウマになったんじゃないかって、家政婦が教えてくれたの」


 だから、兄は、牛の出産の場面すら見ることが出来ないでいる。


「心の傷って、いつまでも引きずるものだと思うわ」


「ああ、そうだな」


 頷いた後、アランは語り出した。


 アランの妹は元気で暮らしている。しかし、それでも、妹は、自分の肘に焼き印を押した男と似た風貌の男を見かけるとビクッと肩を揺らす。


 最初、アルビオンに滞在しているリユン人を見かけると恐怖に顔を引き攣らせていたという。


「フーシェの部下に見つかると連れ戻されると妹は心配していた。確かに、そういう例もなくはない。アルビオンに逃げ込み、リユンの神王の悪口を本にして、大々的に出版した男がいたんだが、そいつは自宅で喉元を切り裂かれて死んでいる」


「暗殺されたってこと?」


「ああ、そうだ」


 ちなみに、アンヌはずっと前にアルビオンの国籍を手にしている。


「修道院に隔離したが、いずれ、妹には好きな人を見つけて普通に暮らしてもらいたい」


「結婚だけが女の幸せじゃないわ」


 令和の日本じゃ、おひとり様の女子もたくさんいたっけ。


「本人が心穏やかに暮らせたらそれでいいのよ」


 そんな会話をしていると、また、アランが瞳を曇らせた。


「ねぇ、あなた、何だか元気がないけど大丈夫? 山登りはきつかったんじゃない?」


「オレは大丈夫だよ」


 しかし、どこか奥歯にものが挟まったような顔をしている。


 その後、セシルはキノコを摘み始めた。


「これ、松茸っていうのよ。すごくいい匂い」


「オレは、あんまり山菜は好きじゃないな。でも、死んだ母親はよく食べていたな」


 そんな話をしていたのだが、急に、前方の茂みが揺れた。


 そして、黒い獣が現れたものだから、セシルは悲鳴を上げた。


「やだーーー。熊がいる」


 人生において熊と遭遇したのは生まれて初めてだ。背中を向けて逃げようとするとアランが叫んだ。


「走るな。走ると追いかけてくるぞ」


「そ、それじゃ、どうすればいいのよ」


「オレの背中にまわれ」


 そう告げると、セシルが背負っていた籠をその場に置くように指示した。


「熊の目当ては食べ物だ。それを食べさせてやれ。あいつらも必死なんだ」


 冬眠前の腹ごしらえというやつだ。


「わ、分かったわよ」


 セシルは籠を置く。すると、アランはセシルの手を握ると耳打ちしてきた。


「そーっと、そーっと、ここから離れるんだぞ。いいな。熊に微笑みながら、少しずつ遠ざかるんだ」


 いや、しかし。こんな斜面を後ろ向きのままで進むというのは難しい。


(熊さん、こっちに来ないでよーーー)


 祈るようにしてその場から離れていくと、やがて、熊は籠の中に頭をつっこみ、食べ始めたのである。


 さらば、松茸とマッシュルームと自然薯。


 それでも、助かったと思い、ホッとする。


(良かった。もう、熊も見えないわね……)


 向こうも人間と争う気はないようで何よりだ。


 しかし、ポツッと大きな水滴がセシルの額に落ちてきた。


(えっ、雨?)


 木が密集する山にいたので上空の空が曇ってきた事に気付けなかった。どうも、空模様が怪しい。


 突然の豪雨と雷のせいで動けなくなり、二人は洞窟に逃げ込む。


 アランが言った。


「一難去ってまた一難とはこの事だな」


「ほんと、ずぶ濡れだわ」


「寒いか?」


 そう言うと、アランは、どこかからかうように言った。


「おおーー。服が透けて見えるぞ」


「やだーー。見ないでよ」


「今更、なんだよ。おまえ、初めて会った時、オレの前で着替えてたじゃないか」


 ああ、そんな事もあったっけ。


 あの時は十三歳だったし、アンヌを助けて自分もリユンから脱出しなくてはいけなかったので恥ずかしがる余裕すらなかった。当時のセシルは少年のような雰囲気だったが、今のセシルは美しい貴婦人に成長している。


(な、何かあたしの顔についてる?)


 この時、セシルは奇妙な胸の高ぶりを感じていた。


「寒くないか?」


 アランがセシルの肩を抱くようにして引き寄せている。


「くっついていると暖かいぞ」


 アランの何気ない優しさだと分かってる。でも、そんなふうに息がかかる距離で体温が伝わると心臓がバクバクと乱暴に跳ねる。


(あなたは……、今、何を考えているの?)


 シャルロットの事が気になって仕方がない。


 二人は、それぞれ黙り込む。互いに目を逸らしながらも強く意識している。何とも不思議な時間か流れた。やがて雨も止んだ。セシルが先に腰を上げた。


「帰りましょうか」


 籠を探しに戻る勇気はなかったので、そのまま山の沢を伝って降りることにしたのだが、途中で、セシルは派手に滑ってしまう。


 グキッと足首を捻ってしまい顔をしかめる。


「挫いたのか?」


「いいえ。大丈夫よ」


 尻もちをついていると、アランが手を差し伸べた。


「雨で足場が悪いから気を付けろよ。オレの腕にしがみついて歩くといい。こう見えて、実は、オレは山道は得意なんだ」


「なんで得意なのよ」


「材木屋の息子だぞ。子供の頃から母親と共に山の木を見回っていたさ」


 そう言うと、セシルが転ばないように気を配りながら歩いた。ぬかるんだ林道を進みながらアランは罪悪感を抱えていたのである。


(妹の恩人であるセシルを何としても守りたい。しかし、革命の裏にある作戦を隠し通さなければならない。一時的に村人には犠牲になってもらうしかない。革命が成功すれば、きっと領地は取り戻す)


 一方、セシルはアランの横顔を盗み見ていた。


(アランは優しいわ。寄り添い守ってくれるわ。だけど、何か隠しているように見えるのよ)


 セシルはアランの様子がおかしい事に気付いている。やがて、麓に辿り着いた。山を下ったところに馬を繋いでおいたのだ。


「大雨なのに、こんなところに繋いですまなかったな」


 アランは馬の頭を撫でると、セシルが馬に乗れるように足場を支えた。


「おまえ、女なのに横乗りしないのか?」


「レディは馬に跨るなって言われてるけど、領地の中では無礼講よ」


「そうだな、その奇妙なスボンを履いてる時点でアウトだな」


「でも、リユンじゃ男装はいいのよね?」


「旅行者はいいが、普段、スボンなんて履いてると異端だと言われるぞ。リユンじゃ、女が職場を仕切る事を禁じている。実際には女の方が賢い場合もあるのに、絶対に女は社長になれない。アルビオンじゃ、女でも爵位は継げる。しかも、産婦人科は女の医師がいるらしいな。こっちの方が進んでいるよ。女の記者もいるようだしな」


「そうね。でも、まだまだ男尊女卑だわ。いつか、時代が変われば女が男と同じように働く日も来るでしょうね」


「そうだな。おまえを見ているとそんな気がする」


 アランは心の中で呟いていたのである。


(おまえは、自分の村を守る為に努力してきた。おまえの苦労をオレは知ってる……)


 どちらも、互いへの想いを抱えながら苦悩して葛藤していたのだが、馬に乗って屋敷の厩舎まで戻る様子をトーマスとクロードが目にしていたのだ。

 

    ☆


「お嬢様、泥だらけですよ。あら、やだ、何をなさっていたのですか? というか、籠はどうしたのですか?」


 勝手口のところでサリーが大袈裟に叫んでいる。


「熊が出たのよ。アランと一緒にいたから助かったわ」


 セシルとアランが屋敷へと並んで入っていく。


 ちょうど休憩時刻である。外に設置してある使用人専用のベンチに腰かけていたトーマスが煙草を吹かしながら言った。


「あの二人ってさぁ、付き合ってんの? アランってさぁ、お嬢様を見つめる顔が、どうも熱っぽいんだよね」


 クロードは、どこか追い詰められたような顔で聞き返す。


「まさか、そんな訳ないだろう。アランは、セシルお嬢様のこと恩人だと思っているから、それが顔に出ているだけなんじゃないのか?」


「まっ、そうかもしんないけど、なーんか、お嬢様の様子も変なんだよな。女の顔をしてるっつーか、アランのこと意識してるっつーか」


「そういう下種な勘繰りはするなよ」


 つい、クロードはムキになっていた。


 そんなクロードの頭をトーマスがグシャッとかき混ぜる。


「おまえ、分かり易い奴だな。そんな顔すんなよ。おまえ、お嬢様のこと、好きなんだよな?」


「ち、違う。尊敬してるんだ。オレなんてお嬢様の足元にも及ばないって分かってる。身分が違い過ぎる。オレはリユンからの流民だ」


「流民だって同じ人間だ。恋だってするさ。セシルお嬢様はマジで素敵な人だからな。といっても、オレは、さすがにセシル様を異性として見た事はないけどな。だって、オレ、お嬢様が犬に追いかけられておしっこを漏らしたのも知ってんだぜ。まだあるぞ。セシルお嬢様、七歳の時、野良猫を拾ってきたのはいいが、そのせいで虱がわいて大変だったんだぜ。オレも痒くて悶絶したよ」


 今でもトーマスは鮮明に覚えている。


 昔、屋敷の庭先で馬の手入れをしていた時のことである。


 トーマスが二頭いる馬のうちの一頭のブラシをかけていた。すると、セシルが勝手にもう一頭の馬に乗ってしまった。


 セシルは手綱を握り、馬を叩いた。


 その直後、馬が前足を高く上げたせいでセシルは滑り落ちたのだ。


「お嬢様が落馬して気絶した時、オレは絶望したよ。何かあればオレのせいだと思った。それが、今ではあんなふうに、男前と山登りをしているんだ。いやはや、オレも歳を取るはずだな」


 今、トーマスには付き合っている相手がいる。この村の鍛冶屋の娘でもうすぐ結婚するという。トーマスは恋人のことを話し始めたのだが、クロードは聞いていなかった。


 アランとセシルの様子がおかしい。二人はぎこちない。でも、仲が悪いというのではない。特に、セシルの眼差しが妙に熱っぽい。


(山で何があったのか?)


 ズキッと胸の底を鑢で擦られるような痛みを感じていると、トーマスが止めの一言を呟いた、


「お嬢様の結婚相手は公爵様の子息よりも、アランの方がいいと思うんだけどな。なぁ、おまえもそう思うだろう?」


 それに関して返事は出来なかった。


 いつのまにか、クロードの目元が険しく絞られていたのだ。







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