第十一話
この日、ブラウンはアランに計画を打ち明けたところ、アランは目を見張った。
「ブラウン、おまえは正気なのか?」
ドンッ。執務室のテーブルを叩き、険しい顔でブラウンに詰め寄っていく。
先月、ブラウンがフーシェに呼ばれてリユンへと秘密裏に出かけた時から嫌な予感がしていたのである。
「ええ、正気ですよ。銃と弾薬を分けてくれるそうです」
「リユンの糞坊主と手を組むなんてどうかしているぞ。おまえ、フーシェがどんな奴なのか分かっているのか? 武器や弾薬なら、オレの伯父が調達できると言っているだろう」
革命派の動きを権勢したい王党派は王軍以外の勢力に武器を売る事を阻止しようと、やっきになって各所に圧力をかけており、武器を手に入れるのは難しくなっている。
各国の王は、それぞれの国と政略結婚をしており、ざっくり言うと、全員が親族関係である。
アルビオンの平民に武器を売買した商人は死罪という趣旨のお触れを出した国もあるのだ。
しかし、ブラウンは武器の問題以上に、自分の仲間の死を気にしていたのである。
「いや、問題は戦死者の数だ。我々の部下が王党派の軍隊に挟み撃ちに遭って惨殺されるのを回避したいのだよ。王軍は革命を警戒して王都の守備を固めている。だが、国境地帯でリユンに攻め込まれたとなると、中部から北にいる軍人はそっちに行くしかない。フーシェの配下となる村は気の毒だが、フーシェも領民を殺しはしない。何しろ、殺すと小作人の数が減るからな」
「しかし、フーシェの私兵は残酷だ。女や子供にも手を出すかもしれないぞ」
ブラウンは知らない。あいつらは日頃から弱い物をいたぶり楽しんでいる。
アランの母親は投獄された。
(母の悲鳴が耳に焼き付いている)
嫌だ、もう思い出したくない。これに関しては記憶の蓋を開けたくないと思うほどにアランは心に傷を追っている。
知らず知らずのうちに険しい顔つきになっていたというのにブラウンは飄々としている。
「君は、ずいぶんと、子爵の令嬢のセシルに肩入れをしているようだね」
アランの伯父はセシルの加工品を王都で手広く販売するようになっている。
キャッサバや米粉のパンを王都で販売する為の店舗をアランが見つけてやった。
商品を村から各支店へと運ぶのは、あの日、出会った追剥ぎ達である。裏表なく働くのでこちらも助かっている。
村から村へと渡り歩きながら、ジヤガイモとサツマイモの植え方を伝授していったので、今ではどんな村でもジャガバターやら焼き芋が食べられるようになっている。
セシリは博識だ。海岸で捨てられていた海藻をパンに混ぜて焼くと栄養価も増すのだと貧しい漁民に教えたところ、彼等の栄養状態は格段に良くなった。
セシルが考案したトマトケチャップは、王都の金持ち連中がこぞって使っている。
頻繁に会うことはないが、アランとセシルは手紙でのやりとりで近況を語り合う間柄だ。
初めて会った時からセシルは勇敢な娘だった。あの娘がいなければ、妹のアンヌはどうなっていただろう。
あのタイミングで妹を救い出せた事は奇跡だ。
セシルには感謝しても仕切れない。
それに、あの村の人達の笑顔や笑い声にアランは心癒されてきた。
あそこは春になると天国のように美しい。色とりどりの花が咲く。
アランは言った。
「おまえも知ってるだろう。子爵令嬢のおかげでジャガイモやトマトやトウモロコシの栽培が我が国で広がった。いわば、貧民達の救世主のような存在なんだぞ。それなのに、革命の為に犠牲にすると言うのか? それに、グリンフォード家の土地だけでフーシェが満足すると思うのか?」
「そうだね。あいつは領土拡大の野望を抱いているみたいだから、どんどん攻めてくるかもしれないね」
「どうして、そんな密約を交わしたんだよ!」
「目的の為には手段を選ばないのですよ。我々がアルビオンの主権をとったなら、また領土を取り返せばいいのだよ~ そして、彼等を開放してやればいいではないですか~」
軽い言葉とは裏腹にブラウンの美しい瞳は鋭く眇められている。
「少しの間だけ、フーシェの奴に夢を見せてやればいいんだよ」
「その間、善良なサマセットの村人がどれだけの犠牲をはらうと思っているんだ」
「我々の邪魔をするというのなら、こちらにも考えがありますよ。いいのかい。君と君の妹をフーシェの元に送り返すことも出来るんだよ」
「うるせー。妹には手を出すな」
ブラウンは、おやおやと、からかうような笑みをこぼしている。
「やだな。アランは真面目だねぇ~」
ブラウンは大きな夢を抱いているが夢想家ではない。革命に身を投じる者達にも家族はいる。彼等はブラウンを信じて立ち上がってくれている。仲間を大砲にふっ飛ばされて死ぬような目に遭わせたくない。
しかし、対する王軍も死に物狂いで革命隊を封じ込めようとするだろう。
被害を最小限にする為にもトリッキーな策略が必要なのだ。
「村の娘達が心配なら、その時だけ、どこかに避難させたらいいんですよ」
ブラウンはヒンヤリとした眼差しで言い切った。
「毒を持って毒を制する。それが、革命を成功させるのです」
フーシェと手を組むのは一時的なものだ。
ブラウンはアランにそう言い聞かせながら嫣然と微笑んでいる。
ブラウンは想った。
(一度、セシルとやらに会ってみたいものだね~)
アランが、あんなに軋んだような目でこちらを睨みつけるものだから、興味を引かれるが、ブラウンにとって大切なのは革命を確実に成功させる事である。
☆
アランはムカつきながら去り際にバンっと乱暴にドアを閉めた。
今は、洒落たホテルの一室をブラウンの司令部として使っているけれど隠れ家は定期的に移転している。
王党派の奴等に乗り込まれぬように、ブラウンも気を使っているのだが……。
(あいつの顔を殴ってやれば良かった。クソッ)
アランはキリキリしたまま、野菜くずで汚れた裏通りを歩いていく。
(ブラウンという男は抜群に頭が切れるが、どうにも腹が読みにくい)
革命隊の指導者はの多くが実業家だ。工場の経営者。貿易商。銀行家。あとは金貸しの異教徒といった面々である。王家は銀行家に借金をしても、何だかんだと理由をつけて踏み倒すことがある。
十年前、幾つかの銀行は破綻している。
倒すべきなのは王族と貴族と地主と既存の政府高官と軍部。
『既存権益をなくし、労働者達に富の分配をしよう』
聖人ではないが、ブラウンは世の中をまともにしたいと本気で思っている。そこは共感できたし、頼りになる奴なのだが……。
最近のブラウンの考えにはついていけないところがある。
「クソッ」
アランはホテルの前の通りを進みながらも派手に舌打ちする。その背後には謎の男が張り付いている。アランの動向を監視しているフーシェのスパイの男が卑しい顔つきでアランを見送っていたのである。
フーシェのスパイが鳩に手紙を巻き付けるとリユンへと飛ばした。
『ブラウンは我々にとっては有益だがアランには用心するべし』
☆
恐ろしい計略など知る由もないセシルは、村の加工場で作業に勤しんでいた。
最近、屋敷にジェーンがいないので静かで快適だ。
ジェーンは、兄からお金を受け取り南部の湖畔の街へと出かけているらしい。
兄は、セシルにはこう告げていた。
「僕の書籍の印税を妻に渡したから機嫌がいいんだよ」
兄は、趣味で薬草と病気に関する指南書を出版している。
たいして売れていないけれど、セシルは兄の言葉を鵜呑みにしている。
本当は密貿易で得た汚いお金である。
(最近のお兄様は活動的だわ。お外に出るようになって良かったわ)
ちなみに、兄がリユンから仕入れた蜜蝋は川を下って王都へと秘密裏に運ばれていく。
王都までは川船を使えば、流れに沿って下っていき、わずか一日で到着する。
ただし、その逆は櫂で漕いだり、馬に曳いてもらうので大変だ。
アルビオンというのは縦に長い国なのだ。北に行けば行くほど野生動物が多くなる。
午後、農民がセシルのところにやってきた。
「お嬢様。黒豆の葉っぱを鹿に食べられてしまいました」
「何ですって」
害獣駆除は異世界でも大きな問題となっている。猪は柵で侵入を食い止められても、鹿は、柵を超えてやってくる。あの跳躍力が憎い。
(もう、こうなったら、撃ち殺して鹿肉ハンバーグにするしかないわね)
生き物との共存と農業のバランスは難しい。
(ほんとは鹿も殺したくないんだけどね)
南部の艶やかな景色を堪能している兄嫁を羨ましく思うこともあるけれど、生きていく為にはセシルが頑張らなければならない。
食品の加工に関しては前世の記憶を頼りに試行錯誤するしかない。
(えーっと、脱脂粉乳って、どういうふうに作るんだっけ)
科学者ではないので、そこのところがよく分からない。
キャッサバ芋の扱いに関しては、農業高校の夏休みの研究でキャッサバの粉を加工してから、タピオカを手作りして文化祭で売ったので心得ていたけれど、さすがに脱脂粉乳は謎である。
セシルは悶絶していた。
(ああーーーーー。ユーチューブの動画を見たいわぁ)
とにかく、余った牛乳を長期保存させるような加工品にして売りたい。しかし、チーズやバター以外の加工は難しい。
(でも、練乳ならいけるんじゃない? ひたすら砂糖と共に煮たらいいんじゃない?)
この世界には冷蔵庫がない。魔術が使える異世界なら、保存食なんて作らなくても済むのだが……。
(たけど、色々と村人総出で頑張ったおかげで、前よりも村全体が豊かになったような気がするわ)
セシルには夢があった。村に小学校を作りたい。子供は働かずに勉強だけに打ち込めるような環境にしたい。頭のいい子は大学にも行かせたい。
その為にも、もっと稼がなければならない。
工房ではセシルが作ったシフォンケーキの試作品が並んでいた。米粉によるシフォンケーキは小麦粉で作るよりも難しいのだ。
昔、農業高校の学園祭で売ったシフォンケーキは好評だった。
あの時、米粉で作ったので、同じものを作れると思っていたけれど、薪をくべるオーブンで焼くとなると、どうも難しいのだ。しかし、完成したなら大ヒットすること間違いなしだ。
そうやって何度も研究に打ち込む日々が続いていた。
すると、そこにクロードが来た。
なぜか、クロードは浮かない顔をしている。
「何、どうしたの?」
「実は……」
セシルにシャルロットが夜中に密貿易をしていると言われて驚いた。
「あの女、絶対に怪しいぜ。倉庫の物資を勝手に持ち出してるみたいなんだ。少量の塩とキャッサバの粉の袋が二つ消えています」
二重帳簿になっているとクロードが言う。
(それ、本当なの?)
シャルロットが着服しているとは信じ難いのだが。
「お嬢様、オレ、シャルロットのこと見張るよ。前に、あいつが館を抜け出すのを見たことがある。満月の夜、怪しい動きをしていたんだ」
という事で、セシルは満月の日を待ったところ、その日の深夜、セシルが見張っているとシャルロットは確かに船に何か乗せて運んでたのである。
「どういうつもりよ」
問い詰めるとシャルロットは涙ながらに言った。
「リユンの人達の為に塩を送っているのです。高くて買えませんから。それと、キャッサバの粉も家族に送っております。横流しをしてすみません」
セシルも隣国の人達が塩の高値に苦しんでいる事は聞いている。
塩は、人間だけではなく馬や牛にも必要だ。
リユンは牧畜が盛んでハムやソーセージが美味しいところである。
(豚肉の保存には塩は必須だものね……)
貧しい同胞を救う為にしていると言うのでセシルは信じたがクロードは懐疑的だ。
「簡単に信用しないでください。もう少し見張りましょう」
「でも、考えてみてよ。リユンはキャッサバの粉なんて異端の食べ物とされているのよ。それをおおっぴらに売って儲けるなんて無理よ。飢えた人達が密かに食べているに決まっているわ。慈善事業の一環なんだと思うわ」
パンとして焼くのもいいし、わらび餅のようにして加工するのもお勧めだ。
タピオカと言えば、タピオカミルクティーである。
セシルの村では自家製の紅茶を栽培しているので子供達はタピオカミルクティーをおやつにして食べている。
(リユンの人の飢饉に役立ってくれるといいのにな)
そんな事を思いながら、セシルとクロードは木の陰からシャルロットの様子を観察していたのである。シャルロットは櫂を使って向こう岸まで渡ると、荷物を置いて戻ってきた。
「やっぱり、あいつ、怪しいですよ。向こうで何か積んだぞ。勝手に密貿易をして儲けてやがるな」
「待って。そうとは限らないわよ」
なぜなら、物資を届けて船で帰ってきた際、船に、亡命者の瀕死の九歳の少女を乗せて帰ってきたからだ。
枯れ木のように痩せ細った女の子はグッタリしており、衣服も粗末なものだった。
それは、かつてのクロードを彷彿させる。
ひどい虐待を受けているように見えた。
草影から飛び出すと、セシルは問いかけた。
「その子、どうしたの?」
凍り付いたような顔で語りかけるセシルに向かってシャルロットは深刻な顔で言う。
「この娘、ひどい熱を出しています。助けてやって下さい」




