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17 - やっぱり我が家が一番

 久方ぶりの我が家。


 何よりも真っ先に、私は風呂に入った。我が家の風呂は、私の東京の部屋の風呂が二つ分くらいの大きさの檜風呂だ。何でも、すでに亡くなった祖父の拘りらしい。


 私自身もこの檜風呂が、子供の時から好きだった。東京に引っ越してからは、風呂掃除も面倒だし、シャワーで済ませることが多くなっているから、ずっと入りたいと思っていたのだ。


「やったー! 久しぶりの雫家のお風呂だー!」


 隣で波しぶきを立てるのは、幼馴染で津軽食堂店主の加奈だ。


「加奈、うるさい! 疲れたから、私はゆっくりしたいの!」


 口まで湯船につけて、ぶくぶく抗議する。


 私が真っ先に風呂に入って、ゆっくりしようと思っていたのに、どうしても一緒に入りたいと泣きついてくる加奈に、私が言いくるめられるかたちで今に至る。

 少し切れ気味なのは、静かにすると約束したのに、加奈が脇目も振らず平泳ぎの真似事を始めたからだ。


 六畳ほどの浴室に、その半分を占める大きな檜風呂。私と加奈が一緒に入っても、十分広々と快適だ。


「ごめん、ごめん……。昔はこうやって一緒に騒いだのに……すっかり東京に染まっちゃったんだ」


 言って、加奈が物悲しい顔をする。テンションがおかしい。アダムに店を破壊され、本来ならふさぎ込んだりするはずなのに、なぜか彼女は反転してテンションがおかしいな方へ向かっている。


「も~おっ! 疲れてるんだってば!」


 いちいち付き合っていられない。この二日、まともに寝ていないし、東京から飛行機で帰って来たばかりで、もう疲労感は最高潮に溜まっている。


「うそうそ、おいで……」


 母性溢れる声音で加奈が誘ってくる。


 たわわに実る二つの果実に、私は身を委ねた。後頭部が柔らかい感触に挟まれ、包まれる。


「よ~し、よし」


 囁くように加奈が呟いて、優しく私の頭を撫でてくる。


「甘えん坊ちゃんだね~。可愛い」


 私より先に生まれた加奈は、物心つく前からの親友で姉のような存在だ。ほんの少し早く生まれたからと言って、何かと姉ぶってくる。だから、仕方なく大人な私は、彼女のそれに乗ってあげているのだ。


 決して、私が甘えん坊というわけではない。そうやって、加奈は今日も私の掌で踊らされているのだ。


 ざまあみろ……。というところで、私は吸い込まれるように眠った。



#



 目覚めた時、風呂で感じた柔らかい感触とは別の、これもまた柔らかい、けれどほどよい弾力も兼ね備えている。


 目を開けると、視界がこちらを見下ろす加奈の顔で埋め尽くされた。


「大丈夫?」


 心配を全面に浮かべた表情を加奈がする。


 どうやら私は風呂で寝落ちし、そのまま引き上げられて、加奈の膝枕で眠っていたということみたいだ。


「大丈夫……。私寝ちゃった?」

「疲れてたんだね~。ゆっくり休むといいよ。お水とか持ってこようか?」

「うん。喉乾いた。……至れり尽くせりで、どうもありがとう!」

「じゃあ取ってくるね」


 言い残して、足早に加奈は台所に向かって行った。


 そういえばアダムはどうしているのだろうか。私は寝転がったまま、両腕を左右に目一杯広げて全身で畳の感触を味わい、そんなことをぼんやりと考えていた。


「うわあああああぁぁぁぁぁ!」


 尋常ではない叫び声が聞こえたのは、そんなボケっと実家でくつろぎ始めた時だった。声は恐らくアダム。叫び声の発信元はこの部屋からほど近くの中庭。


 叫び声が叫び声なだけに何かあったのではと、私は半分眠っていた頭を叩き起こして、ガラス障子の扉を開けて縁側に出た。


「どうしたの⁉」


 慌てて飛び出すと、なぜか裸のアダムがまん丸のお月様に照らされて青白く光っていた。


「イ……イブ……助けてくれ……」


 ぶるぶる全身を震わせながら、たどたどしく助けを求めるアダムの様子はどう見たって彼らしくない。自信というものを袋に詰めて捨てて来たかのような、震える指先が指し示す先には一匹の蛇がいた。

 白くて赤い目をした体の細い蛇。


「なんだ……ただの蛇か」

「なんだとはなんだ⁉ 蛇だぞ! 我と主をこの下界に堕落させた犯人ぞ?」


 私はなんてことないように蛇の首元を踏みつける。ビクンビクンと暴れ回る蛇が大人しくなるまで根気よく耐久し、動きが弱まってからそれを掴み持ち上げた。


「ほら」


 掴み上げた蛇をアダムに寄せると、甲高い奇声を上げてそそくさと逃げていった。

 一部始終を眺めていた加奈が、縁側から顔を覗かせて微笑ましく笑う。


「超人にも弱点はあるのね」

「そうみたい」


 私は茂みに蛇をリリースし、部屋に戻った。


 少し眠っただけで取れるような疲れ方ではなかった。今夜は熟睡できそうだ。



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