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16 - スーパーパワーの代償

 私は空いた口が塞がらない。加奈も同様で理解が追いついていないようだ。それも仕方ない、現実世界の目の前で瞬間移動を見せられたのだから。


 彼は果たして、スーパーサイヤ人か、はたまた、スーパーマンか。どちらにせよ、ただの人間ではないことだけは確かだ。


「……瞬間移動⁉」


 私の隣で、回転椅子でくるくる回る加奈が口を開く。


「瞬間移動とは、ちと……異なる。厳密に言えば、ただの高速移動じゃ。この地に降りて制限はあれど、我は神に創られし存在。一時的に人智を超えた力を行使することくらいは容易い」


 金色の光に身を包んだアダムが泰然と言う。


「ヤバい、雫、アダム……本物だわ」


 纏まりのない単語を吐き出した加奈が、私に言いよってくる。


「何なら、もっと見せてやろうか?」

「いいんですか?」

「外に出よ。ここで力を使うと、店がもたんからのー」


 高らかに笑ったアダムが店の外に消えていく。その後を、純粋な目で追いかける加奈を、私は引き留めた。


「あんまり調子乗らせちゃ駄目だって」

「だって……凄いじゃん! あれは本物だよ」


 好奇心を隠し切れない顔で加奈も外に出て行ってしまった。


「やれやれ……どうなっても知らないからね……」


 私は溜息を吐いて、一応、保護者というか、管理者というか、ここまで連れてきた責任もあるので、彼らの後を追った。



#



 津軽食堂の駐車場は初秋の夕焼けで真っ赤に染め上げられている。


 冷気を含んだ風に舞う男が一人。それを子供のような笑みで見上げる少女が一人。状況だけみればカオスとしか言いようがない。


「雫、見て! アダム、空飛んでる!」


 店から出てきたばかりの私に、加奈が満面の笑みを向けてくる。


 飛行機に乗った時、確かアダムは、空は飛べないと言っていたはずなのに、今さも当然のように空を舞っている。


「アダムさーん! 空は飛べないって言ってなかったっけ……⁉」

「これは空に飛んでいるわけでは、身体を軽くして風に舞っているだけだ! 雫がアイデアを出してくれてな!」


 宙を舞うアダムは、本人が言うように自由に空を飛んでいるというよりは、蝶のように風に揺られているように見えた。


 その時、突風が吹いた。


「うあああああぁぁぁぁぁ……!」


 突風で制御を失ったアダムが飛ばされる。そして、飛ばされた方向が悪かった。アダムは津軽食堂に吸い込まれるように墜落していった。


 車が一台も止まっていない駐車場に、鈍い衝撃音が良く響いた。森で狩りをする鉄砲の発砲音を低くしたような、そんな音だった。


 加奈が顔面蒼白で硬直している。


「だから、言わんこっちゃない」


 私は慌てて店の中に急いだ。


 店の中に入ると、カウンターと座敷の間、丁度店内の中央辺りにアダムが大の字で倒れ込んでいた。


 トタン張りの天井は見事に貫通しており、アダムの頭上に大穴が開いている。地味だった店内は、天然の照明が存分に取り込まれた、開放的かつ前衛的な店内デザインにすっかり様変わりしていた。


 私は店内一面に舞う砂埃で咳き込んだ。


「何、やってんの! ……って大丈夫⁉」


 椅子や小物をぶちまけて、その真ん中に仰向けに倒れているアダムの傍に移動する。


「いっっ……」

「だから、言ったのに……」


 痛めた背中を擦るアダムを私が抱き起す。せっかく、プレゼントした一張羅のジャケットもボロボロだ。かつて高かった襤褸を見て、つい泣きたくなる。


 アダムの肉体は人より強靭だ。恐らく外傷はないだろう。と、なると差し当たっての問題は、ぽっかり穴の開いた津軽食堂の天井ということになる。


 虚無となった天井を見上げた私は、溜息を漏らす。


「怪我はない?」

「ああ、我が頑丈だからな……」


 起き上がったアダムが、ぴょこぴょこと飛び跳ねる。服が駄目になり、見た目は些末だが、派手な外傷は見当たらない。


「とりあえず……加奈に謝りに行こう。一緒にいってあげるから」

「あやつには申し訳ないことをした……」


 珍しくアダムが俯く。反省の色が見て取れる。


「私が呼んでくるから、待ってて……」


 店の外に出ると、膝をついて項垂れる加奈がいた。だだっ広い駐車場で、一人虚しく泣き崩れている。


「加奈……なんか……ごめん」


 ぺたんと地べたに座り込み、しくしく泣いている加奈の傍らに、私も座る。


「悪いのは私だよ……。スーパーパワーを使って自重を軽くすれば? なんて言わなければ……」


 そんな、アドバイスをしていたのか。自重を軽くしたなら、風に煽られても地上には落ちないはずだ。丁度、アダムが津軽食堂の上空を通過する時に、スーパーパワーが切れたのだろうか。真相は不明だが、不運が重なったのは事実だろう。


「今日の夜の営業は出来なさそうだね……。それは、ほんとにごめん!」

「雫は悪くないよ。謝らないで……」


 泣き止んで顔を上げた加奈の目は、全く笑っていなかった。やや影のかかったような、自暴自棄を起こしたような、そんな顔をしている。そこに、いつもの明るい彼女はいない。


 徐々に沈み行く夕焼けを背に私は言った。


「今日はウチ、泊まりに来な?」


 屋根をどう修繕するかはひとまず置いておいて、今日これからどうするかを最優先に考えるべきだ。


 加奈はこの津軽食堂の奥側の部屋で一人暮らしの生活をしている。被害があったのは手前側だけだとは言え、ぱっくり開いてしまった穴から、冷えた夜風が侵入してくるのは目に見えている。ないとは思うが、天井の屋根から不審者が侵入して来る可能性だってある。


「いいの?」


 縋るような加奈の視線に胸が苦しくなる。


「もちろん!」


 この日、津軽食堂は臨時休業した。


 店舗入り口に『誠に勝手ながら本日、臨時休業いたします』と張り紙を残して、私、アダム、加奈の三人は、私の実家に向かった。


 帰路の途中、アダムは店を壊してしまったことを、加奈はあわやアダムに怪我をさせてしまう助言をしたことを、互いに謝り続けていた。


 久しぶりに歩く近所の道を、複雑な心境で歩くことになった私だった。




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