15 - 津軽食堂の加奈さん2
「さあさあ、お母さんもいなくなったところで、二人の馴れ初めとか教えてよ!」
にんまりと笑んだ加奈が、ぐいぐいと肘で小突いてくる。
「先に言っておくけど、私達、付き合ってないからね!」
「じゃあ、夫婦?」
加奈のとぼけた顔が鼻につく。
「んなわけ……」
捨てるように言った私は、両手を広げて首を竦める。
自分でこんなことを思うのはすごく情けないことだが、私にこんなイケメン彼氏が出来るわけないことくらい、幼馴染の加奈ならわかっているはずだ。
カウンターから回ってきた加奈が、私の隣の席に腰掛ける。ぐるぐる回転する椅子の背凭れが前にくるように、跨った彼女はどこか嬉しそうだ。
「じゃあ、どうして彼を連れて帰ってきたのよ? 結婚の挨拶じゃないの?」
「いや、パパがぎっくり腰になっちゃったらしくて……」
「聞いたよ……大変だね。橘さんもやめちゃってるし」
「そう、それでママから連絡あって……出来たら男手もほしいっていうから」
私はカウンターに肘をついて、加奈が淹れてくれたコーヒーを啜る。
「なるほどね。それで帰ってきたのか……彼は大学の友達?」
姿勢を低くした加奈が、下から覗き込むように訊いてくる。
「違うよ。ていうか、紹介するの忘れてたね」
視線を座敷で横になっているアダムに向ける。畳の上で気持ち良さそうに昼寝していた。ぽかぽか陽気に美味しいご飯でお腹いっぱい、彼じゃなくとも寝てしまうシチュエーションだ。
「寝顔可愛いいね」
加奈は子供を見るような視線をアダムに向ける。
「一つのヤバいこと言っていい?」
「いいけど……どうしたの?」
にやけていた加奈の顔が引き締まり真剣になる、真っ直ぐな目で私の続きを待っている。
「私も彼のことよく知らないんだ……」
「どういうこと?」
「一昨日、もの凄い台風が東京に来たんだ。その時、雷の中から彼が出てきたの!」
「……」
「……なーんて、大丈夫?」
加奈が硬直して何も話さないものだから、ついおどけてみせる。
「マジ?」
表情は変えず、真っ直ぐ訊いてくる。
「……マジ。それで、行くところなさそうだったから、家に泊めてあげて、たまたま、ママから人手がほしいって言われたから、丁度いいやと思って連れてきた」
本当は勝手についてきただけなのだけれど、少しだけ良いように脚色する。
「雷は一旦置いておくとして、家に泊めるって、アンタ! そんな田舎の良心みたいなノリ、東京で出して大丈夫なの⁉ 何もされてない?」
加奈が私の全身を隈なくすりすりする。一体、この動作で何を確認しているつもりなのだろう。くすぐったいからやめてほしい。
「やめて、くすぐったい!」
「ほらほらー!」
もう本格的にくすぐりにきている加奈は容赦なく、私を擦る手を加速させる。
「やっ、やめてってばー!」
「この甘いマスクに騙されて、泊めちゃったのか? 悪い子にはお仕置きだ」
脇腹を集中して狙ってくる。
「ここが弱いんでしょ!」
「ち、違うって……アッ、やっ……やめ……ホントにやめて……」
思わず変な声が出る。私は加奈の細い腕を取り、なんとかくすぐり攻撃を食い止めようとする。しかし、加奈はとどまることを知らない。さらに攻防は激しく、力強くなっていく。
「これでもくらえ!」
このままでは駄目だ。守り主体ではこの状況を覆すことが出来ない。そう考えた私は、加奈の胸を鷲掴みにしてやった。両手にマシュマロのように柔らかい感触が伝わってくる。
エプロン姿で目立っていないが、加奈は脱いだら凄い。直接訊いたことはないけれど、Eカップ以上はあると、私はみている。
「そこは……ズルい……。——アァッ!」
悶える加奈の顔が紅潮していくのが見て取れる。
「お返しだ!」
さっきのお返しと言わんばかりに私は、加奈の胸をぐりぐりと揉みしだく。
「アッ……ん……ら、らめぇ……!」
悦に溺れた加奈が色っぽい声を出す。
「もうしないと、約束するか?」
「はひっ……もうしません!」
しっかり言質を取って、私はモミモミする手を収める。
「……もう! ……やめてよ!」
抗議してくる加奈の息は完全に上がっている。そんな様を私は、ざまあみろとしたり顔で眺めた。ここだけだと、私が凄い悪女のようになっている。しかし、先に仕掛けてきたのは紛れもなく加奈なのだ。
「で……何の話してたんだっけ?」
平静さを取り戻した加奈が、空気を変えるように訊いてくる。
「アダムさんのことじゃないの?」
「お兄さん、アダムって名前なんだー」
「そうマジもんの『アダムとイブ』のアダムだよ」
重要なことを簡単に告げる。
「え、それってどういうこと? アダムとイブのアダムと同じ名前って意味だよね?」
「私の説明が悪かったか……。アダムさんは神に追放されて『エデンの園』ってところから来たんだって」
「え、ちょっとわかんない……」
動揺する加奈の表情は固い。
その時、天井から吊り下げられたテレビから、馴染みのあるニュースが流れてきた。
「それでは、続いてのニュースです。羽田発青森行きの飛行機にて急病人が出たのを神の御業で治す男が現る? 現場の柳瀬さん?」
場面がスタジオから青森空港に切り替わる。
「はい。こちら青森空港なのですが、実際に神の御業を見たという、医学生にお話を聞いています。医学生は『持病持ちで薬がないと手の打ちようがなかった男性が、一人の少年が手を翳し、光を発するだけで症状が治まったのです』と、熱を帯びた表情で話してくれました。現場からは以上です!」
再び場面がスタジオに戻される。アナウンサーやキャスターが口を揃えて「不思議なこともあるんですね」と語らいあっている。
私はテレビを指差して、
「あれもアダムさんがやったんだよ」
と、肩を竦めて得意げに言った。
「それに、私の命も助けられたし、台風で飛ばされた看板が衝突しそうになった時、その看板を蹴り飛ばして助けてくれたんだ」
「それで惚れちゃったか……」
残念そうに肩を落とした加奈がコーヒーを飲んだ。
「惚れてないわ!」
私が強かに言い返したところで、加奈は全く聞く耳を持たない。
「アダムさん、神の御業使えるの?」
惚れた腫れたの話題に飽きた、加奈の興味は別のベクトルに向けられる。
「わかんないんだよね……正直。でも、飛行機で変な光使って、おじいさん助けてたのは、私も直接見たよ。起きたら訊いてみたら?」
「ん、なんだ?」
座敷でぐっすり眠っていたアダムが、むくむくと起き上がってきた。まだ寝足りないのか、眠そうに目を擦っている。
「ごめんね。起こしちゃった?」
「別に構わん。我の話をしていたようだが……?」
「あ~加奈が、アダムさんって神の御業が使えるのかって?」
「えっ⁉ ……私?」
さっきまで意気揚々と暴れ回っていた加奈が、急にしおらしくなる。彼女は商売柄、人見知りするタイプではないので、やはりイケメンというのは女にとっての最上級の毒であることを実感する。
「神の御業は使えんが、こんなことならできるぞ!」
アダムの全身が神々しく発光する。例えるならスーパーサイヤ人やスーパーマンのそれだ。
次の瞬間、座敷に座っていたはずのアダムが視界から消えたかと思うと、気付いた時には私の隣に瞬間移動していた。




