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14 - 津軽食堂の加奈さん1

「しずくー!」


 カウンターから飛び出して来た、この店『津軽食堂』の店主であり、幼馴染でもある加奈が、勢い良く抱きついてくる。あまりの勢いに私は支える両脚に力を入れた。


「おっ?」


 肩越しに加奈の驚く声が聞こえる。恐らく後続の母、そしてアダムを見ての驚きだろう。特に後者への。


 パッと離れた加奈は、にんまりと笑んでいる。


「多分、思ってるのと違うから」


 視線を加奈から外して、不機嫌に返す。


 加奈は絶対に勘違いをしている。私がイケメン外国人を捕まえて帰ってきたと。


「まあまあ、ゆっくり話を訊こうじゃないか! さあ、お母さんもあなたも入って!」


 母とアダムを店内に引き入れた加奈が、カウンターの中に戻る。


「注文どうする?」


 カウンターに横並びに座った私達に、本題は一度置いておいて先ずは、という感じで加奈は注文を取ってくる。


「私は焼き魚定食、お願い」


 口火を切ったのは母だ。碌にメニューも確認せずに、あらかじめ決めていたであろう注文を告げる。


「私、いつもの」


 私は子供の頃から、加奈の作ってくれる生姜焼きが大好きだった。それは彼女の得意料理であり、もちろん津軽食堂の人気メニューにもなっている。


「はーい。お兄さんはどうします?」

「我は……」


 言いかけて、続きがなかなか出てこない。メニューに何があるか知らないのだから、この反応は至極当然だ。


「加奈の生姜焼き、美味しいから食べてみて?」

「では、それをもらおう」

「はーい」


 注文を受けた加奈が手際よく調理を始める。包丁が木のまな板を叩く、子気味良い音が耳に届く。


 ——あーなんか、この感じ懐かしいな……。


 そんなことを頭の中で考えながら、いつもの——生姜焼き定食を今か今かと待ちわびる。


 加奈がフライパンに具材を放り込むと、たちどころに店内が香ばしい匂いに包まれる。


「いい匂い、お腹減ってきた~」

「もうちょっと待ってて、今超特急で作ってるから」


 言いながら、加奈がフライパンを前後上下に振る。さすがのフライパン捌きだ。


 しばらく、テレビでも観て完成を待つ。先に出てきたのは、母が注文した『焼き魚定食』だった。そして、アダムに『生姜焼き定食』が配膳され、最後に私にも同じものを配膳してくれた。


「ありがとう」

「どうぞ! 召し上がれ!」


 照りのあるタレがたっぷり絡んだ豚肉に、細く千切りにされたキャベツが、一つの大皿に盛りつけられている。付け合わせに、味噌汁、お漬物。それに隣県で取れた有名ブランドの粒だったお米。それらが一つのお盆に乗せられている。


 立ち昇る白い湯気につい見とれてしまう。


「いただきます」


 割り箸を親指と人差し指の間に挟んで両手を合わせる。アダムも私の真似をして合わせていた。


 そんな彼の姿を母親になった気分で眺めながら「食べてみ、美味しいから」と、我が物が言う。


 しかし、一向にアダムが生姜焼きを食べる気配がない。


 ——どうしたんだろう?


 そう思いながらも、我慢できずに私は生姜焼きを一口食べた。生姜の香りが鼻に抜け、深みがあるタレの味を舌先で嗜む。


 そこで思い付いたかのように、加奈が申し訳なさそうなトーンで切り出してきた。


「あ、ごめん。もしかして、お兄さん……お箸使えなかった?」

「確かに! 使ったことないかも……」

「あたし、フォーク探してくるね。ちょっと待ってて」


 加奈がバックヤードに探索に出る。


 虹町ショッピングモールで食事した時も、パスタを食べたので、箸ではなくフォークを使っていた。それ以外はほぼリンゴしか食べさせていないので、よく考えてみれば箸なんて一度たりとも使用していない。


「ごめんね。アダムさん、お箸使えないよね」

「箸とはコレのことか?」


 割られていない割り箸を差し出してくる。


「そう、ホントはこれでこうやって、食べ物を掴んで食べるんだ」


 アダムの目の前で、お漬物を持ち上げて実演する。


「ほう。器用じゃのう」

「ちょっと難しいかもだから、今日はフォークを使って食べな」

「ちょっと、やってみてもいいか?」

「練習?」

「ああ」

「いいんじゃない?」

「なら、やってみる」


 アダムはパシッと割り箸を綺麗に割って続けた。


「もう一度、握り方を見せてくれ」


 私は箸を握って、近くで見せてあげる。ついでに生姜焼きを一口いただき、お米を口一杯に頬張った。


「あんた、食べてないで、しっかり教えてあげなさいよ」


 もう半分ほど食べ終えている母が、横から口出ししてくる。


「ママが教えて上げればいいじゃん」


 私達が言い合いをしている間にも、アダムは箸と悪戦苦闘している。持ち方はどこかぎこちないが、ぷるぷる震えながらも豚肉を一枚持ち上げている。


「ごめん! ウチ、フォークなかったわ!」


 奥から出てきた加奈が、元気一杯に両手を合わせる。


「しっー!」


 私は人差し指を突き立てて、加奈を制する。


 アダムが震えながらも、慎重に豚肉を口に運んでいる。今にも落としそうで、見ているこっちが緊張する。


 私、母、加奈の三人は、まるで子供の成長を見ているかのように、アダムに意識を集中する。


 どれくらい時間がかかったか、ようやくアダムの口に豚肉が入る。


「……どう……かな?」


 心配そうな表情の加奈が感想を求める。私からすれば史上最高の生姜焼きだけれど、それが海外の人の口に合うのかはわからない。厳密には海外ではなく、エデンの園出身なのだが、少なくとも加奈は海外の人だと思っているだろう。


「美味いっ!」


 犬の鳴き声みたいにアダムが短く吠える。


「良かった~」


 張り詰めた加奈の顔が一気にほころんでいく。


 そんなほのぼの空間を満喫しながら、私も生姜焼き続き食べた。



#



 私達三人は十分もかからずに定食を食べ終えた。


「どうする? ママ先に帰るけど……」


 母が一番手に立ち上がる。


「どうしようかな~」

「雫、ゆっくりしてってよ! これから休憩時間だしさ⁉」


 カウンターから出てきた加奈が泣きついてくる。


 津軽食堂から自宅までは歩いて帰れる距離ではある。久しぶりに加奈にも会えたし、もう少しゆっくりしていってもいいかな。


「アダムさんはどうする? ママと先に行く?」

「お主と共にあるよ」


 アダムが宣言するように答える。


「ヒューヒュー! さすが、海外ニキはストレートで格好いいね」


 白い歯をこぼした加奈が茶化してくる。


「もうちょっと遊んで帰る……」

「そう、なら一人で帰るわね。加奈ちゃん、お会計お願い」

「はーい。毎度ありがとうございます」


 カウンターの端の方で、母が支払いを済ませる。


 私は間を埋めるようにアダムに語りかけた。


「生姜焼きどうだった? 美味しかったでしょ?」

「初めての味じゃった……」

「エデンの園では、果物ばかり食べてたんだもんね」


 そんな他愛ない話をしていると、扉がガラガラと音を立てた。


「それじゃあ、ありがとね、加奈ちゃんご馳走さま!」


 母が言い残して、店外に消えていった。


 積もる話もあるし、何より親友との再開が嬉しい。私は加奈が食後に出してコーヒーを一口飲んだ。




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