13 - 林檎の国
青森県。
我が国が誇るリンゴの一大産地。収穫量は堂々に全国一位だ。日本で生産されるリンゴの約半数がここ青森県で生産されている。
何を隠そう、この私の生まれ故郷である。
「帰ってきたな~」
控えめな茶色の外壁に『青森空港』と漢字でデカデカと表記された、青森空港の外観を見ていると、東京に出るために故郷に別れを告げた、あの日のことを思い出す。
「——しずくーーー!」
聞き慣れた声。この世に生を受けてから、青森を出るまでの十八年間、毎日聞いた声だ。声のする方に視線を向けると、視界の彼方にこちらに両手を振る母の姿が見えた。
「ママー!」
なぜだろう、久方ぶりに母の姿を見て童心に帰ったのか、柄にもなく両手で大きく振り返す。
昨夜、母に空港まで迎えに来てもらうように連絡していたのだ。約束通りの時間に母はちゃんと来てくれたようだ。
アダムとスーツケースをその場に残して、私は母の元へ向かう。
「ママ! ちゃんと来てくれたんだね、ありがとう」
「雫、久しぶりね。あちらに見えるのが例の?」
——いけない、忘れてた……。
「アダムさーん! こっち、こっち!」
私が呼びかけると、アダムはスーツケースを引いて、空港のタクシー乗り場前の通路を闊歩してきた。まるで少女漫画に出てくる王子様。彼が歩いた道には花が咲く、みたいな伝説を持っていそうだ。
「あらっ! 凄いイケメンじゃない……どうやって、捕まえたの……?」
口に手を当てた母が、目をハートマークにして小声で訊いてくる。私の母は人から、意外と可愛いところがある、なんて言われるような性格だ。子供の私から見てもお茶目だとは思う。
「捕まえたって……。何度も言ったけど、別に彼氏じゃないからね」
「はいはい、そうだったわね。ほら……来たわよ」
母の視線が別の場所に移る。視線の先はすぐそばまで来ていたアダムだった。
「こんにちは。あなたがアダムさんね? 娘がお世話になっております。雫の母で、美里と申します」
「美里かよろしくな!」
アダムと母が熱い握手を交わす。
「世話してんの私なんだけどな……」
こんな風にぼやいたところで、すでに母とアダムは二人だけの世界に突入しており、当の私はすっかり蚊帳の外だ。
二人の中に割り込む理由もないし、割り込みたくもない。
「ごゆっくりどうぞ。私、先に車乗ってるから」
乗客乗り場にハザードランプを焚いて停車している家の車の後部座席に、私は一足先に乗り込んだ。
送風口に差し込まれた芳香剤が、車内をフルーティーな香りで満たしている。
私は一つ息を吐き、バッグからスマホを取り出して、青森空港の写真を一枚撮った。本当は自慢の一眼レフで撮影したかったけれど、あいにく相棒とも言えるカメラは東京の家に置いてきた。
最新機種の画像解像度の高さに、スマホカメラも捨てたものではないなと頷く。画像編集アプリで加工を施せば、素人が撮ったとは思えない仕上がりになる。私はその加工した青森空港の写真を『地元に帰ってきました』と添えてSNSに投稿した。
そのまま私はSNSを探索する。何度かスクロールしたところで、気になる投稿を見つけた。投稿者『ピース—虹町ショッピングモール店』。……覚えがある。投稿内容『超絶イケメン男子による秋コーデ3選』とあり、見覚えのある写真が三枚掲載されていた。アダムが虹町ショッピングモールで根明の女性店員に撮られていた写真だ。しかも、沢山の人によって拡散、いいねがされていて、いわゆるバズっていた。
「やっぱり美形だな~」
スマホに映るアダムと、窓の外で母と談笑するアダムを見比べて、私はぼんやりとぼやく。どちらも隙がない完璧なイケメンだ。
そうこうしているうちに、母がアダムを連れて車の方に向かってくる。
母がトランクを開けると、紳士的なアダムがスーツケースを放り込んだ。少しだけ彼が母に取られた気がして腹が立つ。
私のものでもなんでもないのに。
「ランチ食べて帰ろうか?」
車の運転席に乗り込んできた母が、何の前触れもなく言う。
「うん」
私はスマホに視線を向けたまま、軽く返事する。
「おーい!」
ゴンゴンと早鐘のようにドアを叩く鈍い音と、窓越しにぼやけたアダムの声が聞こえた。
視線を窓の外に移す。それだけで、状況は何となく理解した。多分、車のドアが開けられないのだろう。母はアダムのことを普通の外国人だと思っているだろうから、そこまで気が回らないのも無理はない。
「ごめんね。ここの取っ手を引くと……」
一旦、外に出た私はアダムの前でドアの開け方を実演してみせる。
「ほうほう。すまぬなイブ」
アダムが車の後部座席左側に乗り込んだのを確認した私は、扉が半ドアにならないように、優しくかつしっかりとドアを閉めた。
私も後部座席右側に戻る。
「どうしたの?」
「気にしないで」
状況を理解しない母に、あれやこれやと説明するのも面倒だったので、私は適当に受け流す。
間もなくして車は発進した。
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道路を取り囲む青々とした森林なんかは、東京では滅多にお目にかかれない。故郷と言っても、特に見覚えのない木々の並びを眺めていたら、すぐに目的地に到着した。
店の割に広々とした駐車場。コンビニくらいの、こじんまりとした大きさの店舗はトタン張りで、今にも風が吹けば飛んでいきそうだ。『津軽食堂』と銘打ったその店は、私の幼馴染、工藤加奈が高校卒業を機に、両親から引き継いで一人で切り盛りしている大衆食堂だ。
加奈の両親が経営していた頃から、私達親子は良く通っていた。
「はーい! とうちゃ~く」
広々とした駐車場の消えかかった白線に沿って、母が車を駐車する。
「アダムさん、降りよ。そこのドアレバーを引けば開くから」
私が自分側のドアを開けて見本をみせて、車から降りる。アダムも私に習って降りてきた。
ガラガラと音の鳴る横開きのドアを開けて中に入る。
全体的に薄暗くて味のある店内内装。天井に吊られた小型のテレビに、年季の入った木製のカウンター、半座敷タイプのテーブル席が三つある。
カウンターの奥で皿を拭く女の子が一人。後ろで一つに束ねた茶髪に、くりくりの目、桜色を乗せた可愛らしい唇、エプロン姿がすっかり板についた私の幼馴染、加奈だ。
「いらっしゃい」
ランチタイムを終えた、午後二時だったからか店内に他の客は見えない。
「加奈、久しぶり」
「……噓⁉ 雫⁉」
加奈のくりっとした目がさらに丸くなる。
加奈と最後に会ったのが、確か丁度一年前くらいだったので、久しぶりに顔をみた。唐突の帰郷だったので、連絡もしていないし、驚くのも無理はない。
久しぶりの親友との再開に、気を抜くと涙が流れそうなる。それを、グッと堪えて私は笑った。




