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10 - ファッションショー

 今、超絶美男子アダムによるファッションショーが開催されようとしている。


 観衆は密かに胸躍らせる私、今回のコーディネート担当で目を輝かせている女性店員、気になってバックヤードから出てきたダンディな店員の三人だ。


「おぉ~!」


 試着室のカーテンが女性店員の手によって開かれた時、私達は一斉に声を合わせて歓声を上げた。


 一着目は、黒のジャケットに黒のスラックスのセットアップに無地の白Tシャツ、アダムという素材の良さを活かしたシンプルな装いだった。余計な味付けがなくて、スタイリッシュにまとまっている。


「着てみてが、これでいいのか?」

「いいよ!」


 首を傾げるアダムに、私は親指を突き立てる。


「あの……もし良かったら、写真撮ってもいいですか?」


 女性店員が何やら、奥から物騒なカメラを持ち出して来た。本格仕様の望遠レンズのついた一眼レフカメラだ。


「写真とは何だ?」

「え?」


 戸惑う女性店員に、私は助け舟をだす。


「今の状態を絵に記録しておくものだよ」


 アダムに近寄り、誰にも聞かれないように耳打ちする。


「そんなもの、撮ってどうする?」


 写真について理解したアダムは店員に問いただす。


「あまりに美しいので、SNSにアップして世界中の人にみてもらいたくて!」


 女性店員の目は本気だ。全く食い下がらない。


 しばし、アダムと女性店員の間で無言の時間が続く。二人共、互いに譲らないという、無言のバトルを繰り広げている。触れると火傷してしまいそうなほどの熱戦だ。と、思っていたのに拍子の抜けた声でアダムが切り出した。


「エス……エヌ……エス? とは何じゃ?」


 ——そうだった。


 カメラも写真も知らないアダムが、SNSなんて高度なものを知っているはずがなかった。


 女性店員が思わずズッコケる。無理もない。先ほどまでの睨み合いは一体何だったのだ。


「知らないのに、嫌がってたの?」


 代わりに私が訊いてみる。


「別に嫌がってなどおらぬ。訳のわからんことをいうから訝しんでおっただけじゃ」

「そうなんだ……」

「そうじゃ!」


 腕を組んだアダムが鼻を鳴らす。


「ごめんなさい。でも、SNSはちょっと……」


 私は崩れ落ちたままの女性店員に優しく囁く。


「そうですよね……。非常識なこと言ってすみませんでした」

「構わんぞ!」

「いいの? 全世界に公開されるよ?」

「構わぬ。撮りたければ撮ればよいし、展示したければすればよい!」

「ありがとうございます!」


 勢い良く女性店員は飛び起き、急遽手に持ったカメラで撮影を始める。


「これを生でみられるなんて……今のうちに出来るだけ、目に焼き付けておきます!」


 撮影しながら目を丸くした女性店員は、アダムの姿形を目に焼き付けている。一分ほど全身を嘗め回すように観察している。


「そう、近づくでない! 気持ち悪い」


 アダムは間近でステップを踏む女性店員を引き剝がす。


「ごめんなさい! でも、やめられないですよ! こんなイケメンそうお目にかかれませんし!」

「なんかごめんなさい……。彼まだあまり日本に慣れていなくて」

「やっぱりそうなんですね⁉」


 私と女性店員の認識が異なっていても、アダムが日本に慣れていないのは事実だ。女性店員はどこか異国の地からやって来たと考えているだろう。しかし、彼が元居た地は『エデンの園』なる摩訶不思議な地だ。でも、それをいちいち告げたところで、却って混乱を招くだけだ。


 撮影に飽きたのか、それとも、いち早く衣装替えさせたいのか、女性店員は急にファッションショーの進行を始めだした。


「次の服、行きましょう!」


 女性店員は手際よく二着目のセットを試着室に放り込み、早々とカーテンを閉める。


「次はこれに着替えればいいのか~?」


 カーテン越しにアダムの声が飛んでくる。


「うん。お願い!」


 ガサゴソと物音を立てて、お着替えタイムが始まる。激しい衣擦れ音につい妄想が膨らむ。女性需要しかないので、ダンディな店員は端の方で肩を竦めていた。


「いいぞ~」

「それでは……二着目は肩慣らしっていうか『普通』をイメージしてみました」


 コンセプトを告げたと同時に、女性店員がカーテンを開ける。


 カジュアルなラージサイズのパーカーに黒スキニー、大学生の典型みたいなコーディネート。それなのに、アダムが着こなすとその典型は典型ではなくなっていた。


「どうですか?」


 女性店員がすまし顔で訊いてくる。


「いいです……」


 私の口から純粋な感想が漏れる。


「こういうのもアリだね」


 背後からダンディな声も聞こえてくる。


「我に酔いしれるがいい」


 周囲に乗せられ、その気になってきたアダムが自信に満ちた発言をする。


「うぉ~ありがたや~」


 女性店員が跪く。私はそこまで心酔していないので、鼻で笑ってその光景を眺めていた。それに私が言い出した手前言いづらいけれど、正直少しだけ飽き始めていた。


「あれ? 好みじゃありませんでした?」

「いや、そんなことないけど」

「う~ん。じゃあ最後、三着目いきましょう」


 女性店員は三着目のセットをアダムに手渡し、カーテンを閉める。三度目ともなると、もはや流れ作業だ。


 衣装替えのテンポが大分早くなり、すぐに試着室が開かれた。


「これは自信作です! どうですか?」


 試着室の中から神々しい光が射している。


 カーキのジャケットにネイビーのシャツ、濃い目のスキニーデニムを踝のところまでロールアップして、合わせたコーディネート。一言で表すなら、シティーボーイ。


 ——これは好きかも。


 カーキ色もデニムの濃さも、全体的に暗めなので渋い。ハットを合わせれば英国紳士っぽさも出そうだ。


「いいです!」


 私は女性店員の手を取り、上下に振って精一杯の共感を伝えた。


「ですよね⁉」


 嬉しそうにそう言って、女性店員は撮影を再開した。華麗なステップを刻みながら、アダムの周りを駆け巡る。


「その表情……お主も気に入ったようじゃな」


 満足そうな顔をしたアダムがこちらに下りてくる。その後を撮影しながら、女性店員も追いかけてくる。


「うん! よく似合ってるよ」

「そうか、それは良かった」


 アダムがどこかしおらしい。いつものような精悍さは感じられず、頬を朱に染め鼻を擦っている。


 ——もしかして、照れてる?


「これ、ください!」

「お買い上げありがとうございます」


 写真撮影を続ける女性店員は放っておいて、ダンディな店員についていく。


「お会計はこちらになります。モデルにご協力頂いたので、少しですがクーポン割引させて頂いております」


 レジカウンターで明細を渡され、内容を確認する。『ジャケット……¥39800』、『シャツ……¥9800』、『パンツ……¥12800』、『クーポン……マイナス¥1000』の『合計……¥61400プラス税』。


「……」


 一瞬言葉を失ったが、今日の私は無敵だ。


 私はクレジットカードで会計を済ませた。


「あの、そのまま着させて帰りたいのですが……」

「構いませんよ。来店時に着用していたものを紙袋に入れておきます」

「ありがとうございます」


 予想外の出費に焦りはあったが、満足そうにポージングを決めるアダムを見ていると、全てが許せる気がした。私が勝手に購入しているのだから、彼には何の非もない。むしろいいものを見せて貰ったと感謝すべきだ。



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