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9 - 虹町ショッピングモール2

「ありがとうございました~」


 靴屋の陽気な店員に見送られた私とアダムは、一度フロア中央に戻ってきていた。


 上下二列ずつ並ぶエスカレーター乗り場の片隅にあるフロアマップに意識を集中する。


「普段使いの服は、手頃な量販店で買えばいいけど。せっかくだし、ワンセットくらいお出かけ用みたいなの欲しいよね……」


 フロアマップに並ぶ横文字を眺めていても、悲しいかな普段、男性向けのブランドなんて気にしたことがない私にはどこが人気店なのか推し量ることが出来なかった。因みにお出かけ用の服を購入しようと考えたのは、完全に私利私欲で、このイケメンを自分好みに染め上げたいという欲望からだ。ここまで彼に尽くしているのだから、それくらいの役得があってもいいだろう。


「適当に周ってみようか」

「あ? ……ああ」


 買ってやってばかりの靴を満足そうに見つめているアダムの意識を、現世に呼び戻すのは困難を極める。


「靴、嬉しい?」

「ああ! ありがとうな、イブ! 我に供え物を用意してくれるとは……」

「供え物じゃないけどね……」


 こんなにはっきり喜んで貰えると、プレゼントした甲斐がある。私はアダムに苦笑いで返して、バッグからスマホを取り出し『メンズファッション』で検索をかけた。


 検索結果の一覧が表示される。一番上に『大学生おすすめショップ』という丁度良さそうな記事を見つけた。タップすると『1位、ピース……セレクトショップ』と記載があった。私も聞いたことがある、言わずと知れた有名セレクトショップだ。至急、フロアマップで探すと、エスカレーターの乗り場のすぐ先だった。というか、すでに目の前に店舗があった。


「ここ、いいかもね」


 ダークブラウンウッドを基調とした店作り。暗めの照明がいい味を出していて、店内全体に渋めの雰囲気が演出されている。店外から見えるショーウインドーには、カーキのジャケットに濃い目のジーンズを合わせたマネキンが配置されていた。


「アダムさん、ここ入ろっか」


 私とアダムは横並びで、セレクトショップ『ピース』に入店する。こうして二人連れ立って歩いていると、他の人からはどう見られているのだろうか。もしかすると、恋人同士に見えていたりするのだろうか。


「こんにちは」


 お洒落な髭を蓄えたダンディな男性店員が、短く歯切れの良い挨拶してきた。


「何かあれば、すぐに仰ってください」


 渋めの低い声で店員が続ける。


「ど……どうも」


 私がペコリと頭を下げると、店員は所定の待機位置に戻り遠くを見つめていた。


 店に入って正面、店舗中央にはTシャツやカットソーが所狭しと並べられている。店舗左側にはジャケットなどの羽織ものがハンガーに吊り下げられている。右側にはジーンズデニムやスラックスなど幅広い種類のパンツが展開されていた。


 私の脳内には一つ構想があった。アダムの海外仕込みの容貌を用いて、英国紳士風に仕上げるという構想だ。スーツとまでは言わないが、せめてジャケットは羽織ってほしい。


「まずは、下から決めようか」


 アダムを引き連れてパンツコーナーに歩を進める。候補を見繕って、いくつか確保しておく。男子大学生の必須アイテムとも言える『黒のスキニー』、完全に私の趣味の『ブラウンのスラックス』、お洒落さと動きやすさと兼ね備える『細めのジーンズ』の三種類を選択した。


「次は上、見に行こう!」


 興味なさそうなアダムは半分放っておいて、私は店舗反対側のジャケットコーナーに向かう。店舗正面奥側にあるレジカウンターを横切ろうとした時、入店時に話しかけてきたダンディな店員に呼び止められた。


「お預かりしましょうか?」


 店員の視線は、私の腕にかけた三種類のパンツに向けられている。


「あ、ありがとうございます。後で試着させてもらおうと思ってたんですけど……」

「それでは、試着室に運んでおきますね」


 店員は三種類のパンツを受け取ると、レジカウンターのさらに奥にある試着室に入って行った。


 ジャケットコーナーにはダンディな店員とは別の、若い女性店員がいた。小柄でふんわりとしたショートボブが特徴的な可愛いらしい人だ。デニムのオーバーオールがよく似合っている。


「こんにちは。彼氏さんのジャケット探しですか?」


 女性店員は私と、未だパンツコーナーを彷徨っているアダムを交互に見る。


「めっちゃイケメンですね彼氏さん。海外の方ですか?」


 彼氏というワードにどぎまぎしていた私に、見かねた女性店員がニッと笑いかけてくる。


「彼氏じゃないんですけどね……」

「そうなんです? てっきり美男美女の、お似合いカップルだと思いました!」

「美女だなんて……そんな」


 営業トークにまんざらでもない私は後頭部を掻く。まんまと乗せられて、つい爆買いしてしまいそうだ。


「彼……すっごいお洒落ですよね?」

「お洒落?」

「はい。一見ラフなジャージスタイルに見えて、ジャージでは余り見ないショート丈で、どこにでもありそうな普通のデザインというアンバランスさ。独特なスタイルで、私はすっごい好きです!」


 女性店員の目がキラキラと輝いている。ファッションを極めし者からはそういう見方も出来るのか。


 ——私の高校時代の体操服なんだけどな……。


「彼に合いそうな、ジャケットとかあります?」

「お任せください!」


 自信満々な女性店員は前のめりだ。レールにかけられたジャケットの森を流すように探っていく。目ぼしい物を数点、Tシャツが積み上げられた棚の上に選び出してくれた。


「似合いそうなの数点用意したので、試着室に運んでおきますね!」


 そう言い残して、女性店員は胸一杯にジャケットを抱き抱えて試着室に消えていった。


「アダムさん! そろそろ行きましょうね~」

「なっ、どうした⁉」


 私は店内を彷徨うアダムの背中を押して、試着室まで連れていく。


 表には決して出さないが、正直私の心は踊っている。例えるなら、アイドル育成ゲームで着せ替えモードを楽しんでいるような感覚だ。


「こちらで~す!」


 試着室の入口でジャケットを見繕ってくれた女性店員が、私達を明るく迎え入れてくれる。


「先に選んで頂いていたパンツに、合うジャケットと、それ以外のインナーや小物も適当に用意しています!」

「ありがとうございます。さあ、アダムさん、この中に入って」

「それは良いが、入って何をする?」

「服を試すの」


 アダムを試着室に押し込むと、女性店員が一セット目を彼に手渡す。


「これを着れば良いのか?」

「うん。着てみて」

「わかった……」


 意味がわからないが一応、言うことを聞いておこうという感じで、アダムは服を受け取り試着室の中に消えていった。


 さて、超絶美男子であるアダムが、ショップ店員がコーディネートした服を着たら、一体どうなってしまうのだろうか。今から胸が躍って仕方がない。



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