欲望に忠実たれ
『あーダルイ。あと少しでヤバかったね、ハルちゃん』
『ネズミが外に出てみようとか言うからでしょ……
何なのアレ、まだ頭がボーッとするわ』
ゲームが終わりかけようとしていた時、光宙と香本さんが戻ってきた。
消滅していなくて良かったと喜びたい所だが、間が悪いな。
にしても、妙に輪郭が濃くなっていないか。体を纏う青白いオーラのような物が濃くなっているような気がする。
まだ俺達のいる所からかなり離れているのに、それでも2人の存在がすぐにわかった。
「…………」
車内に光が戻ったから目が錯覚を引き起こしているのか。
まぁいい。臨機応変にいこう。
2人に話しておきたいことがあるし、一旦離れるか。
「すまないけど、一瞬――――」
「――――今何か声が聞こえなかったか」
俺が適当な口実を喋る前に、六道が言葉を遮った。
「声……?」
嫌な予感がした。
今は六道以外喋っていなかった。生 き て い る 者では。
「あーお前に同意するのは癪だけど、確かに声が聞こえたな。
幽霊……ってわけじゃないよな」
司さんにまで声が聞こえている!?
いや、俺がもしかして2人以外の声を聞き逃したのか。
「馬鹿なことを言うな。考えられる可能性は1つだ。
さっき見つけられなかった生存者が声を漏らしたんだ。探すぞ!」
真っ当な考えをしているなら、そう判断するだろう。
6人いるはずの車内にはまだ5人しか見つかっていない。
……スマホに表示されていた情報が生存者の数を表していればの話だが。
「誰かと話してるように聞こえたと思うんだけど……」
夏恋さんの小さな呟きは車内の振動で消し去られていった。
全員が席を立ち探索を始めようとしていた。そんな状況で2人はドンドンと近付いてくる。
その度に俺の心臓の鼓動は早くなり、汗が頭から吹き出てきていた。
『おっ、いたいた! そうたぁ~大丈夫か?
今どんな感じなんだ? 助けがいるなら手を貸すぜ!』
『ネズミは元気ね、まぁその困っているなら……手を貸すわ。カレンを助けることにも繋がるし』
「2人いるのか……? いやそもそも何処にいる! 姿を見せろ」
「なぁ、これやっぱり幽霊なんじゃ」
今の台詞でわかった。
六道や司さんには間違いなく2人の声が聞こえている。
だけど、姿までは見えていないのか。どうして俺と違う。
「ウソ……だよね。聞き間違いだよね。
ハルちゃん……? ハルちゃん!」
唾がまともに飲み込めなかった。
夏恋さんにまで聞こえている。しかも、香本さんだと認識出来てしまっている。
夏恋さんの隣にいる九条にもこの様子だと声が聞こえているだろう。
「頼む……」
俺は誰にも聞こえない声で呟く。
俺以外の全員、姿が見えていないような状態だ。もしかしたら声も双方向じゃない可能性もある。
光宙達の声は聞こえても、夏恋さん達の声が2人には聞こえない可能性もある。
『カレン!? もしかして私が見えてるの……?』
願望なんてものは儚く、脆い。
だが俺の欲望はあのマグマのように存在し続ける。
左側に見える地獄のような光景を見てエネルギーを滾らせた。
そして右側に見える静寂を見て、心を落ち着けた。
自分の目指すべき所は1つ。それだけは忘れるな。
……到達する為には、六道に打ち勝たなくては。
「見えないっ……見えないよぉ!
でもちゃんと聞こえるよ、ハルちゃん」
『嬉しい……どうして幽霊になっちゃったとかもうどうでも良くなっちゃた。
カレン、また話せて嬉しいよ」
香本さんは夏恋さんの目の前まで移動して、泣きそうな顔をしながらも笑顔でいた。
俺はその光景から視線を外し、光宙をじっと見つめる。
今自分が感じている全ての気持ちを込めて。
「…………」
「蒼汰……?」
光宙、俺とお前が10年来の友だと言うなら感じ取ってくれ。
今お前らがいると展開を読み切れない。自分の望む結果へとたどり着けない。
頼む、無理だとわかっている。目と目でわかりあえるなんて現実的じゃないと。
それでも俺と光宙なら、出来るはずだ……!
「…………」
光宙は俺に無言で力強くガッツポーズをした後、香本さんへ近付いた。
そして何かを囁いていた。
『ちょっ、何よソレ! ……た、確かにあるけどさ。
わかったわよ! バカッ!バカッ!』
俺に向かって香本さんは大きな声で罵倒した。
「は、ハルちゃん? 私、何かしちゃったかな?」
『違うの! カレンが悪いわけじゃないの。
でも、ごめんね。ここを離れなきゃいけないから』
「どうして!? もっとハルちゃんと話していたよ」
『私もそれは同じよ、でもごめんね。
カレン頑張って生き残ってね。あんたなら必ず幸せになれるから!』
「ハルちゃん! ……私はハルちゃんと友達でいられて幸せだったよ。
これからも絶対にこの気持ちは変わらないから!」
『私もよ! あと最後に忠告。
好きになる人はちゃんと選びなさい! でないと最悪のタイミングで、恩返しを要きゅ――引っ張んな!』
香本さんは俺に向けて舌を出しながら、光宙に連れられていった。
2人はドンドンと離れていき、連結部分の辺りで止まった。
「今の声は――本当に」
六道はぶつぶつと呟き、司さんは怯えていた。
夏恋さんは昔を思い出すように遠くを見つめていた。
「蒼汰さん」
俺が九条の様子を見ようとする前に、彼女は俺に近付いていた。
少しでも体を動かせば触れ合うような距離だ。そんな距離で彼女は俺の耳元で声を掛けた。
ハイヒールの分もあるだろうが、思った以上に背が高いな、と考えていたら、
「私には声だけでなく、2人が見えました」
「……!」
俺は思わず口を抑えた。
何っ、九条も俺と同様に2人の姿が見えているのか。
動揺している俺に彼女は更なる驚きを提供してきた。
「正確に言うと、蒼汰さんと再開した時からです。
おふたりからクイズの正解を聞いていたのも知っています」
「……どういうつもりだ。何故今打ち明けたんだ」
「蒼汰さんの意図はわかりかねますが、困難に直面していることはわかります。
どうか手助けをさせてください。私に贖罪を……させて下さい」
「……信じるぞ」
「ありがとうございます。必ず務めを果たしてみせます」
「期待しよう、じゃあ手短に言う。この展開になったら――――」
「鈴木、すまなかった。
お前の言動を信じず、馬鹿にしたことを謝罪させてくれ」
「俺も蒼汰を信じきれなかった。すまん」
全員が全員、ある程度の整理が付いた頃、意外にも司さんだけでなく六道も俺に頭を下げた。
「いえ、仕方がないですよ。
あんな環境でしたし狂ったと思われても仕方がないです」
「そうだな……いや、あんな環境だからこそオカルト的存在も考慮に入れるべきだった。
このゲームからして現実的な出来事じゃなく、オカルトなんだからな」
「ははは、確かにそうですね」
和やかな空気が流れていた。とてつもない違和感だ。
「オカルト的存在を認めた上で、鈴木と市ノ瀬に聞きたい。
あの2人の声の存在と友人関係にあるのか?」
「ええ、自分はそうです。さっき話していた菊池です。
唯一無二の友人のね」
「そうか、幻覚だなんて言って悪かったな。
俺の記憶だとサラリーマンだったと思うが、どうやって知り合ったんだ?」
銀縁のメガネを中指で持ち上げながら、淡々と聞いてきた。
「オフ会です。ゲームのオフ会で会ってからずっと……」
「なるほどな、今はそういう出会いもあるか。
市ノ瀬は……聞いていた限り友人だと思うが」
「はい、昔からの友人で……。
あの、それよりも蒼汰くん!」
「ん? どうした」
「蒼汰くんのお友達の菊池くんの声を聞いて、どうだった?」
「……正直言って驚いたよ。まるで別人になっていた。
最初見たときの陰鬱さがなくなってて、元のあいつに戻ったみたいだ」
「だ、だよねっ!? 私も全然悪い人に見えなかったもん。
きっとあの人なら死んで欲しいなんていわないよ!」
「ああ、言わなかった。むしろ手を貸すぜ、なんて言われちまった。
だからさ俺、生きたいと思う」
笑顔を浮かべながら、夏恋さんに告げた。
今の俺は穏やかそのものだろう。
「うんっ! それがいいよっ。えへへ、良かった。
あの……六道さん、いいですよね」
これで彼女は問題ないだろう。
俺を助けてくれてありがとう、夏恋さん。
「今の彼に死ねとは言えないだろう。死ぬ気のない人間にいくら頼んだ所でな……」
端正な眉を曲げ、六道は苦悩していた。
だが次その顔を見た瞬間、元の顔に戻っていた。
一瞬で何かが吹っ切れたらしい。
「だが、俺の願望は変わらない。
五体満足でここを出ようという意思はな」
「そっ、それって、全員では生きて帰らないってことですか……?」
「そういうことだ。
俺には許容できない。俺が頭に障害を持つことや、腕や足を失うことがな。
先にいっておく。どう説得しようともこの考えを変えるつもりはない」
「俺も六道に賛成だ。何か障害を負うなんて勘弁だぜ。
それならまっ、言っちゃ悪いが誰か1人死んでくれた方が……」
六道に続き、司さんも同意した。
それを見て彼女は、そんな……と言葉を漏らすだけだった。
「と言っても、もう死にたがる奴はいないだろう。
抽選で生贄を決めようと思うが――――」
「待ってください」
満を持して、九条は声を上げた。
俺は彼女をじっと見つめる。
「私が死にます」
「――――折角全員で生きて帰れると思ったのに」
「ごめんなさい、夏恋さん。でもわかって。
ずっと死に場所を探していたの。ケンタが死んだ時からずっと」
「わかりません!……わかりませんよ」
「……きっと、いつかわかる時が来るわ。
でも良かった。香本さんを助ける事は出来かったけど、2人の役に立てるから」
俺をチラリと見てくる。
首を縦にゆっくりと振る。
「市ノ瀬、わかってやれ。……我が儘な俺が言うのもおかしいが」
「俺も何も言えねえ、九条さんありがとうございます。
あなたのこと忘れませんよ。美人ですし」
「ふふっ、ありがとうございます。
でも彼氏がいる身ですから、忘れてください」
俺はそっと夏恋さんに近付き、彼女のスマホに触れる・
「夏恋さん、スマホをしっかり持って。
落としちゃったらそれこそ全てがパーだ」
「ごめん……でも、蒼汰くんはこれで納得できるの……?」
彼女の視線から逃れるように、顔を動かす。
「ごめんね……」
「いや……」
「夏恋さん、承諾ボタンを押して。
そして元気に生活してね。それが私の望みです」
「……九条さんのこと、忘れません」
夏恋さんはゆっくりとボタンに触れようとする。
その彼女の怠慢な動きを見ながら、俺は思った。
読みが当たっているなら、このゲームで生き残れるのは1人だけだ。
そして生き残れる可能性が高いのは、俺と夏恋さんだ。
九条は論外として、六道も司さんも強い欲望を持てるような状況じゃない。
いくらかの満足をしてしまっている。
だが、彼女は違う。満たされていない。
欲望が強くなりやすい状況が整ってしまっている。
今更俺が彼女に出来ることはない。出来る事と言ったら、
生きる 生きる 生きる 生きる 生きる 生きる 生きる
生きる 生きる 生きる 生きる 生きる 生きる 生きる
俺が絶対だ! 俺さえ生き残れればそれでいい!!
五体満足で絶対に帰ってみせる!!!
願っている内に視界が真っ白になる。
彼女がボタンに触れたのだろう。
意識が混濁していく中、何かが見えた。その何かは――――
『ノゾミヲ。アナタノヨクボウハナンデスカ?』




