秘めていた想い――
「光宙、また会えて良かったよ」
お前が何者であっても。
『俺もだよ! ってか俺はお前と別れた時間、そんなに長くねーけどな』
透けた右手でグッドポーズをしながら、光宙はそう言った。
いつもの人懐っこい笑みを見せたまま……。この笑顔、本人の者としか思えない。
これもまた俺の幻覚なんだろうか、それとも本当に……
『アンタとネズミ、仲が良かったのね。
最初にアンタと会った時の話し方が淡白だったから、そこまで仲良くないんじゃないかと思ったんだけど』
『あーそれな。もう少し悲しんでくれも良かったのにな。
まぁ、こいつ女子の前だとクールキャラぶるからね」
「うるさいぞ、ネズミ」
こいつ、本当に本人なんじゃないのか。
ここまでいらない事を言う幻覚や多重人格なんて勘弁被りたい。
『ネズミはやめてくれ!
ピ●チュウって呼んでくれよ~』
『初っ端からセクハラしてくるアンタにはネズミで充分よ。
ピカ●ュウなんて勿体無いわ』
「だな」
というかセクハラしてたのか。巨乳ちゃんとか言ってたもんな。
香本さんが見た目相応のキャラならともかく、かなり純情だしな。
あいつの代わりに頭を下げておいた。
『?』
香本さんは不思議そうな顔を浮かべた後、結果が出てるんじゃないと言った。
その言葉を聞き、一度話を中断してスマホを手にした。
結果は――――
『 生存 』 10
と書かれていた。
以前と変わらないまま、背景は生を感じさせる白と金色を基調としていた。
子供の天使も変わらずにいる。そして右側の数字、もう10人しかいないのか。
「俺は生き残れたが」
100人から10人、随分と多くの人間が死んだ。
車内を見回しても、がらんとした印象を受ける。車内は相変わらず暗くて、血の匂いは濃くなるばかりだが。
それにしても今回は悲鳴が聞こえなかったな。どんな死に方をしたんだろう、と考えていたら、
『良かったじゃない』
香本さんに声を掛けられた。
「ああ、おかげで生き残れたよ。ありがとう」
笑顔を浮かべながら、彼女へそう告げた。
すると、私は何もしてないけど、と少し申し訳なさそうに言った。
「そんな事はないさ」
光宙の声だけだと幻覚や幻聴の手繰類だと思って、聞く耳を持たなかっただろう。
それ以外の可能性――――幽霊やそれに近い存在――を感じさせてくれたのは、香本さんのおかげだ。
まぁ、俺が内心は香本さんに一目惚れして特別な存在になっている可能性もあるが。
「…………」
待てよ、仮に香本さんが本当の幽霊だとしたら、彼女も死んだのか。
光宙のように。
どうして死んだのか、聞こうかどうか迷っていると画面が移り変わった。
「準備中か」
背景は白いまま、黒いフォトンで“準備中”の文字が書かれていた。
次のゲームはなんだろう。気になりはするが、考えても仕方がないな。
わからないものは、わからない。
それよりも、時間も出来たことだし、ここは2人に洗いざらい吐いてもらおう。
まず聞きたいことは――――
「なあ、2人とも死んだのか?」
最初に喋り出したのは意外にも香本さんだった。
『もうありえなくない!? 音ゲーやってる時に――――』
「そうだね、本当にありえない話だ」
同じ話を3回も聞く羽目になるなんてな。
確かに可哀想だとは思う。錯乱した男に体当たりされてしまうなんて。
しかもスマホを落として壊れたと思ったら、そのまま死ぬ羽目になるとは。
『はぁ、夏恋大丈夫かな、てかてか――』
「大丈夫さ」
『すーすー』
光宙の野郎、宙に浮いたまま器用に寝てやがる。お前も相槌打てよ、好みの子じゃなかったんかい。
というか何気に新情報だ。スマホが壊れるとそのままお陀仏になるのか。
これは……使えるな。
「ふふふ」
『――チョット、聞いてる?』
口元から笑いを溢していると、香本さんに文句を言われた。
いい加減に聞くのも飽きたな。そもそも幽霊に気を使う必要はあるのか?
まだハッキリとはしていないが、実際に香本さんが死んでいるのを確認できれば、俺の幻覚じゃないと証明できる。
というか幻覚だったらなおさら気を使う必要はないだろう。女も男もない。
「あーはいはい、おそらく光宙起きろ」
『なにその返事!』
香本さんは両手の拳を脇腹に置きながら、プリプリと怒った。
幽霊といえども、可愛いもんだ。
そう思いつつも返事はせず、光宙に蹴りを食らわせる。
……蹴りが当たらないとはいえ、我ながらドンドンと態度が悪くなっているな。
『暫定!?』
「……おい、寝たふりしていただろ」
何ズレたツッコミしてるんだよ。
そもそも寝ているなら蹴りに反応するのはおかしいって気づけ。
『だっ、だって仕方ないだろ!?
俺が会った時から同じ話を何度も聞かされてるんだぞ!』
「……何回だ」
『…………』
光宙は黙って両手を広げた。
まるで降参のポーズのようだ。
「許そう」
俺は静かに告げた。
それは仕方がないな。寝たふりもしたくなる。
『ハハァ……で、死んだかどうかだっけ?』
「ああ」
2人して視線をそらす。
横でワナワナと震えている香本さんを見たくないからだ。
これが友情プレイってやつか。
俺が気を紛らわせていると、光宙はいつもと変わらない声で喋り始めた。
『死んだよ、多分な。自分の死体っぽいのも見たしさ。
ただまぁ、死んだ瞬間? みたいなのは覚えてないんだけどな』
あっさりとそう言った。
辛くなかった……なんてことはないだろうに。
「俺は……覚えてるよ。お前がどんな風に死んだかを」
けれど、けれどお前は目の前にいる。
そう思いながら光宙とは対照的に、ゆっくりと喋った。
自然とそうなってしまったと言うべきか。
『そっかぁ、ごめんな忠告を聞かなくてさ。
あとは首チョンパな死体を見せちゃってさ』
最後は笑いながら陽気にそう言った。申し訳なさそうに目をすぼめながら。
死んでも、死んでも変わらないんだな、お前は。
胃に詰まるものを吐き出すように口を開く。
「俺こそ……! おれこそ…………ごめんよ。
迂闊だった、お前の事は誰よりも知っていたはずなのに!
お前を、光宙を死なせた! 掛け替えのない存在だって知ってたんだぞ!」
今、お前の目を直視するのが辛いよ。
言葉を言い切った時には光宙の顔ではなく、地面を見ていた。
床にポツポツと音が響く。
それと同時に思い出さないようにしていた記憶が次々とフラッシュバックした。
胸が詰まって、頭は熱くなって、口からはただそのまま思考を捨てた言葉だけが外に出ていった。
「バカな話したよな、もうお前が死ぬ直前だってのに、海行ってナンパするとかさぁ」
『うん……そうだな』
「っ本当バカ、乗せられちゃう俺も本当バカだよ!
そもそも一緒に大学行くって話だったろ? なのに海行くって笑っちゃうよ。
お前一緒に大学行く気あんのかって思ったね」
『あったよ。今だってそうだ、俺は蒼汰と一緒に海も大学も行きてえ!
そこは変わっちゃいねえさ』
まっ頭が追いついているかどうかは置いとくけどな、と明るい笑顔を崩さないままそういった。
……もうっ! なんでお前はいつもと変わらないんだよ。やってられねえよ。
鼻や目から溢れ出してくる汚い物を拭い取った後、
「俺の目の前に現れて、一緒に行く気もあるんだろう。
なら、つまり、つまり一緒に海も大学も行ってくれるんだろう!
そうだと……言ってくれっぇ」
冷静な俺自身を否定し続ける。
『…………』
返事はなかった。
ただあいつは俺の手に向かって自らの手を伸ばし――――
――――貫いた。
「あ、ああぁああアあ」
これが答えだと言わんばかりに。
同時に奥底に沈められていた記憶が蘇る。光宙が死んだ時の瞬間を――――
「お前は……死んだ。首を撥ねられて、血を全身から噴き出して死んだのか。
信じたくない、ずっと信じていなかった。心の隅で否定し続けた。
客観的に見ればお前が死んだなんて疑いようのない真実なのに、俺自身だって、お前が死んだと思って行動していたのに、それでも信じたくなかった。
俺がどれだけ酷い人間になることを受け入れても……それだけは否定し続けたかった。
なのに、お前は、本人は、死んだって言うんだな」
『ああ、死んだよ。俺は、菊池光宙は死んだ。
ごめんな、嫌な死に方しちゃって……もう少し綺麗な死に方してれば、お前の気持ちもマシだったのにな』
変わらないさ、どんな死に方だろうが。
お前を失った気持ちは等しいよ。
俺は大きくため息を吐く、そして、
「ありがとう。気が済んだよ、お前は死んで、俺は生きている。
よしっ、気が済んだし幻覚なら消えていいぞ」
不敵な笑みを浮かべなが、そう言った。
光宙も同じような笑みをしながら、
『ばっか、折角気付いてもらえたんだ。
蒼汰が無事にここを出られるように助けてやる!
なんだったらここを出た後も見守ってるぞ!』
またグッドポーズをしながら楽しそうに言った。
「勘弁してくれ。俺はここを出たら女の子とアバンチュールだよ。
まっ、香本さんみたいな幽霊なら歓迎だけど……って香本さん!?」
格好付けた言い方をしながら、キメ顔をする。
そして彼女の方を見ると――
『うぅっなんでぇええ、こんな2人を殺したのッ!
酷すぎるわよ、こんなの……うわぁぁ――――』
滅茶苦茶泣いていた。さっきの俺より泣いてないか、これ。
あっ自分で言ってて恥ずかしくなってきたた。泣いてたんだよな俺。
というか、幽霊が泣けるもんなのか……?
「ってそもそも俺は死んでない!」
鼻水混じりのツッコミは悲しく車内を彷徨うだけだ。
彼女が泣き止むまでの推定5分、光宙と思い出話をしていた。
こんな事に時間を使う余裕はないけれど……悪くは、なかった。




