天秤は傾く
「あヒィっ!?」
素っ頓狂な声を上げながら、彼は床に倒れ付した。
我ながら良い蹴りが決まったな。クリーンヒット、敵に20のダメージ。
自画自賛をしながら、俺は足を組んだ。
「ふん」
周囲は全くの無反応だった。ゲームに集中しているから……だけじゃないよな。
ゲームの音で悲鳴と衝撃がかき消されたか、はたまたわざと無視をしているのか。
後者なら、俺と同レベルの醜さだな。是非誇って欲しい。
一緒じゃないって? そんなことはない。同じエゴイストだ。
お前らは自分の命を優先するために、彼を無視している。俺だってそうさ。
自分の命を優先しているに過ぎない。
ここで俺が彼を助けて、貸し借りゼロになるまではまだいい。だが、後々の敵になるかもしれない人間。
そして多少なりとも関係性を持った人間が生きているのは、後々厄災を呼び込む種になりかねない。
こんな狂った世界じゃな。
仮にだ、俺が彼に対して借りが1つもなく、貸しだけを作れる状況なら、俺は助けていた。
当然だろう。もし危機的な状況に陥った場合、自分を助けてくれるかもしれないからな。
メリットしかない。死に追いやる必要が全くない。
全ては自分のためだ。
利益に繋がっているのなら、手を差し伸べよう。
負債に繋がっているのなら、払い除ける。それだけだ。
もう決めたんだ。周りの事は考えず、自分のためだけに生きるってな。
昔から心の中で少しだけ疑問に思っていたんだ。自らを犠牲にして、他者を救うという考え。
あれはおかしいと。だけど、理解できる部分はあった。
例えば光宙を救うためなら、確かに自己の犠牲も仕方ないと思える。
だが、そんな存在はもういない。親のことは嫌いじゃないが、身を挺する程の気持ちはない。
もう思えないんだよ。
何も考えず誰かを助けようとはな。
むしろ自分の利益に繋がるなら、相手を殺めてでも……。
「……ヒグッ、ヒグッ、部長ぉ」
近くから情けない声が聞こえてきた。
暗くて正確にはわからないが、どうにも泣いているらしい。
「ハッ」
蹴り飛ばされたら普通怒るもんだと思ったけどな。
自分が死ぬとわかりきってしまったら、そういうわけじゃないらしい。
正直聞くに耐えないが、これがラストゲームだとしたら残り1分の命だ。
我慢してやろう。俺はクッションへ身を預け、目を閉じた。
「部長が死んでぇっ、目指すべき人ががいなくなって……、
ならせめて部長への最後の恩返しで俺の手で案件を完遂させよう、その為に生きようって思ったのに!
どうしてぇ、どうして俺も部長も死ななきゃならないんだよぉ」
すすり声が絡みつきながら、彼は叫んでいた。
他者にはどうでもいい、くだらないことを。お前がその案件とやらを引き継がなくても、誰かが代わりにやる。
単純な自己満足以外の何者でもないだろう。部長が恩返しだと感じるかすら怪しい所だ。
だから安心して死ね、部長とあの世で仲良くな。
「うるさい」
俺は目を開け、立ち上がっていた。
もう一度蹴りを入れて、追撃してやろうという腹積もりだろう。醜いものを排除しようという自然な行動だ。
体が勝手に動くのも仕方がない。
「ぅううう、っヒグ」
目の前に彼がいる
彼は血で汚れた床に大の字で寝そべっていた。
天井を見上げ、すすり泣きながら。恥ずかしくないのかよ、大の大人が。
「っあ、ごめんなさい、部長ぉ、ごめんよぉ、カーチャン、トーチャン……」
死ぬ間際に俺は誰かの名前を挙げることはないだろう。
足を振り上げる。彼は気付かない。
気に食わない。
「おい」
「えっ」
彼が呆気に取られたような声を出しながら、こちらを見た。
とても純真な顔をしている。……彼もまた狂った人間だ。
「スマホはどこだ」
「なんのスマホ…………」
「お前のに決まって、そこか」
彼の左手付近にスマホが落ちていた。
おそらくあれだろう。
シルバーの外装が装着されているスマホを拾い上げ、俺は急いでシートへと座った。
「なんだこれは」
スマホを膝の上に置き、画面を見るとさっきプレイした時とは内容が大きく違う。
音符が流れてくる縦線の量は倍に増え、4本から8本になっている。音符も常に流れてくるような変化が起こっている。
異様なまでの高難易度――――これはプロフェッショナルだろう。
初心者、中級者を完全に殺しにかかっている。どうする……いや、
「…………」
これはチャンスだ。
全ての指を動かし、画面へとタッチしていく。
この難易度、俺ですらギリギリだ。だからこそ、初心者にはまともなプレイなんて不可能だ。
今からでも充分に逆転できる……!
「あ、あの」
戸惑いを含んだ菊池さんの声が聞こえる。
残り30秒ってところか。
俺は顔を動かさず、苦いグレープフルーツを噛みしめた時の気持ちを思い出しながら、口だけを彼に向けた。
「蹴ったりしてすみませんでした。
でも、後悔はしていません。あれも自分の本心です」
この感じ、そろそろサビか。
「なら、なんで助けてくれたんです……?」
「わかりません。強いて言うなら、衝動です。
……違うな。菊池さん、あなたに貸しを作りたいからだ」
「貸し?」
「ええ、いつか返済頼みますよ。
命1つを救うんです。報酬はガッポリ頂きますから」
言ってしまえば簡単なものだ。
俺は少しだけ笑みを混ぜ合わせながら、そう言った。
それに釣られてか菊池さんも、
「は、はい! ありがとうございます」
笑いが混じりながら、そう返してくれた。
感謝されるのもおかしい気がするが、悪くない。
「じゃあ、話は終わったあとで」
エミポンの歌うポップでノリのいい曲に合わせて、大量の音符を次々処理していく。
ああ、そうだ。どうせやるならノらなくちゃな。そうだろう、光宙。
「…………」
億劫な思考は徐々にぼやけていき、音の旋律にただ身を委ねた――――
「ふぅ……」
終わった。
座りながら首を上にあげ、体を楽にさせた。
流石俺だな、あそこからノーミスだ。これなら充分に……!
「よし」
体に再び力を入れ、元の体制に戻す。
いよいよ結果発表だ。これがラストバトルなのか、次に続くのか、どちらなのかはわからない。
ただ、菊池さんの運命を決定づける結果なのは間違いない。
俺にとっては重要度の低い出来事だ。けれど、どうしてだろう。
まるで自分事のように心臓が高鳴っている。
「見ちゃいますよ」
菊池さんを見ながら問いかけた。
「お願いします」
彼は強い決意を瞳に秘めながら、力強く頷いた。
それを見て、俺は右手で、右手の人差し指でそっと画面を触る。
結果は――――
Round 3
Winner 48
20位/48位
「よしっ!」
勝利だ。
俺は菊池さんにガッツポーズをする。
彼もそれに応えて、立ち上がりながらガッツポーズを返してくれた。
――――この気持ち、これで良かったんだ。
俺は瞳を閉じながら、今の気持ちを大切にしたいと思った。
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