悪魔の方へ
「どうしてだ……!」
勝った、勝ったはずなのに!
いや、まだ決まったわけじゃない。もう一度確認してみよう。
「…………」
菊池さんの口元、心臓に耳を当てていく。
が、さっきと変わらないままだ。呼吸は確認できないし、心臓も動いていない。
つまり、
“死んでいる”
「わけがわからない」
フラつく頭を手で抑えながら、ゆっくりと思い出す。
どうして死んでしまったんだ。俺の気持ちはどうなる……!
大切にしたいと思ったのに!
「はっ」
狂った世界じゃそんなもの意味がないっていうのか……。
◇
「よしっ!」
勝利だ。
俺は菊池さんにガッツポーズをする。
彼もそれに応えて、立ち上がりながらガッツポーズを返してくれた。
――――この気持ち、これで良かったんだ。
俺は瞳を閉じながら、今の気持ちを大切にしたいと思った。
って今は自分より菊池さんの事だな。ゆっくりと目を開き、彼を見る。
「よかったですね、画面見ますか?」
「ええ……本当に良かった。これで……
あっ、もしラウンド4もあるようでした、またお願いしていいですか?」
スマホを渡そうとする左手を一度止め、膝の辺りまで引っ込める。
そして、空いている右手を胸に置きながらハッキリと言った。
「……勿論です。ここまでやって、投げ出すなんてことはしませんよ」
「ありがとう、君に頼んで良かった」
菊池さんは俺の目を真剣に見つめたながらそう言い、頭を下げてきた。
この人も狂っているな。色々な意味で。
「……」
俺は頬をかきながら、次のラウンド分はタダにしておきますよ、と言った。
蹴り飛ばした分はこれでチャラにして貰おう。
「じゃあ、スマホを1度渡しますね」
「頼むよ、あっ、あと泣いていたことは忘れてくれると嬉しいんだけど」
「ははっ」
笑って濁す。忘れるなんてとんでもない。
弱みとしても使えるし、何よりあの叫びがなければ俺はあなたを助けなかった気がする。
だから忘れるなんて事はできないだろう。
そう思いながら、俺は引っ込めていた左手を彼に向けて差し出す。
菊池さんはそれを受け取ろうとして――――苦しみだした。
スマホは宙を舞い、床へと衝突する。
「…………ッ……ハっ」
「菊池さん? どうしたんですか!」
傍から見ると、自らの両手で首を絞めているように見えた。
「ッ! ……」
彼はさっきと同じように床へ倒れ伏した。
明らかにおかしい。
「菊池さん!」
俺は急いで彼の元へ近寄る。
彼は床に倒れてもなお、自らの首元を締めていた。
――――いや、違う。近くで見ると彼は決して首を絞めてはいない。
何かしらの現象で呼吸が出来ないから、つい自然と首元に手を置いているだけだ。
「クソっ、どうすれば」
考えている内にも、菊池さんの顔は青白くなっているように感じる。
折角助けた命なのに、死ぬなんてやめてくれ!
俺は心の中で身勝手なことを叫びながら、呼び掛ける。
「菊池さん、苦しいんですか!?」
2度、3度と繰り返し声を掛けると、彼は首を僅かに縦に動かした。
やはり苦しいんだ、俺はそう分かると否や彼の両手を首元から外そうとしたが、力が強い。
「喉に何か異物が詰まってないか確認しますから手をどけて!」
そう言うと彼は猛烈な勢いで首を振り、何処かを指差す。
そして、
「その――――! …………」
何かを言おうとして、動かなくなった。
「きくちさん……?」
頭の中が白くなっていく。
体は自然と菊池さんの心臓付近へと近づいていった。
認めたくない、認めたくない、と心が淡々と言い続ける。
それでも体は勝手に動く。俺は心臓に耳を置いた。
「動いてない」
嘘だ。
自分の頭を床に叩きつける。
心臓の音が聞こえなかったのは、自分の耳が悪いせいなんだ。
俺にはわかるぞ。
「…………」
髪に血がこびりつくのを感じた。
元々血で汚れていた髪は、更に赤黒く染まっていくのだろう。
「生きてる、生きてる、生きてる」
呪文を唱えるように、何度も呟く。
生きてないとおかしい、死んでいるなんて許されない。
そう信じながら、俺はもう一度彼の心臓に耳を置く。
「…………」
口元に耳を置く。
「うそだ」
“死んでいる”
菊池さんは紛れもなく死んでいる。
ゲームをクリアしたはずなのに、死んでいる。
嘘だ、嘘に決まっている。
俺は床に落ちた彼のスマホを拾い上げ見ると、
「動いてない」
落とした衝撃で壊れてしまったのだろう。
画面は黒くなっていて、ウンともスンともいわない。
持ち主と一緒に逝ってしまったのだろうか。
「は……は」
フラつきながら立ち上がる。
そして彼を見た、認めた。
「死んでる」
顔は青白いを通り越して紫色にすら見える。
目は瞬きをする事はなく、永遠と開いたままだ。
腕や足も力を失い、動く気配がない。
これで生きているのなら化物だ。
だが、化物でもよかった。生きていてくれるなら。
生きてさえいれば、自分のあの時の気持ちを肯定することができるのだから。
◇
俺はいつの間にかロングシートへ腰掛けていた。
座っているとあらゆる所から音楽が流れている。バラード系の曲みたいだ。
もしかしたらラウンド4が始まったのかもしれない。
「どうでもいいな」
そう、俺にとっては関係のないことだ。
なぜならもう俺はクリアしたから、生きることが確定したから。
「ヒャッはははははァは」
きくちぃ? そんなのどうでもいいのに俺は何を気にしていたんだか。
自分さえ生きていればそれでいい! 周りの人間なんて全員死ぬぐらいが丁度いい!
他人なんてクソくらえ。助け合いの精神なんて滅びてしまえ。
「あーあ」
どうしようもない、今までの迷いはなんだったのだろう。
一瞬感じたあの気持ちはどこへ行ったのだろう。わからない。
きっと幻だったのだろう、嫌な幻だった。
「ふっ」
頭を振る。
俺を無駄に苦しめて、いたずらに時間を浪費させた幻。
もうあの気持ちを感じることはない。断言できる。
「まっそんな気持ちを告げる相手すらいないけどな」
静かな音楽が耳を通り過ぎていくのを感じながら、黒い窓を見つめる。
最初と変わらないままだ。窓越しの世界を映さない。
そして俺の姿も映らない。何も見えないのだ。
どこへ行くのだろうか、この電車は。どこへ行くのだろうか、自分は。
終点へと到着するのか、はたまた天国や地獄にでも着いてしまうのだろうか。
わからない。ただ1つだけハッキリしていることがある。
それは、
俺の気持ちは決して変化しないということだ。
ここにある血と数多の死体に誓おう、俺は真の“エゴイスト”になると。
「いい曲だった」
どうしようもない悲しみと怒りに立ち向かう、少年のお話。
静かな音の中に力強さを感じる歌だった。
まぁ、そんなことはどうでもいい。音楽が消えたということは――――
自分のスマートフォンを取り出し、画面を見る。予想通りだ。
『ツギノゲームヲハジメマスカ?』 20
『ハイ』 『イイエ』
何十人ものうめき声をBGMにしながら、迷わず『ハイ』を押した。
さぁ、生き残ろう。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
実はタイトルが前の話と繋がっておりました。
書きたいことは後ほど活動報告に書きます。




