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ANNESSA  作者: もののふいつかみ
ANNESSA 3
16/30

3-5

少し血の描写が入るので、苦手な方は注意してください。

5


 毅の異常な焦り方に、アネッサは指先一つで応えて見せた。一瞬の間の後、辺りがやけに明るく蟬声も耳元で鳴いているかのように煩かったので、毅は土下座の姿勢からはっと前を向いた。目の前の塀に下げられた表札に楠田(くすだ)と書いてあるのが見える。善治さんの名字だ。

 自分の状況を理解した毅の反応は速かった。靴すら履いてない自分を顧みることなく、目の前の家の玄関を力いっぱい開けて中に入った。

「じーちゃん!!」

 アネッサはまたまっ黒なドレス姿で日傘を指したまま、毅の様子を目で追っていた。姿が見えなくなっても、視線を崩さず毅を追っていた。もうじき日もしっかりしてくる。厚みを増した太陽の光を遮る傘を、アネッサはくるりと一回転させた。

「善治さん!じーちゃんは!?」

 とある襖を開けるとそこには見慣れた善治さんの顔と、うつ伏せで背中にシップを貼って横たわっている祖父の姿があった。

「じー、・・・・・・ちゃん?」

「なんだぁ、毅。そんな慌てて」

 あまりの和やかさに、脳が付いて行かない。毅は暫く放心した。まるで夢でも見ているかのような違和感すら感じた。善治さんが柔らかい表情と声で言う。

「やぁー、早かったね毅くん」

「え、・・・・・・じーちゃん、どうしたの?」

「あ?善さんから聞いてないのかぁ、ぎっくり腰だとよ」

 視線をあげられない祖父は視線をこちら側に寄せて言うと、何が可笑しいのか声をあげて笑った。かと思えば腰に痛みが響いたらしく、直ぐに苦い顔をした。

毅の中で緊張が毛糸玉を解すかのように緩まっていった。

「はぁ、・・・・・・・?なんだよ、ぎっくり腰か」

 安堵のため息を吐いて、毅はその場にへたり込んだ。

「いやぁ、ごめんね。僕が慌ててたもんだから、心配させちゃったね」

「あぁ、いえ」

 善治さんは甚兵衛羽織にうちわを仰ぎながら詫びた。確かに慌てた声で言われたのもあるが、毅の中でここ最近の祖父が心配だった事も原因としてあった。そんな毅の気も知ってか否か、祖父は実に暢気な様子だった。

「心配し過ぎだぞぉ、毅」

「翠さんが重いっつってんのにワゴンの箱持ち上げようとすっから、・・・・・・そいでそのまま落として足まで怪我しちゃあ世話ねぇなぁ」

「うるせーやい」

 湿布だけかと思いきや、そう言えば足に包帯を巻いている。一体自分のどこに自信を持ってそんな重いものを持ち運ぼうと思ったのか、見当もつかなかった。

「杖つきが無茶すんじゃねーってんだ」

「まぁ、こうして孫が心配して駆け付けてくれている内は安心だよなぁ」

「いや、マジで心臓止まるから。気を付けてくれよ」

「おぉ、すまん」

 いつもの如く、祖父はそう返した。本当にわかっているのだろうか、いやわかっていないだろう。

 ふと、アネッサの事が気になった。急だったとはいえお返しも済んでないまま無理やり願いを叶えて貰ったのだ。もしかしたら、力を使い果たして外で倒れているかもしれない。毅は談笑をし始める二人を置いて外へ出た。

「アネッサ、・・・・・・?なにやってんだよ、中に入れば?」

 アネッサは外にいた。随分と大人しい、日傘を目深に差し表情が見えない。既に熱気が辺りを包んでいる中、最初に見た時と同じくその黒いドレスが違和感を放っている。ぼんやりと響いている蟬声や飛行機のエンジン音。アネッサは声を発した。

「何か、・・・・・・を、ください」

 何か言っているのはわかるが、ハッキリと聞こえてこない。「大丈夫?」と声をかけながら毅は傍に寄った。顔を覗こうと日傘の中に視線を向けると、アネッサは一点をぼーっと見つめたまま奇妙な笑みを作っていた。もう一度口を開く。

「何か、対価を」

「あ、えと・・・・・・何がいいかな」

 毅がポケットなどを弄り何か良さそうなものを考えている時だった。一筋の気が空を切って毅の耳元を通り過ぎていった。

「うわっ、何っ」

 虫ではない、雨でもない。そういうモノの類ではないように感じた。だが次の瞬間、毅は自らに起きた事を激痛と共に理解する。

「っ!」

 耳が痛い。思わずしゃがみ込んでしまった。何かが通り過ぎていった方の耳が今まで感じた事もない程の痛覚を毅に送っていた。思わず触って見てみると、赤々とした血が指を這っているのがわかった。

「っ・・・・・・な、なんだよこれ!」

 驚愕する毅に対し、アネッサは日傘の中で未だ奇妙な笑みを作ったまま、全てを理解させる発言をしてみせた。

「無事、支払いが済まされました」

「・・・・・・、は?」

 しゃがんだまま見上げると、アネッサは血の付いた“何か”を手に持っていた。そして気付く、自分の耳がざくりと一欠け分切れているのが。“何か”が自分の耳の一部だと悟った毅は、痛覚の癒えない状態と、アネッサからこれまで感じた事のない恐怖に只々困惑した。その内頭の中にぬるま湯を注がれた感覚になったかと思えば、目の前が暗くなり、毅は気を失った。

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