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目が覚めると、どうやら家に帰っていたようで、毅は和室の天井を見上げていた。綿でも詰められたかのような感覚でぼんやり考える。
確かそう、祖父がぎっくり腰で横たわっていたのを覚えている。それからどうした。奇妙な連鎖結合をする記憶に疑問が溢れる。どうして帰って来たのか、どうやって帰って来たのか、祖父は、アネッサは、・・・・・・考えは答えを生まず。なんだか湿った空気が頬を触れたので、毅は縁側を覗いた。
いつの間にか空に厚い雲が覆っていて、雷鳴が轟いている。
「あれ、今日はずっと晴れの筈じゃあ、・・・・・・」
今朝空を見た時はこんな様子など一寸も見せなかったのに。天気予報でも晴れのマークが出ていた筈だ。
「おぉ、毅。目ぇ覚めたか」
祖父がスイカを切り分けて持ってやって来た。具合はいいのだろうか、以外にも元気そうに見える祖父に、毅は疑問を投げかけた。
「じーちゃん、腰大丈夫なの?」
「はぁ?何言ってんだお前ぇ、寝ぼけてんのか?」
寝ぼけている。なんてそんなことはない筈だ。脳が思うように働かないのは事実だが、意識ははっきりしている。しかし、どうしたことか。記憶の中と実際目の当たりにしている現実が全くと言っていい程繋がらない。あべこべだ。
そういえばと、毅は祖父にアネッサの所在を聞いてみた。ところが返された言葉、というか“祖父そのもの”に驚駭甚だしく手元のスイカを落とした。
「私が、何か?」
水気のある落下音と空いたままの口を目の前の人物に向ける。ペリドットの瞳はそれでも綺麗だった。今、祖父の存在が空虚に消えアネッサが畳の上に正座している状況が、果たして正しいのだろうか。否、正解不正解、可能不可能などの二面性だけではこの場合説明するに至らない。アネッサがここにいる以上、あるのは現状が正しいという現実だけだ。
「あ、・・・・・・っ!」
そこで初めて、毅は歪曲していた記憶が本の背を合わせるような感覚によって、確かな記憶を掴み取ることになった。
「痛く、・・・・・・ない?」
「今、一時的に痛みを消しています」
あの激烈な痛みの走った耳はやはり欠けてはいるが、痛覚が無かった。というか麻酔の様な妙な虚無感が耳を覆っている。毅が次に起こした反応は、ふいに込み上げた怒りによって、今し方手元に落としたスイカをアネッサに投げつけることだった。
「お前っ!」
「・・・・・・」
避ける動作すらしないまま、アネッサは顔面にスイカをうけた。身が崩れて服も汚した。
「俺に何したんだ!!」
それでもアネッサは正座の姿勢を崩すことなく、スイカのカスが付いた顔をまっすぐ毅の方へ向け、言った。
「御説明が正確になされていなかったようで、私に非があった事をお詫び申し上げます」
「・・・・・・なんだよ、説明って」
真摯に目を向けてくるアネッサに、毅はたじろいだ。外では一つ二つと雫が跳ねている。雨が降り出し、ガラス戸を濡らしていた。
アネッサは改めて一呼吸して続けた。
「私の魔法は使う分にはなんの支障もないのですが、願いに対する魔法となると常に願った側からの支払いが必要となるのです」
それは聞いた。あの紙芝居での事如く、頼みごとをする際は常に何かを与えている。
「願いの大小に関係なく、支払われるべき対価を払わず次の願いを叶えた際は、私の意志に関わらず強制的に願いと加算分に対しての支払いをしてもらうようになっています」
「つまりは、・・・・・・」
つまりは、と大体の要領を得た毅は事の顛末を整理した。今朝の家の建てつけと祖父の所への移動の二つ願いを叶えさせてもらった。これが今回の事態の原因であった。
「私がしっかり事前に御説明していれば、こんなことにはならなかったのです。本当にごめんなさい」
あれはツケで先に願いを叶えて貰ったこと。対価を後回しにした自分にも責任があるだろう、アネッサを便利道具のように思ってしまっていた自分に酷く反省した。微妙に残っている怒りをため息で解しながら、毅は謝った。
「おっけー、わかったよ。俺も色々悪かった。たぶん、自分じゃ制御できないんだろ?」
「はい、魔法のシステムは私が作り出しているわけではないので。本当にごめんなさい」
詫びを入れ続けるアネッサの様子に、毅は今回の件は水に流そうと決めた。過ぎたことだ。そう思い、切り替えに今の状況をアネッサに尋ねた。
「家に運んでくれたの、アネッサか?」
「あぁ、いえ。ここは説明のために私が勝手に用意させたものです。実際の毅は病院で休まれてます」
「そーいうことね」
なんだか疲れてしまった。すっかりしょぼくれてしまったアネッサの様子が少し面白かったので、この件はこれで良かったのだと思う。他に考えても仕様がない。
ただ毅には、アネッサが用意したというこの場所に一つ気付いた事があった。
「アネッサ、ついでにこの天気。もしかして、お前の気持ちも入ってたりする?」
部屋を用意したというならこんな嵐にしなくてもいいはずだ。なんだったら今休んでいる病院で説明したっていい。最初に祖父を目の前に見せた周りくどさも、辻褄を合わせればきっと顔を出し辛いということだろう。
「私の心は雨模様なのです」
雨どころじゃ済まない天気にはつっこみは入れず、アネッサの様子が少し戻った気がした所で、二人は元の場所に戻ることにした。




