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程無くして祖父は帰ってきた。辺りは夕闇に染まり始め、赤い刃が遠くの空を裂いているのが見える。店の戸を閉めながら、なにやら中で言い争いをする毅とアネッサに穏やかな目で笑いながらリビングへ入った。
「はっはっ、仲のいいもんじゃ。よかったな毅」
「あっ、じーちゃん!コレ!普通のでいいって言っただろ!なんでこんな高いの買ってくるんだよ!」
毅は早々にアネッサの家の事を突っ込んできた。まぁ、想像通りだと祖父は思った。おもちゃ屋で色々悩んでいたアネッサにいい物を買ってあげたいという気持ちを抑えることはできなかった。昔からそうである。自分の買い与えたものに目一杯幸せな笑顔を浮かべる子供たちの姿が何より好きだった。甘いだの教育によくないなど言われても、その欲望は抑え込むことはできなかった。自分の唯一の我儘として許してほしい。そう思っていた。
「いやぁ、我慢できなかったわい」
「まったく、・・・・・・」
呆れている毅も、祖父の甘さには慣れているらしく然程問題視しているようには見なかった。続けて口を開く。
「罰として、といっちゃなんだけど、今日はアネッサが夕飯を用意します」
毅がやけに不安そうな顔を浮かべて言った。
「おーそりゃあいい事だ!」
罰でもなんでもない、そんな感じで祖父は喜んだ。
「はっははー、そーですよねー」
その反面、毅は棒読み甚だしく、表情に影を作り先行く不安を再確認していた。
「まっかせてください!腕に縒りをかけます」
アネッサはふんと鼻の穴を大きくして腕に力瘤を作ってアピールした。毅の中には不安しかないものの、祖父の中ではハッピーな気持ちが溢れていた。新しくできた孫がご飯を作ってくれる。それだけで嬉しいものなのだろう。
「じゃあ、夕飯まで楽しみにしとくかの」
祖父はそう言って居間へ向かった。夕飯まで新聞を読み漁るらしい。毅は少しほっとする思いだった。流石に魔法でポンとでてきた料理なんて味気ないったらないだろう。
祖父のいなくなったリビングで、毅は尋ねる。
「で、何を作るんだよ」
「和食がいいかと思うんですが・・・・・・」
「あー、いいんじゃん?」
なんとも、アネッサの割に無難な所を攻めてきたと思ったが、満漢全席の様なものを出されるよりはよっぽどましだった。とりあえず肯定する。
「わかりました、・・・・・・では!始めますか!」
「お、おう」
何か大がかりな事を始めるのかと思った毅は、キッチンに立つアネッサから離れてイスに座った。様子見だ。何か変な事しようもんなら止めてやるつもりだった。
「ではまず、」
アネッサが自分の服をポンと叩くと、全身がどこからともなく現れた光のベールに包まれた。
「眩しっ、なんだ一体!」
その内くるくると回りだして何をしてるのかと思ったら、足からスリッパ、デニムのパンツ、黒いセーターに変身し、エプロンに三角巾を最後に装着すると、少女アニメの主人公のように手に持ったおたまでポーズを取った。
「はっ!」
「いや、お前なにしてんの!?」
すかさずつっこむ毅。茶番も大概にして欲しい、つっこみが追いつかなくなったらどうするのか。
「あ、やだ。裸見てませんよね!?」
「見てねぇー!!」
そんなにキラキラした変身に目など当てられるものかと、いや決して見たいわけではなかったと、毅は言いわけくさい事をつらつら考えながら。精一杯否定した。
「どうです?奥さまスタイルです!」
楽しそうに色々ポーズを取って見せるアネッサ。正直な話、毅は既に疲労困憊しておりできれば何も考えたくは無かった。「うん、良いと思う」とだけ返事をする。
「では、さっそく」
キッチンに向かわず、テーブルの方へ身体を向けるアネッサに毅はクエスチョンマークを浮かべた。その内食器のことかと思い、説明しようと口を開く。
「あぁ、皿とかはそこの食器棚の・・・・・・」
アネッサはすっとおたまを指揮者のように構えた。
「はーい!主食に主菜、副菜そろえて栄養バランス満漢全席ー!」
この間ほんの数秒。話は聞いていたみたいで食器棚から皿を光速で並べると、料理が瞬間的に盛られていった。十数人のシェフが作りあげたかのような手際の良過ぎる光景に毅の目は細くなるばかりだった。
「・・・・・・、はぁ」
おーーいっ!!と、毅は心の中で精一杯つっこんだ。しかし、口から出たのは深いため息だけ。テーブルの上にまるで丁寧に調理された様な料理が並んでいる。
こうなりそうな予感は最初からしていた。この前代未聞の奇人麗人がただの料理をするはずがないのだ。いや、もうこれは料理ではない、自販機か宅配便か。ボタンを押せば目の前に望んだものが出てくる。そういうものに近い。
「ふぅ、こんな感じでいいですかね?」
額を拭うアネッサに対し、毅は料理に顔を寄せた。
「これ、本当に食べ物なんだろうな?」
主菜であろう何かの魚の照り焼きをまじまじ眺めながら尋ねた。
「あったりまえっすよ!あ、それはイサキの照り焼きです」
良い色をしている。身はふっくらと焼け、タレは生姜を入れたのだろうか、魚の脂と混ざり艶やかで、芳ばしい香りが胃を擽る。付け合わせのレタスがタレと混ざって少ししなっている感じはまさに手料理の様だ。副菜のごぼうのきんぴらはごま油を使ったのか芳醇な湯気を出し、オクラのお浸しには鰹節が盛られ美味しそうだ。サラダの小鉢には玉ねぎの千切りがトマトと一緒に盛られている。
「・・・・・・、おいしそう」
嘘ではない。魔法で出したとは思えぬほど手料理染みたそれらは、確かに鼻腔を通って脳を刺激し、空腹を呼び覚ました。
「ポンポンと出したように思えますが、私が作った様なものです」
エッヘンと腕組みをすると、エプロンと三角巾を外し、アネッサは席に着いた。自分で料理を眺め、どこか懐かしい表情を浮かべた。
「おじいさまをお呼びしましょう」
「あー、そうだな。じーちゃん!ご飯できたよー!」
廊下の方へ呼び掛けると、祖父の返事が来た。
「おー、今行くぞーい」
すぐに祖父は来た。テーブルに並べられた料理を見て美味そう美味そうといい席に着く。
「では、」
三人でいただきますをした。なんだろうアネッサが普通の服装をしているせいか、こんな家庭が普通だったかのような感覚だ。外から聞こえてくる虫の音と夜になって落ち着いた気温がなんとなく涼しげだ。
普通になりつつある。この状況に、アネッサに、アネッサの魔法に。でもこれでいいのだ。毅はこれを望んでいた。普通に普通であるために毅は考えたが、杞憂だったのかもしれない。とんでもないことが起きたとしても、案外人はそれを受け入れてしまうものなのだ。今回の件で毅は自分の順応力に確かな自信を持ちつつ、オクラのお浸しを一つ口に運んだ。魔法で作ったと言っても、アネッサの言うとおりアネッサ自身が作ったように美味しい味だった。




