第三章~一周年~
ガドネア歴 九七八年一一月 アーサー・スナー
マリアの流産から、もうすぐ一年になろうとしている。
いろいろなことを考え、それらが仕事に勉強にと忙殺されながらの一年は長くも感じたが、やはり振り返ると、あっという間に過ぎてしまったとも感じてしまう。
俺は近衛として方々に顔を出しつつ、自身の鍛錬を欠かさず行っている。そんな生活も大分板に付き、馴染んできた。
マリアは近衛副隊長なんだが、侍女としての仕事をそつなくこなしている。まあ、形ばかりのファーネル王子専属近衛隊で、今でも近衛は二人っきり。今のところ追加のメンバーも考えていない。
ファーネルは、相変わらず王政の何たるかの勉強、ユニス王家の剣技の両方を学んでいる。時折俺たち夫婦がその腕前を見るために練習試合をするが、まあ、三すくみの関係だ。俺では手が出せないし、マリアは確実に完封してしまう。マリアについては極意にまで達しているため、実質三人の中では最強。本来天敵とされるスナー流の俺でさえ押しきられることすらある。恐ろしいことに。
ミリアは、まあ、相変わらずファーネルにべったりだ。彼と一緒に勉強し、格闘術を学んでいる。武器を持たない彼女が選んだのは、近接格闘だ。もう城の外で戦うことはないかもしれないが、それでもファーネルと一緒に鍛錬したいということで、あえて参加している。
そして彼女の親友ウーニャ、ウロフカーニャについて。先日デニアス王立学園医学部の卒業見込みが決まったとの連絡を受けた。なんと主席である。身体の不自由さもほとんど完治したそうだ。サーシャ、アレクサンドル氏はそこまで成績は振るわなかったが、それでも上位だそうだ。二人とも卒業後は、カル=アストロフへと帰郷するそうだ。きっと家族は温かく迎えてくれるだろう。
第三章~一周年~
「パーティー? えっと、冒険者のグループ単位の話ではなく、晩餐会とかそっちのことか?」
ミリアの発言に、アーサーは確認を行う。
「はい。年末年始のタイミングで、ウーニャ達を招いて開こうと考えています。もうすぐ卒業ですし、卒業後はカル=アストロフに帰ってしまいます。そうなると、会おうとすれば大変ですからね」
そうか、とアーサーは返事をする。
ウロフカーニャは、カル=アストロフ家の跡継ぎである。そのため本来はデヴィル・ドラゴンの問題が片づいたら、すぐに故郷へと戻らなくてはならなかった。が、本人の大怪我と後遺症という問題と、アレクサンドルとの出会い、そして医学を改めて勉強したいという事で、四年間の期限を実家から貰い、デニアス王国で過ごしていた。
その期限から大分早いことになるが、二人は医学部の早期卒業が決まった。本来四年間で学ぶことを三年で成し遂げたのだ。既に卒業検定も合格し、国際医師免許も取得済だ。
本当は、二人ともみっちり四年間学んで帰るつもりでいたのだが、そこまで二人を追い立ててしまったのは、やはりマリアの流産がきっかけにある。
二人とも、もっと早く医師の資格を取得し、駆けつけることができたら助けられたのでは、という後悔の念からである。実際の所二人が駆けつけたところでどうしようもない事態だったのだが、それについてはマリアも感謝しつつ気にしないで、と手紙でやりとりしている。
二人は、一二月末を以て卒業するつもりだったのだが予定を変更、一一月末にユニスを訪れる際には、そのままガドネア大陸を出立できるよう、すべての準備を済ませることにした。そして四人の結婚一周年の晩餐会に出席したら、その足で故郷カル=アストロフへと旅立つ計画をたてている。
その後しばらくは地元の病院に勤務し、然るべき時となったらカル=アストロフ自治州州長家の家督を引き継ぐ予定だ。
なお、ミリアがアーサーと相談しているのは、このことをファーネルに秘密にしているためである。いわゆるサプライズパーティーとしたいそうだ。理由は、ただ何となく驚かせたいだけなのだが、しかしかなり規模が大きくなりそうではあった。
「なるほど。となると、サーシャの家族も呼んだ方が良いか。家族とは今生の別れ……とはさすがに言い過ぎでも、そう簡単には会えなくなるかもしれないからな」
「……そう、なんですね。そこまで私は考えていませんでしたが。でも丁度良い場を作れそうです。ノリヴァフスクからは少々距離がありますが……」
「いつぞやみたいに、龍族で海岸埋める状況になるのかなぁ……」
去年の結婚式のことを思い返す二人。あのときは、ミリアの家族がはるばるディトリア・クレール大陸から飛んできたのだ。こればかりは、ミリアは苦笑するほかない。
その後、マリアが合流する。愛する夫が人妻と密会めいた話し合いをしていれば疑うようなものだが、マリアは二人については全面的に信用しているため、そうした悶着はない。それぞれのパートナーにこれでもかと言わんばかりに溺愛なのは皆知っているからだ。
話を聞いたマリアは、一つ提案した。
「いっそ、ウーニャの家族も呼びませんか?」
と。
それからしばらくして。
ファーネルに露見しないように細心の注意を払いながら、アーサーとマリアは各方面に人龍便で手紙を出すこととなった。
二人とも旅装束に着替え、城を後にする。
旅装束とはいえ、向かうのはすぐ先の冒険者協会だ。そこで人龍便への依頼を出せば終わりである。
ただ、しばらくこうして外に出ることもできなかったため、ユニスの城下町を回ってみようと考えていた。
冒険者協会に立ち寄れば、相変わらずだった。ドアベルを鳴らせば、ほぼ全員の冒険者が注目し、その半数がすぐに視線を戻す。残りの半分が値踏みして視線を逸らし、最後まで様子をうかがっているのが数人だ。
マリアは掲示板付近で残り、アーサー一人、受付へと赴いた。
「ようこそ冒険者協会へ。……あら、アーサーさん、ずいぶんとお久しぶりですね」
引退して一年になるが、人龍便を何度か依頼しているので、しっかりと顔は覚えられている。
「ああ。この手紙を人龍便で送って貰いたい」
受付はそれらを受け取る。宛先ラベルは既に記入済だ。
「ディトリア・クレールのカル=アストロフに、メルセア市のサンディー家、デニアスのノリヴァフスクに、王立学園……、はい、承りました。いつものごとく某国のせいで、大陸方面の料金が値上がりしていますので、ご了承ください」
「ま、仕方ないな」
言いながら、アーサーは掲示された料金を支払う。結構な額だ。
ディトリア・クレール大陸方面の価格は、ちょくちょく変動する。その主原因は、だいたい某国、デリシア王国の所為である。古くから周辺国家に対して高圧的だったり、軍を国境近くまで差し向けての威力偵察など、かなりきわどいことを行っているためだ。今回もそのおかげで緊張が高まり、料金が高くなってしまったのだ。
余談だが、古い時代には、当時どこにも所属していなかったカル=アストロフの町に六〇〇〇人規模の軍を差し向けたことがある。結果としては、カル=アストロフは無血開城しデリシア王国の一部となったが、しかし完全な自治権と不可侵を約束させ、実質カル=アストロフの思惑通りに事が進み、今の形に落ち着いている。ただ、デリシア王家は未だにカル=アストロフ以東の完全支配を諦めてはおらず、自治州首脳陣らとの、懐の探り合いが続いているらしい。そうした過去があることから、龍族、とりわけ自治州州長のカル=アストロフ家からデリシア王家に対する印象は非常に悪い。
「承りました。明日の早朝の便出発となります。メルセアとカル=アストロフは明後日の夕刻ぐらいの到着となりそうです」
アーサーは頷き、受付から離れた。すると、若い冒険者達にマリアが囲まれていた。
「なあなあ、俺たちのパーティに入りなよ新人ちゃん」
アーサーは一瞬にしてイラッとなった。そいつは俺の妻だぞ何気安く声をかけてやがるんだ、と。アーサーが声をかける前に、マリアがチラリとアーサーを見て、任せて、と目だけで伝えた。それで取りあえずマリアに任せることにした。
マリアは、身長一〇五フォーネルの小柄で華奢で童顔だ。体つきも凹凸の少ないすらりとした体型であるため、人間から見れば一〇代前半に見られてもおかしくはない。今回は真新しい旅装束のため新人冒険者らしい姿であることから、異種族の若い女の子と認識されているようだ。実際は二十歳であり、アーサーの妻である。
取り囲んでいる少年達も、つい最近冒険者になったばかりなのだろうか。
「……なあ」
アーサーは受付に戻り、カウンターにもたれながら声をかける。
「あのガキ共は?」
アーサーの不穏な声色に、受付は苦笑する。
「最近他の地方から拠点をこちらに移した三人組ですね。なのであなたたちのことを知らないんだと思います。実績もそれなりに積んでいるので、一番調子に乗りやすいところでしょうね」
どんな風になるか見物だ、と受付は見守る中、三人とマリアの会話は続く。
「……別に新人って訳でもないんだけどなぁ」
「だけどよ、君みたいな小さな子一人じゃ何かと大変だろ? だから俺たちがパーティーに入れてやるって言ってるんだ」
「色々お得だぜ? 俺たちは依頼に失敗したことないからさ、それだけ信頼も篤いんだ」
と、マリアの勧誘が続いていた。
周りも、新人によくある強引な勧誘という感じで、見守っている様子だった。
因みに、大多数の冒険者がマリアの事を知っている。良いのか? とその冒険者がアーサーに視線を向ければ、まあマリアに任せておけと、アーサーは軽く手を振って答えておいた。
「依頼達成の信頼はあっても、私からしてみれば、初めて会う人たちにいきなり信用しろと言われて、ハイそうですかって思えないのよね。私女の子だし? そういった目的で近づいてきているって思っちゃうし?」
「な……」
男三人は顔を見合わせる。マリアは明確に拒否しており、それは周りの冒険者も聞いている。これ以上無理に勧誘したら、周りの冒険者が黙っていないだろう。
「悪かった。この話はなしにしよう」
おそらくパーティーのリーダー格だろう。軽く謝罪し、マリアの横をすり抜けていった。三人が扉から出て行くと、マリアはアーサーの元へと駆けより、そのままぎゅっと抱きついた。
「怖かった~☆」
「嘘つくな」
言いつつも、アーサーはマリアの頭に手を乗せ、軽く撫でる。
「では、手紙の件、よろしくお願いする」
「ええ。お任せくださいな」
二人も受付を離れ、冒険者協会を辞することにした。
そして、協会の扉を潜って外に出ると、先ほどの三人組が待ち構えていた。が、マリアはアーサーに抱きついたままだったので、目を剥いていた。
おそらく外で待ち構え、他の冒険者の目が届かない場所で勧誘を続けようとしていたのだろう。
リーダー格がマリアを見て固まっていると、アーサーが彼らに笑顔を向ける。もちろん目は笑っていない。
「俺の妻に何か?」
アーサーは、妻の部分をしっかり強く発言した。
「つ、……妻…………」
三人はその事実に驚き、そしてアーサーの迫力におののく。
「い、いえ、………何でもありません」
その場に固まり、三人はただ見送るほかなかった。
パーティの日取りについては、ミリアは最初から決めていた。一一月三〇日。四人の結婚式の日だ。明目としては結婚一周年記念祭。それだけであれば、特にファーネルに黙っている必要はないのだが、ミリアはサプライズと言ってそこは曲げない方針のようだった。
既に着々と準備も済ませ、当日を迎えるばかりだった。
そしてパーティー前日。
日もどっぷりと暮れた時間帯。ミリアはマリアと共に、東海岸を訪れていた。
「……来たよ」
ミリアは、顔を上げて西の空を見る。
「えっと、……想定よりも、多くない?」
首をかしげる中、気配が近づいてくる。彼らはユニス王都を大きく迂回し、東から海岸へと次々と進入してくる。無音かつ無気配を維持しながら。ミリアのように、龍族が持つ本能的なもの、魔法でそれを再現した索敵を行わない限り、限りなく感づかれないように注意を払って。彼らは僅かな地響きを立て、砂浜へと降りたつ。直後変化の魔法を使用し、人の姿に変わっていく。
「やあミリア。マリアさんも、久しぶりだ」
サンディー家代表として、ミリアの祖父が二人へと挨拶する。
サンディー家からは、一族全員。ミリアの祖父母ミハイル・セレシア夫妻、両親アレクセイ・ルヴィア夫妻、今回も妹レアまでついてきた。合計五人。
カル=アストロフも一族全員だ。
祖父母ヴァレンティン・ミラーナ夫妻、両親アントン・ナターリヤ夫妻の四人。ウロフカーニャとアレクサンドル以下アルツェフスキー家は、それぞれの地で合流し、一緒に飛んできた。計一〇人にも及ぶ。
カル=アストロフ家の代表として、ウロフカーニャ自身が挨拶する。
「みなさん、ご無沙汰です。ミーシア、お久しぶりですっ、げ、レアもいるですか?」
「げって何よ!?」
そしてレアに対しては早速喧嘩腰だ。一年ぶりの再会なのだが、そんな挨拶も無く初っ端からの悪態に、親たちはただ微笑む。
「皆さん、ご壮健そうで何よりです。マリアさんには、なんと言葉をかけて良いのやら。此度の事故について、お悔やみ申す」
アルツェフスキー家代表として当代となる祖父が、マリアの流産について残念そうに挨拶をした。
祖父母レオニート・リアナ夫妻、ミハイル・ヘンリエッタ夫妻。ヘンリエッタは人間なので、ミハイルの背中に乗ってきた。計四人、龍族は三人。
合計一四人の龍族がここに集った。
「ありがとうございます。皆さんも、ようこそ」
「急な呼びかけとはなりましたが、皆さんようこそ。ユニス王子妃がミリア・テナイ、歓迎いたします」
ミリアが軽く頭を下げ、皆も同じように頭を下げた。
「おねえちゃーん!」
挨拶直後、ミリアにレアが飛び込んだ。こうして抱き合うと、レアの方が少しだけ背が高い。
「もう、相変わらずですね、レア」
レア・サンディー、ミリアの三つ下の妹である。既に一八歳ではあるが、昔からお姉ちゃん子で甘えたがりだ。
「お前っ! そこは私のポジションだぞっ! 私のミーシャから離れやがれっ、です!」
早速ウロフカーニャが引き剥がそうとする。それを見守る親や祖父はニコニコの笑顔だった。
ウロフカーニャとレアもまた、学園時代に知り合った仲だ。
三人とも年度は違えど、デリシア国立学園への留学経験があり、ウロフカーニャとはその縁で知り合うことができた。
デリシア国立学園は、初等部四年、中等部三年半の教育体制をとっており、その約八年間を過ごした。ミリアはほとんどを一人部屋で過ごしていたが、ウロフカーニャは初等部時代は別の友人と二人で寮暮らしだった。しかしそのルームメートが中等部には進学せず故郷へ帰ってしまい、そのさみしさを紛らわすために一時荒れていた時期がある。ミリアはこの時中等部三年生で風紀委員だったこともあって、ウロフカーニャを沈静化するために近づき、ある意味彼女の心をがっしりと掴んでしまった。すっかり依存されてしまったミリアは、このまま自分が卒業してしまうとまた荒れるだろうと妹と引き合わせた。そして顔を合わせた途端喧嘩となってしまった。なのでルームメイトは無理かなと考えていた矢先、二人はすぐに仲良くなった。よく喧嘩もするが、それは互いに本音をぶつけ合える存在でもあり、それ故に仲はとても良かった。
そのおかげで、ウロフカーニャも無事に中等部で学園を卒業することができた。
二人とも結婚式の時には駆けつけてくれ、それ以来の再会なのだが、この二人は相変わらずだ。まるで昨日別れて今日であったかのように、……出会って早々口げんかだった。
色々変わってしまったところは多いが、それでも変わらないところがある。ミリアはどこか懐かしさを感じながら。
「や・め・な・さ・い?」
とすごんで頭を鷲掴みにし、止めさせた。
「ぎゃーっ♡」
「きゃーっ♡」
学生時代は、出会って三秒口げんかしてミリアが止める、これが本当に日常だった。
今も当時のように結構力を入れているため痛いはずなのだが、二人ともそれで喜んでいたりする。ミリアに相手されていることが、何より嬉しいという様子だった。
なお、ウロフカーニャはミリアにべったり依存の百合少女だったはずなのだが、アレクサンドルと出会ってからは普通に恋愛し、仲良し三人組みの中では一番先に入籍している。ただし百合に関しては、それはそれこれはこれ、らしい。
マリアはそんな二人に苦笑し、来賓に向き直る。
「城内に部屋を用意しています。なるべくこっそり音を立てないよう、移動しましょう」
「ああ、よろしくお願いします」
「特にあなたたち。喧嘩するなら追い出しますからね?」
「「はーい♡」」
本当に息がぴったりの二人だった。
ファーネルに対しては、今だ何も伝えていない。そのため城内の準備に関してもそれなりに苦労はあったが、何とかこの日を迎えることができた。城内の様々なスタッフ、特に侍女長には感謝だった。
一行は噴水広場へは向かわず、王城の東側にある軍港へと入り、そこからつづく通用門から入城した。すると兵士数人が待ち構えており、こちらへ、と案内を始める。
「ファーネルは?」
「王子様は執務室でアーサー様、コール王様、ソニア王妃様に足止めされ……、いえご会談中です。ささ、今のうちです」
ミリアは頷き、皆を案内していった。
貴賓室は、広いリビングがあり、奥に寝室が四部屋ある。他にもここで生活できるよう水回りなどのインフラが全て整備されている。今晩の夕食、そして明日の朝食に関しても厨房から直接運び込めるようになっているため、食事を運ぶ姿が目撃されたり、或いは誰かが部屋の外に出るなどして、ファーネルに知られてしまう恐れもない。
ミリアはここでの生活に関して説明してから、貴賓室を後にした。
「ふぅ、ここまでは順調ですね」
「そうですね」
マリアは辺りを見回してみて、ファーネルの気配がないことをもう一度確認する。
「では、また明日に」
「ええ、おやすみなさい」
マリアは静かに微笑んで、自室へと向かっていった。ミリアは見送ってから、歩き始めた。
自室に戻ると、ファーネルが待ち構えていた。
「お帰り。外は楽しかったか?」
「え? まあ」
ミリアは、久しぶりの旅装束だ。普段着よりも冒険者らしい格好をしていれば、一般人からは声をかけづらくなるためである。今回はマリアも一緒だったこともあり、滅多なことは起きないだろうとは考えていたし、実際その通りでもある。
「ま、マリアやアーサーと何を企んでいるかは、あえて聞かないことにしていたが」
「……」
バレてる? とミリアは内心焦る。
「ま、明日を楽しみにしているぞ。結婚記念日だしな」
と、ファーネルがニヤニヤと笑いながら、顔をのぞき込んできた。それに対しミリアはそっぽを向く。これバレてるー! と心の中で叫ぶが、平静を装う。
「そうですね、結婚記念日です。何か私にサプライズでも仕掛けているのですか?」
「いんや? お前が仕掛けてくれているから楽しみにしているな」
「……今日は一人で寝てください」
「お? これはいけずな発言だな? いけずいけずー」
「いけずはどっちですか」
普段いけずと言われるファーネルが、ここぞとばかりにいけずと連呼し、ミリアは完全にそっぽを向いた。
ミリアは普段の寝室とは別にある部屋へと入り、鍵を閉めるのだった。
そして翌日。
アーサーとファーネルの二人は、先に食堂へと移動していた。普段真ん中に鎮座しているテーブルは隅に片付けられ、立食パーティ式の会場が整えられていた。オードブルなども既に並べられており、その量もかなりのものだった。
「……でアーサーよ。何人呼んだんだ?」
「さあ。てかバレてるんかい」
「結婚記念日ときたら、家族を呼んでパーティーって誰もが想像するぞ。であれば誰を呼ぶかって事ぐらいしかサプライズ要素ないだろ」
「……まあ、そうだよなぁ」
諸手を挙げるアーサーだった。
「ま、そこは始まるまで我慢してくれな。せっかくマリアとミリアの二人で考えたことだからさ」
「……ん? お前参加してなかったのか?」
ファーネルは首を捻り、アーサーは頷く。
「厳密に言えば、来賓が来たときにファーネルを足止めにするぐらいだったか」
「なるほどな。……と、そろそろ時間か」
正午になり、大きな扉が開かれる。
「どうぞ、こちらへ」
ミリアの声が聞こえ、今日のために呼ばれた者たちが部屋へと入ってきた。
「わあ、すごいすごい」
第一声は、ファーネル達には聞き慣れない声が、見た目は何となくミリアに似ている女性だった。
「こらレア、挨拶が最初でしょ」
と、苦笑しながら、ミリアの母が苦笑しながら叱咤する。
「ご無沙汰してます」
最初に歩み寄ったのは、アレクサンドルだった。
「ようこそ、ユニス城へ」
そしてファーネルと、アーサーと固く握手を交わした。
「お二人とも久しぶりです。お元気そうで何よりです」
そしてウロフカーニャも二人の元へと歩み寄った。二人との旅路はそれほど長い期間ではなかったが、それでもこうして顔を合わせれば、沢山の思い出を振り返ることができる。
「それにしても、またようけ(沢山)おるなぁ」
ファーネルは、一同を見渡してみる。各々の家族一同が会しているのだ。これだけ集めてくれたミリア達には感謝である。
「あなたがお姉ちゃんを奪ったファーネルね?」
近づいてきた女性が、開口一番失礼な物言いをした。その直後、その頭を鷲掴みに、ミリアが声をかける。
「ファーネル、妹が失礼しました。レア、挨拶しなさい?」
「えー? ……痛っ痛い痛い痛いっ、ちょ、お姉ちゃん痛いって!?」
ギリギリと、音が聞こえる。結構本気で力が入っている様子だ。
「ほら、挨拶」
ミリアは手を離し、憮然とする妹に笑っていない笑顔を向けた。それで彼女は渋々と行った表情でファーネルに向き直る。この娘は、結婚式当日はあまり時間が無かったこともあって、互いに顔を合わすことは叶わなかった人物だ。
「レア・サンディー。……よろしく」
「ああ、よろしくな?」
苦笑するファーネルに、ミリアはこんな子でごめんね、と視線で謝る。目だけで会話している夫婦に、妹はむっとするが、さすがに無視した。
「改めて、マリア・スナーです」
「アーサー・スナーだ」
「うん、マリアさんよろしく。アーサーさんは初めまして。ミリアの妹、レア・サンディーです」
アーサー、そしてマリアの順に握手する。その時、マリアの心の中で、ある情景が浮かんだ。それが夢見で見た風景であることはその瞬間に察した。そこで見た風景は、ただただ幸せのそれだった。
「うん? マリアお姉さん、どうしたの?」
「ううん、何でもない、ですよ?」
マリアが夢見の能力持ちであることは、他の皆には知られないようにしている。レアにも当然秘密ではある。見えた情景は心の中にしまっておくことにした。
そして各々の家族が順に挨拶を交わしていく。アルツェフスキー家は戦士の家系ゆえ、相変わらず独特の雰囲気ではあった。
一通りの挨拶を終えてから、ミリアがその場を仕切る。皆に飲み物を配り、乾杯の音頭となった。
「それでは、私たち夫婦、そしてアーサーさんとマリアさん夫婦の結婚一周年。およびまだ式を上げていないサーシャとウーニャ夫妻の披露宴、卒業祝いを兼ねてのパーティ、始めさせていただきます。乾杯」
「乾杯!」
そして、パーティーが始まった。
ここで初めましてとなるのは、レアと一部の人物だけだ。アーサーやマリア達の同年代としては、彼女が一番年下となる。上から順に、アーサー、ミリア、ファーネル、アレクサンドル、マリア、ウロフカーニャ、そしてレアという順だ。一番上のアーサーともそこまで離れてはいないため、初めましてのアーサーとファーネルともすぐに打ち解けた。
デリシア組三人の学園時代のエピソードが語られると、ウロフカーニャは必死に弁解をする。既にウロフカーニャの口の悪さは皆も知っているが、それがきっかけでミリアと仲良くなったこと等が語られた。既に当時の笑い話となっているが、当時は大変だったんだろうな、とアレクサンドルが苦笑し、ウロフカーニャが照れ隠しで弁解する。
「……でも、うらやましいですね。当時のウーニャを知っているというのも。他に何かあったか聞かせて貰えませんか?」
「良いわよ、ウーニャの恥ずかしい話なら私もっと知ってるから」
「ちょレアっ、何をしれっと? しばき倒されたいのですかっ!? ……もしかしてあれですか? あのこと話したら耳から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやりますよっ!?」
なかなか酷い言い回しが出るが、レアもお構いなしだ。
「サーシャさんサーシャさんあのねあのね、この娘ったら中等部三年の時にね?」
「ぎゃーーっ! ぎゃーーっ!!」
と大騒ぎだった。
そんな姦しい様子を、彼女らの両親が眺める。
「レアったらあんなに元気そうに」
「だな。……あのときはちょっと心配したけど、二人とも無理をして学園に入学させて良かったと思う。……まあそこで彼氏の一人や二人作ってきたら良かったとは思うんだが」
「二人は駄目でしょ」
クスッと微笑む。
「ねえねえアーサーさん、レアに似合うようないい男、この城のどこかにいないかしら?」
そんなことをアーサーに尋ねる、サンディー家の母。
「一般兵なら俺らと同じぐらいの年齢層で独身は多いですよ。ただ、ミリア王子妃、いつかは王妃となる人の妹ですからね。色々遠慮しそうな気はします」
アーサーは生真面目に答え、母は頷きながらも腕を組んだ。
「あの子も一八歳。いい年なのよね」
ふと思うことはある。数年前、そんな年頃の女性を、サンディー家の一族は死地へと旅立たせたのだ。その時どんな風に考えていたのか、それについては知りたいところである。できればファーネルも交えて、とは思うが。そのファーネルは、アルツェフスキー家に捕まり、剣技の話で盛り上がっていた。
その時、突如扉が開かれた。
「さぷらぁーいずっ!」
「さぷらぁ~いず……」
と声を上げながら登場したのは、コール王とソニア王妃だった。
「ちょっ、親父? お袋?」
ファーネルは、完全に度肝を抜かれた、という表情だった。
「いや、ミリアからこう叫びながら入ってきてくれと頼まれたのでな?」
「でもファーネルの驚いた顔を見れて、私は満足ですよ」
登場したのは、ユニス王国の最高権威だ。四人の結婚式の時、各々の家族の大多数が彼と挨拶もしており、いわば顔見知りである。初めましてとなるのは、レア・サンディーと、アルツェフスキー家の面々だ。
改めて、王夫妻は彼らと挨拶を交わす。アルツェフスキー家は、アレクサンドルの叔母エカテリーナがデニアス王国王妃として嫁いでいるため、いわばデニアス王家の庇護下に置かれている存在でもある。是非にでも良い関係を構築したいと、王夫妻は考えていた。
デニアス王国と、ユニス王国との関係性はすこぶる良い。それでも、太いパイプはあればあるほど良い。
また、アルツェフスキー家は大剣を扱う剣技を伝承する家系でもあるため、剣豪同士としても、ファーネルと同様に話に花が咲く。
「ミリアを送り出したのは、まあ彼女自身の強い意志があったからというのが一番大きいな」
ファーネルとアーサーは、サンディー家の団らんに集合し、ミリアを送り出した経緯を聞いていた。なんだかんだ言いながらも、ミリアはお兄ちゃん子だったこともあり、せめて自分の手で葬りたいと話したから、と割と単純な話である。そこにミリアがもしかしたら道半ばで倒れるんじゃないかという考えは一切なく、必ず成功させて戻ってくると、そう信じて疑っていなかった。実際の所は道半ばで倒れ、兄を処罰することに失敗した訳なのだが。その後ファーネル達との旅路で実家に立ち寄り、家に無事帰るということは果たせたことにはなった。
「でファーネル殿、レアの相手になりそうな男はどこかに転がっちゃいないかねぇ?」
そして二言目はそれだ。
「ちょ、お父さん? こんなところで何てこと言っちゃってるのっ1?」
父の声を耳にしたレアが、飛び込んできた。
「いやもう適齢期だろ。そろそろ結婚のことも考えてだな、男の一人や二人ぐらい」
「だからなんで複数なのよっ、それに私だって好きな人ぐらいいるもんっ」
レアのその発言の瞬間、サンディー家の男二人と母親の目つきが変わった。そしてレアもはたと気付き、思わず口を手で押さえるが時すでに遅し。
「ほう?」
「レアちゃんや、その話詳しく聞かせて貰おうかのう?」
「そうですね。お母さんにも話してみなさい?」
「僭越ながら私も聞きたいですね」
そこにウロフカーニャが参加し、四人でがっしりとレアの肩を掴む。絶対的包囲網、完成。包囲網はファーネルから離れていき、そこで話が始まった。
「レア、やっぱり誰か男の匂いがしてたと思いましたが、やっぱりそういうことなんですね?」
そんな声が、ミリアの所まで聞こえてくる。
ウロフカーニャは、変なところで鼻が良い。あの時も見事に言い当てられたものだ。
「で、その男は? 俺が知っている奴か?」
「正直に話した方が良いぞ~?」
父と祖父の追求が始まった。
「大丈夫ですよ。この二人がその人に何かするって話になったら、私はレアの味方になりますからね。……だから正直に話してみて?」
「どんな方ですか? 私も知ってる方ですか?」
そして母とウロフカーニャが追求をする。
完全に逃げられない状況で、片方が脅迫して片方が擁護するように優しく声をかける。レアは混乱し始め、目を回す。
「ガ、ガルヴァンくん、……ガルヴァン・ミストラドくんだ、よ?」
ウロフカーニャと母は目を合わせる。
「シレスマ町の、ミストラド家のガルヴァンくんですか?」
「そ、そうだよ?」
ウロフカーニャは顔を思い出せないが、サンディー家の男二人はあいつか、とすぐ気がついたようだった。
「よし決まった。帰りに寄るぞ」
「そうですねお父さん」
と、男二人昏い笑顔となる。
解放されたレアは、途端に顔を真っ赤にしてその場にしゃがみ込んでしまった。親にバレて恥ずかしいらしい。
「どんな人なのですか?」
ウロフカーニャは、レアとその母に尋ねてみた。
「昔、うちの娘たちとよく遊んでくれていた子です。最近もよくうちの町に出入りしていますが、誠実な方ですよ」
ふむ、とウロフカーニャは腕を組んで顎に手を添える。そして。
「……いるじゃないですか」
と、わざと感情を消して煽る。顔の方は笑いを隠しきれていないが。
いるじゃん、とミリアも小声でツッコミを入れたのは言うまでもない。
ウロフカーニャが、ミリアの元に戻ってきてひしっと抱きつく。そして耳を寄せ、小声で最重要機密事項をミリアに伝えた。
「すでに中出し交尾してますよ、匂いがありましたから」
とんでもない内容だった。これを親の前で言わなかっただけましではあるが。どんな嗅覚だといわざるを得ない。そして以前も自分たちが言い当てられているので、頷くしかなかった。
何だかんだでパーティは三時間近くも経過し、いよいよお開きの時間となった。
今晩の宿は、城内ではなく、少し離れた冒険者の宿となっている。これはサンディー家が事前にそうして欲しいという要望からとなる。
このパーティーで親睦を深めた各方面の面々は、それぞれに別れの挨拶を交わし、城を後にしていった。しばらくはユニスで観光をした後、各々の時間とペースで帰路につくという。
サンディー家の予定は、今日と明日を観光に廻し、その翌日朝に出立する。カル=アストロフ家も途中まで同行する予定だ。本来は飛行速度に秀でているため、午後に出立しても深夜には帰宅できるが、今回はウロフカーニャとアレクサンドル夫妻が同行することもあって、のんびりとした計画にしているそうだ。
その中で、アルツェフスキー家が一番のんびりしている。こちらも今日と明日をユニスの観光に廻すが、その翌日からミハイル・ヘンリエッタ夫妻は馬車便で帰路につくという。ヘンリエッタは人間なので、行きはともかく帰りは無理をせず陸路で帰るそうだ。
「ぐすっ、ミーシャも、元気でね」
「うん、ウーニャも。また会いましょうね」
別れ際、涙ぐむウロフカーニャの涙を拭い、再会の約束をするミリア。
「レア、向こうではウーニャのこと、よろしくね」
「うん、友達だからね」
こちらも少し涙ぐんでいるが、ウロフカーニャほどではない。
「さ、帰るわよっ」
そしてミリアにしがみつくウロフカーニャを引き剥がし、そして帰路につく。
各々の旅路に事故などが無いよう、ユニスの面々、そして方面の違う者たち同士、祈るのだった。
一二月中旬。
ミリアの元に手紙が一通送られてきた。メルセア市サンディー家からの、人龍便でも特急便である。何事か、とミリアはその手紙を紐解き、その文章に目を走らせ、一瞬固まった。そして。
「……さ、先を越された—っ!?」
と叫んだ。何事か、と近衛のアーサーとマリアが駆けつけ、その直後ファーネルも部屋に飛び込んできた。
等のミリアは、ぷるぷると腕を振るわせ、ファーネルを見上げる。ちょっとだけ涙目だった。
「何があった?」
「……レアに先を越された」
要領を得ない回答に頭を捻るファーネルに、ミリアは手紙を押しつける。ファーネルはそれを広げて内容を確認すれば、嬉しい報告がそこに書かれていた。
「……ふむ? おお、これはめでたい話じゃないか」
「何て書いてあるの?」
マリアが尋ねてきた。
「ああ、この前パーティーに来てくれたレアって子がいただろ? ミリアの妹の」
うん、とマリアが頷くと。
「急きょ結婚式を挙げることになったそうだ。噂のガルヴァンくんと。どうも妊娠していたらしい。タイミング的には、こちらに来たときには既に、という感じらしいな」
ぐぎぎぎ、とミリアが唸る。
龍族には不思議な特性があり、妊娠してしまうと完全龍化ができなくなるらしい。そのためユニスから家に帰る際、彼女だけ完全龍化ができず、家族の背に乗せて貰って帰ったそうだ。つまりはその時点で家族には色々とバレてしまった上に、サンディー家は実家ではなく直接シレスマ町のミストラド家を訪ね平和的会談を設けた(ほぼ襲撃した)、と手紙には書かれていた。
「……あ、だから先を越された、という訳なのね」
マリアは苦笑した。
挙式は年が明けてすぐに行う様である。急な話で遠い地であることもあり、無理してこなくても良いとは書かれていたが、さすがにミリアの妹の話である。彼女一人だけとはなるが、年明けに合わせ、メルセアの地へと飛ぶ準備をするのだった。




