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リーンドラゴン外伝・マリア・ファルアスタシア編3  作者: NotPriest008
第二章~結婚、新婚、そしてスナー家~
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第二章~結婚、新婚、そしてスナー家~

 ガドネア歴九七七年 一一月 二〇日   ファーネル・テナイ


 親父たちに、帰還とミリアを娶ることを報告した。両親とも大層喜んでくれた。俺も俺で、両親がミリアをすぐに受け入れてくれたことが嬉しかった。

 さて、アーサーの扱いだが。

 うちの国、いや、ガドネア三国には、栄誉騎士という制度がある。この国では最初から貴族制を採らなかったので、騎士は貴族の階級ではなく、ただの称号に過ぎない。しかし、いや、だからこそ。ユニスの王国や王家に対して多大な貢献をした者に贈られる、この国で一番栄誉ある称号でもある。

 そしてこの称号が贈られたものを、近衛として側に置くことも可能となる。強制ではなく、本人が辞退すればそれでお終いだ。その辺り、我が国ながらかなり緩い。

 アーサーは、俺の近衛になることを引き受けてくれた。団長にアーサーを、副団長にマリアを指名し、二人の役職は確保した。

 城に戻って一日二日で決められたことは少ないが、しばらくはその方針で色々決めていく。

 結婚式については、一一月末。三〇日に決まった。早すぎないか、という俺の考えをよそに、母親が偉い勢いで決めてしまった。デニアスにいる二人に招待状を出して、果たして間に合うか。まあ、馬車便だと間に合わないだろうな、と、俺は苦笑するしかなかった。


第二章~結婚、新婚、そしてスナー家~


 ぽん、ぽんっと、晩春の青空に号砲が響く。

 今日は、ファーネル・テナイ=ユニス王子、そしてその友人アーサー・スナーの合同結婚式が開催される。町ではパレードも予定されており、沿道には既に人が集まり始めていた。

 ユニス王城より南に歩いて一〇分ほど。噴水のある広場から西へ数分。その場所に、一二神信仰の総本山にもなっている大聖堂がある。そこで、この二組の結婚式が執り行われるのだ。

 大聖堂の中、控え室ではその準備に追われていた。

 背中の大きく空いた純白のドレス、その背からは一対の翼。膨らむドレスの裾からは、尻尾が覗き、揺れる。ヴェールは彼女の片方にしかない角に引っかかり、綺麗にまとまらないため調整中。

 ミリアは素体が良いため、薄く化粧を施したに過ぎない。それでも、色白の肌と真っ黒な髪、そして純白のドレスとのコントラストが映える。

 ユニス王家の侍女達が彼女の身支度をしている中、彼女は自分が映る姿見を見ながら、いよいよこの日が来たのだ、と心を高まらせていた。

 そのすぐ近く、もう一人の花嫁も準備をしていた。

 デザインは、ミリアのものとほぼ同じ。但し、身体の線が出にくいゆったりとした形状に作られている。ドレスを発注したタイミングでは、まだ式の日取りは決まっておらず、お腹の赤ちゃんがどれほど育つかが未知数だったこともあって、ゆったりとしたものを作ったそうだ。開けてみれば、式までほんの数日という速さでどんどん決まってしまったが。

 その他にも、人龍族の場合は翼のみで尻尾も角もない。ゆったりとしていたこともあって、着替えやすく、そのおかげでマリアの準備は先に終えていた。

「いよいよだね」

「そうですね。……ああもう、緊張してきた」

 どっしりと構えているマリアに対し、ミリアは緊張気味だった。普段から不穏当な発言で場を和ます(?)ミリアだが、今日に限って、そんな余裕はなかった。

「でも、ミリアの家族も駆けつけてくれて、良かったなって思うよ」

「ええ、でもハラハラしました」

 式の日取りが決まってすぐに、ミリアの家族、そしてデニアスにいる親友たち、そしてマリアの家族に、人龍便で手紙を送った。

 マリアの家族は、普通に間に合う距離だ。デニアス王都からは馬車便でも辛うじて間に合うかという距離だが、ディトリア・クレール大陸の家族は、馬車便と船を乗り継いでも一月近くかかる距離だ。なので来たとしても式から大分後になるだろうと予想していたのだが。

 あろうことか、昨日。西から地龍が、そして北から黒龍が大挙して押し寄せてきたのだ。

 北からやってきた龍族は、ミリアの家族だけではなく、彼女の親友の家族も来てしまったのだ。ミリアの両親と妹の三人、ウロフカーニャの両親、計五体の黒龍。そして西からの地龍と部分龍化の黒龍。合わせて七体の龍族だ。何も知らされていないユニス国民一同は、さぞ恐怖したに違いないだろう。龍族の力は、言わずもがな、だ。

 王国東側の海岸に彼らは降りたったはいいが、事情を知らない冒険者達と対峙することとなってしまった。さすがに騒ぎで駆けつけたミリアが仲介に入りことなきを得たが、式の前にとても肝が冷えた思いだった。

 ミリアは家族との再会を、ウロフカーニャの家族は、手紙で生存は確認できていたものの、改めて我が娘の無事を確認し、安堵した。

 そしてミリアの妹レア。彼女もまた、ウロフカーニャとは親友だ。そしてこの再会は、ウロフカーニャが学園を卒業して以来となる。ウロフカーニャは、卒業後の過酷を乗り越えて今があるが、それを反芻してレアに抱きつき、ボロボロと涙を流すなど、再会を喜んでいた。

 全員が人の姿を取ってからは、ミリアとファーネル、そして国王夫妻が彼らをユニスの客人として招き入れたのである。

 ただミリアの家族だが、城に客室も急きょ用意したのだがそちらには宿泊せず、近くの宿を利用している。デリシア王家との確執もあることで、あまり王家という存在を信頼していない証左でもある。が、結婚相手がユニスの王家ということもあって、その心境は複雑だ。ミリア本人は彼に全幅の信頼を寄せているため、結婚自体には反対することはなかったことが幸いである。

 マリアの家族は、そんな騒ぎが起こっている最中に、静かにユニス入りを果たしていたそうだ。ユニス王室の招待客として、王城に部屋を用意していたのだが、こちらの家族もまた、普通に宿を借りて宿泊している。こちらは全く他意はなく、単純に城の豪華な部屋では眠れないなんて、そう話していたそうだ。

 現在は、隣の家族用にあてがわれた別室にて待機している。マリアは、ミリアの準備ができ次第家族の元へと移動し、家族とともに式場へと現れる手はずとなっている。それまでの間、こうして会話を楽しんでいた。

「そういえば、ウーニャの方はどうなるのでしょうか?」

「まあ、あっちはあっちで大変そうだけどね。収まるところに収まるはずだよ」

 ウロフカーニャとアレクサンドル、そして彼女の両親は話し合いの場を持ち、改めて今後のことを考えることになったそうだ。

 ウロフカーニャは、あの事件の折りに致命的な怪我を負った。アレクサンドルによって一命を取り留め、その後彼と共に生きることを決心し、一六歳の誕生日に入籍した。

 これについては、大分前に手紙で知らせているが、それからこうして対面したのは初めてのことなのだ。

 実の所、カル=ストロフ家にとっては少し驚きのことでもあり、本人が大怪我をしての結果ゆえに口には出さないが、『嬉しい』誤算でもあった。

 彼女は、デリシア国立学園に留学していた当時は百合の人だった。同時期に留学していたミリアとレアの姉妹にべったりで、あまつさえミリアのはじめてを狙っていたらしい。そんな彼女が、学園を卒業して僅か三ヶ月後、サンディー家の要請を受けてガドネアにわたり、瀕死の重傷を負った。そこから助け出した男性に惚れてしまうとは、やはりどこか運命的なものがあったのだろうとそう考えている。

 二人は、アルツェフスキー家とは何度か話をしているが、アレクサンドルは彼女の両親たちと話をしてみたいと、以前から考えていた。それが、こうして実現した形となる。

 カル=アストロフ家は、彼を婿として招き入れることを一瞬のうちに決めてしまった。後は、カル=アストロフの家族が、アルツェフスキー家にどの様に話を持っていくのか、という段階のようである。今のところは夫婦別姓としている二人だが、カル=アストロフ家が自治州州長を務める家系のため、ゆくゆくはカル=アストロフ姓を名乗って貰いたいという思惑もあるからだ。

 今回の式が終了したら、その足で西のアルツェフスキー家へと飛ぶらしい。ゆっくりできないね、と苦笑したウロフカーニャだが、ミリアは自分の人生がかかっていることなのだから行っておいで、と挨拶は済ませていた。式の進行によっては、今日はもう会えない可能性が高いのだ。マリアは、もう少し丁寧なお別れにしようと提案したのだが、二人は翼があり、こうして駆けつける時間さえあれば、いつでも会えるよと、笑っていた。


 もうすぐ時間となった。マリアは家族の待つ部屋へと移動し、そちらで時間を待つこととなった。

「お姉ちゃん、綺麗だね」

「ありがと、アリア」

 あれからたった二年、されど二年。八歳になった妹アリアは、あれからずっと背も伸びているし、しっかりとした表情となっていた。マリアは一瞬寂しげな表情となったが、すぐに気を取り直してその頭を撫でた。にへらっと笑う妹に、マリアもつられて笑う。

 家族の団らんを楽しんでいるところで、扉がノックされた。

 ついに、その時間がやってきたのだ。マリアは外に向かって返事し、家族に振り返る。

「お父さん、お母さん。私を産んでくれてありがとう。お爺ちゃん、お祖母ちゃん、お父さんとお母さんと一緒に私を育ててくれて、ありがとう。私は、アーサーと一緒に幸せを掴んできます」

 そして、深々と頭を下げた。

「ああ、行ってこい。二人で、いや家族が増えたら皆で、お前達の幸せを勝ち取ってこい」

「うん。……じゃあ、行ってくるね」

 マリアは扉を開き、そして一歩踏み出す。その後ろを父が追い、並ぶ。父としての最後の務めとして、アーサーの元へと届ける。父はマリアに手を差し出し、その手にマリアが手を添える。

 そして二人は、係のものの案内の元、式場へと向かうのだった。


 準備が整ったミリアも、家族の元を訪れていた。

 久しぶりに親子らしい会話をして、呆れ、笑い、そして。

「ではミリア、いざ征こう」

「お父さん、戦じゃないんだから」

 ミリアは父に苦笑する。

「ま、ミリアが選んだ男だ。今更ぶっ殺そうだなんて考えていないさ」

「でもミリアを不幸にするんだったら、この王国と全面戦争も考えるわね」

 物騒な会話が飛び交うが、これは龍族ジョークだ。一般人が聞いていたら卒倒ものだろうが。

「大丈夫ですよ。私は今でも十分幸せです。彼の側にいるだけで、ここがほわっと温かい気持ちになるんです」

 ミリアは胸元を両手で押さえる。

「激しく愛し合うのも良いですが、ただ横に座って背中を預けるだけでも、本当に幸せで。この幸せをいつまでも続けていきたいものです」

 色々会話内容が突飛だが、これも龍族ならではだろう。

「…そうか。なら皆まで言うまい」

「ですね」

 そして、ミリアも式場へと赴く時間となった。

「では、行こうか」

「うん。……」

 ミリアは、扉に顔を向けたまま。

「お母さん、ありがと」

 こみ上げる涙をこらえながら、感謝の言葉を残し、そして扉を潜った。



「ぎゃははははっ! 似合わねえっ!!」

 ファーネルはアーサーを指さして笑い、アーサーもお前もな、とツッコみ返しをする。

 二人とも真っ白なタキシードだ。普段の生活では絶対に着ない衣装に身を包み、ファーネルは我慢しきれず爆笑してしまった。何せ、髪型まで変えてオールバックなのだ。二人とも。

「いやテメエ、笑いすぎだろ」

「仕方ねえだろっ、お前鏡見てみろよ! 腹がよじれる」

「テメエは……、言っとくがテメエも同じ格好だからな?」

 野郎同士、そんな感じでじゃれ合っていた。

 アーサーは近くにあった姿見をずいっと前に出し、ファーネルに自分の格好を見せる。その瞬間彼は一瞬真顔となって、そしてまたも爆笑した。

「ぎゃははははっ、俺もすげえ格好だ!!」

「だろ?」

 ひとしきり二人で笑い合った後、ファーネルは乱れた服をささっと整えながら。

「ま、バカができるのは、今日ここまでだな。明日からは公務に忙しくなるし、将来に向けていろいろ学ばにゃならん」

「そうだな。俺も軍隊なんて持ったことなんぞないから、勉強するのは一緒か」

 これはもうお互いに納得したものである。

「ま、王国のために一緒に頑張ろうぜ」

「ああ」

 そしてがしっと腕をぶつけた。冒険者同士がする、ちょっとした約束の誓いだ。

 二人は、結婚したらそれぞれの立場へと入る。ファーネルは正式にこの国の王子としての身分へと戻り、アーサーは彼の近衛兵団長として、彼の近辺護衛と相談役などを行うこととなる。

「なあ親友」

「ああ、どうした親友?」

「や、ちょっとしたことを思いついた。どっちかが娘で、どっちかが男子が生まれたら、その二人を許嫁にしようかなって」

「……でらクソ気が早ええなおい」

 ファーネルの戯言に、アーサーはツッコミで返した。

 すでにマリアのお腹の中には子供がいる。生まれるまで性別は分からないし、実際それが実現するかなんて分からない。ただ夢として、そんな冗談を考えてみるのも良いだろう。

「俺の所に女の子が生まれたとしてもだ、ファーネルの方はいつ頃になるんだろうな?」

「知らね」

 おどけて答えるファーネルだった。

「そうなるとずいぶんの姉さん女房になるぞ?」

 二人から少し離れたところで、彼らの親が見守っていた。アーサーは父ブラスト。ファーネルはコール・テナイ=ユニス国王、そしてその妻ソニア王妃だ。

 我が子と、その親友の会話を、皆は優しげな表情で見ていた。

「しかし、いいんですかね? 俺みたいなもんがこんなところお呼ばれして」

 アーサーの父ブラストは、例え目の前にいるのが国王であろうが、臆することはない。コール王はそれに対して理解している。

 ブラストが住まう聖龍島は、ユニスの本土から遠く離れており、ユニスの王国領とされながらも、実質は自治州である。ブラストは大工の身でありながら、その島の代表的な立場である。つまりは自治州代表。対等な立場なのだ。

「ああ、勿論。父親として、子のめでたいときに居合わせない方が不幸ってもんだろ?」

「まあ確かに。……ま、妻に良い報告ができるってものさ」

「……そうだな」

「ま、二人、……いや四人か。四人の門出の、めでてえ日だ。湿っぽい話はここまでにしようぜ」

「そうだな」

 その後もぎゃあぎゃあと言い争う二人に苦笑しながら、コール王はブラストに話してみた。

「再婚はしないのか?」

「しねえよ。俺はレイチェル一筋だ。夢枕にレイチェルが立っていい加減再婚しろって言われたがよ、俺ぁレイチェルしか愛せねえ。ま、そんなわけでさ」

 ブラストは、強く頷く。そこに一切の迷いなどはなかった。

「余計なことを言ったか? すまない」

「いんや。気にしてねえよ」

 コール王に、体当たりする勢いでもたれ掛かったソニア王妃が口を開いた。

「ブラスト殿と、レイチェル殿との関係、うらやましく存じますわ」

「公務に支障が出るから、よせ」

 じゃれ合いだした王夫妻に、ファーネルが気付いて露骨に眉間にしわを寄せた。

「人前でじゃれ合うな」

「お前もな?」

 ファーネルのつぶやきに、アーサーが即座にツッコミを入れた。

「人のこと言えるかコノヤロ」

 アーサーにブーメランが突き刺さったのは言うまでも無い。

 そして、扉がノックされた。いよいよ時間となったのだ。

「では、ファーネル。しっかりとな」

「はい」

「アーサー、行ってかましてこい」

「だから何を?」

 コール王は真面目に、ブラストはあくまでもふざけて冒険者風に。二者二通りの言葉で、二人を送り出すのだった。



 大聖堂。

 その大きな扉が開かれ、新郎二人がゆっくりと前へと進む。厳かにパイプオルガンの音が響き、その神聖さを高めていく。

 大勢の参列者が席に座り、二人が進んでいくのを見守る。そしてファーネルは右側へ、アーサーは左側へと分かれて立ち、そして曲が変わる。

 一度閉じられた入り口が、もう一度開かれる。そして二組の家族が横に並び、大聖堂へと入ってきた。

 父達に先導される形で二人は聖堂に入り、少し進んだところで父が手を離す。そして二人はまっすぐ前を、それぞれのパートナーを見て、歩き始めた。

 参列者が見守る中、二人はゆっくりと、進む。そして二人とも、各々のパートナーの横に立ち並んだ。

 アーサーは、そしてファーネルは自分のパートナーの姿に、息をのむ。それだけ彼女たちは美しく、そして可憐で、厳かだった。

「それでは、誓いの言葉を」

 司祭の言葉が始まった。富めるときも貧しいときも、健やかなときも病めるときも、いついかなるときも、そして生涯変わらぬ愛を誓うか? 四人の答えは決まっている。

「誓います」

 司祭は二組をそれぞれ笑顔で見てから、頷く。

「それでは、その誓いを胸に、接吻を」

 その言葉に、マリアがビクッと震えた。

「ううう……緊張しますね。……アーサーはどうしてそんな平気なの?」

「まあ、マリアが変に緊張してるのを見たら逆に落ち着いたというか」

「……ずーるーいー。ずるいですね」

 と、マリアは不満げにアーサーを見上げた。マリアの二人の性格は、そろって緊張している。だからこそ、アーサーは逆に落ち着くことができていたりする。

 一方ミリアたちは、お互いそれほど緊張はしていない様子だった。

「ようやくという感じはあります。出会って二年、とても長く感じました。でもこうして結婚したら、それも良い思い出です」

「ああ。待たせたのは済まなかったな。だが俺も、長い時間だったと、そう感じているさ。……ミリア、愛してる」

「はい、ファーネル、私も愛してます」

 そして二組の恋人同士は抱き合い、そして唇を重ねる。

 その瞬間、恋人達は、夫婦となった。


「……まだ緊張しています」

 マリアは、頬を両手で挟み、チラリチラリとアーサーを見上げる。彼女は二重人格なので、式の時は意識は二人とも起きていた。そしてそろって緊張の坩堝の中で、目を回しそうな勢いだったとか。

 式が終わり、こうして控え室に戻ってからも、マリアは今だ緊張が続いている。

 その一方で、ミリアは既にあっけらかんとしている様子だった。あまつさえ。

「このドレス買いきりですよね?」

「ああ、王室がレンタルとかそんなケチなことすると思うか?」

 悪い予感しかしない。ミリアも最近はかなり砕けた口調になっているのだが、ここに来て丁寧語だ。何かしらおねだりするときの常套である。ミリアが口を開く前に、ファーネルは先手を打つ。この辺りも慣れたものだった。

「この後着替えて披露宴、次いでパレードだ。予定としては一三時に終了。それまで何とか我慢しろ。その後はもう予定はもうないから、な?」

「……うん、解った」

 なお、アーサーとマリアは、抱き合ったまま少し離れていた。まあ大胆、という表情で。

 しばらくしてから、ユニスの侍女達が部屋に入ってきた。各々披露宴用のパーティー衣装に着替えさせるためである。やはりミリアは翼や尻尾がある分少々手こずっていたようだが、それでも数分で着替えは完了した。


 四人は、大聖堂の横にある、パーティ会場へと案内された。

 四人が改めて紹介された後、二人は着席した。

「知ってるか?」

「何を?」

 ファーネルは、さも残念そうな表情で、ミリアに告げる。

「主賓は、話優先で目の前の料理に手が出せないことが多いらしい」

「え? 冗談だよね?」

「……来客がスピーチとか、何か余興とかしているときは、食べちゃならんマナーだ」

「…………え?」

 ミリアが、ナイフとフォークを持った状態で、まさに絶望という表情となった。

 披露宴は、ミリア王子妃を王国内外へ喧伝するための場でもある。合わせて、アーサーが二人の近衛兵団長として就任し、マリアがその補佐を務めることも発表される。披露宴とはいいつつも、外交としての意味合いも含まれているのだ。

 招待された客人も国内外で一定以上の身分の者たちであり、それぞれスピーチが予定されている。その人数、実に一五人。バース王国は、何とダイレス・バース王子が招待に答えて来てくれたのである。そんな方々を無碍にはできない。

 ミリアにとって、絶望の時間が続く。

 代わる代わるスピーチが続き、目の前の招待客達が食事を進めていく中、いつまで経っても目の前にある食事に手を出せない。お預けを食らう犬のようなとても悲しそうな表情で、ミリアはただ時間が過ぎるのを待つのだった。

 そしてスピーチがようやく終わったところで、ミリアはナイフとフォークを踊らせた。


 次はパレード。

 国内外の要人に対しての披露宴に対し、こちらは一般国民に対して、王子がどんな相手と結婚したかを大々的に発表する場でもある。ファーネルとミリアが乗る馬車は屋根のないシンプルな馬車だ。その馬車を白馬二頭が引き、その周りを近衛で囲う。アーサーとマリアは、この日のために新調させられたユニス近衛兵の制服に身を包んでいる。

 道順は、大聖堂を出たら東へ進路を取る。噴水広場をそのまま東へ抜け、港の大通りまで進んだら南へと曲がる。すぐ南の大きな通りを西へ曲がり、大通りを北へと曲がって噴水広場へと戻る。その後は直進し、王城へと入る。決して長い道のりではないが、ゆっくり進んで一時間ほどかけて、沿道に集まる民衆に手を振って答えたりするのだ。

 アーサーとマリアは、近衛としての初仕事となる。彼らの身辺警備もだが、新しい近衛兵団の誕生を発表することも兼ねている。今はまだ二人だけだが、これから様々な人を雇い、組織を大きくしていくことになる。人選はアーサーとマリアの二人に一任されているため、今後どの様な顔ぶれになるのか、二人もだがファーネル達も楽しみにしている。

 パレードも特に問題無く進んでいき、ぐるりと一周して二回目の噴水広場となる。

 右側通行故、噴水の東側を抜けて、いよいよユニス王城に近づいてきた。

 右手には、ユニス王国の政治的な中枢部となる建物が並び、その一角に冒険者協会の総本部がある。四階建てのレンガ造りで、どの町の協会事務所よりも立派な建物だ。

 冒険者協会の総本部長は、代々ユニスの重鎮が務めることになっている。その重鎮も齢を重ねており、近く引退するそうだ。そのため次期総本部長を誰にするのかという話が持ちきりとなっている。

 王室は、この総本部長にマリアを推挙することにしている。彼女の実力は申し分ないし、旅の道中は意外に経理にも強かった。何より、冒険者に関する関係法規を全て覚えていた事など、推薦できる理由が沢山あるのだ。

 冒険者協会を通過し、後一〇〇フォーセルほど。王城の門は大きく開け放たれており、皆の帰りを待っていた。特にこの辺りは大勢の人が集まっており、口々に祝福の声を上げ、花びらを舞いあげたりするなど祝福ムードに包まれていた。


「終わったー……」

 マリアは、ユニス王場内に用意されたスナー夫妻用の部屋、そのソファーに身を投げた。近衛の新しい制服そのままだ。

「しわになるから脱げ」

「面倒」

 ファーネルのツッコミに、マリアは微動だにせず。なおアーサーは先に寝室へと向かい、着替えている真っ最中。因みにミリアは、自室へと向かった後だ。なお本当にウェディングドレスに着替え直しているそうである。

 スナー夫妻の部屋は、要人が住まうための区画にある。例えば国政に関わってくる一部の大臣、王夫妻の近衛兵団長も、この区画に住んでいるそうだ。彼らとは既に挨拶を済ませている。団長も副団長も気さくな人で、王子の守りを頑張れよ、と応援もしてくれた。

 着替えが終わったアーサーが寝室から出てくる。そしてソファーにうつ伏せで突っ伏すマリアを見て、溜息を吐いた。

「なあマリア、せっかくの制服にしわが寄るから、着替えてこい」

「面倒」

「なら脱がすぞ、ファーネルの前で」

 ばんっとソファーに手を付いて勢いよく起き上がり、きっとアーサーを睨む。恥ずかしげに頬を染めていて、そのまま走って寝室へと向かった。

 因みに、冒険者時代には本当にやられた事がある。だから素直に従った。

「やれやれ、だな」

「まあ、慣れっこだけどな」

 アーサーは寝室に目を向け、諸手を挙げる。

「でも、ついに結婚したんだよなぁ。余り実感がないというか、部屋に戻ればいつも通りというか」

「急に態度を改められたら、それはそれでおかしいとは思うが。何せマリアだろ?」

「まあ、マリアだしな」

 男二人笑うと、寝室から声が。

「ちょっとー、アーサーもファーネルも、なにか言ってるー!?」

 聞こえてはいないはずだが、こうしたときは何故か勘が冴えるのがマリアだ。

「ドレスが綺麗だったなって、そんな話をしていただけだぞー」

 アーサーが寝室に向かって声を大きくする。瞬間、何かドタンと音が聞こえた。

「もおっ! もおぉぉぉ~~!」

 そして照れ怒りの声が聞こえてくるのだった。

 実際、アーサーもマリアのドレス姿が綺麗で美しくて可憐で可愛いと思っていたのは本当のことだが。

 その後、真っ赤な顔をしたマリアが、私服に着替えて登場した。いつも通り、背中が大きく開いたワンピースだ。とても城内にいる人物に似つかわしくない、安物である。安物を着ているのはアーサーも同じである。人龍故に背中を大きく開けたデザインの上着で、背中が冷えないようにケープレットを羽織るのが、人龍古来の民族衣装である。今のアーサーも、それに近しい格好だった。

 なお、ファーネルは披露宴から着ているタキシードそのままだ。

「そーいうファーネルも、着替えた方が良いんじゃないの? 汚れるよ多分。使い捨てにするなら何も言わないけど」

 マリアは視線を逸らしながら、そして頬を赤くしながら進言する。

「使い捨てにするわけないだろ勿体ない。綺麗に洗って干しときゃ大丈夫だろ。洗剤はいつもの奴を使えば大抵の汚れも落ちるし」

 と、ファーネルはこれまでの冒険者生活と同じ風に話して、あ、と気付く。

「……そうか、もう自分で洗うこともできないんだな」

 しなくて良くなる、ではなく、洗えなくなる、と話した。冒険者として、自分の洗い物は自分で洗うことが好きだったのが七割、特定の汚れを侍女に洗われお察しされてしまう恥ずかしさが三割だ。

「まあ、そこは俺たちも一緒か」

 なお、城内に住まう者たちは、基本的に洗濯は侍女にお任せすることになる。

 王城には多くの侍女が住み込みで働いている。その中でも王族の専属が数人ほどいる。王族の身の回りに関しては、彼女らの仕事だ。ゆえに王族の秘密を握ってしまうこともあるため、よほど信用がおけるものしか、王族の専属になることはできないのだ。

 で、その侍女達に、洗濯物などを通じて情事は筒抜けだ。恥ずかしいことこの上ない。いっそ開き直るのもありかと考えるが。

 そんなことを考えていたら、扉がノックされた。

「ああ、空いている。入ってきてくれて構わない」

 扉が静かに開けられ、侍女が入ってきた。

「あの、ファーネル様。……ミリア様の準備ができました」

「ご苦労」

 侍女はファーネルの顔をチラリチラリと盗み見するようにしながら、部屋を退散した。

「うん、……開き直るのが正解だなコンチクショウ」

 言いながら、ファーネルはとてもいい笑顔でサムズアップした。そして、彼を戦場に送り出すように、アーサーとマリアはビシッと敬礼して送り出すのだった。


 夕食。

 これからも、今まで通りファーネル達四人でテーブルを囲うこととしていた。

 王城内には、要人を招いてのパーティを開くための広いホールの他、職員が食べるための食堂、王族が食事をするための小さなダイニングルームなどがある。その部屋は豪華でも何でも無く、少しだけ裕福な一般家庭と同程度である。八人がけの少し大きめなダイニングテーブルが中央にあり、椅子が囲む。テーブルクロスは真っ白なものが掛けられ、高級感があるのはそれだけだ。奥にはキッチンもあり、王や王妃が手ずから料理を作って食べることもある。

 今、六人がそのテーブルを囲っていた。

 現ユニス国王コール・テナイ=ユニス、その妻ソニア王妃。そしてファーネル、ミリア、アーサー、マリアである。

「四人とも、改めて結婚おめでとう」

「心から祝福いたしますね」

 王と王妃が順番に祝福の声をかけてきた。

「恥ずかしいからよせ」

 と、ファーネルが照れている。その様子に、ソニア王妃が微笑み、アーサーとマリアはありがとうございます、と答えた。

 もう何度かこの六人でテーブルを囲み、食事をしたことはある。王夫妻は職務柄忙しい事もあり、毎回を六人で食べることはできない。手が空いているときなど、たまにこうして四人に合流する形で食べようと、約束していた。身分の差など関係なく、一つの家族として団らんの場を持とうと、王夫妻からその時に提案された。そのためアーサー達は、一定の線は引きつつも遠慮は逆に失礼と考え、こうして同席している。

 なお、ミリアは何処か放心状態だった。

「で、ミリアはどうしたのだ?」

 コール王が尋ねてしまった。ファーネルが一瞬視線を踊らせ、アーサーとマリアはコール王から視線を外す。

「……えへ。ファーネルとウェディングドレスでシちゃいました。前、後ろ、上。それでまた前」

 そして馬鹿正直に話してしまうミリアがいる。

「…………」

 そして言葉を失うコール王に、あらあら盛んね、とソニア王妃が微笑む。全く動じていないソニア王妃が何気に無敵かもしれないと、アーサーとマリアが悟る。当然ファーネルは撃沈していた。

「意外に世継ぎの顔が見られるのも早そうですね」

 そして、ソニアが止めを刺すのだった。


 針のむしろとも思われた夕食も終わり、ファーネルはようやく解放されたという気分だった。普段着から更に寝間着に着替え、ベッドへとダイブする。ミリアも新しく用意された寝間着に着替え、その横に座った。

「二人っきりですね」

 と、ミリアは嬉しそうに微笑む。

「今日はさすがに無理だぞ」

「残念です」

 そしてぽふっと音を立て、ミリアはファーネルの横に寝転ぶ。尽かさず抱きしめるファーネルも大概ではある。今晩は、そのままそうして眠ることにしたのだった。


 翌日。

 アーサーは近衛の制服に袖を通し、マリアは何故か侍女服を着ていた。式の時は下ろしていた髪も、再びサイドポニーテールに纏めている。ややくせ毛な事もあるが、人生の大半をポニーテール、あるいはサイドポニーにしていたため、縛っておかないと落ち着かないらしい。

 それはともかく。侍女服だ。

「なんで?」

「まあ、これは私のわがままというものです」

 今日のマリアは、言葉遣いが丁寧である。二重人格のもう一つの性格、本来は主人格の方だ。どちらかといえば引っ込み思案で人見知りする性格で、結婚式の後、披露宴やパレード時からは快活な性格に全部任せて引きこもっていた。

「王様と相談はしたのですが、私たちが守るべきはファーネルとミリアだけ。更にしばらく公務で外に出るようなことはありませんので、私たちは実際何も仕事がありません。なので、私は侍女の仕事も少しずつ学んでいこうかと思いまして」

「で、既に準備していたと……」

 アーサーは、改めてマリアの姿を舐めるように見る。

「あ、あの? アーサー、さすがに凝視されると恥ずかしいのですが……」

 もじもじとしながら、マリアは訴えた。

「ああ、悪い」

 マリアは小柄すぎるゆえ、ぴったり合う侍女服はない。その中で一番小さなサイズを選んだのだが、それでもずいぶんぶかぶかだ。スカート裾は、通常であれば膝より少し下辺りになるのだが、マリアの場合は地面すれすれである。袖も本来は手首よりも気持ち短いはずが、ちょこんと指先が出ている具合だ。上着の裾も長く、リボンでスカートごと縛っていた。

「背中が空いていないのが気になるな」

「……えっち」

「何でだよ」

 マリアは顔を赤くして、小さく抗議する。

 アーサーはまずツッコミを入れてから、理由を話す。

「翼の出し入れをどうするかって話」

「そうでしたね。……まあ、城内であれば飛ぶなんてことはないと思いますよ?」

 本人は一応納得のようである。

「その。……翼を出してのお夜伽をご所望でしたら考えます」

「だから何でだよ。後言い方」

 朝からマリアのボケとアーサーのツッコミが冴え渡るのだった。とはいえ。

 今のマリアは、小さな子供が大人の服を無理に着て頑張っているようにしか見えない姿だ。だが、そこがそそる。アーサーはそういった趣味はないつもりだが、ことマリアに関してだけはやや暴走気味になる。取りあえず、今晩の楽しみに取っておくことにするのだった。


 午後。

 アーサーもまた仕事がなく、城内を歩いている。うろついている、というと語弊がある。彼は城内の構造などを覚えるため、こうして隅から隅まで歩いているのだ。

「アーサー、丁度良かったわ」

「うん?」

 ぶかぶかの侍女服を纏った子供、いやマリアと丁度出くわした。

「ちょっと紅茶を淹れてみたのだけど、試してみない?」

 快活な方のマリアだった。特に断る理由もないので、アーサーは彼女に案内されるまま、サロンへと向かった。

「ここは、いろいろな紅茶を取りそろえてあるの」

「そうなのか?」

「うん。で、美味しいブレンドができたから、アーサーからも感想を聞きたいって侍女長がね」

「なるほど」

 旅の先々で、マリアは紅茶を楽しんでいた。特に美味しいと感じたものは、茶葉の産地や淹れ方などを、その店の主人に尋ねてみたりと、意外と精力的だったことを思い出す。さすがに茶器を購入して持ち運ぶことはできなかったので、飲むのが専門だった。だが、その経験があってこそ、美味しい紅茶の入れ方も何となく解っている風だった。

 マリアは、既に準備済の茶葉をティーポットに入れ、そこに熱湯を注ぐ。しばらく待ってからカップへと移し、アーサーに差し出した。

「……ふむ、この香りはあれだな」

 アーサーもよく知る香りに、他のハーブの物も混じっていた。主軸は彼の故郷で栽培されているドラゴニアティーだと当たりを付け、マリアに尋ねてみた。

「うん正解。ドラゴニアを下地に、ラベンダーとアプリコットを少々。リラックスと疲労回復の効果が期待できるわ」

 アーサーは紅茶を啜る。鼻腔を紅茶の香りが通り抜け、気分が落ち着く。そして味わいも、渋みの中に仄かな甘みを感じた。

「他にも何か入れてる?」

「さすがアーサー。よく分かったわね?」

 アーサーはそれほど紅茶に精通しているわけではないが、普段は感じない甘みに疑問を感じたのだ。

「五〇プロツッカー」

 マリアの回答は、全く聞き覚えのないものだった。

「……うん?」

「五〇パーセントブドウ糖液。期限切れ近かったから医務室から貰ってきた」

「んぶっ!!」

 アーサーは一瞬吹き出しそうになったが、辛うじて惨事には至らなかった。なんとか口の中のものは、躊躇いつつも飲み込んで。

「ちょ、それって医薬品か!?」

「うん。ただの砂糖水だから飲んでも大丈夫よ?」

「……そうは言ってもなぁ」

 目の前では、同じ物をマリアも飲んでいた。一応お腹の中には俺たちの子供がいるんだぞ、とツッコミを入れるが、マリアはてへっと笑うだけだった。

 そんな感じで、二人は幸せな時を過ごしていた。


「忙しいなぁ」

「そうですか?」

 ファーネルは、ユニス王国を統治するために必要となる知識を、執事やコール王から学んでいた。特に父から王政とはなんたるかを厳しく教え込まれている。その上で、ユニスの剣技も一から学び直しているのだ。

 一方のミリアも、ほとんどの時間をファーネルと同席している。忙しさに関しては全く同じではあるのだが。

「まあ、お前は剣技の時間は見学だからなぁ」

「ええ、まあ」

 ファーネルが剣技を鍛え直している間は、ずっと見学をしている。

 ユニス流、スナー流、そしてファルアスタシア流。この三つの剣技は三すくみの力関係で、どれが最強ということはない。スナー流とファルアスタシア流がどちらも魔族を相手にすることを想定しているのに対し、ユニス流は想定する敵が違うことをミリアは知っていた。

 あの二年前の戦いの時、自分の兄だった敵、デヴィル・ドラゴンと対峙したときだ。ユニス流は、対ドラゴン戦に特化した技を持っていた。『龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)』、そんな技名である。ドラゴンを討伐した者に贈られる称号と同じ名称でもあるが、まさしくそれを一撃で成し遂げられる力を有していた、はずだった。しかしあのときは、ファーネル自身の体調不良もあって、大したダメージを与えることは敵わなかった。そしてミリア自身も、ファーネル、アーサー、そしてマリアが決死の思いで作り上げたチャンスを、覚悟が足りなかったが為に不意にしてしまった。結局、デヴィル・ドラゴンの問題は精霊魔法による封印で、先延ばしにしたに過ぎないのだ。

 あのときの悔しさもある。だが、ミリア自身は武器を手にしたことがない。自分にどんな武器が似合うのか、二年の冒険者生活の間で、結局模索しても回答を得ることは適わなかった。

 そんなある日の事である。

 ファーネルとコール王の特訓がひと段落ついたところで、ミリアはベンチから立ち上がり、二人の元へと歩み寄った。

「どうした?」

「はい。……私にも、戦う術を教えてください」

 ミリアの発言に、二人とも驚きの表情となった。

 彼女はもう、王室の人間である。特に女性は、矢面に立って戦うという事はない。強いて挙げるなら、ユニス王城に敵が攻め入り、玉座にまで追い詰められた最終局面ぐらいだろう。

「強くなる、ならないではなく、もっと心を鍛えたいと思いました。……あのとき、もっと心が強ければ、あの問題を先延ばしにすることはなかったと、そう痛感しています」

 この話については、コール王もミリアに聞かされている。

 デヴィル・ドラゴンとの戦いにおいては、主力となるはずのファーネルとアーサーがそろって体調を崩し、大型魔獣に対して不利なファルアスタシア流のマリア、魔道士のミリアが健在、アレクサンドルは元々戦える人物ではなく、ウロフカーニャも大怪我のせいで満足に動けないという、最悪な状況で立ち向かった。そのため、最終的にはミリアのブレスで止めを刺すという方針で作戦を組み立てていたが、要となるミリアは非情に徹することができず、二段構えの作戦の、封印で先延ばしにする状況となってしまったのである。

 もしあの時、躊躇わずレーザーブレスを打ち込むことが出来ていれば。もしかしたらあの場で決着を付けることは適っていたかもしれないのだ。旅を続けていたときはあまり考える時間は無かったが、こうして家庭に入り、過去を振り返る時間ができた今は、やはりその後悔が再燃している。

「そうだな。政をする上でも、其方が決めなくてはならないことも出てくるだろう。そなたに何が合うかは分からないが、色々試してみると良い」

 コール王は、普段の雰囲気とは違い厳かに、彼女の修行入りを歓迎した。

 なお、コール王だが、デヴィル・ドラゴンの討伐・封印に関しては、デニアス王国より送られた書簡により、ある程度は把握している。今現在のデニアス王がアレクサンドルの従兄弟だったこともあって、彼から話を聞きまとめたのであろう。それに伴い、魔道士のみで構成される部隊の編成や、その訓練などもすでに始めている。彼らはデヴィル・ドラゴンに留まらず、様々な魔獣や魔物に対応し、すでに成果を出し始めているそうだ。

 また、カトラス・フリージア=デニアス王夫妻の個人的な話として、第一王女が誕生したそうだ。名を、フローラという。そのおかげもあってか、ここしばらくは生まれた娘にフローラと名付けるのが流行っているとか。

 余談だが、カトラス王の妻の名前も、ソニアである。偶然にもコール・テナイ=ユニス王の妻の名前と同じなのだ。カトラスが結婚する際の書簡で知ったときは、互いに驚いたものだった。


 更に一週間が経過した。

 皆がそれぞれの道を模索し、前へと進み出していた頃。

「ではマリアさん、厨房のスタッフが少し少ないので、そちらの手伝いをお願いします」

「はい、解ったわ」

 侍女の仕事も板につき、こうして侍女長から仕事をお願いされることも増えていた。王子近衛副隊長という立場のため、マリアは王室付き侍女として扱われている。

 侍女として身体を動かしている方が性に合っていると快活な方の性格が話す一方、近衛としての知識や作法を学ぶ時間もちゃんと取っている。こちらは主に姉性格が担当する。記憶のほとんどは二人で共有するので、適材適所として、二つの人格が交代している、という具合だ。そして経験に関しても共有されるので、例えば姉だけが作法を学んだとしても、妹はその記憶をたどることで遜色ない所作を行うことも可能、逆も然りだ。中々に便利だな、とアーサーは話したことがあるし、マリアも、主に快活な方が自慢したりしていた。

 王族やアーサー達の私室は三階にあり、厨房は一階だ。厨房では詰めている兵士や侍女たちの料理も作るため、一〇〇食以上を一気に作る。普段は料理専門のスタッフがいるのだが、病気などで欠勤が重なった場合に、侍女が応援に入る場合もある。今回はマリアが、その応援に入っていた。

 マリアの料理の腕は、中の上、という具合である。レシピさえあれば大体の食事は作れるし、その味も絶品とまではいかないが、結構美味しいものをこしらえることができる。冒険中に料理の腕を磨いた賜であろう。

 マリアはスカートの裾を掴み、階段を降りる。足下が見づらいなあ、と嬉しそうにしながら。

 彼女は小柄で華奢なため、他の妊婦さんよりも少しだけだがお腹が目立ちやすい印象だと、彼女の経過観察を行っている女医の話だ。

 厨房に到着し、料理長から指示を待つ。

「おや、今日はマリアさんがお手伝いをしてくれるのですか?」

「ええ、まあ」

「解りました、では早速始めていきましょう。本日のメニューですが……」


 昼食は、それほど大したメニューは作らない。パンに、スープとサラダ、そして獣肉の生姜焼きである。

 今日に限らず、ほとんどの肉は魔獣肉だ。

 王都の周りは、相当数の魔獣が生息している。そのため冒険者が腕を磨くため、乱獲といっても良いほどのペースで狩りまくっているが、数は一向に減らない。そのおかげで、ユニスの台所、主に肉に関しては安くて質の良いものがそろっている。

 城でも、そうした魔獣肉を積極的に購入し、できるだけ相場が下がりすぎないよう貢献している。但し、予算を抑えるため、魔獣の個体差を無視して買い付けている結果、肉の大きさはバラバラとなっている。一階の食堂では、侍女や兵士達が自分らで選んでトレイに移して持って行くバイキング形式となる。なので逆に、大きさがバラバラと言うことは、小食な人は小さな肉を、大食漢は大きいものを選ぶことができるのだ。

 王たちには、食堂へ出す前に、選りすぐったものを専用の皿に盛り付け、それを運ぶのが、日常だった。

「うん、今日もなかなか美味しそうに盛り付けができたね。では、マリアさんと、エレナさん、マニさん、お願いします」

「わかりました」

 盛り付けた料理は、専用のケースに入れて運ぶ。ケースには三人分の料理が入り、二つで六人分。コール王夫妻、ファーネル王子夫妻、そしてアーサー夫妻の六人分だ。マリアは届けたらそのまま食事に入り、厨房の手伝いはそこで終了となる予定だ。

 二人が食事を運び、一人が飲み物やカトラリーを乗せたお盆を運ぶので、大概は三人一組での仕事となる。今回はマリアが飲み物やカトラリー類、料理は他の二人が担当し、厨房を後にするのだった。


「……今日の料理は何だろな、何だろな」

 ウッキウキで料理を待つのはミリアである。特に今日はマリアが厨房の手伝いに入ったことで、いつもよりも期待を膨らませていた。

 マリアの料理の腕は中の上と先ほど述べたが、パーティを組んでいた四人の中では一番腕前が良かったりする。次いでアーサー、ファーネル、そしてミリアの順だ。ミリアの腕前は、まずくはないが美味しくもないという評価である。冒険中は料理の腕を磨きたいと考えていたものの、結局あまり上達せず、旅を終えることとなった。なお、食事を待つときのミリアは、いつもよりも子供っぽくなる。一番先にダイニングテーブルに着席し、今かと待ちわびていた。

 そしてこの四人の中で、ミリアが一番たくさん食べる。本人曰く、龍族の身体と能力を維持するためにはたくさん食べないといけないと、まるで義務のように話すが、旅の途中で知り合った龍族、例えば彼女の家族だったり、別の町の龍族などから話を聞いたが、そんなことはないと言われたこともある。そうした話を総合すると、結論は一つ。ミリアはただ単純に、食いしん坊なだけだ、と。そこは敢えて誰も言わないが。

 ファーネルは結婚式の時を思い返す。披露宴の時、来賓の挨拶が終わらないうちは食べてはだめだと言われたときのあの絶望の顔は、今でもお笑いの種だ。

 そんなことを考えながら無為に過ごしていると、いつの間にか昼食の時間を少し過ぎていた。しかし料理もマリアもまだ来ない。

「来ませんね? ……むぅ」

 ミリアが、ぷくっと頬を膨らませる。

「まあ、今日は流行り風邪のせいで料理スタッフが何人か欠勤しているって聞いたからな。マリアもだが、他に何人か侍女が駆り出されてるって話だ。それで遅れてる可能性はあるぞ」

 ファーネルがミリアの頬に触れて宥める。それで少し頬の膨らみが小さくなったが、まだ不満顔だった。ホントこいつは食が絡むと子供化するな、とファーネルが小さく溜息を吐いた。

「ま、どのみち俺たちは待つしかない」

 アーサーはそう呟き、席に座る。

 コール王夫妻も公務にきりを付けて食卓を囲みながら、息子夫婦の微笑ましいやりとりを見ていた。

 そしてしばらく待っていたら、扉がノックされた。が、様子がおかしい。そのノックが、かなり乱暴な叩き方だった。

「どうした?」

 コール王が立ち上がり、自らその扉を開く。それで一瞬恐縮した侍女は、顔色が悪い。

「す、すみません王様、その、マリアさんが、マリアさんがっ!!」

「マリアの身に何があった?」

 ただ事ではない、と皆血相を変える。特にアーサーは、慌ててその侍女のところまで走ってきた。本人も慌ててはいるが、深呼吸をして侍女から話を聞く。

「そ、そのっ、マリアさんが、階段を踏み外してっ!!」


 二階、医務室。

 皆が駆けつけたときは、その入り口には入室禁止の立て札が掲げられていた。その前には、医師が立っていた。

「おい、マリアの様子は!?」

「現在はフィンチェスカ医師が治療を行っています。……が」

 フィンチェスカは、女性の特にデリケートな問題を担当する女性医師である。マリアの経過観察も、彼女が担当していた。男性医師は、アーサーに顔を向ける。

「芳しくありません。よほど身体を強く打ち付けてしまったようで、……覚悟、しておいてください」

「覚悟って、……おい、何の話だ!?」

 アーサーが吠え、それに対し医師は、言うか言うまいかを逡巡する。

「マリアさん本人は、肋骨を二本、翼の数箇所を骨折した程度です。ですが……」

 マリア本人という言葉と、数箇所の骨折をその程度と言ってしまえるほどの深刻さに。アーサーは、顔を青ざめる。そんな、まさか、と。


 そして、時間が経過し、夕刻となった。それまでの間、ミリアですら食事も喉を通らず、こうして医務室の前で経過を待っていた。

 医務室の扉が開き、フィンチェスカ医師が歩み出てきた。そこに王たちがずらりと並んでいることに、彼女は驚きもしない。大した胆力であるが、その表情には陰りがあり、目を伏せていた。

「アーサーさん、どうぞ。その他の方々はご遠慮願います」

 例え王であっても、彼女はここを通さない。その目が告げていた。

「あ、ああ」

 アーサーは彼女の案内の元、少し奥にあるベッドを訪れた。

 そこには、涙を流すマリアが仰向けで寝かされていた。その目がアーサーを捉えると、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。

 アーサーは彼女に駆けより、その手を取る。

「アーサー、ごめん、ごめんねぅ……、赤ちゃん、いなく、なっちゃったっ……っ」

 そしてその後は、慟哭。

 アーサーはマリアをぎゅっと抱きしめ、その悲しみを少しでも和らげてあげようとするのだった。



 マリアが流産して、二日後。

 魔法による治療のおかげで、マリアの骨折は何とかなり、痛みも引いたようである。ただ、それ以上に心に刻まれた傷は大きく、沈んだままだった。

 アーサーもまた、ひどくショックを受けていた。仕事も手がつかず、ただ椅子に座って考え込む始末だった。旅のこと、マリアのことをずっと思い返していて、ふと気付く。

 それは二年前。付き合い始めて、初めての二人旅となったときだ。どこかの町で泊まったとき、マリアは夢の中で謝罪をしていた、そんな過去を思い出した。これについては、おそらくは夢見の能力が不意に出てしまったものとして、触れないようにしてきていたのだが。

 その時の光景が、重なって見えてしまったのだ。

「……聞いて、見るか」

 アーサーは立ち上がり、医務室を尋ねる。マリアはまだそちらのベッドで安静にしているのだ。

 そんな彼女の側まで寄ると、マリアは力ない笑みでアーサーを見上げた。

「少しは良くなったか?」

「……はい」

 今は、主性格でもある、少し人見知りのするマリアの方だった。そんな彼女の横に座ったアーサーは、彼女の手を取る。マリアもアーサーの手をきゅっと握り返し、ぎこちない笑みをむけた。まだ無理している様子だった。

「マリアに、聞きたいことがあるんだ。……ウーニャと、デヴィル・ドラゴンの行方を探すため、俺たち二人きりの旅になったことがあっただろ?」

「……ありましたね。……そこで、初めて結ばれたんですね。あのときの思い出は、忘れません。まさか実家でだなんて、思ってもみませんでしたけど」

 マリアは、努めて明るい思い出を探し、言葉にする。

「まあ、その」

 翌朝には即家族にバレていたのは、なんとも気まずかった記憶もあった。が、思い出に浸るのは別の機会で良いだろう。

「……いや、その話じゃなく」

 アーサーは、その後日、別の町で宿泊した際、マリアがアーサーに謝罪していたときのことを尋ねてみた。

「……そう、でしたね」

 マリアはアーサーから視線を外し、天井を見上げる。

「今更ですね。……もう隠す必要も、ありません」

 マリアは、空いている手の腕で目を追い隠すようにして。

「あのときに見た夢見は、今の状況を映していました。せっかくのアーサーとの、大事な大事な赤ちゃんを、私の不注意でっ……」

 そしてマリアはまた涙する。アーサーは空いている手を、マリアの手に重ねて。

「そっか」

 夢見で見られる未来は、避けられるものと避けられないものがある。大概のものは対策さえちゃんと行えば回避できるものだが、ごく希に、回避できないものがある。例えば、別の外因から引き起こされるもの、或いはより強い意志が働いたかのような所業によるものだ。後者は、どんな対策を行っても、その対策自体が最初から織り込み済みで、最終的にはその通りの未来に収束する。デヴィル・ドラゴンを封印し、未来に託すことになったのが、これに当てはまる。

 今回の事故も、マリアは見ていたらしい。が、どのタイミングで、どうしてそうなるかまでは見えておらず、ただ結果しかわからなかった。だからこれから何に注意すべきかを考えていた矢先だった。

 アーサーは、マリアを抱きしめながら、一つ直感した。


 ―――スナー家の呪い。

 かつて、三大英雄と呼ばれるものたちが、魔王を打ち倒した。うち二人、カース・ユニスとリーン・スナーは後に結婚し、この地にユニス王国を興した。そして第二王子が、スナー姓を名乗って分家を作った。それが今のスナー家である。

 異変は、すぐに起こった。

 スナー家となった次男の嫁が、娘が物心ついた頃合いに不慮の事故で亡くなった。その娘が男児を産んだ後に、病気で亡くなった。そしてその子供が大きくなって結婚し妻の間に子供が生まれ、少し成長したところで、妻が病気で亡くなった。

 三代目にて様子がおかしいと感じ始め、六代も続けてスナー家に名を連ねた女性ばかりが早死にした。みな、孫の代まで生きられないことが続いたことで、スナー家の呪い、と呼ばれるようになった。

 そして、初代から九〇〇年以上経った今現在に到るまで、スナー家では、生まれた女性だけではなく、嫁いだ女性に到るまで、必ず早死にする歴史を刻んできた。

 その死因は、実に様々だ。事故死、病死、自殺はないが希に他殺。全て偶発的なものばかりだった。こうしたことがずっと重なり、全員が孫の代まで生きられなかった。

 今代はアーサー・スナー、その妻はマリア。

 マリアは、階段を踏み外し、階下まで落下するという事故を起こした。これはマリア自身に向けられたものなのか、その子供に向けられたかまでは解らないが、悪い意味においても、マリアはスナー家の一員として認められてしまったのだろう。

 スナー家の呪いが牙を剥いたと、アーサーはそう確信する。……流れた子供は、女の子だったそうだ。

「……かくいう私たちも、迂闊でした。あなたとの生活が幸せすぎて、すっかりあの夢のことを忘れていたんです」

 泣き止んだマリアは、ぽつりぽつりと、その時の状況を話し始めた。

 マリアは、茶器を載せたトレイを両手で持ち、そのお盆とお腹のために足下が見えていなかった。そしてスカートを手でつまみ上げることができなかったため、裾を踏んでしまい、前へと倒れてしまった。それぐらいなら、とマリアは背中に翼を召喚し、バランスを取ろうとした。しかし呼んだ翼は服の中で、どうしようもできなかった。この時になって焦りを感じたマリアだが、時すでに遅し、だった。

 まず階段の上にトレイを落とし、その上に倒れ込む。トレイの上に乗っていたポットなどで胸を強打、この時点でおそらく肋骨を骨折したのだろう。次いでトレイの上に乗ってしまったことが、最悪の結果へと繋がってしまった。マリアは茶器の破片と共に、トレイごと階下まで滑り、転げ落ちた。階下の踊り場、その壁に全身を強くぶつけ、その衝撃が流産に繋がったのでは、と話す。

 裾さえちゃんとしていれば。背中に翼を呼び出せていれば。マリアも、お腹の赤ちゃんも事無きを得ていたかもしれなかった。


 ミリア達はアーサーからの話を聞いて、溜息を吐く。ミリアも少し涙目だった。

「……ごめんなさい、マリアのことを思うと、私もつらくなります」

「だが、いつまでも悲しんでもいられないだろう」

 コール王は腕を組み、しばらく考えた後、こう提案した。

「侍女の衣装を、人龍に適したものに変更しよう」



 一週間後。

 マリアの怪我は完治し、心も落ち着いたことで、医務室からようやく解放された。衣装も入院着から普段着へと着替え、ようやくといった風で、自室に戻った。

 今その自室には、アーサー、マリア、そしてファーネルとミリアの四人が集まっていた。

「で、これからどうする?」

「そうですね。……妹とも相談しましたが、やはり侍女の仕事は続けていきたいと思います。ただ、あの服はさすがにもう怖くて着たくはありませんが……」

 それは以前着ていた、サイズのあっていない侍女服のことだ。マリアのものは、あのときにあちこちが破れてしまい、血にも染まっていたため、既に廃棄済だ。そのため、侍女の仕事をするのであれば新しいものが必要となる。

「ま、そう言うとは思っていた」

 半ば諦めの言葉に、マリアは申し訳なさそうに微笑んだ。

「そんなわけで、あのことを教訓に王様が人龍向けの侍女服を用意してくれている。それが到着するまではもうしばらく辛抱してくれ、な?」

 が、ファーネルのその言葉に、彼女は驚きの声を上げた。

「え、新しいものを作ってるの? 私のせいで?」

「いや、あれがあったからこそ問題点が浮き彫りになったって。ソニア様も今回のことでかなり責任を感じてしまわれたようで」

 王妃がどうして責任を感じたのか、とマリアは首をかしげた。すると、アーサーが説明を始めた。

 これまでの侍女服は、実はソニア王妃が考案したものなのだそうだ。

 彼女は、元々はユニスの下町生まれで、実家は今でも営業を続けている衣装店だ。彼女も類いに洩れず、一六歳修行の旅を経験した人物だ。

 遠い異国の地で、コール王とたまたまパーティを組んだときに同郷であることがわかって、意気投合したのが出会いだった。そして二人はじきに惹かれ合い、そして恋人となった。やがてそのお腹の中に新しい命が宿っていることがわかり、冒険者を引退して二人は結婚。そして生まれたのがファーネルだった。

 二人が出来婚だったことにマリアが驚き、ファーネルは苦笑した。

 アーサーに代わり、ファーネルが話を続ける。

 結婚してしばらくしてから、ソニア王妃は動きづらそうにしている侍女達と話をして、衣装に原因があると判断、デザインを一新したそうだ。彼女がデザインしたものは、衣装自体が軽いこと、随所に余裕を持たせたデザインであることから動きやすく、かなり好評だった。それ以降も何度か少しずつデザイン変更を重ね、今のものに落ち着いたのである。

 だからこそ、ソニア王妃はマリアの事故に関して責任を痛感しているという。

 これまでのデザインは、人龍や龍族が着ることを想定していなかったのである。今まではそれでも良かったのだが、コールがユニス王になってからしばらくして、人龍の侍女も何人か就職してくるようになった。また、次期侍女長候補のシンシアが人龍であることも含め、徐々に人龍侍女の人数が増えてきているのだ。そうした事もあって、人龍に合わせたデザインを早めに作らなくてはならないと考えていた矢先に、マリアの事故があったのである。もし先にデザインが完成していたら、マリアも子供も無事だったのではと、ソニア王妃は心を痛め、デザインの完成を急いだそうだ。

 そして先日それができあがり、彼女の実家に発注しているそうだ。

 早ければ今日中にサンプルが、遅くとも三日以内に量産品が届く見積だった。

「デザインスケッチを見ましたが、基本的なデザインには大きな変更はない感じです。人龍向けにもう少し小さくして、背中を大きく開けた感じですね。大きく変更するのはむしろスカートですね。これまでのは何枚か縫い合わせたものでしたが、大胆に一枚布から切り出して裾を縫い合わせる感じです。これで自由度が全く変わります。それこそ私が部分龍化しても、尻尾が問題にならない感じで……、あれ? もしかしてそれも想定されてるのでしょうか?」

 ミリアはファーネルを見上げる。

「いや、知らないが? でも母なら、人龍が増えたならそのうち龍族も来るんじゃないかって考えるかもしれないな。根拠はないが、そういう人だ。何というか、懐が大きすぎるというか」

 なるほど、とミリアは頷き、しばらく考える。

「私も着るだけ着てみても良いですか?」

「え? ミリアが?」

「ファーネルもお好きでしょ? ああいったフリフリの衣装。私というものがありながら、よく侍女さんを目で追っかけていたこと知っていますよ?」

 ミリアに指摘され、ファーネルは顔を逸らす。

「……よく見てますね。よく見てるわね」

 と、マリアの二つの性格が順に感想を述べる。

「さすがにマリアを見てたって言うなら、ちょっと考えるが?」

「あ、それは大丈夫です。ファーネル、あれはあれでちゃんとしてますし」

 アーサーのツッコミに、そこは大丈夫とミリアが太鼓判を押す。変な方向で信用はあるようだ。

「ですが、えっちな目で見るのは私だけにしてください。私はファーネルのためだったらいくらでもえっちな格好しますよ?」

 そして余計な一言も忘れないミリアだった。


 二日後。

 ソニア王妃の母親が城へ訪れ、衣装が納品された。年代的には六〇代後半だが、背筋はしっかりと伸び、あふれんばかりのバイタリティを感じさせた。

 一番最初にその衣装をマリアが着ることになったのだが、ミリアがそこへ飛び入り参加することになった。

 今は客室を更衣室代わりにしており、マリアは自分で、ミリアはその母親が手伝って着替えていた。

「あのサイズですから、どんな娘が着るのかなって考えていましたが……」

 一般の人間からすれば、一〇五フォーネルという身長は、まだまだ小さな子供である。しかし目の前にいるのは、その身長ながら成人した人龍の女性だ。世の中は広いな、と思う母親だった。

 マリアは渡された衣装に着替え、くるりとターンをしてみる。以前のものよりもふわりとスカートが綺麗な円を描いて舞い上がった。背中の部分は、一見して空いてはいなさそうだが、そこはデザインの工夫があった。試しに翼を呼び出してみれば、抵抗なく衣装から外へと展開できた。背中の布は首の辺りからぶら下がる形で、小さなマントのような感じである。二三度ほど羽ばたいてみて、布が触れる感触が多少くすぐったいが、全く自由に動かせることが確認できた。

「うん、良い感じ。これなら裾を踏んづけることも無さそう、かな。デザインもかわいらしいし」

 マリアは姿見で、自分の姿を確認しながら話す。

「後は、皆の意見かな」

「そうですね。ミリア様も終わりました。いかがですか」

「ええ。……なる程、これはファーネルの好みそのままですね。さすがソニア様のお母様です。これで夜もはかどりますね」

 と、ミリアは恥ずかしげもなくのたまう。マリアは既に慣れっこだが、母親は苦笑するばかりだった。

 ミリアも、部分龍化を試してみた。人龍とは違い、その変化の儀式は派手である。一度自分の真上に白く輝く小さな魔力弾を打ち上げ、すぐさま落とす。魔力弾に包まれたシルエットは少しだけ形を変え、殻を割るように砕け散る。背中には龍族特有の、若干うねる翼、そしてスカートは膨らみ、尻尾が揺れる。

「これは……、すごいですね。龍族が部分龍化しても全く違和感がありません。……失礼ながらお聞きしますが、龍族の衣装、作り慣れてませんか?」

 母は頷く。

 彼女もまた、一六歳修行で各地を旅して回った人物だ。彼女は冒険者の資格は取ったが、様々な地方の紡績や裁縫や仕立て等、衣服に関する様々な事を学び、実践する旅路だった。その中には民族衣装を扱ったこともあるし、龍族の子供服を研究したこともあるそうだ。その辺りの経験が、龍族でも全く違和感のない衣装を作り上げるノウハウとなっていると話す。

「……さすがです。感服しました。……私たちに子供が生まれたら、その時は是非にお願いします」

「ふふ、はい。承りました。ひ孫の衣装を作ることができるのは、幸せなものですね」

 考えてみれば、そうなる。彼女はソニア王妃の母だ。ファーネルは彼女の孫に当たる。そんな彼と結婚したミリアにとっては、この方は義理の祖母になるのだろう。そして将来自分が生むであろう子供は、正真正銘彼女のひ孫だ。

 ミリアは祖母とほほ笑みあい、約束を交わした。

「さて、それでは皆さんの所に戻りましょう」

 そして、彼女はふたりを部屋の外へと連れ出した。

 部屋の外では、ファーネル以下王族全員と、アーサーやシンシア侍女長が待ち構えていた。

 二人の姿をみるなり、アーサーとファーネルは感嘆の声を漏らす。

「おお。似合ってるじゃないかミリア。何というか、可憐で、清楚に見える」

 普段は食いしん坊で淫乱だが、とそこは飲み込むが。しかしミリアは、何故かファーネルの考えを読み取っていたりする。

 一方のアーサーは、マリアに釘付けで、ぽかんと口を開けっぱなしだ。

「に、似合ってる、かな?」

「あ、ああ」

 マリアの呼びかけに、アーサーはようやく声を出す。それだけマリアのこの姿が、衝撃的だった。改めて、惚れ直した、というところだろう。

「よく、似合ってる」

「えへへ、ありがと」

 マリアは屈託無く、微笑むのだった。


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