第一章~帰郷~
ガドネア歴 九七七年 一一月一一日 ミリア・サンディー
アーサーさんの誕生日。私たちは、急きょガドネアに引き返すことに決めました。
あの後町に到着し、マリアを診察して貰った結果がちょっと大変な状況だったためです。船では埒があかないので、私は完全龍化して三人を背中に乗せて空を行きました。さすがに速度を出すわけには行かなかったので、ほぼ半日かけて、バース王国の北東、軍港のあるカンターレルに到着したところです。
……まあ、大騒ぎになってしまいましたが、そこはファーネル。あっという間に沈静化してしまいました。……ああもう、好き。
じゃなくて、こちらの町には人龍の医者がいることは、前回の旅で知ることができました。それを思いだし、頼ってみようと考えたのですが……。
第一章~帰郷~
マリアは診察室で、幾つかの質問に答え、そして特殊な薬剤で含嗽をした。
元々は透明な薬剤で、特定の状態になっていると橙色に染まる試薬である。症状ごとに沢山の種類があるのだが、医師はマリアへの質問を踏まえ、ある特定のものを試して貰っているのだ。
時間となり、マリアはコップに試薬を吐き出す。それは綺麗な橙色に染まっていた。
マリアも、最近の身体の不調と、先ほどまでの質問内容から、自分がどの様な状況になっているのかを察した。
「連れ合いのものをお呼びしますが、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。あと、私から話すね」
「ええ、そうしてください」
医者は優しい笑顔で立ち上がり、扉を開けた。
「マリア・ファルアスタシアさんの連れ合いの方、どうぞお入りください」
アーサー達は、待合室の席から立ち上がり、ぞろぞろと診察室へと入ってきた。席が少ないので、ミリアとファーネルは後ろで立って控えることにした。
アーサーはマリアの隣に座り、医者が口を開くのを待つ。すると、マリアがとん、ともたれかかった。
「ぱーぱ、おめでとう」
「……うん、ありがとう?」
因みに、今日はアーサーの誕生日だ。おめでとうと言われれば誕生日を祝われてると、アーサーは何処か違和感を感じながらもそう受けとった。
「マリアさん、多分通じていないと思いますよ?」
「……あ、そっか。今日はアーサーの誕生日だったね」
「おう、え、今気付いたの?」
「え? あ、うん」
そして微妙な沈黙となる。
「じゃ、じゃあ。アーサーにプレゼント。……なのかな? パパ、おめでとう」
と、マリアははにかんだ笑顔で、お腹をさする。
まず一番最初に気付いたのは、ミリアだ。そして一言ファーネルにだけ聞こえるように呟く。
「先越されましたね。私たちももっと励まないと」
「おいミリア、不謹慎」
とは言いつつも、ファーネルもマリアのことに気付き、何処か優しい笑顔となった。
そして最後に気付いたのは、当事者のアーサーだった。
「……はは、そういうことか」
アーサーは、もたれていたマリアを優しく抱きしめて。
「ありがとう」
「……うん」
そして手を絡め、顔と顔が近づき。
「よそでやってくれませんかね? 未だ結婚できない私に対しての当てつけですかね? ん? 爆発したまえ!」
と、医者は四人を追い出すのだった。
「さて、これから忙しくなるぞ。アーサー、お前たちがアクエイスに行っている間に、俺たちは先にユニスへ帰る」
ファーネルは、『帰る』と言った。戻るでも立ち寄るでもない。これは、冒険者としての旅をここで終える、という意味合いの言葉である。それについては、マリアもミリアも、いよいよかと考えてしまう。
「……良いの? 私たちの都合だけど」
「良いさ。俺たちの旅は、どちらかが結婚するまでって最初から決めていたことだ。俺よりも奥手のアーサーの方が先に、というのがおもしろい。まあそれも人生って奴かな」
「じゃ、私たちと合同、というのはどうですか?」
「……あ?」
ミリアがそう進言してくる。ファーネルは口を開けたまま固まってしまった。
「どちらかが先に結婚して終わるよりも、みんなで結婚してしまえば最高じゃないですか?」
ミリアの表情は、いつものように不穏当発言をわざとしておもしろがっている、そんな感じである。普段であれば、周りからすれば冗談を言っているのだと聞き流してしまうだろう。だが、ファーネルは違う。彼女がその言葉に秘めたる意味を、感じ取れる。伊達に恋人を二年も続けているわけではないのだ。そんなミリアが、ファーネルは溜まらなく愛おしくなった。
「じゃあ、そうしようか。ミリア、結婚しよう」
そして一同黙り込む。そして最初に口を開いたのは、ミリアだった。
「雑っ! ……余りにも雑すぎませんか? もうちょっとこう、あるじゃないですか、シチュエーションとか雰囲気とか場の盛り上がりとか」
「それを一番最初に台無しにしてくれるのも、ミリアだと信じている」
「信じるの方向性がおかしいですよ!?」
と、口論となって押し黙り、僅かな時間をおいて二人同時に吹き出した。余りにもいつもどおり過ぎて。
「ぷ」
「はははっ、まあ、これも俺たちらしいな」
二人ともひとしきり笑った後、ファーネルは真面目な顔となり、ミリアの両手を取る。それで、ミリアもファーネルの言葉を、真剣に待つ。そして。
「ミリア、結婚しよう。ずっとその笑顔を俺に向けてくれ」
「……はい、よろこんで。でも子供が生まれたらさすがに独占はできませんよ?」
この二人らしい、プロポーズだった。
一同は、バース王都に移動することにした。以前ファーネルたちが乗った高速馬車ではなく、一泊二日の鈍行だ。以前少し怖かったというミリアの一言で、こちらの便にしたのである。
「やっぱりこれぐらいの速さがちょうど良いですね」
「そんなに怖かったの?」
マリアがミリアの顔をのぞき込むと、ミリアは顔を逸らした。
「ちょ、ちょっとだけ、ですよ?」
「ああ、ちょっとだけ、涙目になったぐらいだったな」
「……ファーネル?」
「おっと口が滑った」
わざとらしくファーネルがおどけてみせ、一同は笑った。
高速馬車に乗った思い出は、ファーネルとミリアだけの思い出の一つだ。当時は幸先不安な旅路だったが、ファーネルと馬鹿話をすることでだいぶ気が紛らわせられていたことを、今更ながら思い返す。彼がいたからこそ、三人の仲間を失い、親友が行方不明だったあの時を、何とか腐らずに先に進めたのである。
「で、今後なんだが」
バース王都に移動した後は、アーサーとマリアがアクエイスに向かう。アーサーとマリアが正式に結婚することと、マリアに子供が宿ったことを報告するためだ。
冒険者というものは、遠い地で根を下ろして暮らし始めたときは、手紙の一つ送るだけで終わるということも多い。結局その一通の手紙が今生の別れとなることもあるが、四人はせっかくマリアの故郷からほど近い場所を通過するのだから、手紙ではなく直接伝えるため、二~三日道草をするのも良いだろうと、ファーネルが提案した。合わせて、今でもデニアスの王立学園で医療の勉強をしているミリアの親友にも、四人が結婚することを手紙に書くこととなった。式の日取りが決まれば、また改めて手紙を送るつもりである。送り先は王立学園にしておけば大丈夫だ。学園が受け取れば、その後は各生徒に手紙を廻してくれるようになっている。
「ただ、二人が飛び級で卒業していなければ良いのだけど……」
「ま、そこは考えても仕方ない」
ミリアの心配に、ファーネルが答えた。
一行を乗せたキャラバンは予定通り、バース王都に到着した。取り急ぎ宿を確保し、早速四人は冒険者協会を訪れた。
「いらっしゃいませ。ああ、アーサーさんにファーネルさん、お久しぶりです」
バース王都で冒険者の仕事を受けたのは、数える程度でしかない。さらにミリア達の問題が片づいてからは、その足でディトリア・クレール大陸へと移動してしまい、以来二年ほどここには顔を出していなかった。それでもこの受付は、二人の顔を覚えていてくれたようである。
「皆さんもお元気そうで何よりです。今日はどうされましたか? 依頼でしたら、数件ほど半指名のものを抱えていますが、どうしますか?」
半指名依頼とは、特定の実力者のみを対象としており、一般の掲示板には張り出されていないものだ。例えば、少数精鋭で結構強めの魔物討伐だったり、或いは秘密裏に処理したい案件などである。場合によっては国を跨いでの依頼まである。当然難しい内容のため、依頼料は結構高額だ。これを受けられる程強くなろうと、多くの冒険者が切磋琢磨している。
ただ、アーサーやファーネル達は、依頼を受けるために冒険者協会を訪れたのではなく、その逆だ。
「人龍便で、幾つか手紙を出したい」
「あ、依頼の方でしたか。承りました」
二人は、受付に手紙を差し出す。一通はお隣デニアス王国の王立学園。一通はディトリア・クレール大陸はカル=アストロフ自治州メルセア市、サンディー家。ミリアの実家だ。その他、各地で知り合った面々に向けては、その地方の冒険者協会留めにした。今でも界隈を拠点にしていれば、届くであろう。
「これを、人龍便で。特にサンディー家には近日中に到着できるよう最優先でお願いしたい」
「解りました。そうなると、デニアスとデリシア方面は便を分ける必要が出てくるわけですから……、このお値段となります」
そろばんをはじいて出した金額は、決して安いものではない。それでも、ファーネルは即答した。
「ああ、それでお願いしたい」
「はい、承りました」
ファーネルから料金を受け取った受付は、手紙に了承済の印を押して、後ろのテーブルへと手紙を移した。
「ところでアーサーさん、ファーネルさん。半指名依頼ですが、いかがいたします?」
「いや、受けない」
「またまたご冗談を」
受付はファーネルの言葉を冗談と受け取ったか、追いすがってきた。若者たちの憧れとなる半指名依頼だが、そこまでの実力を兼ね揃えている人材が少ないのが現状だ。なんとしてでも期限切れになる前に受けてほしいのが、協会側の思惑だ。
「悪いな。一つ協会に知らせておくべきことがあるんだ」
ファーネルの表情は真剣で、受付も表情を引き締める。
「俺たち四人全員、冒険者を引退することにしたんだ」
受付は驚くが、声には出さない。
男性冒険者の多くは、二〇代後半から三〇代半ばまでの間で引退することは多い。例えば怪我をしたり、体力的に自信がなくなって戦えなくなればそこで引退する。他にも自分がやりたいことを見つけたり、家業を継ぐことを決心するなど、この辺りが引退理由の上位だ。
特に家業を継ぐ場合は、伴侶を見つけたら二〇代前半、早ければ一〇代のうち、下手をしたら冒険者になって半年のうちにやめてしまった場合もある。ただ、ガドネア出身者で一六歳修行で冒険者になった者たちは、もう何百年と続くこの風習において、一人として死亡して引退したというものがおらず、生還率一〇〇パーセントを固持している。
女性の多くは、パートナー次第だ。パートナーが冒険者を引退すれば、連れだって引退する。そして二人で家庭を築くのが大半である。
引退理由は統計調査を行っているため、一応の報告義務がある。罰則はないため、報告せずそのままという人も少なからずいるが。
受付は、その理由を何となく察する。これまで何百何千人という冒険者の引退理由を聞いているからだ。
「順番に引退理由をお聞きしますね。まずファーネルさんは?」
「パートナーを決めたから、家督を継ぐのが一番の理由だな。まあ、本当はまだ冒険者を続けて気ままに旅をしたいのもあるんだが……」
次に、アーサー。
「ファーネルと同じだ。ただまあ、その。……」
受付は、男がこういった反応を示す理由もお察しだ。特に言及はせず、女性二人に視線を向けた。
「マリアです。私は、その、……えへ。アーサーとの赤ちゃん、できちゃった」
と、照れ笑いをしながら答えるマリアに対し。
「……そこで素直に言うやつがあるか」
アーサーは照れてしまった。やることやっておいて初心な反応だな、と受付は頷く。
残ったミリアについては、消去法でファーネルのパートナーであること、寿引退であることを察する。
「私も、ファーネルのおそばにいることを誓った身ですので、彼が引退するのであればそれに従います。まだ子供はいませんのでこれからですね」
受付は、ミリアの余計な一言を聞き流しつつ、帳簿に四人の引退理由を記入して閉じた。そして立ち上がり、笑顔を四人に向けた。
「皆さん、これまでの活躍、本当にありがとうございました。また冒険者として活動されたい場合は、いつでも復帰を歓迎いたします」
そして、深々と頭を下げた。
晴れて、四人はただの一般人に戻った。冒険者登録証については、返納する必要はない。これからもずっと身分証として利用できるし、復帰したいときはいつでもできる。復帰しなくても、冒険者として旅をしたという記念として、いつまでも持っていても良い。登録証に関しては、一生ものだからだ。
その日の晩、四人は少しだけ豪華な食事をとることにしたのだった。




