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第7話 森番の同僚と、揚げたて野菜の天ぷらそば


「ああ、もう! よりによって東の案内板か!」


 森番のトーマは、詰め所の机へ一本の釘を転がした。


 頭は曲がり、赤いさびが浮いている。春の雨と風に耐えきれず、今朝、案内板ごと地面へ落ちていた物だ。


「旅人が迷う前に見つけたんですから、運がよかったでしょう」


 向かいで地図を巻いていたリネアは、落ち着いた声で言った。


「見つけたのが俺でなければ、そう言えた。朝の見回りは延びる。泥だらけで板を抱える。しかも釘は一本残らず、立派にさびている。六年も森番をしているが、釘にここまで堂々と仕事を放棄されたのは初めてだ」


「釘はしゃべりません。古くなっただけです」


「愚痴くらい言わせてくれ」


 トーマは曲がった釘を小袋へ入れた。見本があれば、町の金物屋で同じ太さを選べる。


「同じ釘を十本。それと、雨に強い縄を一束ですね」


「十二本だ。十本ぴったり買って、次に一本折れたらどうする」


「また町へ行けばいいのでは」


「……なるほど。君は俺を食堂へ連れ出すため、わざと予備を買わせないつもりだな?」


「どうして、そうなるんですか!」


 リネアの耳の先が、ぴくりと動いた。


「言っておきますけど、町へ行く目的は釘と縄です。天ぷらではありません。そばでもありません」


「まだ俺は料理名を出していないぞ」


「顔に書いてあります」


 図星だった。


 少し前、リネアは町の食堂から、きのこの混ぜご飯と野菜の天ぷらを持ち帰ってくれた。地図直しに夢中で昼を忘れたトーマのためだった。


 あれはうまかった。冷めても、しょうゆの香りはしっかり残っていた。かぼちゃは甘く、緑の豆は塩をつけると止まらなくなった。


 ただし――衣は包みの湯気を吸って、しんなりしていた。


 それ自体は、もちろんうまい。


 なのにリネアは、店で食べた揚げたてについて、「さくっ、と鳴りました」「衣が軽くて」「弟なら絶対に喜びます」と、何度も何度も語ったのだ。


 トーマが食べている、しんなりした天ぷらの目の前で。


「俺は今日、確かめなければならない」


「何をですか」


「君があれだけ自慢した『さくっ』が、本当に鳴るのかをだ。もし鳴らなかったら、帰り道の二時間、ずっと文句を言う」


「鳴ります。だから文句を言う準備をしないでください」


「ずいぶん自信があるな」


「私は食べましたから」


「それだ! その得意そうな顔が、ずっと悔しかったんだ!」


 リネアは目を丸くしたあと、とうとう吹き出した。


「そんなことで悔しがっていたんですか?」


「食べ物の恨みを、そんなことと言うな」


 二人は案内板を仮の縄で木へ結び、昼前に森を出た。


 町までは徒歩で二時間。トーマは釘の小袋を腰へ下げ、水筒を確かめた。


「ところで、朝は食べたか」


「食べました。固いパンと豆です」


「昼は?」


「いま散々、食堂の話をしたでしょう」


「前に朝飯を抜いた人間――いや、エルフの言葉は、一度くらい確かめても罰は当たらない」


「一度です」


「俺が知っているだけで一度、だな」


 リネアはむっとして歩調を速めた。


「置いていきますよ」


「待て。釘を持っているのは俺だぞ」


「案内板を直すのもトーマです」


「君は手伝わない気か!?」


 森の道に、リネアの笑い声が小さく響いた。


     ◇


 町へ着くと、二人は先に用事を済ませた。


 金物屋で釘を十二本。縄屋で、雨に濡れても伸びにくい縄を一束。


 買った物を確かめて袋へしまったところで、昼の鐘が鳴った。


 ぐううう、とトーマの腹も負けじと鳴る。


 思ったより立派な音だった。


「時間どおりですね」


 リネアが真顔で言った。


「笑うなら笑え」


「いいえ。森番の腹は、町の鐘にも正確に反応するのだと感心しました」


「その顔で言われると、笑われるより腹が立つな……」


「では、急ぎましょう。店へ着く前に、もう一度鳴ったら大変です」


「誰のせいで、朝から天ぷらの話ばかりしていると思っている!」


 二人は言い合いながら、細い通りにあるひだまり食堂へ向かった。


 扉を開けると、軒下の鐘が、からんと鳴る。


「いらっしゃいませ」


 白い前掛けのユウトが、厨房から出てきた。


「リネアさん。それと……前に、持ち帰りを食べてくださった同僚の方ですか?」


「トーマだ。きのこのご飯も天ぷらも、うまかった。だが、今日は一つ苦情がある」


「苦情!?」


 ユウトの背筋が伸びた。


「持ち帰りの天ぷらも、うまかった。本当だ。だがな、隣でリネアに揚げたての音を自慢され続けた。俺だけ、その音を知らない。これは少々、不公平じゃないか?」


「トーマ。店主を困らせる言い方をしないでください」


「ええと……今日は揚げたてを出せば、苦情は解決しますか?」


「見事に鳴ればな」


 ユウトは、ほっとしたような困ったような顔になった。


「分かりました。責任を持って揚げます」


「店主まで乗らなくていいんです!」


 リネアだけが頭を抱えた。


 二人は窓際へ座った。釘と縄は椅子の下、地図の筒は壁際へ置く。


 ユウトは水と二枚の注文票を持ってきた。


「町の用事は、もう終わったんですか?」


「はい。釘と縄を買った帰りです。あとは昼を食べて、森へ戻ります」


 リネアが答える。


「だから俺は、腹いっぱい食べても、帰りに二時間歩けば問題ない」


「食べすぎて歩けなくなっても、背負いませんよ」


「冷たい同僚だなあ」


「いつも昼を忘れる同僚よりは、ましです」


 ユウトは笑いをこらえながら、注文票を一枚ずつ二人の前へ置いた。


「リネアさんは、獣の肉と肉の汁、肉の脂が食べられない。魚、卵、乳は食べられる。今日は変わりありませんか?」


「ありません」


「トーマさんは?」


「全部食べられる。家の決まりで避ける物もない。辛い物も平気だ。量は普通でいいが、天ぷらは少なくしないでくれ」


「最後だけ急に強いですね」


「今日の目的だからな」


「つゆは、トーマさんだけ肉のだしにもできます」


 トーマは一瞬も迷わなかった。


「俺も魚のだしで頼む。今日はリネアが食べた物と同じ味を、同じ卓で食べたいんだ」


 リネアがわずかに目を見開く。


「私に合わせなくてもいいんですよ」


「合わせるんじゃない。比べたいんだよ。君がうまいと言った物を食べて、同じところでうまいと言えるか。それが楽しみなんだ」


「……そうですか」


 返事は短かったが、リネアの耳の先が少し上を向いた。


 ユウトは二枚の票へ魚の印を描いた。リネアの方には肉なしの葉を添え、トーマの方には「本人の希望で魚だし」と書く。


「そこまで分けるのか?」


「次に来たとき、トーマさんまで肉を食べられないと勘違いしないためです」


「それは困る。肉料理の日にも来るつもりだからな」


「もう次の話をしています」


 リネアは呆れた声を出したが、口元は笑っていた。


「では、野菜の天ぷらそばにします。そばは、実を粉にして作った細い麺です。魚だしの温かいつゆへ入れ、天ぷらは別の籠へ盛ります」


「なぜ別なんです?」


「最初はサクサクのまま。途中からつゆへ入れて、柔らかくする。両方を自分で選べるからです」


 トーマは拳を卓へ置いた。


「それだ。俺は今日、それをやりに来た」


「釘と縄を買いに来たんです」


「それは、もう終わった!」


     ◇


 厨房で魚のだしが温まると、しょうゆの香りが湯気に混じった。


 隣の大鍋では、灰色がかった細いそばが、沸いた湯の中でほどけていく。ユウトは煮上がった麺を水で手早く洗い、ぬめりを落としてから、きれいな湯で温め直した。


 揚げ鍋の持ち手には、肉に使っていないことを示す緑の布が結ばれている。


 今日の野菜は、薄く切ったかぼちゃ、緑の豆、厚いきのこだ。


 冷たい水で軽く溶いた衣をつけ、まず豆を油へ入れる。


 ぱちぱちぱちっ、と細かな音が立った。


 白い衣が膨らみ、小さな角を作る。続いてかぼちゃ。最後にきのこ。きのこを入れた瞬間だけ、じゅわあっと大きな音が上がった。


「おお……!」


 トーマは思わず身を乗り出した。


「まだ食べていませんよ」


「分かっている。だが、もううまそうだ。音と匂いだけで腹を殴ってくる」


「その言い方は、あまりおいしそうに聞こえません」


「空腹の人間には伝わる」


 ユウトが揚がった天ぷらを網へ上げる。余分な油が落ちるたび、衣がかすかに鳴った。


 深い器には、そばと熱い魚だしのつゆ。小さな籠には、橙、緑、茶色の天ぷらが並ぶ。


「野菜の天ぷらそばです。揚げたてなので、最初の一口は本当に熱いです」


「任せろ」


「何を任せるんですか」


 リネアが止めるより早く、トーマは緑の豆を一本取ってかじった。


 さくっ。


「あっつ!」


 トーマは豆を持ったまま口を開け、慌てて息を吹いた。


「だから言われたでしょう!」


「言われた! 俺も分かっていた! だが、分かっていても熱いものは熱い!」


「森番六年目が、揚げたて一口目で負けましたね」


「負けていない。まだ一口目だ」


 涙目になりながら、残りへふうふうと息を吹く。そして、今度は少しずつかじった。


 さく、さくっ。


 薄い衣が軽く砕け、中の豆はみずみずしい。塩をほんの少しつけると、青い香りのあとから甘さが強くなった。


 トーマは豆とリネアを交互に見る。


「鳴った……」


「鳴ると言ったでしょう」


「悔しいが、君は正しかった。いや、悔しがるところじゃないな。うまい! 衣が軽くて、噛んだ瞬間に割れる。中の豆は熱くて甘い。持ち帰りもうまかったが、これは別物だ!」


 トーマは、堪えきれないように笑った。


「ああ、来てよかった。二時間歩いた甲斐があった!」


「釘と縄を買うために歩いたんです」


「今だけは天ぷらのためでいいだろう!」


 リネアも豆をかじる。さくっと小さく鳴らしてから、満足そうにうなずいた。


「私の説明は、大げさではなかったでしょう?」


「むしろ足りない。君はもっと、熱さで慌てるところまで説明するべきだった」


「それはトーマの食べ方の問題です」


 次に、トーマはそばへ挑んだ。


 箸で細い麺をつかもうとするが、するりと逃げる。二度目は持ち上がったものの、半分が器へ落ちた。


「食事の方が逃げるぞ」


「箸を寝かせて、欲張らず少しだけ取ってください」


「森では一度に縄をまとめて持てる」


「そばは縄ではありません」


 三度目も失敗し、トーマは悔しそうに箸をにらんだ。


「くそっ。案内板なら、もっと簡単に捕まるのに」


「案内板は逃げませんからね」


 ユウトが木のフォークを差し出した。


「こちらなら巻いて食べられます」


「最初から出してくれればよかったのでは?」


「使ってみたそうな顔をしていたので」


「……した。確かにした。だが、店主にまで見抜かれると悔しいな」


 木のフォークでそばを巻き、つゆと一緒に口へ運ぶ。


 麺は柔らかいが、噛むとわずかに弾力がある。そばの素朴な香りを、魚だしのうま味としょうゆの塩気が包んでいた。


「うん、これもおいしい。肉のつゆより軽いのに、薄くない。魚の味がちゃんと奥にいる」


「森で魚を焼く匂いとは違いますね。乾かした魚の味が、つゆ全体へ広がっています」


 リネアはそばを短くすすり、ねぎを一緒に食べた。


 トーマも二口、三口と続けた。温かいつゆが胸から腹へ落ち、朝から歩き続けた身体を内側からゆるめていく。


 今度は、かぼちゃの天ぷらだ。


 半分は塩で食べる。端の衣はぱりぱりで、中はほくりと崩れた。熱で甘さが増し、塩がその甘みをさらに引き出す。


「甘い! 菓子じゃないのに、下手な菓子よりうれしくなる甘さだ。腹が減っているときに、この大きさもいい」


 残り半分は、つゆへ端だけ浸す。


 触れた側はしっとり。外へ出ていた端は、まだサクサク。一口の中で、二つの歯触りが続いた。


「なんだ、これは。面白いぞ! さっきまで軽かった衣が、つゆを吸うと急にごちそうらしくなる。それなのに、かぼちゃの甘さは消えない」


「私は端だけ浸したあと、残りを麺の上へ置きます」


 リネアも同じようにかぼちゃを持ち上げる。


「少しずつ柔らかくなるので、好きなところで食べるんです」


「なるほど。君が持ち帰りを悪く言わなかった理由が、やっと分かった」


「最初から悪いとは言っていません」


「俺が勝手に悔しがっていただけか」


「ようやく気づきましたね」


 二人は笑いながら、それぞれの食べ方で進めた。


 リネアは半分だけつゆへつけ、衣が軽いうちに食べる。トーマは塩で一口、つゆで一口と、違いを確かめずにはいられない。


 食事の中ほどで、トーマはきのこの天ぷらを丸ごとつゆへ入れた。


 衣が汁を吸い、少し沈む。そばと一緒にすくって噛むと、柔らかくなった衣から魚だしがあふれ、きのこの熱い汁と混ざった。


「ああ、これもいい……。もうサクサクはしない。でも、つゆを抱えた衣がそばへ絡む。最初と同じ料理なのに、食べている途中で別のうまさになるんだな」


「ずいぶん長い感想ですね」


「君に散々聞かされた分を返している」


「私はそこまで長くありませんでした」


「詰め所へ戻ってからも話していたぞ」


「……料理が冷めるので、食べてください」


 言い返せなくなったリネアは、そばへ顔を寄せた。


 少し冷めた麺はすすりやすくなり、魚だしの香りも落ち着いた。その分、しょうゆの塩気と、そばそのものの味がよく分かる。


 トーマはいつしか口数を減らしていた。


 そばを一口。つゆを吸ったきのこ。さじでつゆ。残しておいたかぼちゃ。


 籠には、緑の豆が一本だけ残っている。


「それは食べないんですか?」


「最後に取ってある。最初の音を、もう一度確かめたい」


 食事の終わり、トーマはその豆を持ち上げた。最初ほど熱くはないが、衣の端はまだ乾いている。


 塩をつけず、そのままかじる。


 さくっ。


 小さく、それでも確かな音がした。


 熱が落ち着いた分、豆の甘さと青い香りは、最初よりはっきり分かる。


「最後までうまい。揚げたては、熱々の一瞬だけじゃないんだな」


 トーマは衣の欠片まで指で集めて食べ、器に残った短いそばとねぎをすくった。つゆを二口飲むと、底が見えた。


 腹は満ちているが、身体は重くない。朝から張っていたふくらはぎが椅子の下でゆるみ、足先まで温かさが戻っていた。


 隣でリネアも、空の籠に残った衣をつゆへ落とし、さじですくう。


「それも食べるのか?」


「おいしいところです」


「弟が衣の端を選ぶ理由が、よく分かった」


「セフには言わないでください。調子に乗って、もっと大きな音を立てます」


「次は連れてこよう。俺とどちらが大きく鳴らせるか――」


「張り合わないでください!」


 リネアの声が店内へ響き、ユウトまで笑った。


     ◇


「ごちそうさま。本当にうまかった」


 トーマは空の器と籠を並べ、満足そうに息を吐いた。


「揚げたての衣は軽くて、サクサクしておいしい。つゆを吸わせると、今度はそばへ絡んでおいしい。持ち帰りと店で食べるのは、どっちが上じゃない。楽しめる順番が違うんだな」


「ありがとうございます。次も天ぷらは別盛りにしますか?」


「絶対に別で頼む。俺は自分で沈めたい」


「私も別がいいです。ただし、急ぐ日は最初から入れてもらうかもしれません」


「その日は、また注文するときに聞きます」


 トーマは銅貨四枚を卓へ置いた。


 すぐにリネアが二枚を押し返す。


「私の分は、自分で払います」


「前に俺の昼を買ってきてくれただろう。今日は俺が払う」


「あれはトーマが昼食を忘れて、夕方まで空腹で地図を直そうとしていたからです」


「そして今日は、君が昼を忘れなかった。その祝いだ」


「昼食を覚えていただけで、どうして祝いになるんですか。普通のことです!」


「普通ができた日は、祝ってもいいだろう」


「それならトーマは、今日の昼食を覚えていたので、自分の分だけ祝いなさい」


「待て待て。祝いを二つに割るな」


 二人は銅貨を押したり戻したりした。


 困ったユウトが手を伸ばしかけると、リネアがぴしゃりと言う。


「店主に決めさせないでください」


「俺は何も言っていません」


「顔が『どちらから受け取ればいいんだ』と言っています」


「顔に出やすいんですね、俺……」


 トーマはリネアの二枚を財布の前へ押し戻し、自分の銅貨四枚をユウトへ渡した。代わりに、次に二人で来た日はリネアが払う。


「ただし、次も朝食と昼食を忘れなかった日だけです」


「条件が厳しすぎないか?」


「どこがですか!」


 トーマは大笑いしながら、釘の袋と縄を肩へ掛けた。


 外へ出ると、昼の風が頬へ当たる。揚げ油の熱が残る店内から出たため、風は少し冷たい。それでも腹には温かいつゆが残り、二時間の帰り道を思っても、足取りは軽かった。


「次は何を食べる?」


「もう次の話ですか」


「君が払う日を決めておこうと思って」


「先に、明日の昼食を決めてください」


「固いパンと干した魚がある」


「私は豆と木の実を持っていきます」


「よし。机の上に並べよう。見えるところへ置けば、さすがに忘れない」


「地図を広げる場所が狭くなりますよ」


「昼を忘れて倒れるよりは、地図を小さく広げる方がましだ」


 森の入口へ着いたころ、二人の歩幅は同じになっていた。


 東の案内板は、朝に結んだ仮の縄で、まだ木に留まっている。


 トーマは買ってきた釘を一本取り出し、古い釘と太さを比べた。


「同じだ。明日の朝、打ち直せる」


「予備も二本あります」


「だから、余りじゃなく予備と呼んでくれ」


「分かっています。予備です」


「ずいぶん素直だな。さては、また天ぷらのことを考えているな?」


「考えていません」


「嘘だ。耳が上を向いた」


「トーマこそ、帰り道で何回『さくっ』と言いました?」


「覚えていない」


「十一回です」


「数えていたのか!?」


 詰め所へ戻ると、トーマは釘と縄を修理棚へしまった。それから食料棚の固いパンと干した魚を取り出し、机の端へ置く。


 リネアも豆と木の実の袋を隣へ並べた。


 地図を広げる場所は、いつもより少し狭くなった。


「これなら忘れませんね」


「ああ。忘れたら、パンが地図の上へ転がってくる」


 トーマは椅子へ座り、明日の修理箇所へ印をつけた。


 その横でリネアは地図を押さえながら、次にセフを連れてきたら、トーマと食べる音を張り合わないよう先に言い聞かせなければ、と考えていた。


 だが、二人が同じ卓で天ぷらを食べるところを想像すると、叱る前から少し楽しくなった。


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