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第5話 角持ちの荷運び人と、豆ハンバーグ


 バルドは、十二袋目の小麦を荷車から下ろした。


 袋の下へ肩を入れ、腰を伸ばす。小麦の重みが背中へ乗り、革の肩当てがきしむ。倉庫の奥まで運び、積み上げた袋の一番上へ置いた。


 大きな二本の角が、天井の梁に当たりそうになる。バルドは首を少し傾けて避けた。


「親方、残りはあと八袋です」


 荷車のそばから、若い荷運び人が声を上げた。


「昼の後にする」


「あと八袋ですよ」


「あと八袋もある」


 若い荷運び人は、バルドの言い方を聞いてうなずいた。


 荷車一台分の仕事は、数える側によって急に軽くなったり、重くなったりする。腹が空いているときは、必ず重い方に数えるのがバルドの決まりだった。


 倉庫の壁に立てかけた水筒を取り、一口飲む。


 朝から運んだのは、小麦二十袋だけではない。反対側の倉庫へ樽を六つ、パン屋へ薪を三束、役所へ記録用の紙を二箱。


 どれも無事に届けたが、バルドの腹は朝の麦粥一杯では納得していなかった。


「何を食べます」


 若い荷運び人が尋ねた。


「豆かパンがあれば、それでいい」


「また肉を食べない日ですか」


「またとは何だ」


「親方、三日に一度くらいしか肉を食べないでしょう」


 バルドは水筒の蓋を閉めた。


「あたしの家では、家畜の肉は祝いの日や、大勢で食卓を囲む日に食べる。仕事の合間に一人で食べるものじゃない」


「食べられないわけではないんですね」


「食べられる。ただ、今日は食べない」


 それで十分な説明だった。


 バルドの一族は、町の西に広がる草原の出身だった。大きな角と丈夫な体を持つ者が多い。草原では豆、穀物、根菜を日常に食べ、家畜の肉は家族や客の揃う日に分け合う。


 町に移って十年経っても、バルドはその食べ方を変えていなかった。


「あの新しい食堂はどうです」


 若い荷運び人が、倉庫の向こうを指した。


「カレーという肉料理の店だと聞いた」


「エルフには肉なしで作ったそうです。それに、紙工房の親方が、さじだけで食べられる卵料理を食べたと言っていました」

 紙工房のヨラなら、たった今、二箱の紙を届けたばかりだ。バルドが荷車を下ろす間、ヨラは「この後は食堂へ行く」と言っていた。


「豆料理があるか、聞くだけ聞いてくる」


「ありませんと言われたら」


「パンを買う」


「あったら」


「食べる」


 それ以外の予定は必要なかった。


 バルドは倉庫を出て、細い通りへ向かった。


 ひだまり食堂の看板は、大きな体のバルドから見ると小さかった。黒板には『カレーライス』と『チーズ入りじゃがいもコロッケ』の文字がある。その横に、子どもが描いたようなぎざぎざの丸い絵が貼られていた。


 戸を開ける前に、バルドは上の角を手で確かめた。戸口よりは低くない。


 中へ入るときには大丈夫だったが、軒下の鐘を角の先で鳴らした。


 からん、からん、と二度鳴る。


「いらっしゃいませ。あの、鐘は無事ですか」


 白い前掛けをした店主が、厨房から鐘を見上げた。


「あたしの角より、鐘の心配かい」


「角は、大丈夫に見えたので」


「それは正しい」


 バルドは、天井の高い席を選んだ。椅子へ座ると、座面が小さくきしんだ。


 店主のユウトは、水と注文票を持ってきた。


「食べられないものはありますか」


「身体に合わないものはない。ただ、今日は家畜の肉を食べない」


「今日は、ということは、日によっては食べますか」


「祝いや、家族で食卓を囲む日には食べる。今日はそういう日じゃない」


 ユウトは『身体上の禁食なし』と『今日は家畜肉なし』を別々の行へ書いた。


「魚や卵、乳はどうですか」


「食べられる。でも、肉の代わりを魚で埋めなくてもいい。豆料理があると聞いてきた」


「あります。ゆでた豆をつぶして丸め、焼いたものを作れます」


「豆の団子かい」


「形は似ていますが、もっと平たくします。肉のハンバーグという料理に似せた、豆ハンバーグです」

 バルドは、「肉に似せた」という部分で少し考えた。


「肉のふりをしないと食べられない料理かい」


「いえ。平たく丸めて焼く作り方が似ているだけです。豆は豆の味のままにします」


「それならいい。大きめに作ってくれ」


「ご飯の量も多めですか」


「小麦十二袋を運んだ」


「はい」


 ユウトは迷わず『大盛り』と書いた。


「角の大きさで量を決めないんだね」


「角は食べませんから」


 バルドは一度黙り、それから大きく笑った。


「あんた、真面目におかしなことを言うね」


「量は仕事量で決めます」


「それも正しい」


 ユウトは厨房へ戻った。


 朝から水に浸してやわらかく煮ておいた白い豆を、木の器へ入れる。半分は木の道具でしっかりつぶし、残りは粒を少し残した。


 すべてつぶすと柔らかくはなるが、食べたときに一様な感触になる。一部を残すことで、かんだときに豆らしいほくっとした歯触りが出る。


 玉ねぎときのこを細かく刻み、少量の油で炒める。

 玉ねぎの白さが透明になり、きのこの水分が抜けると、鍋から土と木に似た濃い香りが上がった。


「きのこは食べられますか」


 ユウトが厨房から尋ねた。


「好きだ」


 バルドが答えると、ユウトは注文票へ丸を足した。


 炒めた玉ねぎときのこを豆へ加え、塩、少しのしょうゆ、つなぎの卵と粉を混ぜる。まとまりが出たところで、両手で大きな平たい丸に整えた。


 普段の一枚よりひと回り大きい。


 鍋へ油を薄く引き、豆のたねを置く。


 じゅうっ、という低い音がした。

 すぐに動かさず、焼き目がつくまで待つ。表面が崩れにくくなったところで平たい木べらを入れ、一度で返した。


 焼けた面はきつね色になっていた。炒めた玉ねぎとしょうゆの香りが店内へ流れる。


 バルドの腹が、ぐうっと大きく鳴った。


「聞こえました」


「腹を空かせて食堂へ来たんだ。正しい音だよ」


「では、急ぎます」


「焼けていない物を出すのは、正しくないよ」


「いつも通り焼きます」


 ユウトは本当にいつもの速さで焼いた。


 別の小鍋では、玉ねぎとオレンジ色の根菜を煮ていた。野菜が柔らかくなると、しょうゆ、少しの砂糖、酸味のある果実の汁を加える。水で溶いた粉で軽くとろみをつけると、野菜の入った茶色いソースになった。


 大きな皿へ、白いご飯を山のように盛る。隣へ豆ハンバーグを置き、野菜ソースをかけた。付け合わせは、塩でゆでた青い豆と、焼いた根菜だった。


「豆ハンバーグと大盛りご飯です。ソースにも肉の汁は使っていません」


「いい匂いだ」


 バルドはフォークを持ち、豆ハンバーグの中央へ入れた。


 表面には少し抵抗があった。フォークの横で押さえて切ると、焼き目の内側から、白い豆と茶色いきのこの断面が現れた。


 肉のような色ではない。本当に、豆を丸めて焼いた料理だった。


 バルドはソースのかかった一切れを口へ入れた。


 表面はこんがり焼け、歯が当たると小さく割れた。中は柔らかい。すべてがなめらかなわけではなく、形の残った豆がほくりと崩れる。細かく刻んだきのこは弾力があり、かむたびに香りを出した。


 ソースは、最初に甘さが来て、後から果実の酸味が少し残る。豆のやさしい味を消さず、ご飯も食べたくなる濃さだった。


「おいしい」


 バルドは、二口目をすぐに切った。


「豆は豆のままだ。それでいて、表は焼けているし、中に粒が残っているから、しっかりかめる」


「軽すぎませんか」


「これを食べる前に、軽すぎるか聞くのはやめた方がいい」


「すみません」


 ユウトは、大盛りの皿を見て納得した。


 バルドは次に、ご飯とソースを一緒に食べた。

 白い米は草原の細い穀物より粘りがあり、口の中でばらばらにならない。ソースを受け止め、かむと少し甘くなる。


 三口目は、豆ハンバーグとご飯を同じフォークへ乗せた。

 豆のほくほくした感触と、米のもっちりした感触が重なる。どちらも穀物や豆の甘さがあるが、しょうゆと野菜ソースが間に入るから、同じ味にはならなかった。


 バルドのフォークは、休まず動いた。


 けれど、荷物を運ぶときのように急いでいるわけではない。一口ごとに、次はどの組み合わせにするかを見ていた。

 焼いた根菜は端がこんがりし、中は柔らかい。青い豆は塩気があり、甘いソースの後に食べると口の中が変わった。


 半分ほど食べたところで、バルドは水を一口飲んだ。


 来たときは背もたれに触れず、今すぐ食べて倉庫へ戻るつもりで座っていた。今は背中を預け、肩を一度後ろへ回せる。


 肩当ての跡はまだ残っていたが、空腹で力を入れ続けたときの、背中の奥のだるさは薄くなっていた。


「肉を食べないと、足りないと思っていただろう」


 バルドが言うと、ユウトはすぐにごまかさなかった。


「少し思いました」


「豆は腹にたまる。草原で荷車を引く者も、豆と穀物で働く」


「覚えておきます」


「肉を抜いた小さい皿じゃなく、豆を食べる大きな皿にしてくれたのはよかった」


 ユウトは注文票の『大盛り』の横へ『豆主菜で量を出す』と書いた。


 冷めてくると、豆ハンバーグの表面は最初ほど硬くなかった。その代わり、中の豆ときのこの味がよく分かる。


 バルドはソースの多い中央を先に食べ、焼き目の強い端を最後に残した。

 皿の反対側には、白いご飯が一口分だけ残っている。


 ソースをフォークで寄せ、ご飯にしみ込ませた。その上へ、表面のこんがり焼けた豆ハンバーグを乗せる。


 最後の一口は、ほくりとした豆、ぷちっと残る粒、もっちりしたご飯、甘酸っぱいソースがまとまっていた。

 しっかりかんで飲み込む。


 皿には、ソースの茶色い筋が少し残った。バルドは付け合わせの根菜をそこへ滑らせ、ソースをつけて食べた。


「満腹だ。豆の味がして、焼いた香りもあって、最後までおいしかった」


「ありがとうございます」


「次は、草原から弟が来た日には肉料理を食べるかもしれない。その日は、その日で聞いてくれ」


「注文票にも、毎回確認すると書いておきます」

 バルドは水を飲み干した。


 腹が満ちた後の水は、空腹をごまかすために飲んだ先ほどの一口とは違った。口に残ったソースの甘さを薄め、胸の奥までゆっくり降りていく。


 バルドは椅子から立ち上がった。

 座ったときに鳴った椅子は、今度もきしんだが、無事だった。ユウトは鐘のときより心配そうに見た。


「椅子も無事だよ」


「それはよかったです」


「今日はずいぶん、道具の心配をするね」


「開店したばかりなので」


 バルドは銅貨を三枚置いた。普通盛りより豆もご飯も多いため、一枚分が追加だった。


 革の肩当てを付け直す。肩の跡は消えていない。あと八袋の小麦も、誰かが代わりに運んでくれるわけではない。


 それでも、来たときにあった背中の重さはなかった。

 外へ出るとき、バルドは今度こそ角を下げた。鐘は一度だけ鳴った。


「ごちそうさん。次は鐘も椅子も心配させないように来るよ」


「こっちは料理の心配だけさせてください」

 店の外には、昼の光が道の中央まで届いていた。


 バルドは、来たときよりも背を伸ばして倉庫へ戻った。腹の中には、豆とご飯がしっかり入っている。歩くたびに重く揺れるのではなく、腰の内側を支えてくれるような満腹感だった。


 倉庫に着くと、若い荷運び人が荷車の上で待っていた。


「豆料理はありましたか」


「あった。豆ハンバーグという」


「肉に似ていましたか」


「形だけだ。豆は豆のままで、それがうまい」


 バルドは荷車へ上がり、十三袋目の小麦へ肩を入れた。


 昼前に運んだ袋と同じ重さのはずだった。それでも、立ち上がるときに足がふらつかない。倉庫までの歩幅も、朝より少し広かった。


 積んだ袋の上へ置き、荷車へ戻る。


「残り七袋だ」


「あと七袋ですね」


「そう数えてもいい」


 バルドは次の袋に手をかけた。


 ひだまり食堂にはその日、『今日は肉を食べない』と『豆主菜で大盛り』の二つが書かれた注文票が残った。


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