第3話 エルフの姉弟と、チーズ入りじゃがいもコロッケ
姉のリネアは、この一週間、食べ物の話ばかりしていた。
焼いたきのこはぷりっとしていた。
白い米は、森で採れる細い米とは違っていた。
天ぷらの衣は、噛むとさくさく鳴った。
同じ話を三度聞かされたセフは、四度目にこう答えた。
「そこまで言うなら、僕も連れていってよ」
そして今日、リネアは本当に弟を町まで連れてきた。
「姉ちゃんは地図の説明より、天ぷらの説明の方が長かった」
「地図は必要なことだけ話せば伝わります」
「天ぷらは?」
「必要なことが多かったんです」
セフには、どう考えても逆に思えた。
二人は森から町まで二時間歩いてきた。リネアは森番の休みを取り、セフは祖母から頼まれた糸と塩を買う役目を引き受けた。
セフは、まだ森番の訓練を始める前の年頃だった。姉の胸より少し低い背に、小さな荷袋を背負っている。リネアと同じ淡い金色の髪だが、肩へ届く前に自分で切っていた。右側だけ少し短い。
本人は、うまく切れたと思っている。
祖母とリネアは、何も言わなかった。言えば、左側も切り始めるからだ。
細い道へ入ると、ひだまり食堂の看板が見えた。
『食べられないものを、先に教えてください』
その下に、新しい黒板が掛けてある。
『肉と野菜のカレーライス 銅貨二枚』
『少し辛い。水は無料』
「水が無料なのは、わざわざ書くことなの?」
「店主にも事情があるのでしょう」
リネアは事情を知らないはずなのに、分かったような顔で扉を開けた。
軒下の鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ」
ユウトはリネアを見つけ、それから隣のセフへ目を移した。
「弟さんですか」
「はい。セフです」
「自分で言えるよ」
セフは姉の前へ半歩出た。
「セフです。サクサクした物を食べに来ました」
「目的がはっきりしていますね」
ユウトは笑って、二人を卓へ案内した。
リネアは、前と同じ入口に近い席へ座ろうとした。しかしセフが先に店の奥へ行き、厨房がよく見える席へ腰を下ろした。
「こっちの方が、作っているところを見られるよ」
リネアは一度だけ入口を見たあと、弟の向かいへ座った。
「この前の持ち帰りは、どうでしたか」
ユウトが水を置きながら尋ねる。
「同僚は喜んでいました。冷めてもおいしかったそうです。ただ、次は揚げたての天ぷらを店で食べたいと言っています」
「昼食を忘れなければ、連れてきてください」
「そのまま伝えます」
リネアは水を一口飲んだ。
「姉ちゃんも忘れたんでしょう」
「今日は朝食を食べました」
「今日は、だね」
リネアが黙ったので、セフは自分の勝ちだと思った。
ユウトは笑いをこらえながら、二枚の注文票を卓へ置いた。
「セフ君の分は、別に聞かせてください。姉弟でも、苦手な物まで同じとは限りませんから」
リネアの票には、肉へ斜めの線、魚、卵、乳へ丸がついている。その下には『生の苦い葉は苦手』と書かれていた。
「姉ちゃん、苦い葉が嫌いなの?」
「食べられます。好きではないだけです」
「祖母ちゃんには、何でも食べなさいって言われてるのに」
「セフ。あなたの苦手な物も、これから書いてもらうんですよ」
セフは急に注文票から目をそらした。
ユウトが尋ねる。
「獣の肉と、肉を煮た汁は食べられない。それはリネアさんと同じですか」
「同じです。魚と卵と乳は食べられます」
「文化や家の決まりで避ける物はありますか」
「僕はないです。でも祖母ちゃんは、乳を食べません」
リネアが補った。
「身体に合わないわけではありません。祖母の生まれた家に昔からある決まりです。私たちが食べることは止めません」
「同じ家族でも違うんですね」
「はい」
「では、セフ君の好き嫌いは?」
セフはしばらく黙った。
リネアが待っている。
「きのこ」
「食べられないんですか」
「食べられるけど、嫌いです。姉ちゃんは好きだけど、僕はあの、ぐにっとしたところが嫌です」
ユウトは注文票へ『きのこは苦手』と書いた。
「よく言えました」
リネアが言う。
「姉ちゃんも苦い葉が嫌いって書かれてるよ」
「お互いに、祖母には黙っておきましょう」
「分かった」
二人の話はすぐにまとまった。
ユウトはセフの注文票で肉と魚へ斜めの線を引き、卵と乳へ丸をつけた。さらに『きのこは苦手』と大きめに書く。
「肉ときのこを使わず、サクサクした料理を作ります」
ユウトが厨房から持ってきたのは、土のついた丸いじゃがいもだった。
町の畑でよく作られている物で、焼いたり、煮込みへ入れたりして食べる。リネアの家でも冬の間はよく食卓へ上がった。
「これを揚げるんですか」
「ゆでてつぶし、中へチーズを入れてから、パンの衣をつけて揚げます。コロッケという料理です」
セフがじゃがいもとユウトを見比べた。
「芋なのに、サクサクするの?」
「外側だけです。中はやわらかくなります」
「外と中で相談しなかったの?」
「相談した結果、この形になったのかもしれません」
ユウトが真面目に答えると、セフはコロッケという料理が少し気に入った。
厨房では、肉を扱う台から離れた場所に、緑の葉の札が置かれた。
使うのは、肉料理へ使っていない鍋、まな板、包丁だ。揚げ油も、朝に入れた新しい物だった。
ユウトはじゃがいもの泥を水でよく落とし、皮をむいた。大きさをそろえて切り、水を入れた鍋へ入れる。
火にかけてしばらくすると、固かったじゃがいもへ細い串がすっと通った。
湯を捨て、鍋をもう一度弱い火へ戻す。残っていた水分が飛び、じゃがいもの表面が白く乾いた。
「水を飛ばすんですか」
リネアが尋ねる。
「水っぽいと形が崩れやすいんです」
ユウトは熱いうちに、じゃがいもを木の道具で押しつぶした。ごろごろした塊が崩れ、白くやわらかなまとまりになる。そこへバターと塩を少し混ぜた。
セフの鼻が動く。
「もう、おいしそうな匂いがする」
「まだ揚げていませんよ」
セフは厨房をのぞき込んだまま、椅子の上で待っている。
「味見は?」
「熱いので、もう少し待ってください」
「この店は待つことが多いね」
「料理はだいたい、待つ時間があります」
ユウトはつぶしたじゃがいもを手のひらへ広げ、小さく切ったチーズを中央へ置いた。外へ出ないように包み、平たい楕円形へ整える。
小麦粉を薄くまぶす。次に溶いた卵へくぐらせ、最後に細かく砕いた乾いたパンをつけた。
「パンを、パンじゃない物の外につけるの?」
「揚げると、このパンがサクサクの衣になります」
「パンは働き者だね」
セフは感心したように、乾いたパンの粒を見つめた。
「セフ。料理の邪魔をしない」
「話してるだけだよ」
「いえ。質問してもらえると、俺も説明の練習になります」
リネアは、店主が甘やかすから弟がしゃべり続けるのだと思った。しかしユウトが楽しそうなので、注意するのはやめた。
コロッケが油へ入る。
細かな泡が一斉に立ち、パンの衣が薄いきつね色へ変わっていった。ユウトは表面が固まってから、崩さないようにそっと返す。
揚がったコロッケを網へ置くと、衣の間から小さな音が続いた。
ぱち、ぱち、と油が切れていく。
セフは椅子へ座り直した。
「今の音、もうサクサクしてる」
「聞いただけでは、まだ分かりません」
リネアはそう言ったが、視線はコロッケから離れていなかった。
ユウトは白い戸棚から、小さな瓶を取り出した。中には赤いソースが入っている。
「それは辛い物ですか」
セフが警戒して尋ねる。
「ケチャップといいます。熟したトマトを煮詰めて、酢、砂糖、塩、香辛料を加えた物です。甘酸っぱくて、辛くありません」
「肉は入っていませんか」
「入っていません。材料も確認しました」
ユウトは小皿へケチャップを少し入れた。最初からコロッケへかけず、好みでつけられるようにする。
一人二個ずつのコロッケと、さっとゆでた緑の豆とにんじんが皿へ盛られた。
「チーズ入りじゃがいもコロッケです。最初は何もつけず、次に赤いソースを試してみてください」
セフはすぐに手を伸ばしかけ、リネアに見られて木のフォークを取った。
コロッケの端を刺し、口へ運ぶ。
ざくっ。
店の奥まで聞こえる音がした。
細かなパンの衣が歯の間で砕ける。中のじゃがいもは熱く、ふわりとやわらかい。塩とバターの味が広がったあと、中心のチーズがとろりと伸びた。
セフは慌ててコロッケを皿へ戻した。口と皿の間に、細いチーズが一本つながっている。
「姉ちゃん、見て。中身が逃げない」
「逃げているのではなく、伸びているんです」
「どっちでもいい。サクサクして、すごくおいしい!」
セフは伸びたチーズをフォークで巻き取り、今度は少し小さくかじった。
それでも、ざくざくと音がする。
ユウトが笑う。
「本当に、いい音で食べますね」
「家では、姉ちゃんに叱られる」
「店でも必要なら叱ります」
リネアもコロッケを一口食べた。
ざくっ。
セフが姉を見る。
「今のは?」
「衣が勝手に鳴りました」
「僕のも勝手に鳴ってるよ」
「あなたは、わざと大きくかじっています」
リネアは平静な顔で答えたが、二口目は一口目より大きかった。
「おいしいです。天ぷらより衣が厚くて、しっかりサクサクしています。中のじゃがいもはやわらかくて、チーズの塩気も合います」
「姉ちゃん、僕より説明が長い」
「必要なことが多いんです」
朝の会話をそのまま返され、リネアは黙ってケチャップをつけた。
赤いソースには、トマトの甘さと酢の酸味があった。じゃがいもとチーズのまろやかさが引き締まり、何もつけないときより後味が軽い。
「赤い方もおいしい」
セフは一個目の残りを、半分はそのまま、半分はケチャップにつけて食べた。
二個目へ手を伸ばす前に、水を飲む。熱いから急がないようにと、姉に言われる前に考えたのだ。
二個目のコロッケは、一個目より少し冷めていた。衣のざくざくした音は残っているが、中のじゃがいもの熱が落ち着き、バターとチーズの味がよく分かる。
セフは端へ少しだけケチャップをつけ、最初は赤い部分、次は何もついていない部分を食べた。甘酸っぱさのあとにじゃがいものまろやかさが来る。交互に食べると、同じ二個目でも飽きなかった。
リネアは温野菜を間に挟みながら、コロッケを小さく切って食べている。セフは大きくかじる。食べ方は違っても、二人の皿からコロッケが減る速さはほとんど同じだった。
「僕も森番になったら、町へ報告に来られる?」
セフが尋ねた。
「森番は、おいしい物を食べるために町へ来る仕事ではありません」
「でも姉ちゃんは来た」
「橋が流されたから、地図を届けに来たんです」
「僕も地図を描けるようになればいいんだね」
リネアはすぐには答えなかった。
セフが森番に憧れていることは知っている。危険な獣や、大雨のあとの崖も知っている自分には、簡単に勧めることができなかった。
「まず、森の道を全部覚えること。それから、昼食を忘れないことです」
「最後のは姉ちゃんもできてないよ」
「だから大事だと分かったんです」
今度はリネアが負けを認めなかった。
ユウトは口を挟まず、空いた皿を下げた。料理で姉弟の話が決まるわけではない。ただ、二人が同じ卓で話す時間は作れた。
セフは二個目の最後の一口を、ケチャップへたっぷりつけた。姉に急ぐなと言われなくても、今度はゆっくり噛んだ。
衣は最後までさくさくしていた。中のチーズは最初ほど長く伸びないが、じゃがいもへ溶け込み、噛むたびに塩気が広がった。
飲み込むと、セフは背もたれへ体を預けた。朝から二時間歩いた疲れと、満たされた腹の重さが一緒にやってくる。嫌な重さではない。もう一個食べたい気持ちはあるが、立って歩くなら二個でちょうどよかった。
リネアも水を飲み、空の皿へ目を落とした。口にはまだケチャップの酸味が残り、腹の中はじゃがいもとチーズで温かい。
「ごちそうさまでした。前の料理とは違いますが、これも最後までおいしかったです」
「僕も満腹。あと一個は食べられるけど、帰り道で動けなくなるかもしれない」
「それは満腹と言います」
「祖母ちゃんにも食べさせたいな」
「祖母は乳を食べませんよ」
「チーズを入れなければ作れます」
ユウトが答えた。
「じゃがいもへ炒めた玉ねぎや豆を混ぜてもいいですし、祖母さんの好きな物を聞いてから考えます」
「身体に悪い物じゃなくて、家の決まりでも?」
「食べないと決めているなら、入れません。理由は注文するときに教えてください」
セフはリネアを見た。
「次は祖母ちゃんも連れてこよう」
セフは、もう決まったことのように言った。
「町まで二時間歩いてもらうことになります」
「荷車を借りる」
「まず祖母に聞きなさい」
「帰ったらすぐ聞く」
それなら止めても無駄だと、リネアは知っていた。
会計を済ませたあと、セフは卓の注文票を裏返した。
「何をしているんですか」
「コロッケの絵を描く」
丸いコロッケの周りへ、ぎざぎざの線を何本も描く。その下へ、覚えたばかりの町の文字で、ゆっくり書いた。
『サクサク。中はあつい』
リネアがのぞき込む。
「注意書きですか」
「おすすめの言葉だよ」
「熱いは注意書きでしょう」
「両方でいい」
ユウトはその紙を受け取り、黒板の横へ貼った。
「次に出すとき、この絵も使わせてもらいます」
セフは満足そうにうなずいた。
二人が店を出ると、鐘が軽く鳴った。
店の外へ出ると、午後の風が頬へ当たった。揚げ物とチーズの香りが服に少し残っている。
リネアは帰り道のために、水筒と荷物を確かめる。セフは姉より先に歩き出したが、満腹のせいか、朝ほど走らなかった。
「姉ちゃん」
「何ですか」
「次に町へ来るときも、朝ご飯を忘れないでね」
「あなたもです」
二人は今度こそ、森へ続く道を並んで歩いていった。
ひだまり食堂の黒板の横には、ぎざぎざの丸い絵が残った。次の客へ『サクサク』と『熱い』を一度に伝える、セフの最初のおすすめだった。
町を出る前に、祖母から頼まれていた糸と塩を買った。セフは塩の袋を自分の荷物へ入れ、糸はリネアが持った。
森へ入ると、町の石畳より土がやわらかい。木漏れ日の下を歩くたび、セフの荷袋で塩が小さく鳴った。
「走らないんですか」
リネアが尋ねる。
「走ると、腹の中でコロッケが揺れそうだから」
「食後は、そのくらいでいいんです」
行きには二時間が長く感じられたのに、帰りは話すことが多かった。外と中で相談しなかったコロッケのこと。勝手に鳴る衣のこと。チーズを入れなければ祖母も食べられること。
途中の泉で休んだとき、セフは水を一口飲み、満足そうに腹をさすった。
「まだ、サクサクした音を覚えてる」
「音は腹には残りません」
「頭に残ってるんだよ」
リネアはそれなら分かる気がした。
夕方前、二人は森の家へ着いた。軒下では祖母が豆の筋を取りながら待っていた。
「糸と塩は買えたかい」
「買えた。それから、祖母ちゃんが食べられる料理も見つけたよ」
「頼んでいない物まで見つけてきたね」
セフは荷物を下ろす前から、コロッケの形を両手で作って説明を始めた。外はさくさく、中はやわらかい。自分の物にはチーズが入っていたが、入れなくても作れる。
リネアは水筒を棚へ戻し、糸を祖母へ渡した。二時間歩いた足は疲れていたが、空腹で帰った前回とは違う。腹にはまだ心地よい満足があり、弟の話を急かさず聞いていられた。
「まず手を洗っておいで。それから、ゆっくり話しな」
祖母に言われ、セフはようやく荷物を置いた。
「次は三人で行こうね」
「それは、これから相談だよ」
断られてはいない。それで十分だと思ったセフは、軽い足取りで水場へ向かった。




