表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/9

第3話 エルフの姉弟と、チーズ入りじゃがいもコロッケ

 姉のリネアは、この一週間、食べ物の話ばかりしていた。


 焼いたきのこはぷりっとしていた。


 白い米は、森で採れる細い米とは違っていた。


 天ぷらの衣は、噛むとさくさく鳴った。


 同じ話を三度聞かされたセフは、四度目にこう答えた。


「そこまで言うなら、僕も連れていってよ」


 そして今日、リネアは本当に弟を町まで連れてきた。


「姉ちゃんは地図の説明より、天ぷらの説明の方が長かった」


「地図は必要なことだけ話せば伝わります」


「天ぷらは?」


「必要なことが多かったんです」


 セフには、どう考えても逆に思えた。


 二人は森から町まで二時間歩いてきた。リネアは森番の休みを取り、セフは祖母から頼まれた糸と塩を買う役目を引き受けた。


 セフは、まだ森番の訓練を始める前の年頃だった。姉の胸より少し低い背に、小さな荷袋を背負っている。リネアと同じ淡い金色の髪だが、肩へ届く前に自分で切っていた。右側だけ少し短い。


 本人は、うまく切れたと思っている。


 祖母とリネアは、何も言わなかった。言えば、左側も切り始めるからだ。


 細い道へ入ると、ひだまり食堂の看板が見えた。


『食べられないものを、先に教えてください』


 その下に、新しい黒板が掛けてある。


『肉と野菜のカレーライス 銅貨二枚』


『少し辛い。水は無料』


「水が無料なのは、わざわざ書くことなの?」


「店主にも事情があるのでしょう」


 リネアは事情を知らないはずなのに、分かったような顔で扉を開けた。


 軒下の鐘が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 ユウトはリネアを見つけ、それから隣のセフへ目を移した。


「弟さんですか」


「はい。セフです」


「自分で言えるよ」


 セフは姉の前へ半歩出た。


「セフです。サクサクした物を食べに来ました」


「目的がはっきりしていますね」


 ユウトは笑って、二人を卓へ案内した。


 リネアは、前と同じ入口に近い席へ座ろうとした。しかしセフが先に店の奥へ行き、厨房がよく見える席へ腰を下ろした。


「こっちの方が、作っているところを見られるよ」


 リネアは一度だけ入口を見たあと、弟の向かいへ座った。


「この前の持ち帰りは、どうでしたか」


 ユウトが水を置きながら尋ねる。


「同僚は喜んでいました。冷めてもおいしかったそうです。ただ、次は揚げたての天ぷらを店で食べたいと言っています」


「昼食を忘れなければ、連れてきてください」


「そのまま伝えます」


 リネアは水を一口飲んだ。


「姉ちゃんも忘れたんでしょう」


「今日は朝食を食べました」


「今日は、だね」


 リネアが黙ったので、セフは自分の勝ちだと思った。


 ユウトは笑いをこらえながら、二枚の注文票を卓へ置いた。


「セフ君の分は、別に聞かせてください。姉弟でも、苦手な物まで同じとは限りませんから」


 リネアの票には、肉へ斜めの線、魚、卵、乳へ丸がついている。その下には『生の苦い葉は苦手』と書かれていた。


「姉ちゃん、苦い葉が嫌いなの?」


「食べられます。好きではないだけです」


「祖母ちゃんには、何でも食べなさいって言われてるのに」


「セフ。あなたの苦手な物も、これから書いてもらうんですよ」


 セフは急に注文票から目をそらした。


 ユウトが尋ねる。


「獣の肉と、肉を煮た汁は食べられない。それはリネアさんと同じですか」


「同じです。魚と卵と乳は食べられます」


「文化や家の決まりで避ける物はありますか」


「僕はないです。でも祖母ちゃんは、乳を食べません」


 リネアが補った。


「身体に合わないわけではありません。祖母の生まれた家に昔からある決まりです。私たちが食べることは止めません」


「同じ家族でも違うんですね」


「はい」


「では、セフ君の好き嫌いは?」


 セフはしばらく黙った。


 リネアが待っている。


「きのこ」


「食べられないんですか」


「食べられるけど、嫌いです。姉ちゃんは好きだけど、僕はあの、ぐにっとしたところが嫌です」


 ユウトは注文票へ『きのこは苦手』と書いた。


「よく言えました」


 リネアが言う。


「姉ちゃんも苦い葉が嫌いって書かれてるよ」


「お互いに、祖母には黙っておきましょう」


「分かった」


 二人の話はすぐにまとまった。


 ユウトはセフの注文票で肉と魚へ斜めの線を引き、卵と乳へ丸をつけた。さらに『きのこは苦手』と大きめに書く。


「肉ときのこを使わず、サクサクした料理を作ります」


 ユウトが厨房から持ってきたのは、土のついた丸いじゃがいもだった。


 町の畑でよく作られている物で、焼いたり、煮込みへ入れたりして食べる。リネアの家でも冬の間はよく食卓へ上がった。


「これを揚げるんですか」


「ゆでてつぶし、中へチーズを入れてから、パンの衣をつけて揚げます。コロッケという料理です」


 セフがじゃがいもとユウトを見比べた。


「芋なのに、サクサクするの?」


「外側だけです。中はやわらかくなります」


「外と中で相談しなかったの?」


「相談した結果、この形になったのかもしれません」


 ユウトが真面目に答えると、セフはコロッケという料理が少し気に入った。


 厨房では、肉を扱う台から離れた場所に、緑の葉の札が置かれた。


 使うのは、肉料理へ使っていない鍋、まな板、包丁だ。揚げ油も、朝に入れた新しい物だった。


 ユウトはじゃがいもの泥を水でよく落とし、皮をむいた。大きさをそろえて切り、水を入れた鍋へ入れる。


 火にかけてしばらくすると、固かったじゃがいもへ細い串がすっと通った。


 湯を捨て、鍋をもう一度弱い火へ戻す。残っていた水分が飛び、じゃがいもの表面が白く乾いた。


「水を飛ばすんですか」


 リネアが尋ねる。


「水っぽいと形が崩れやすいんです」


 ユウトは熱いうちに、じゃがいもを木の道具で押しつぶした。ごろごろした塊が崩れ、白くやわらかなまとまりになる。そこへバターと塩を少し混ぜた。


 セフの鼻が動く。


「もう、おいしそうな匂いがする」


「まだ揚げていませんよ」


 セフは厨房をのぞき込んだまま、椅子の上で待っている。


「味見は?」


「熱いので、もう少し待ってください」


「この店は待つことが多いね」


「料理はだいたい、待つ時間があります」


 ユウトはつぶしたじゃがいもを手のひらへ広げ、小さく切ったチーズを中央へ置いた。外へ出ないように包み、平たい楕円形へ整える。


 小麦粉を薄くまぶす。次に溶いた卵へくぐらせ、最後に細かく砕いた乾いたパンをつけた。


「パンを、パンじゃない物の外につけるの?」


「揚げると、このパンがサクサクの衣になります」


「パンは働き者だね」


 セフは感心したように、乾いたパンの粒を見つめた。


「セフ。料理の邪魔をしない」


「話してるだけだよ」


「いえ。質問してもらえると、俺も説明の練習になります」


 リネアは、店主が甘やかすから弟がしゃべり続けるのだと思った。しかしユウトが楽しそうなので、注意するのはやめた。


 コロッケが油へ入る。


 細かな泡が一斉に立ち、パンの衣が薄いきつね色へ変わっていった。ユウトは表面が固まってから、崩さないようにそっと返す。


 揚がったコロッケを網へ置くと、衣の間から小さな音が続いた。


 ぱち、ぱち、と油が切れていく。


 セフは椅子へ座り直した。


「今の音、もうサクサクしてる」


「聞いただけでは、まだ分かりません」


 リネアはそう言ったが、視線はコロッケから離れていなかった。


 ユウトは白い戸棚から、小さな瓶を取り出した。中には赤いソースが入っている。


「それは辛い物ですか」


 セフが警戒して尋ねる。


「ケチャップといいます。熟したトマトを煮詰めて、酢、砂糖、塩、香辛料を加えた物です。甘酸っぱくて、辛くありません」


「肉は入っていませんか」


「入っていません。材料も確認しました」


 ユウトは小皿へケチャップを少し入れた。最初からコロッケへかけず、好みでつけられるようにする。


 一人二個ずつのコロッケと、さっとゆでた緑の豆とにんじんが皿へ盛られた。


「チーズ入りじゃがいもコロッケです。最初は何もつけず、次に赤いソースを試してみてください」


 セフはすぐに手を伸ばしかけ、リネアに見られて木のフォークを取った。


 コロッケの端を刺し、口へ運ぶ。


 ざくっ。


 店の奥まで聞こえる音がした。


 細かなパンの衣が歯の間で砕ける。中のじゃがいもは熱く、ふわりとやわらかい。塩とバターの味が広がったあと、中心のチーズがとろりと伸びた。


 セフは慌ててコロッケを皿へ戻した。口と皿の間に、細いチーズが一本つながっている。


「姉ちゃん、見て。中身が逃げない」


「逃げているのではなく、伸びているんです」


「どっちでもいい。サクサクして、すごくおいしい!」


 セフは伸びたチーズをフォークで巻き取り、今度は少し小さくかじった。


 それでも、ざくざくと音がする。


 ユウトが笑う。


「本当に、いい音で食べますね」


「家では、姉ちゃんに叱られる」


「店でも必要なら叱ります」


 リネアもコロッケを一口食べた。


 ざくっ。


 セフが姉を見る。


「今のは?」


「衣が勝手に鳴りました」


「僕のも勝手に鳴ってるよ」


「あなたは、わざと大きくかじっています」


 リネアは平静な顔で答えたが、二口目は一口目より大きかった。


「おいしいです。天ぷらより衣が厚くて、しっかりサクサクしています。中のじゃがいもはやわらかくて、チーズの塩気も合います」


「姉ちゃん、僕より説明が長い」


「必要なことが多いんです」


 朝の会話をそのまま返され、リネアは黙ってケチャップをつけた。


 赤いソースには、トマトの甘さと酢の酸味があった。じゃがいもとチーズのまろやかさが引き締まり、何もつけないときより後味が軽い。


「赤い方もおいしい」


 セフは一個目の残りを、半分はそのまま、半分はケチャップにつけて食べた。


 二個目へ手を伸ばす前に、水を飲む。熱いから急がないようにと、姉に言われる前に考えたのだ。


 二個目のコロッケは、一個目より少し冷めていた。衣のざくざくした音は残っているが、中のじゃがいもの熱が落ち着き、バターとチーズの味がよく分かる。


 セフは端へ少しだけケチャップをつけ、最初は赤い部分、次は何もついていない部分を食べた。甘酸っぱさのあとにじゃがいものまろやかさが来る。交互に食べると、同じ二個目でも飽きなかった。


 リネアは温野菜を間に挟みながら、コロッケを小さく切って食べている。セフは大きくかじる。食べ方は違っても、二人の皿からコロッケが減る速さはほとんど同じだった。


「僕も森番になったら、町へ報告に来られる?」


 セフが尋ねた。


「森番は、おいしい物を食べるために町へ来る仕事ではありません」


「でも姉ちゃんは来た」


「橋が流されたから、地図を届けに来たんです」


「僕も地図を描けるようになればいいんだね」


 リネアはすぐには答えなかった。


 セフが森番に憧れていることは知っている。危険な獣や、大雨のあとの崖も知っている自分には、簡単に勧めることができなかった。


「まず、森の道を全部覚えること。それから、昼食を忘れないことです」


「最後のは姉ちゃんもできてないよ」


「だから大事だと分かったんです」


 今度はリネアが負けを認めなかった。


 ユウトは口を挟まず、空いた皿を下げた。料理で姉弟の話が決まるわけではない。ただ、二人が同じ卓で話す時間は作れた。


 セフは二個目の最後の一口を、ケチャップへたっぷりつけた。姉に急ぐなと言われなくても、今度はゆっくり噛んだ。


 衣は最後までさくさくしていた。中のチーズは最初ほど長く伸びないが、じゃがいもへ溶け込み、噛むたびに塩気が広がった。


 飲み込むと、セフは背もたれへ体を預けた。朝から二時間歩いた疲れと、満たされた腹の重さが一緒にやってくる。嫌な重さではない。もう一個食べたい気持ちはあるが、立って歩くなら二個でちょうどよかった。


 リネアも水を飲み、空の皿へ目を落とした。口にはまだケチャップの酸味が残り、腹の中はじゃがいもとチーズで温かい。


「ごちそうさまでした。前の料理とは違いますが、これも最後までおいしかったです」


「僕も満腹。あと一個は食べられるけど、帰り道で動けなくなるかもしれない」


「それは満腹と言います」


「祖母ちゃんにも食べさせたいな」


「祖母は乳を食べませんよ」


「チーズを入れなければ作れます」


 ユウトが答えた。


「じゃがいもへ炒めた玉ねぎや豆を混ぜてもいいですし、祖母さんの好きな物を聞いてから考えます」


「身体に悪い物じゃなくて、家の決まりでも?」


「食べないと決めているなら、入れません。理由は注文するときに教えてください」


 セフはリネアを見た。


「次は祖母ちゃんも連れてこよう」


 セフは、もう決まったことのように言った。


「町まで二時間歩いてもらうことになります」


「荷車を借りる」


「まず祖母に聞きなさい」


「帰ったらすぐ聞く」


 それなら止めても無駄だと、リネアは知っていた。


 会計を済ませたあと、セフは卓の注文票を裏返した。


「何をしているんですか」


「コロッケの絵を描く」


 丸いコロッケの周りへ、ぎざぎざの線を何本も描く。その下へ、覚えたばかりの町の文字で、ゆっくり書いた。


『サクサク。中はあつい』


 リネアがのぞき込む。


「注意書きですか」


「おすすめの言葉だよ」


「熱いは注意書きでしょう」


「両方でいい」


 ユウトはその紙を受け取り、黒板の横へ貼った。


「次に出すとき、この絵も使わせてもらいます」


 セフは満足そうにうなずいた。


 二人が店を出ると、鐘が軽く鳴った。


 店の外へ出ると、午後の風が頬へ当たった。揚げ物とチーズの香りが服に少し残っている。


 リネアは帰り道のために、水筒と荷物を確かめる。セフは姉より先に歩き出したが、満腹のせいか、朝ほど走らなかった。


「姉ちゃん」


「何ですか」


「次に町へ来るときも、朝ご飯を忘れないでね」


「あなたもです」


 二人は今度こそ、森へ続く道を並んで歩いていった。


 ひだまり食堂の黒板の横には、ぎざぎざの丸い絵が残った。次の客へ『サクサク』と『熱い』を一度に伝える、セフの最初のおすすめだった。


 町を出る前に、祖母から頼まれていた糸と塩を買った。セフは塩の袋を自分の荷物へ入れ、糸はリネアが持った。


 森へ入ると、町の石畳より土がやわらかい。木漏れ日の下を歩くたび、セフの荷袋で塩が小さく鳴った。


「走らないんですか」


 リネアが尋ねる。


「走ると、腹の中でコロッケが揺れそうだから」


「食後は、そのくらいでいいんです」


 行きには二時間が長く感じられたのに、帰りは話すことが多かった。外と中で相談しなかったコロッケのこと。勝手に鳴る衣のこと。チーズを入れなければ祖母も食べられること。


 途中の泉で休んだとき、セフは水を一口飲み、満足そうに腹をさすった。


「まだ、サクサクした音を覚えてる」


「音は腹には残りません」


「頭に残ってるんだよ」


 リネアはそれなら分かる気がした。


 夕方前、二人は森の家へ着いた。軒下では祖母が豆の筋を取りながら待っていた。


「糸と塩は買えたかい」


「買えた。それから、祖母ちゃんが食べられる料理も見つけたよ」


「頼んでいない物まで見つけてきたね」


 セフは荷物を下ろす前から、コロッケの形を両手で作って説明を始めた。外はさくさく、中はやわらかい。自分の物にはチーズが入っていたが、入れなくても作れる。


 リネアは水筒を棚へ戻し、糸を祖母へ渡した。二時間歩いた足は疲れていたが、空腹で帰った前回とは違う。腹にはまだ心地よい満足があり、弟の話を急かさず聞いていられた。


「まず手を洗っておいで。それから、ゆっくり話しな」


 祖母に言われ、セフはようやく荷物を置いた。


「次は三人で行こうね」


「それは、これから相談だよ」


 断られてはいない。それで十分だと思ったセフは、軽い足取りで水場へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ