6話 陰キャ彼女、カラオケに挑戦する
翌朝、ホームルーム前のざわつく教室。
俺は一軍の会話を適当に流しながら、前方の席にいる雪に近づき、声を潜めて告げた。
「今日の昼、浅川さんにCD返しに行くんだけど」
「私もいく」
眼鏡の奥の瞳が、じっと俺を見据えて離さない。
(ですよね〜……)
浅川さんに対する張り合いのようなものを感じるのは、俺の自意識過剰だろうか。
◇
昼休みの図書館前。
「あ、聡太氏、雪氏〜!」
金髪を揺らしながら、浅川さんがブンブンとちぎれんばかりに手を振って迎えてくれた。
「これ、ありがとう。めちゃくちゃ良かったわ」
「そうでしょうそうでしょう! 今日はこの神曲の神っぷりを、早く聡太氏と熱く語り合いたく――」
「あ、あの、」
浅川さんの早口を遮るように、雪が小さな、けれど芯のある声で割り込んだ。
「私も聴きました、それ」
「ほへ?」
浅川さんが丸い目をさらに丸くする。俺も驚いて雪の顔を見た。
「だから、えっと……昨日、聡太の家で……一緒に」
雪は恥ずかしそうに指先をモジモジさせながら、視線を伏せる。
「な、なんと!? つ、つまりお家デートということですかな!!?」
「ん、」
コクコクと、雪が小さく繰り返し頷いた。
「グハァッま、眩しい! 眩しすぎますぞお二人! ああっ、余りの尊さに拙者の体内の悪い物が浄化される! 悪霊退散ドーマンセーマン!」
「あの、その……だから、私もミコの曲もっと聴きたくなって。家に帰ってからも、ネットのランキング見て何曲か……聴きました」
(えっ、そうなの、雪……!?)
俺が知らないところで、雪がボカロを自主学習していたという事実に、胸の奥に熱い物を感じる。
「きゃーっ、嬉しすぎる! またここに新たなミコラーが生まれたアアァ! して、何を聴いたのですかな? 雪氏のお気に入りの曲は? 好きなボカロPは見つかりましたか??」
「あ、えと、えと……」
一気に距離を詰めてくる浅川さんに、雪はあわあわと挙動不審に怯えだした。俺はすかさず二人の間に割って入る。
「ちょ、浅川さん! 雪はあんまりグイグイ来られるの苦手だから」
「あーっと失敬、ついつい悪いクセが! して、雪氏のお気に入りソングには出会えましたかな?」
浅川さんが少し声を落として尋ねると、雪は眼鏡の位置をクイと直して、ボソリと呟いた。
「ランキングの上から聴いていって……その中では『バブルラリアート』が良かった、です」
「マジで!? 雪も『バブルラリアート』気に入ったの!?」
意外な曲名の登場に思わず割り込んでしまう。
「あいや偶然! 聡太氏も激推ししてらっしゃった神曲ではありませぬか!」
「ふぇっ、そうなの、聡太?」
雪が驚いたようにこちらを見上げる。
「あの歌詞の良さが分かるなんて……雪、やるじゃん!」
「そ、そうかな……」
俺が褒めちぎると、雪は嬉しそうな顔を隠すように俯いた。
「ふひひ、尊いですなぁ〜」
それからは三人で並んで昼食を食べながら、和やかなボカロ談義に花を咲かせた。
雪も少しずつ浅川さんのテンションに慣れてきたようで、時折小さく笑みを浮かべている。
やがて楽しい昼休みが終わろうとするその時、浅川さんが悪いことを思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「これはもう、行くしかないですな」
「行くってどこにだよ」
「もちろん、三人でカラオケ」
ケラケラと軽く笑いながらの浅川さんの唐突なお誘いに、俺と雪の声が見事にシンクロした。
「「え、えええっ!!?」」
その瞬間、非情にも五時間目の予鈴が校舎に鳴り響く。
「では放課後、校門前で! どひゅん!」
言い残すや否や、金髪のギャルは凄まじい速度で自分の教室へと走っていった。
残された俺と雪は、お互いに顔を見合わせたまま、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
◇
そして迎えた放課後。
下校する生徒たちの流れに従いながら、俺と雪は並び立って校門へと向かっていた。
いつもなら周囲を意識して一定の距離を保つところだが、今はそれどころではない。隣を歩く雪は、まるでこれから処刑台にでも向かう囚人のように暗いオーラを放ち、完全に沈黙している。
「……あのさ雪。もしかしてカラオケ行くの初めて?」
「無いわよ、あんな騒がしい場所……聡太はあるの?」
「俺は中学の頃にオタ友と何回か行ったことあるけど」
「友達とカラオケとか陽キャ過ぎ……」
「お前……ほんっと筋金入りの陰の者だな」
「一軍グループで縮こまってヘラヘラしてる聡太に言われたくない」
雪は不満げに口を尖らせた。だが強気な言葉とは裏腹に、その足取りはいつもより少しだけ心細そうに揺れている。
校門前に着くと、待ち構えていた浅川さんがこちらに気付いて手を振った。
「あっ、聡太氏、雪氏〜!」
「浅川さん、お待たせ」
「相変わらずの仲睦まじさですなぁ、ふひひ」
「……っ」
からかうような視線に、雪は顔を赤くして俯く。すっかりこのギャルのペースにのみ込まれている様子だ。
「拙者、今日のカラオケで雪氏とどうしてもデュエットしたい曲がある故、道中で予習をお願いしたく!」
「でゅ、デュエット……っ!?」
突如としてハードルの高い要求を突きつけられ、雪がたじろいだ。
「大丈夫ですぞ! この曲メロディーも覚えやすいし、雪氏も気に入ると思うから! はいどうぞ!」
浅川さんは満面の笑みで、スマホに繋がったワイヤレスイヤホンの片方を差し出した。
雪は完全に気圧されながらも、おずおずとそのイヤホンを受け取り、耳へと装着する。
音楽が流れ始めたのか、雪の表情が少しずつ真剣なものへと変わっていく。
未知の領域に必死に食らいつこうとする雪の後ろ姿を見つめながら、俺は心の中でそっとエールを送った。
(雪……ガンバレ……!)
◇
カラオケボックスのドアを開け、部屋に入った瞬間。
「では本日の一番槍、この浅川花が推して参る!」
浅川さんはマイクを掴むなり、デンモクの液晶を高速で操作し曲を入れた。スピーカーから爆音で流れてきたのは、超絶早口で有名な『末音ミコの消失』。
(おいおいマジか、早口パートも全部完璧に歌いきってやがる……すげえ!)
超絶技巧を目の当たりにして俺が戦慄している横で、雪がちょこんと座りながら「わー」と小さく拍手を送っていた。
「次、雪氏いって下され! 今日はボカロ縛りでいきましょうぞ!」
「えーっと……じゃあ、これ」
雪が恐る恐るリモコンを操作して入れた曲のイントロが流れた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。それは、昨日俺の家で一緒に聴いた『ネルト』だった。
『寝ると♪ 二度寝しちゃいそう〜♪』
マイクを通した雪の歌声は、普段の冷徹なトーンとは全く違う。少し高めで、胸が苦しくなるほど可憐な響きを持っていた。
演奏が終わる頃には、俺の心臓は完全に今まで感じたことのないキュンキュンで満たされていた。
「い、意外と上手いじゃん、雪」
「あ、ありが……」
「雪氏、声カワイイ〜! サイコーでヤンス!!」
雪が照れくさそうに微笑んだ瞬間、浅川さんがその背中をバシッと叩いて絶賛し、部屋のボルテージはさらに上がっていった。
カラオケが始まって一時間。浅川さんがジュースのグラスをテーブルに置き、テンションをさらに爆発させた。
「ジブン、そろそろ雪氏とデュエットいいすか! てか、オナシャス!」
「えっ、わたし、あんまり覚えてな……」
「まあまあ、そこはノリと勢いで! サビだけでも一緒に!」
浅川さんが勝手に入れた曲は、ポップで弾けるようなメロディが人気の『ハッピー新鮮サイダー』。
『『ハッピー新鮮サイダー君の♪ 乾いた喉に パチパチの炭酸届けるよ♪』』
最初は戸惑っていた雪だったが、浅川さんのリードに合わせて徐々に声を張り上げ、サビを完璧にハモってみせた。
「たーのしぃ〜! いぇーい!」
「え、えへへ……」
パチンとハイタッチを交わす雪は、耳までてれてれに赤くしながらも、本当に楽しそうな笑顔を浮かべていた。
◇
カラオケは大盛り上がりのまま、フロントから終了十分前を告げる電話がかかってきた。
最後の曲を選ぼうとリモコンに手を伸ばしたとき、腕をちょんちょんと叩かれた。
「ん、」
目線をやると、雪が上目遣いで俺を見つめ、リモコンの画面を指差していた。
「これ、一緒に歌お」
画面に表示されていたのは、男女の掛け合いが最高に熱いデュエット曲『マグネッツ』。
(え、俺と? マジで……!?)
「い、いいよ」
俺が頷くと、雪は嬉しそうに演奏予約ボタンを押した。
イントロが流れ出した瞬間、部屋の隅でドリンクを飲んでいた浅川さんが「神曲キター!」と奇声を上げる。しかし、彼女は急にマイクをいじり、不敵な笑みを浮かべた。
「あ、なんかマイクの調子悪いみたい。一本しか音出ねえわ、これ」
「はっ?」
俺がキョトンとしていると、浅川さんが雪の肩を強引に掴んで俺の方へグイッと寄せた。
「つうわけでお二人さんはもっとくっついて、一本のマイクで歌ってもろて! ほら始まる〜!」
「「えええっ!?」」
あからさまな浅川さんの策略に、俺と雪の声が綺麗にハモった。
肩と肩が完全に触れ合うほどの至近距離。ドキドキし過ぎて、雪の顔が見れない。
一本のマイクを二人で握りしめた瞬間、さっきまでの楽しさは消え失せ、爆発しそうなほどの緊張感が俺と雪の間に走り抜けた。




