4話 昼休みの修羅場、放課後の家庭訪問
迎えた運命の昼休み。
「きょ、今日は図書館前のベンチで食べたいな〜なんて」
「別にどこでもいいけど」
引きつっているであろう俺の笑顔に、雪はいつも通りそっけなく応じる。
「よ、よし。決まりだな!」
雪と連れ立って俺は教室を出た。
どうにか二人を同じ場所に誘導し、その場で同時に用件を済ませる。それしかこの窮地を脱するアイデアは浮かばなかった。
◇
図書館前のベンチに到着した、その瞬間。
「あ、聡太氏〜!」
遠くから、金髪をなびかせた少女――浅川花が、大きく手を振って突撃してきた。
「!!?」
雪の身体がびくっと強張る。すかさず、俺の右手の甲に激痛が走った。
見れば、雪がもの凄い力で俺の皮膚をギュゥゥゥとつねり上げている。『話が違う』という怒り100%の睨みが俺を突き刺す。
痛い。手の甲よりもハートがめちゃくちゃ痛い。
「や、やあ浅川さん……」
「おや、そちらのお方は?」
浅川さんが不思議そうに首を傾げる。
「あ、あわ、わたしは、え、えと……」
至近距離で見る本物のギャルの迫力に雪は完全に気圧され、いつもの陰キャモードで狼狽し始めた。
「こ、この子は俺の彼女で、折尾雪」
「な、な、なんと!」
浅川さんは目を丸くしたかと思うと、ガシッと雪の両手を力強く握りしめた。
「ぴゃっ!!?」
変な声を上げる雪に構わず、距離感バグの金髪ギャルはぐいぐいと顔を近づける。
「聡太氏にこんな可愛らしい彼女さまがいらっしゃったとは! 浅川花、以後よろしくお見知りおきを、雪氏!」
「ひ、ひゃい……」
完全にペースを呑まれ、雪は見たことのないような情けない返事をして震えていた。
結局、なし崩し的に三人でベンチに並び、お弁当を広げることになった。
隣から突き刺さるレーザーのような抗議の視線を、俺は必死に気付かないフリでやり過ごす。
「ふひひ……聡太氏ィ、コイツが例のブツでごぜえます」
紙袋から、厳重にケースに入れられた一枚のディスクを取り出した。
「こっ、これは……っ! 去年開催された末音ミコ10周年記念イベントで会場限定配布された、幻の……!」
「『ネルト スノウマジックバージョン』しかも特別仕様の歌詞カード付きですぜ!」
「こんなお宝、本当に借りてっていいの!?」
「もちろん! 早く感想語り合いたいゆえ、早速今日の夜にでも聞いてもろて!」
完全にオタクとしてのテンションが最高潮に達し、浅川さんと二人で盛り上がっていたその時。
ゾクッと、背筋に凍り付くような寒気が走った。
「聡太」
低く、地を這うような雪の声。
恐る恐る隣を向くと、雪がお弁当箱から箸で玉子焼きを摘み、俺の口元に突きつけていた。
「玉子焼き、あ〜ん」
言葉の響きは甘い。だが分厚い眼鏡の奥の目は、微塵も笑っていなかった。
「!!?」
「ほら、早く。あ~ん」
笑顔の仮面の裏から、どす黒いオーラが溢れ出ている。拒否権などあるはずがない。
「あ、あーん……」
パクリ。噛み締めた玉子焼きは、緊張のあまり味が全くしなかった。
「ふぁっ!? カップルの唐突な尊み供給、ごちそうさまです!!」
雪の仕草が琴線に触れたのか、浅川さんが顔を覆って悶絶していた。
やがて。
「あーっと……五時間目は移動教室なので、拙者はこの辺で失敬! どひゅん!」
色々と大満足した様子のオタクギャルは、嵐のような凄まじい速度で去っていった。
静寂が戻った図書館前。
ベンチに二人きりになった瞬間、雪がゆっくりと俺の方を見据えた。
「ねえ」
「……はい」
「玉子焼き、美味しかった?」
相変わらず、その目は一切笑っていない。
「それはもう、とても……」
「そう。じゃあ私達も、教室戻ろうか」
「……はい」
すっと立ち上がり、背中を向けて歩き出す雪。
俺はその後に恐る恐る続きながら、心の中で涙を流していた。
(何も言わないのが一番怖いよ、雪さん……!!)
◇
昼休みの修羅場が終わってからも、雪はそっけない態度を崩さなかった。
午後の授業中もホームルームでも、彼女は一度も俺に目線を送ることはなく、ただただ黒板や本を凝視していた。
(ヤバイ……完全に怒らせたよな……?)
冷や汗が引ききらないまま、放課後のチャイムが鳴り響く。
今日も今日とて周囲の目をカモフラージュするため、一軍特有の軽い足取りを演出しながら雪の席へと近づいた。
「雪、一緒に帰ろう」
「ん、」
雪は教科書を乱暴にカバンに詰め込むと、短い生返事とともに席を立った。
校門を抜けるまで、二人の間に言葉はなかった。
張り詰めた沈黙を破ったのは、学校から少し離れた、最初の信号を渡ったところだった。赤から青に変わる瞬間、雪がポツリと、しかしドスの効いた声で口を開いた。
「ダブルブッキングとか、普通にあり得ないんだけど」
「すまん……」
ぐうの音も出ない。俺はただただ頭を下げるしかなかった。
「せめて前もって心の準備をさせておくとか、あるでしょ。急にあんな未知のギャルに遭遇させられて、私の心臓がどれだけ削られたと思ってるのよ」
「まあでも、浅川さん悪い人ではなかっただろ? 雪のことも可愛いって絶賛してたし」
「無理……陽キャこわい……」
雪は頭を抱え、文字通り小さくなってぶつぶつと呟き始めた。
「見た目は陽キャだけど、中身はゴリゴリのオタクだぞ」
「そういう問題じゃない。あのギャル特有の距離感こわい……いきなり手を掴んでくるとか……」
俺以外には、本当にこんな感じなんだよな、コイツ……。
冷徹な脅迫者の面影はどこへやら。すっかり縮こまった陰キャとして震えている雪を見て、俺は少しだけ緊張の糸がほぐれるのを感じた。
雪は一瞬、何かを躊躇うように足元を見つめてから、上目遣いで俺を睨んできた。
「ねえ」
「ん、どした」
「さっきあの子から借りてたCD、私も聴いてみたいんだけど」
「おー、雪も末音ミコに興味持ったか? でも勝手に又貸しするのは流石にマナー違反だからさ、今度浅川さんに許可取ってからだな」
「そうじゃなくて!!」
「!?」
突然声を張り上げた雪に、俺の身体がビクッと跳ね上がる。
見れば、雪は分厚い眼鏡の奥の目を吊り上げ、耳の付け根まで真っ赤に染めていた。
「聡太の家、今日、家の人いるの?」
「え、ええっと……七時くらいに母さんが仕事から帰ってくるまでは、俺一人かな」
「じゃあ聡太の家で一緒に聴く」
「え、ええっ、お、お、俺の家で!?」
突如として飛び出した家庭訪問宣告に、俺の裏返った声が住宅街に響く。
「なによ。ダメなら別にいいけど」
「い、いやいやダメじゃないけど! ただ普通にビックリしただけで!」
「変な勘違いしないでよね!? 聡太とあの人が私の分からない話題で楽しそうに盛り上がってるのが癪なだけだから!」
ぷいっと顔を背けて、雪は怒ったような足取りで歩き出す。
そこからの帰り道は、昼休みとは全く違う意味で生きた心地がしなかった。
無言で俺の半歩後ろを歩く雪を意識するたびに、心臓がバカみたいに激しい鼓動を刻む。
(うう、あの部屋を雪に見られるのか……)
まあ、オタクなことはとっくにバレてるし、今更アニメのグッズが転がっていようが問題ない、のか?
絶対に見られちゃマズイもの……無かったよな? ベッドの下とかクローゼットの奥とか、思春期男子特有のあれこれは放置してないよな!?
そんな俺の焦りなど露知らず、まだ明るい太陽に照らされた我が家が、非情にも目の前に見えてきてしまった。




