23話 仮面を捨てた陽キャ、ギャル二人による追い込み
「雪に何してんだよ!」
教室に踏み込んできた聡太は、泣いている私を見るなり、千代ケ崎さんに怒りを爆発させて詰め寄った。その顔は今まで見たことがないくらい険しい。
「は? ただ普通に話してただけなんだけど」
千代ケ崎さんはフンと鼻を鳴らし、気だるげに髪をかき上げる。
「普通に話してるだけでこんなに泣くわけないだろ!」
「はー、ウザ……」
聡太の剣幕に押された千代ケ崎さんは、あからさまな嫌悪感を顔に出すと、私を指差して冷たく言い放った。
「ていうかさ、本城君はこんなののどこがいいの? 髪ボサボサで化粧っけも無くて、根暗で、陰キャで。ハッキリ言って、全然釣り合ってないよ」
言われ慣れた罵倒の言葉。だけど、聡太は迷いなくそれを跳ね返した。
「陰キャで何が悪いんだよ!!」
「……はっ?」
「俺だって普段陽キャのガワ被ってるけど、一枚めくれば音ゲーと末音ミコが大好きなオタクだっつーの!!」
(……え!?)
一軍男子としての立ち位置をドブに捨てるような突然のカミングアウトに、私は涙が引っ込むくらいに目を見開いた。千代ケ崎さんも完全に呆気に取られている。
ふと聡太の足元を見ると、彼は激しく膝を震わせていた。それでも必死に言葉を絞り出している。
「雪は……雪は、俺の大切な人だから。その子に関わらないでくれ」
私をかばうような聡太の覚悟を、私はただ呆然と見つめることしかできなかった。
「はー、キモいわ。いいよ、陰キャ同士で仲良くやってれば。私もう帰るわ。じゃあね」
千代ケ崎さんは心底冷めたように吐き捨て、鞄を肩にかけるとドアへと向かって歩き出した。
だがその時、ドアの前に新たな影が立ち塞がる。
「あれぇ? もう帰っちゃうの、千代ケ崎さん」
「!?」
現れたのは浅川さんだった。いつものふざけた様子はなく、どこか不敵な笑みを浮かべている。
「誰お前」
不遜に眉をひそめる千代ケ崎さんに、浅川さんが答える。
「私はそこの二人をカプ推ししてる通りすがりのファンだよ」
不敵な笑みを崩さず、彼女は続ける。
「雪氏を泣かせるなんて万死に値するねえ……杏もそう思うでしょ?」
「!!」
浅川さんの言葉と同時に、その背後からぬっと黒崎さんが現れた。その目は私にカワイイ攻撃を繰り出す時とは明らかに違う、黒い炎のようなものが宿っている。
「花、コイツ〇していいか? いいよなヤッちゃっても」
「ひっ……!」
剥き出しの殺意に、千代ケ崎さんが短く悲鳴を上げて後退る。
「杏、どうどう。まだステイだよー」
浅川さんは手で黒崎さんを制すると、一歩踏み込んで千代ケ崎さんを真っ直ぐに見据えた。
「千代ケ崎さん。雪氏に謝って。そして二度と彼女に近づかないって約束して」
一瞬怯んだ千代ケ崎さんだったが、すぐに一軍のプライドを取り戻したように腕を組み、睨み返した。
「あんた、折尾さんの友達だか知らないけどさあ。私はただこの子とお喋りしてただけだよ? そしたら勝手に泣かれちゃって、私が悪者みたいになってるけど。友達同士だったらそういう事もあるでしょ、そこに外野が口挟んで来るとかマジ意味不明なんだけど」
「相手の下駄箱にゴミを入れるのが友達?」
私の心臓がドクンと跳ねる。浅川さんは一体、どこまで知っているの?
「知らねえし! 言いがかりやめろよ」
「ちなみにだけどさあ……下駄箱の廊下に新しい観葉植物が置かれてたの、気付いてた?」
その言葉に、千代ケ崎さんの顔からサッと血の気が引いた。
「隠しカメラを潜ませるには観葉植物が一番丁度良いんだよねぇ~。それに最近の小型カメラは画質もしっかりしてて、人の顔までバッチリさ」
「あ、あ……っ」
「いつからそんな陰湿になっちゃったの? 中学時代はこんなに可愛かったのに」
浅川さんは淡々と、スマホの画面を千代ケ崎さんの目の前に突きつけた。
「ねえ、三ヶ森中学三年一組、千代ケ崎翠さん」
そこにあったのは、今の派手なギャル姿とは似ても似つかない、地味な少女の卒業アルバムの写真だった。
「なっ、なっ、なんでお前がそれを……!?」
千代ケ崎さんの疑問に対し、黒崎さんが代わりに回答した。
「SNSや地元掲示板のログから貴方のプライベート、行動パターン、交友関係を完全に入手した」
彼女は冷酷なトーンで、更に追撃する。
「雪ちゃんに仇なす人間は、例え便器の裏に隠れていても私が追い詰める」
「そういうこと。で、どうする? これを貴方のクラスのグループにリークしていい?」
浅川さんの決定的な一言に、千代ケ崎さんは完全に崩れ落ちた。今の華やかな一軍の地位が、過去の自分によって破壊されるかもしれない、その恐怖に全身を震わせている。
「お、お願いだからやめて! 私が、悪かったから……!」
「じゃあ今自分がどうすればいいか、分かるよね?」
千代ケ崎さんは屈辱に顔を歪めながら、ゆっくりと私の方へ向き直った。その目は涙で潤み、完全に戦意を喪失している。
「お、折尾さん……」
先ほどまでの威勢が完全に死んだ、蚊の鳴くような声が絞り出された。
「いじわるな事して、すみませんでした……っ」
「うんうん、それで?」
浅川さんの冷徹な声音に、千代ケ崎さんはさらに深く頭を下げた。
「……もうしないって約束するので、許して下さい……っ」
「だってさ。雪氏、どうする?」
浅川さんにそう言われ、私は急な展開に頭が追いつかないまま、震える声で答えた。
「あっ、えと……。もう私に関わって来ないなら、それでいいです」
「いやー良かったねぇ千代ケ崎さん。雪氏の寛大な心に感謝しなきゃねぇ」
その時彼女の顔から、一切の笑みが消えた。
「行けよ。二度と私の友達に話しかけんな」
それまでのキャラが完全に崩壊したような、低く冷酷な声だった。
千代ケ崎さんは恐怖のあまり小さく悲鳴をあげながら、最後に見苦しく「っ、チッ……!」と舌打ちを残し、スタスタと教室から走り去っていった。
「ふあぁぁ、怖かったでヤンス~」
いつものおどけた調子で浅川さんが胸をなでおろした。それまで張り詰めていた教室の空気が一気にゆるむ。
「て、ていうか! 聡太、どうしてここが分かったの?」
私が混乱したまま尋ねると、聡太は少し気まずそうにスマホを見せてくれた。
「浅川さんからLIMEが来たんだよ」
画面には、『愛しの雪氏がピンチだよ! 今すぐ三階空き教室へゴー!』という、浅川さんらしいノリのメッセージが表示されていた。
「浅川さん……どうして? 私……この前はあんなに酷いこと言ったのに」
大声を上げて彼女を拒絶してしまったのが、つい先日のこと。それなのに、どうしてここまでしてくれるんだろう。
浅川さんは優しく微笑んだ。
「雪氏の異変に最初に気付いたのは杏だよ」
「え……」
「新学期の初日、図書室の前で雪ちゃんを見かけた時にすごく思いつめた顔してて……」
私が最初に、トイレで千代ケ崎さんによる聡太略奪宣言を聞いた、あの日の昼休みだ。
「よくカワイイ攻撃を我慢出来たな」
聡太のツッコミに対し、浅川さんが軽く笑った。
「私というストッパーがいない時は自制するように調教してるから、この子は」
そこに黒崎さんが続ける。
「それからバレないように雪ちゃんの行動を観察して、そしてあの女のイジメに気付いた」
彼女は拳を握りしめ、悔しそうに眉をひそめる。
「本当はすぐにでも締め上げたかったけど、花に相談したら決定的な証拠を握るまではステイって言われて……。すぐ助けてやれなくてごめん、雪ちゃん」
「そんな……! 私の方こそ、勝手に一人で頑なになって……」
「でもま、これであの子も大人しくなるでしょ」
浅川さんは満足そうに頷き、私の肩をぽんと叩いた。
「ありがとう……みんな」
先ほどとは違うタイプの涙で、私の目が潤んでいく。
「じゃ、無事に事件解決ということで。私たちはサイナラ~。ほら杏、行くよー」
「バイバイ、雪ちゃん。またね」
浅川さんに首根っこを掴まれるようにして、黒崎さんがひらひらと手を振る。二人が出て行った後、空き教室のドアが静かに閉まった。
静寂が戻った教室。
そこには私と聡太だけが、二人きりで取り残された。




