17話 栞の約束、偽装彼女のホンネ
昔から、他人があまり好きではなかった。
教室の喧騒に混ざるくらいなら、一人で本を読んでいる時間の方が好きだった。友達なんていなくても、本さえあればそれでよかった。
それが私――折尾雪の中学時代だった。
同じクラスに、本城聡太という男子生徒がいた。
彼はいつもオタク友達に囲まれて、楽しそうにアニメやボカロの話に花を咲かせていた。
彼に対しての印象は、少し声の大きなオタク、それだけだった。お互いに関わることなんて一生ない、住む世界が違う人間だと、そう思っていた。
誰からも注目されず、ひっそりと静かに学生生活を終えたい。
そう願っていた私は、委員会決めでは図書委員に手を挙げた。放課後はカウンターの内側で貸出業務をこなしながら、誰にも邪魔されない読書の時間に没頭していた。
ある日の放課後。静まり返った図書室のカウンターに、一人の男子生徒が近づいてきた。
「えーっと……折尾さん、だっけ」
「は、はい」
そこにいたのが本城聡太だった。
彼は少し決まり悪そうに頭を掻きながら、右手に持つそれを差し出してきた。
「これ、図書室の机の下に落ちててさ」
差し出されたのは、一枚の花柄の栞。
「!」
それは、つい先日から行方不明になっていた、私の私物だった。
「すごくよく出来た栞だったからさ。落とした人困ってるだろうなと思って、図書室で預かれる?」
「これ……私の、です」
「そうなの?」
「うん。見つけてくれて、ありがとう……」
「ちなみにそれって、手作り?」
「うん、そうだけど」
本城君は栞をまじまじと見つめ、顔を輝かせた。
「へー、すご! 折尾さんって手先器用なんだね」
ドクンと、胸の奥が跳ねた。
自分の作ったものを親以外の人間に褒められたのは、それが初めてだった。じんわりと胸に広がる温かさに、うまく言葉が出てこない。
「別に、大したことじゃ……押し花をラミネートして、穴あけパンチして、リボン通しただけだから……」
そこで会話を終わらせればよかったのに。気付けば、口が勝手に動いていた。
「もし、よかったら……本城君にも、作ってあげようか?」
口をついて出た自分自身の言葉に、私は動揺した。
ただのクラスメイトからいきなりそんな事を言われたら迷惑に決まってる。ましてや手作りの栞なんて、気持ち悪いにも程がある。
そうやって最悪の結末を想像し息が止まりそうになった私だったが。
予想に反して、彼から向けられたのは屈託のない笑顔だった。
「いいの? 俺も本はよく読むから普通に嬉しい! 楽しみにしてるよ」
「う、うん……」
それから私は、放課後や休日の時間を使って外に出かけ、花を探した。私の作ったモノを褒めてくれた人に、ただ喜んで貰いたくて、少しでもキレイな花を。
けれど――本城聡太は栞をあげる約束など忘れてしまったかのように、私に話しかけてくれなくなった。普段目立たない私とやり取りした記憶など、友達との学校生活の中でどこかに置いて来てしまったのだろう。
完成したよ、と自分から声をかければ良かったのかもしれない。だが当時の私には、そんな勇気など一欠けらも無く。
結局渡せずじまいのまま、私たちは中学校を卒業した。
彼の為に私が真心を込めた栞は、自室の机の引き出しで、寂しく眠り続けることとなった。
――だから、高校生になって本城聡太と再会したとき。
私は、運命などという柄にもない言葉を信じそうになった。
けれど再会した彼は、私の知っている本城聡太ではなかった。
本当の自分を隠し、一軍という派手な陽キャのガワで塗り固めて、無理に笑っている偽物の姿。
腹立たしいのか、悲しいのか、自分でもよく分からない複雑な思いが、私の胸を締め付けた。
それでも、十五年という年月で形成された私のコミュ障は一朝一夕でどうにかなるものでもなく。
中学時代の卒アルで脅すという、可愛げのないものでしか話しかけるキッカケは掴めなかった。
『私と付き合ってるって設定にしてくれない?』
それは、ただ一軍に絡まれるのを防ぐ虫除けのためだけではない。
偽装の恋人契約という歪な形でもいいから、彼の隣にいたかった。告白はおろか、友達になりたい相手に何と言えばいいか分からない私にとって、それが精一杯の手段だった。
私を見つけてくれた時の、あの時の聡太でいてほしい。
それが私の、唯一にして心からの願いだった。
◇
そして現在。
自室にて、私は生徒手帳を開いた。
その中には、あの日彼が見つけてくれた私の栞と、中学の時渡すはずだった、お揃いの押し花で作ったもう一枚の栞が並んでいる。
「バカ聡太……」
ぽつりと呟き、生徒手帳をパタンと閉じる。
そのままベッドに身体を投げ出すと、天井を見つめた。
繋いだ手の熱も、プールでの密着も、同人誌イベントで私の前に立ちはだかってくれた背中も。彼は作り物の恋人としての、単なる役割だと思っているかもしれないけれど。
偽装彼女としての私の仮面は、いつ崩壊してもおかしくない所まで来てしまっている。




