15話 偽装彼女、メスガキサキュバスになる
プールからの帰宅後。
自室でスマホを開くと、今度は俺と雪と花のグループLIMEが騒がしくなっていた。
『今日は楽しかったね〜』
『実は、個人的に雪氏にお願いしたいことがあるんだけど』
『LIMEじゃちょっと言いづらいので、近い内に聡太氏も入れて三人で会おう』
画面を見つめたまま、俺は固まった。
(……嫌な予感しかしない)
迫りくる新イベントの気配に、自分の背中で冷たい汗が伝うのを感じていた。
◇
数日後。俺たちの最寄り駅の近くにある、レトロな雰囲気の喫茶店。
約束の時間より少し早く着いた俺と雪は、冷たい飲み物を口にしながら、押し寄せる不安と戦っていた。
「雪に個人的なお願いって、一体なんだと思う?」
「分からないけど、嫌な予感しかしないわ……。あの人のことだし」
「同じくだ」
カランコロン、と店のドアベルが涼やかな音を立てる。
「いや〜、ちょっと道に迷っちゃって! 待たせたンゴね〜!」
いつもの軽いノリで浅川さんが登場した。彼女は席に着くなり手際よく飲み物を注文すると、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「この前のプール、楽しかったね!」
「良い思い出になったよ、誘ってくれてありがとう」
「ぶっちゃけ言うとさ、あのプールを企画したのは、雪氏のワガママバストをこの目でハッキリ確かめたかったからなんだよね〜」
「……っ」
セクハラ紛いの発言に、雪は恥ずかしそうに目線をテーブルの方へ伏せた。彼女の不安など知った事ではないとばかりに、浅川さんの目はギラギラと輝き始める。
「もうね、雪氏。あなたは完璧なの。顔も、スタイルも、その陰のオーラも、色々と」
「???」
「何が言いたいんだよ、浅川さん……」
ざわざわと胸騒ぎが止まらない。すると浅川さんは姿勢を正し、机に両手を突いて身を乗り出してきた。
ゴゴゴ……と、背後から不穏な効果音が聞こえてきそうな迫力がある。
「実は私、同人作家としても活動してるんだけど」
「えっ、そうなの!?」
「今度うちの地域で同人誌の即売イベントが開催されるんで、そこに私もサークルとして出品するんだ。そこで雪氏にお願いっていうのは……」
彼女は不敵に笑い、言い放った。
「我がサークルの看板娘として、メスガキサキュバスになって欲しいんだ」
「ぶっっ!!?」
「めすがき……さきゅばす?」
非オタには馴染みのないであろう単語に首を傾げる純粋な雪の横で、オタク知識のある俺だけが、そのワードの破壊力を察知して完全に狼狽した。
「要するにコスプレってこと。はいコレ、設定資料」
浅川さんがカバンからバサッと机に広げたのは、明らかに高校生が公共の場で見てはいけないレベルの、きわどいイラストの数々だった。
「ひっ」
雪は悲鳴を上げ、慌てて両手で目を覆う。
「あ、間違えてR18版出しちゃった、失敬」
てへぺろ。悪びれる様子なく頭をコツンと叩くと、別の設定イラストを広げた。
「雪氏にやってほしいキャラはコレ」
出されたのは全年齢対象の資料だったが、どっちにしろヤバい。そのキャラクターデザインは、なんというか……色々な限界を突破していた。
「いや、いくらなんでもこれは……」
「こ、こんな布面積の衣装、絶対に無理です……!」
必死に拒絶する俺たちを見て、浅川さんはわざとらしい溜め息を吐き、俺達を冷たい目で見据えた。
「ふう、こんな事は言いたくなかったが……二人が赤点の補習を回避して、こうして夏休みを満喫出来ているのは、一体誰のお陰だい?」
「「うっ……」」
痛いところを突かれ、俺と雪の声が詰まる。しかし、彼女の猛攻はそれだけでは終わらなかった。
「それに我が高校では夏休み明けに、内申を大きく左右する実力テストがあるらしいね。勉強の不得意な君たちは大丈夫そうかい?」
たしかに超有能な花先生に頼れなければ、俺達二人の学力では悲惨な新学期を迎える事になりそうだ。
「私が作成した『実力テスト完全攻略マル秘ハナノート』があれば、平均点以上は余裕で取れるんだけどな〜」
「「!!!」」
悪魔の囁きに、俺達の心はかつてないほど揺れ動いた。
「ど、どうする、雪……」
「や……」
雪はワナワナと唇を震わせ、覚悟を決めたように拳を握りしめた。
「やり、ます……」
「やっふー! 雪氏ならそう言ってくれると思って、もう既に衣装屋に発注済みです!」
「えええっ!!」
あまりの段取りの良さに、俺たちは文字通りひっくり返りそうになった。
「この前の水着屋さんで、私がただ買い物に付き合ってるだけだと思ったかい? 既に雪氏の身長にスリーサイズ、肩幅、股下、その他諸々のデータはバッチリ入手済みなのさ!」
(浅川花……なんて恐ろしい女だ……!)
「Greatで、Glamorousで、Gorgeousで、Gloriousな雪氏の4Gワガママバスト! それを存分に活かせる最強コスチューム……いやー、当日が楽しみンゴね〜!!」
高笑いする浅川さんを前に、雪は完全に魂が抜けたような放心状態で固まっていた。
◇
浅川さんと解散し、喫茶店からの帰り道。夕方の涼しい風が吹く中、俺は隣を歩く雪の様子を窺った。
「本当に大丈夫か雪。どうしても嫌だったら、今からでも俺が浅川さんに頭を下げて、無かった事にするようお願いしてみるけど」
「もう衣装も発注してるって言うし、後には引けないわよ……」
雪はトボトボと歩きながら、不安そうに俺を見上げてきた。
「当日……聡太も、来てくれるんでしょ」
「あ、当たり前だ!」
即答した自分に赤面しつつ、俺は慌てて言葉を付け足した。
「い、いや、勘違いするな! 決して雪のコスプレを見たいとかそういう邪念じゃなくて、あれだ! イベント会場にはイヤらしい目で近付いて来る男とかたくさんいるだろうから、そういう有象無象からは俺が全力でお前を守るから!」
早口でまくし立てながら、自分の顔面がみるみる熱量を帯び始めることに気付く。
(って、なんか俺……めっちゃ恥ずかしいこと言ってねえか!!?)
自分の台詞にセルフ悶絶していると、雪は耳まで真っ赤にしながら小さく頷いた。
「ぜ、絶対、約束だからね……。私の彼氏として、全力で護衛を務めなさいよ……」
消え入りそうな声で紡がれた約束。
同人誌即売会という未知の戦場で、俺たちの偽装恋人としての絆が、色んな意味で試されようとしていた。




