14話 水着の彼女、密着のウォータースライダー
気まずさを紛らわせるため、俺たちはひとまず流れるプールへ移動し、浮き輪に捕まってぷかぷかと流されることにした。
雪の水着姿は相変わらず刺激が強すぎて、俺は意識して一定の距離を保っていた。だが周囲の男たちから、容赦なく雪の身体へと視線が注がれていることに気づく。
(みんな雪を見てる……。一応俺はコイツの彼氏、なんだよな――)
胸の奥に、ほんの少しの優越感と、それ以上の強い警戒心が湧き上がる。絶対に俺が守らなきゃ、と意志を固めたその時だった。
前方から、事故を装うようにしてチャラそうな見た目の男が雪へと接近してくるのが見えた。俺は考えるより先に身体を動かし、とっさに雪の腕を引いて自分の方へと引き寄せた。
「わっ」
「ごめん、人がぶつかりそうだったから」
腕の中に収まった雪の体温を感じながら、俺は周囲の男たちを鋭い目で威嚇した。
他の男に、絶対に雪を触られたくない。警戒という枠組みを超えた独占欲が、自分の中に芽生えているのを自覚した。
◇
しばらく泳ぎ回って疲れた俺たちは、プールサイドのベンチに並んで腰掛けた。水面を眺めながら、雪がぽつりと言った。
「なんか不思議。こうやって学校の人とプールに来るなんて、中学の頃じゃ考えられなかったわ」
「たしかに。偽装とはいえ彼女とプールに来てるとか、中学の俺に言っても絶対信じないな」
お互いに、苦笑交じりの視線を交わす。カモフラージュから始まった関係だが、俺たちの世界は確実に広がり、変わり始めていた。
しかし、そんな平穏な時間は長くは続かなかった。
流れるプールの向こうから、ぷかぷかと流されてくる浅川さんたちの姿が見えた。まだこちらには気づいていない様子だが、進行方向は完全に俺達の方へ向かっている。
「聡太……黒崎さんたち、来る」
「よし、避難だ。せっかくだし、俺たちもあっちのウォータースライダーに挑戦してみるか?」
「ええー……」
露骨に嫌そうな顔をする雪だったが、トラウマから逃れるため、しぶしぶと俺の後ろをついてきた。
ウォータースライダーの階段を上り、いざ頂上へ。
だが景色の高さと、下から響いてくる先客たちの絶叫に、雪の足が完全にすくんでしまった。
「やっぱ無理……! 私、一人で階段から降りるから、聡太一人で行ってきて」
「いやダメだ、見ろ! 黒崎さんたちがこっちに近づいてる! あいつら、もう一回スライダーを滑る気だ!」
「えええ!!」
「今階段を降りたら確実に黒崎さんと鉢合わせて、また可愛い攻撃の餌食だぞ!」
そうこう言っている間にも、俺たちの後ろには次の客の列ができ始め、係員の「早く行ってくれ」という無言のオーラが突き刺さってくる。
「覚悟を決めろ、雪!」
「うう……っ!」
観念した雪が、スライダーのスタート地点で俺の背中に向かって飛び込んできた。
後ろから力任せに俺の身体を抱きしめる、完全なバックハグの形。
ふにっ。
(っっ!!!??)
「いってらっしゃーい」
係員の非情な掛け声とともに、俺たちの身体が急斜面へと滑り落ちる。
「きゃーーっっ!!」
(あ、当たってる当たってる! 当たっちゃいけない柔らかい膨らみが、背中に全部当たってるってえええ!!)
スライダーの恐怖など完全に吹き飛ぶほどの衝撃に、俺の脳内は爆発寸前だった。
ただ雪の悲鳴だけが、耳元で激しく響き渡る。
――ざっぱーーん!!
勢いよく水の中に飛び込み、激しい水飛沫が上がる。
プールに落ちた後も、雪はパニックのあまり、しばらく水の中で俺の身体に強く抱きついたままだった。
あまりの刺激の強さに、俺は完全に放心状態となっていた。
「おい……雪」
「もう乗らない……絶対乗らない……!」
ガタガタと震えながら、雪はまだ俺から離れようとしない。
「おい、雪」
「なに!」
「あ、あのさ……そろそろ離れてもらえると、俺の理性が助かるんだけど……」
「!!?」
俺の言葉に、雪は自分がどういう体制でいるのかようやく気づいたらしい。慌てて飛びのくように、バッと俺から距離を取った。
プールサイドへ避難する道中、お互いに顔を真っ赤にしたまま、完全な気まずい沈黙が二人の間に流れる。
とそこへ、スライダーの出口から浅川さんと黒崎さんが、ザッパーンと勢いよく登場した。
「おっとー! 私の推しカプアンテナが最高の尊死イベントを感知したンゴね〜!」
「おいチャラ男! どさくさに紛れて雪ちゃんに変なことしてただろ、この犯罪者が!!」
浅川さんのケラケラという笑い声に、黒崎さんの怒号が重なる。
夏の日差しと、背中に残る感触と、陽キャのギャルによる猛攻。
俺の心臓は、もうとっくに限界を迎えていた。
◇
嵐のようなプールデートが終わり、浅川さんたちと別れた俺と雪は、帰りの電車の座席に揺られていた。
一日中泳いで疲れたのだろう。隣に座る雪は、気持ちよさそうな寝息を立てて夢の中へと落ちていた。
車内の喧騒に紛れて、俺のポケットの中でスマホが短く震えた。画面を見ると、浅川さんからの個人LIMEが。
『悪用厳禁』
そんな四文字と共に送られてきたのは、プールサイドで俺の胸元に雪が飛び込んできた、あの瞬間の二ショット写真だった。
いつの間にこんな瞬間を激写していたんだっ! あの有能ギャルめ!
(……保存するしかねえだろ!)
内心で狂喜乱舞していると、ふっと右肩に重みが生じた。
コテンと、雪の頭が俺の肩に乗ってくる。
さらりとした黒髪から、かすかな塩素の匂いが鼻腔をくすぐった。
(鎮まれ……耐えろ、俺……! 落ち着け、ここは電車の中だ……!)
あのスライダーでの背中の感触が鮮明に蘇り、俺の心臓は一気に爆発寸前のカウントダウンを始めた。




