12話 偽装カップル、水着を買いに行く
プール行きが決まったその日、浅川さんが光の速さで三人のグループLIMEを作ってくれた。
画面の中では女子二人の水着談義が繰り広げられていた。
浅川『雪氏、水着ある?』
雪『中学時代のスクール水着なら』
浅川『アウトォ!』
浅川『花のJKがスク水なんかでプールに行っちゃだめンゴね〜』
雪『そうなんですか??』
浅川『もちろん。というわけで明日、水着買いにいこ〜』
浅川『聡太氏も一緒にね』
(マジかよ……)
女子の水着選びに男の俺が同行する。そのハードルの高さに、俺はベッドの上で一人頭を抱えた。
◇
翌日、うだるような暑さのバス停。
待ち合わせ場所に現れた雪は、相変わらず地味で飾り気のない私服姿だった。だけどお互いに私服で会うのはあの最初のデート以来で、俺の心拍数はバスを待つ間も上昇していった。
(くそっ……地味なのに、やっぱり私服の雪はめちゃくちゃ可愛いな……!)
お互いに、会話が全く弾まない。やがてやって来たバスに乗り込み、二人並んで席に腰掛けたところで、俺は声を潜めて尋ねた。
「ていうかさ、今日俺も一緒に来て本当によかったのか? 水着選びなんて、女子だけで行った方が気楽だろ」
「浅川さんと二人きりになるのは……まだ、こわい……」
「そろそろ慣れろよ、あの人は本当にイイ人なんだから」
「頭では分かってるんだけど、何ていうか、あの独特の距離の詰め方が……まだ脳のキャパを超えるのよ」
「いつも思うけど、お前のコミュ障ってマジで筋金入りだな」
「うるさい」
雪はぷいと窓の外に顔を背けた。その耳の端が少しだけ赤い。
「そういや、どんな水着買う予定なんだ?」
「決めてない。……でも、とにかく布面積が多いやつ」
「布面積って……」
「はあ……浅川さん、変に露出の高いやつとか勧めてこないかな……」
「可能性は大いにあるな。あいつオタクだし、着せ替え感覚で楽しんできそう」
俺の言葉に、雪はこれから戦場にでも赴くかのような、憂鬱そうな溜め息を吐いた。
やがてバスは駅ビルへと到着した。
ロータリーの待ち合わせ場所に目をやると、先に着いていた浅川さんが、俺たちの姿を見つけて大きく手を振った。
「あっ、聡太氏、雪氏〜!」
「浅川さん、お待たせ」
「私も今ついたところだから平気よ〜」
雪がぺこりと小さく会釈する。浅川さんはその姿を見るなり、目を輝かせて距離を詰めてきた。
「ささ! ここの駅ビルの二階に今シーズン最強の品揃えを誇る水着屋さんがあるから、早速行ってみよう!」
浅川さんの圧倒的な陽キャオーラに引っ張られるようにして、俺たちは冷房の効いた駅ビルへと足を踏み入れた。
布面積を死守したい雪と、どんな水着が飛び出すか分からない俺と雪。何が起きるか予測不能な、波乱の買い出しが幕を開けた。
目的の水着専門店は、フロアの一角できらびやかなオーラを放っていた。カラフルなビキニや小物が並ぶその空間は、どこか男子禁制の聖域のような雰囲気が漂っており、俺は店の前で完全に気後れして立ち往生してしまった。
「お、俺、この店に入っちゃいけない気がする……!」
「何を言っているでありますか、ほらほら〜!」
情けない声を出す俺の腕を掴み、浅川さんがグイグイと無理やり店内に連れ込む。
「聡太氏も良さげなアイテム見つけたら教えてね〜」
そう言われても何をどう見ていいかも分からず、俺は店の入り口付近で銅像のように気配を消して立ち尽くすことにした。雪もまた借りてきた猫のように、浅川さんの背中の後ろで縮こまっている。
そんな中で浅川さんだけが「おー!」とテンションを上げながら、ハンガーにかかった水着を次々と吟味し始めた。俺は遠巻きに、女子二人のやり取りをハラハラしながら見守っていた。
「おー、これは……! 雪氏! これ、ちょっと着てみてほしい!」
「ぴゃっ……こ、これ!? 布面積、本当に合ってる……!? これだけじゃ足りなくない!?」
「はい、いってらっさ〜い」
抵抗も虚しく、雪は浅川さんによって強引に試着室のカーテンの向こう側へねじ込まれた。
(一体、どんな水着を着せたんだ……?)
カーテンの向こうの様子を窺うように、浅川さんが隙間から覗き込んで声を上げる。
「おー、これイイ! 雪氏のワガママバストに負けない神デザイン! カワユスなぁ〜!」
「こ、これ!? 本当にこれでプールに行くの……!?」
「うんソウダヨ〜」
「無理無理! 色んなところが目立って恥ずかしい!!」
「大丈夫! 万が一ナンパ男が来ても、聡太氏が命に代えて守ってくれるから!」
「ひええ……っ」
試着室から聞こえてくる二人の会話に、俺の脳内は完全にパニック状態に陥っていた。
ワガママバスト。
色んな所が目立つ。
それらのワードがグルグルとリフレインし、俺の顔はカッと熱くなった。
(いったいどんな水着を買わされたんだ、雪……!)
◇
数分後、無事に会計を済ませて店を出た俺達。浅川さん自身もいろいろ買ったらしく、その手にはショップの袋が満足げに握られている。
「いや〜、良い買い物をしましたなあ!」
「まあ、なんていうか、その……よかった、な?」
俺が歯切れの悪い相槌を打つと、その隣で雪は紙袋を抱え込んだまま、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「聡太氏、当日は大いに期待しててクレメンス!」
「変な目で見たら、本気で怒るからね……っ!」
涙目で俺を睨みつけてくる雪。
その怒った顔の破壊力と、まだ見ぬ水着への妄想が膨らみ、俺の心臓はプールに行く前から、すでにキャパシティを超えようとしていた。




