11話 偽装カップル、夏休み突入
夏休み前日の終業式。緊張から解放された教室では、俺の所属する一軍グループが、明日からの計画について大盛り上がりで話し合っていた。
「やっぱ海っしょ! 水着ギャル万歳!」
「コテージ借りてバーベキューも熱くね?」
普段ならノリよく乗っかっているはずの俺だったが、どうにも会話が頭を素通りしていく。視線は無意識に、前方の席で静かに帰り支度をしている雪の後ろ姿を追っていた。
最近、一軍の奴らと騒いでいる時よりも、雪とボカロを聴いたり、あの不器用な笑顔を見たりしている方が、ずっと楽しい。
そんな自分の本心に気づいてからというもの、友人たちとの会話もどこか上の空だった。
「なあ、聡太はどう思う?」
「んあ?……何が?」慌てて意識を友人との会話に戻す。
「だから、夏休みどこ行くかっつう話だよ。聞いてた?」
「やめとけって。どうせ聡太は夏休みも彼女につきっきりなんだろ?」
「たまには俺達とも遊んでくれよー、聡太」
ニヤニヤと肩を小突いてくる連中に、俺はいつもの陽キャの仮面を被り、わざとらしく胸を張った。
「悪いな、彼女持ちは忙しいんだよ。お前らも不毛な男旅なんか企画してないで、早く彼女作れって」
「一段上から余裕こきやがって! クソ、俺だってこの夏休みで絶対に可愛い彼女作ったるわい!」
そんな男たちのブーイングを浴びていると、雪がこちらをチラチラと見ているのが分かった。カバンを肩にかけ、一軍の奴らに手を振る。
「じゃ、また新学期にな」
「おーぅ、リア充爆発しろよー」
俺はそのまま雪の席へと歩み寄った。
「雪、帰ろうぜ」
「ん、」
俺が声をかけ、雪がそっけなく返す。最近ではすっかり定番となったこのやり取りに、妙な心地よさを感じながら、俺たちは教室を後にした。
◇
夕暮れの帰り道。明日からしばらく学校に来なくていいという開放感の中、雪がぽつりと口を開いた。
「明日から夏休みね」
「そうだな。浅川さんのおかげで赤点回避して補習も無いし、本当に最高だわ」
「……それで、あんたはあの陽キャたちと毎日遊び回るわけ?」
「毎日ではねえよ。俺だって、基本はクーラーの効いた自分の部屋とか図書館で過ごすのが大好きなんだからな」
「中学の頃から相変わらず、陰気臭い夏休みね」
「雪にだけは言われたくねえよ!」
いつもの言い合い。しかし、雪はふいと視線を落とし、制服のスカートの端をきゅっと握りしめた。
「……でもさ、一応私達、設定上は彼氏彼女なわけだから」
「うん?」
「夏休みの間、どこか一緒に行かなきゃ……変、でしょ」
その言葉に、俺は少し意外な気持ちになって足を止めた。
「夏休みまで俺といて、いいのか? 雪は」
「なんでよ」
「だって、俺たちのこの関係って、学校で変な奴に絡まれないためのカモフラージュだろ? 夏休みならクラスの奴に会うこともないし、もしお前が嫌なら、無理に俺と会う必要も無いっていうか……」
「別に、聡太と一緒にいるのが嫌とかじゃ……っ!」
雪が勢いよく顔を上げる。一瞬言葉を詰まらせながらも、一生懸命な様子で言葉を繋げた。
「だ、だから! 新学期が始まったら、どうせそっちの陽キャグループで夏休み彼女とどこ行ったかみたいな話になるでしょ! そういう時に思い出の一つや二つ作っておかないとボロが出るじゃない! あくまでこれは彼氏彼女の設定を固める為だから!」
息を吸うのも忘れたような早口でまくし立てる雪。彼女は熱くなった顔を隠すようにカバンで顔を半分覆いながら、上目遣いで俺を睨んできた。
「だから、ね……その辺のこと、色々考えておきなさいよ。彼氏でしょ」
「わ、分かったよ……」
心臓がドクドクと跳ねるのを誤魔化しながら、俺はただ頷くことしかできなかった。
◇
帰宅後。自室のベッドで大の字になって天井を仰ぐ。
(つってもなぁ……)
俺も雪も、本質は自分の家が大好きなインキャだ。夏休みに行きたいアクティブな場所なんて、逆立ちしても思い浮かばない。
そんな風に悩んでいた時、机の上のスマホがピロンと音を立てた。画面を見ると、浅川さんからのLIMEだった。
『聡太氏〜』
『夏休み、プール行かね?』
『もちろん雪氏も一緒に!』
(マジか……!)
まさかのタイミングで飛び込んできた、陽キャの王道イベント。俺はすぐに雪とのトーク画面を開き、文字を打ち込んだ。
『なあ』
『浅川さんが、三人でプールに行かないかって』
『どうする?』
送信した瞬間、画面の文字が「既読」に変わる。相変わらずの反応速度。だが、そこから返信が来ない。
三分、四分、五分……。俺はスマホを持ったまま、画面とにらめっこを続けていた。行くのが嫌だっただろうか、やっぱり陽キャなイベントはハードルが高すぎただろうか。
焦りがピークに達したその時、短いメッセージが返ってきた。
雪『いく』
その二文字を見た瞬間、俺の胸がまたもドクンと跳ねた。
プール。つまり、水着。そこまで思考が至った瞬間、カッと顔が熱くなる。と同時に、自分がメッセージ画面をずっと見つめていた事実に気づいた。
(うわ、またノータイムで既読つけちゃった……恥ずかしっ……!)
慌ててスマホをベッドに放り出す。
設定を固めるための夏休み。だけど三人で行くプールは、俺たちの偽装関係をさらに狂わせるに十分すぎるほどの火種を孕んでいるような……そんな気がしてならなかった。




