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第八服 そういう"根っこ"みたいなもの

「そうだ、これも見てよ!」


 光瑠がスマートフォンをスワイプさせて見せてきたのは何枚かの茶碗の写真だった。白い素地に淡い藍とひとすじの金で可憐な秋草が描かれている。別の碗には流水と紅葉。どれも薄手ですっと立ち上がった姿がしなやかだった。

「全部、じいちゃんの作だ」

「へえ……」

「京都ってさ、いい陶土が採れないんだよ。だから、日本中から選りすぐりの土を取り寄せてブレンドして使うんだ。絵付けと形の美しさで魅せるんだよ。京焼ってのは」

 光瑠は少し得意げな様子で続けた。

「じいちゃんはさ、焼く前からまだ土の段階でもう頭の中に見えてるんだって。どんな姿になるかだけじゃなくて、どんな人にどんなふうに使われるかまで」

 光瑠の声がすこし弾んだ。

「しかもさ、じいちゃん絵付けまでやるんだよ。絵付けは専門の絵付け師に任せるのが普通なんだけど、昔、絵付け師さんとまるで反りが合わなくて喧嘩して出てっいっちゃてから、じいちゃんは全部一人でやることにしたらしくてさ」

 そこまで言って光瑠はふと声を落とした。

「職人気質すぎて心配になることばっかりだけどさ、俺じいちゃんがいう言葉でめちゃ好きなヤツあんだよ。『どんな人のどんな人生の瞬間に使われるかは、土からぜんぶ知るんやって。それが、陶芸家ができる”もてなし”なんだって』 小さい頃は何言ってんのかさっぱりだったけどさ。今はなんかすげえその通りだなって思うんだ。だからもてなしの精神を学ぶには茶道が一番だと思ったんだよね」

 てへへ、と照れ笑いで隠していたが、その目はいつになく真剣だった。普段はへらへらして鈍感力の塊みたいなこいつにも、こういう顔があるのか。



 光瑠は生まれも育ちも東京だった。父は霞が関で働く官僚で、今も都内に単身赴任している。厳しい人で、正直なところ光瑠は父と少し距離があるらしい。光瑠が心から好きだったのは、母の実家――京都の東のはずれ、清水で代々続く、京焼の窯元のほうだった。

狭い坂道に窯元が肩を寄せ合うように軒を連ねる、焼き物の町。長い休みのたびにそこへ帰っては、祖父のそばで、飽きもせず土をいじって過ごしたという。

 窯に火が入る日の、薪の燃える匂い。轆轤の低く唸る音。火の色を読む祖父の節くれだった手。紋様を描く真剣な瞳――いつか自分も、こういう茶碗を作る人になりたい。光瑠は、ずっとそう憧れていたのだ。

高校受験を控えたころ、その祖父の老い先がもう長くないとあって光瑠は母とともに京都の窯元へ戻ってきたのだという。今窯をその祖父と共に守っているのは母親の弟、つまり光瑠の叔父にあたる人だが、光瑠も叔父と並んで、祖父から手ほどきを受けている。


「俺、じいちゃんと次の代、つまり八代目!ぜってー継ぐんだ!」

そう話す光瑠の横顔は、碧にはまぶしかった。光瑠には何代も続く窯元の家があって、憧れる祖父がいて、なりたい自分の姿がある。すげえな、と素直に思った。自分にはそういう"根っこ"みたいなものがない。

「カッケーな光瑠。いや、ちょっと見直しちゃったよ。めっちゃ応援してる」

――深く考える前に、碧はいつもの調子で笑ってかわそうとした。


「だからさ、碧も茶道部入ろうぜ〜地味に見えてけっこう面白いんだって!」

「だからっていう文脈がおかしいだろ…」と言い終わる前に光瑠は身を乗り出した。

「部長の先輩がさ、めちゃくちゃ所作がきれいでさ、見てると惚れ惚れすんの。あと、副部長がめっちゃ陽気でさ、いっつも笑かしてくれんだよ。先輩たち、みんなクセ強いけど、いい人ばっかでさ」

「へぇ」

 碧は、相づちを打ちながらほんの少しだけその光景を想像した。古い茶室に集う知らない先輩たち。自分とは縁のなさそうな世界だと感じるのに、それでも光瑠の話を聞いているとその"縁のなさそうな世界"がなんだかほんの少しだけ近くに感じられるから不思議だった。


「楽しそうでよかったじゃん!そいやさ…」

碧は今沸いた感情を最初から無かったものとして続けた

(そろそろ話題を変えたい)

「だろ? だから碧も入ろって〜茶道部!」

この光瑠の行間を読まないマイペースさはマジで…とそろそろイライラしてきた。


「いやいや、俺はいいって。なんか伝統文化...?みたいなやつ、柄じゃねえもん。俺は光瑠みたいに茶の世界で目指したいことなんてねぇんだから、押し付けんなよな」

語気を強めて言い放ってしまった。さすがの光瑠も落ち込んだ様子だった。


 そう。柄じゃない。何かに本気で打ち込むなんて碧のキャラじゃなかった。

何にでもほどよい距離を保ちながら日々を過ごす。それでいいじゃないか。それでずっとやってきたし、それを今更崩して何になる。

 ――そのはずなのに。


 頭の隅では、あの一瞬の出来事がちらついて消えなかったのだ。

それを光瑠に悟られたく無かった。

 (…もう一回だけ飲んでみたら、何かこの霞んだ感情の所在がわかるのだろうか)


気まずい雰囲気を拭えないまま、昼の終わりを告げるチャイムが鳴った。


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