第六十四服 答え合わせ (キャラクターデザインイラストあり)
「碧。碧が感じた違和感。ちょっとわかったかも!」
透は人差し指を立てた。(ピーンという効果音も聞こえた気がした)
「え、やっぱりなんかあるんですか?」
「それはお料理を食べ終わった後にわかると思うよ」
いつものウィンクをとばして勿体ぶる。
なんかデジャヴ…。
あ…思い出した。
四月の終わり。学校の茶室を二度目に訪れた時。
一度目に飲んだ茶と二度目に飲んだ茶が違うと感じた理由を聞いたら
『どうしてそう感じたのか、もう少しお茶のことを知れば、わかるかもね』
こう言われたんだ。
結局あれの答えはなんだったんだ。
やっぱり水の違いなのか…。
ちらっと透を覗いてみるが、今はこれ以上要求することは無駄だとこれまでのことから分かっていたので、諦めて次のお料理を待つことにした。
「お次は八寸です」
目の前に最初に出された折敷と同じような盆が置かれた。
「八寸?」
見るとその盆には二種類の料理が直接盛り付けられている。
「そう。この杉の折敷が約八寸、つまり二十四センチ角いうことからその名前になったんや。
右向こうに海の物、左手前に山の物。これが伝統の並びなんやけど、うちではこれも鰻を出させてもろてます。
海の物は鰻の煮凝り。昆布のお出汁と合わせとります。
山の物は肝焼きの茗荷煎り。花山椒を添えて」
そう聞いて改めて盆に目を落とすと、海と山の素材があることは、そこまで重要でないように思われた。
透き通った黄金色に煌めく煮凝りが『海』
鰻であるのに、大地のエネルギーを思わせる肝焼きが『山』
この姿だけで、『海の物と山の物』を、十分納得させる力があった。
「季節によって、合わせる食材も変わるけどな、鰻は海のもんから川、そんで湖のもんに変わる不思議な生き物やろ。もちろん山のもんでもない。そんな食材を懐石のメインで使うなんて、おもろいやろ」
『おもろいやろ』
確かどこかで誰かもそう言っていた。
仙賀さんは続けた。
「伝統はね、守るんやなくて革新することが本質やと思うんよ」
「なんやぁドヤ顔やん、せんちゃん」
いつの間にか酔いが覚めたのか、スッキリした顔で真紘露が八寸を竹の細箸で突いていた。
「ふふ、ええこと言わはるね、仙賀くん。僕も同意」
その言葉は透からだった。
透の『京言葉』を聞いたのは、太田さんの茶会の時以来だった。
ああ、そうだ。
『おもろいやろ』
この言葉は、あの時、太田さんが言っていたんだ。
『同意』 この言葉にはなぜか力が入っているように聞こえた。
仙賀さんの言葉を鼓膜の奥で反芻しながら、煮凝り、そして肝焼きを口に運ぶ。
「すごく…美味しいです」
何か特別な感覚が出現するわけではなかったが、ただ純粋に美味しいと感じた。
それに触れる舌の隅々までが、歓喜しているようだった。
「さ、締めは湯桶と香のもん。
ミニうな茶漬けやで。どうぞ。うまいでー」
小さな飯碗に最初と同じような姿の小さな握り飯、カリッと焼かれた小ぶりな短冊状の鰻の蒲焼が添えられていた。
「飯のお焦げに、上手にお出汁を注いでくださいね」
お焦げの香ばしい匂いで喉が鳴る。
湯桶を持ち上げて慎重に注ぐと、出汁から立ち上る湯気はしばらくの間、鼻腔を漂っていた。
うまい…はもちろんなのだが、それ以上になんだかホッとした。
「碧。懐石の基本、覚えた?」
「あぁ、ええと…」
「うふふ。一回じゃ覚えられないよね〜僕が教えてあげるね〜」
とろんとしていた目は開いているが、テンションの戻った真紘露は上機嫌の様子だ。
「基本は一汁三菜…そこに亭主の心遣いでいろんなおかずが提供されるんやけど。
今日出たんは、
『折敷 』── 杉の木で作られた縁付きの盆のことやね。最初にごはんと、汁物、向付がこれに乗って運ばれてくる。
『椀』──煮物が取り合わせて出される。
『焼き物』──これは名前の通りで、主に焼き魚が出されるんよ。
『鉢肴』──炊き合わせなどのおかずが多いね。
『強肴』──強いて出す一品の意味で。これも焼き物か煮炊き系のおかず。
『吸い物』── 名前の通り、すまし汁やお吸い物ね。箸洗いとも言われるんやで。
『八寸』── さっきせんちゃんが丁寧に説明してくれたもんね。八寸の折敷に、海の物と山の物を直に盛り付ける。
『湯桶・香の物』──茶漬けや湯漬け、漬物で締め」
「さすが真紘露、教えるの上手〜」
パチパチと手を叩いてふんわりとした笑顔を振り撒くこの人は本当にいつも他人事のようだ。
「ほんまや、さすが藤の家の若先生やなぁ」
(…『藤の家』かぁ。)
「…。
で、仙賀くん、今日の菓子はなぁに?」
「あぁ、今日は『紫陽花』です。
白餡に、蒼・桃・紫の三色の錦玉羹*1を纏わせとります。
今準備してますんで、ちょっとお待ちくださいね」
「デザートあるんですね」
「何言うとるん、碧くん!
鰻メインだけど、せんちゃんのはちゃんと茶懐石やから、最後は主菓子と濃茶なんやよぉ」
「あぁ、そう…なんですね。い、痛い…」
また違うお酒を飲んでいる上機嫌な真紘露は、碧のほっぺを摘んで遊んでいる。
(どうもみんなスキンシップが好きだな…。
というか…本当の茶会って、こんなにしっかり食べた後、濃茶飲んで、その後また薄茶飲むんだ…。
すごい長丁場なんだな…)
「ではご準備できました。こちらの部屋へどうぞ」
そう言うと仙賀さんは、厨房の横をスッと押して、まるで隠し扉のように現れたその扉を開けた。
「じゃあ、碧。お待ちかねの答え合わせ、しよっか」
*1:寒天を水に煮溶かし、多量の砂糖や水あめを加えて煮詰め、型に流して冷やし固めた透明感のある伝統的な日本の和菓子




