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碧の点睛 (あおのてんせい)  作者: モト香
それぞれの色
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61/96

第六十一服 紫陽花

「え…あの、何を言って…」


「私たちの出会いは運命なの!

 さっきの闘茶でも、私が勝ったし、もう結婚確定だよね?」


「え、い…意味がわからない!なんで俺が負けたからって君と結婚するの!?」


「も〜芽衣って呼んでってば〜」

 

(女子ってみんなそんなに呼び方を気にするのか?

 いや、それよりも本当に何言ってるんだ…ふざけているにもほどがある…!)


「え〜まさか、あなた、芽衣に手を出しといて、何事もなかったことにする気?!」

「そうやって女を弄んですぐポイ捨てしてんの?サイテー」

 後方から思いもよらないブーイングを浴びた。

 誰かと思ったら福井北陸の他の部員の女子たちからだった。


「はぁっ!?? 手を出すって…」


「おい碧…お前大会中に一体なにしてんだよ〜」

 振り返ると光瑠を始め部員全員が遠巻きにドン引きの表情で見ている。


「いや、してない!何もしてない!誤解だって!」


「あお様ったら、隠さなくていいのにぃ!

 休憩中に私と出会った途端に手首を掴んで、強引に体を引き寄せたじゃない…!

 そのあと腰に手を回して…」


(え〜マジでイカれてるこの子!!)


「碧…お前…そんなヤツだったなんて…」

「あおっち、サイテーやな…」


「え!?いや、ウソ嘘うそ!! 俺、そういう感じのことしてないって!

 確かにちょっとぶつかった時、倒れないように支えたけど…!マジで誤解!!」


「あの時の手のぬくもり、私忘れられない。

 ぜったい私の王子様でしょ?

 他の男(ヒト)のところにお嫁に行くなんて考えられない…!」


「だから!!意味わかんないって!」


「なに騒いでいるの〜?(楽しそ〜)」


「あ、先生…」


「あ…!藤の家の…露透さん…ね?!

 いい!? あお様は私と結婚するんだから!

 あなたなんかに奪われないわよ! 顧問の立場を利用するなんて卑怯だわ!」


「え…??(あ〜、そういうことね。へぇ、なんか面白そう〜)」


「あぁ、君は福井北陸の、確か永井芽衣さんと言ったよね?

 さっきは『うちの』碧がお世話になったね。

 水休憩の申請の時に助けてくれてありがとう」


 そう言って、その人は誰もがため息の出る、まるで女神のような笑顔を振り撒いた。

 その姿は相変わらず中性的な美貌を放っており、この場にいるどんな女性よりも花を纏っていた。


 その美圧とも言える雰囲気にさすがの永井芽衣(クレイジーガール)も一瞬たじろいだように見えた。

(この人の妖術への耐性がないと、やっぱそうなるよな、普通は…)


 すると突然その美形は、碧の右肩に手を回し自分にぐいっと抱き寄せた。

「碧、さっきはよく頑張ったね。

 まだ始めたばかりなのに、とても素晴らしいよ。帰ったら、しっかりお稽古つけてあげるね。

 手取り、足取り」

 そう言いながら碧の耳元から首に向かって細い指をゆっくりと運んだ。


(は?! この人も何言ってんのー!? 

 ていうか、また何してくれてんのー!?)

 

「な、な、二人ってやっぱりそういう関係なのねぇ?!

 あお様、私のことは遊びだったの?!」


「碧〜お前罪な男だな…」


「光瑠!お前まで揶揄(からか)うなよ!!」



「それでは、もう間もなく決勝戦が始まります。決勝へ進んだ洛西学院高校と福井北陸高校は壇上の畳前へお越しください」


「え〜もう時間?!まだ婚約できてないのにぃ〜!」

「はい、芽衣行くよ〜」

「あお様ぁ〜!絶対、あとでまた会いにきますからね!帰っちゃダメですよ〜」

「はいはい、ナンパ王子はいいから、とりあえず集中ね」


(え、おれ、ナンパじゃないのに…)


「あはは、なんかややこしいのに絡まれたね〜碧」

「いや、余計にややこしくしたの先生でしょ!」


「あおっち…遊び人やったんや、先生にまで手ェ出して」


「茉莉、それはたぶんちゃうで。碧がセンセに弄ばれてんねん、かわいそうになぁ」


「だから、ちがうって!!」


「はぁ…アホなこと言っとらんと、決勝見学行くで」

 茉莉と銀次郎の悪ノリに、千歳は付き合いきれんという顔で畳前に向かったが、それはこっちのセリフだ…。


 千歳が畳前に向かう途中、同じく畳に向かう洛西学院の一行が後方からやってきたが、我々のことなど眼中にないという様子で、嫌味の一つも言われずに素通りされてしまった。

 

 一瞬、千歳がピクッと肩を震わせたが、その後は何も言わなかった。


 隣の美形は肩に回した手を離す気配がない。その人を見ないようにそろりとその手を解(ほど)いて、逃げるようにみんなのいるところへ向かった。

 顔を見たらまたその目に弄ばれそうな気がしたからだ。



* * *



 決勝は、茶の産地と銘柄を当てる戦いだった。

 その方面の勉強は付け焼き刃程度でしかできていなかったので、万が一決勝に進んだとしても、俺はあっという間に脱落していただろう。


 決勝戦は洛西学院の圧勝で幕を閉じた。

 福井北陸も善戦したが、その強さは最後まで揺るぐことなく、格を見せつける一戦となった。


 決勝が終わるとそのまま閉会式が始まった。

 第一回戦で負けた何校かは早々と帰っていたので、少々寂しい景色だった。

 それでも、表彰台に立つ洛西学院の、中でも特に橘玲央の姿は凛として気高く見えた。


(実力があるからって、嫌味言っていいわけじゃない。でも…)


 決勝で戦う橘玲央の姿…迷うことなく正確に銘柄や産地を当てるその様子はあまりにも格好良かったのだ。

 今までに見たことのない、いくつもの色が彼を包んでいた。


(ハッそうだ…)


「先輩。閉会式もそろそろ終わるし、帰りましょう」


(またあの子に絡まれたくない…)


「えー?なんや、まだ準優勝のあの子たちの賞状と盾の授与が残っとるよ?」


 銀次郎が意地悪そうにニヤリと笑った。


「それに、真紘露さんの閉会の言葉もこの後あるで、きっと」

「あぁ…そうなんですけど〜…」


「ま、なんや面倒な子に絡まれて碧も大変そやし、ほんなら帰ろうか」

 助け舟を出してくれたのか、千歳はくるっと踵を返してスタスタと歩き出した。


「え、閉会式最後までいなくていいんすか?」

「なんや、最後はゆるいなぁ」

 光瑠と茉莉が慌てて千歳の後を追うので、碧も、自分から言い出しておきながら少々申し訳ない思いで三人を追いかけた。



「もぉ〜。いいかげん真紘露さんのこと、許してやりいなぁ…」

 後から、そうボソっと銀次郎が呟く声が聞こえた。


 

 広いキャンパスを抜けると、すでに正門前には透が待っていた。

 周りにはその人のためにと言わんばかりに見頃を迎えた紫陽花が鮮やかな色彩を放っていた。

 その様子はいかにも漫画に出てくるイケメンが、薔薇を背景に咲かせた一枚を切り取ったようで、その美貌をより一層引き立てていた。

 着物にこの容姿、そこへ紫陽花まで加わって、明らかにその一箇所だけ異次元な様子を女子大生が放っておくはずもなく、正門の周りはちょっとした人の輪ができていた。


 向かってくる部員たちに気づいて、いつものように手をひらひらとさせると、何者かと睨むような女子大生の視線が部員たち(特に女子部員二名)に注がれた。 


「みんなお疲れ様。ちょっと歩いたところに美味しいわらび餅屋さんがあるんだけど、みんなで行かない?」

 透は目をキラキラさせて同意を募った。


(ほんとうに甘いものが好きなんだな)


「あーすんません。行きたいとこなんやけど、俺すぐ帰って仕込みの手伝いせんといかんくて」

「うちも、今日は新しい反物が仰山(ぎょうさん)入ってくる言うとったさかい、帰らんと」

「俺も、すみません!じいちゃんの作業の手伝いしないとなんです」

「わらび餅食べたい〜けどうちも、はよ帰ってお父ちゃんと色々反省会したいんで、パス!」

 これだけ周りの女子大生たちの熱視線を独占しながらも、部員全員からフラれるイケメンがおかしくて吹き出しそうになる。

 するとまたその人は碧の肩に手を回して引き寄せてきた。


(うお!また、この人は…)


「碧は、家がこの辺りだったよね?帰るだけなら、付き合えるよね?」

 その顔と言葉は逆らうことを許さない威圧を放っていて、碧の喉からは半ば勝手に「はい」という言葉がこぼれ落ちた。


「じゃあみんな、またね〜」

 そう言ってその人は肩を抱いたまま歩き始めた。

 女子大生の睨みはなぜか「え〜あの可愛い男の子とそういう関係な感じ?きゃ〜」という黄色い声に変わっていた。

 

(甘いもん食いたいなら、一人で行けよな〜なんで俺が道連れに…。

 ていうかおかしな妄想する人多すぎだろ…! 最近そういうのマジョリティなのか…。

 つうか可愛い男の子って…)


 振り向くと、京絹茶道部の面々はこの人の真似なのか、笑いながら手をひらひらと振っていた。

 

 時計は午後四時を指していた。陽が沈むにはまだ時間がある。

 早く解放されたらいいけど…。


 紫陽花の淡い青紫色がその人の着物の色と混ざったからか、その耀(かがや)きは一層深みを増して目の中を埋めて行った。


…


「あれ?!あれ??!

 あお様!いないじゃん!

 まさか帰っちゃったの!?嘘でしょ?!

 まだ連絡先交換してないのに〜!!」


という絶叫は、おそらく紫陽花までは届かなかっただろう。


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