第五十九服 四種十服茶
「ではお揃いになりましたので、第三回戦のルールをご説明します」
司会者がマイクをきらりと光らせ、ちらっと京絹学院の方を見やった。
昼休憩はあっという間に終わり、急いで畳に戻った時には、司会者が話し始めるまでおそらく三十秒もなかった。
三回戦に出場する他の三校はすでに畳に座していた。
初戦と同じ並びで光瑠・碧・茉莉・銀次郎・千歳の順に座り、呼吸を落ち着かせる。
洛西学院の姿が視界に入る。
橘玲央が見える。その人が座っている姿は誰よりも美しく見えた。
「ここからルールの説明は、本日のゲスト・露真さんからお願いいたします」
マイクがその人に渡されると、再び会場のあらゆる場所からほうっと吐息が漏れた。
「三回戦に残った四校のみなさま、ここまでの戦いぶりは各校大変素晴らしいものでした。
私も学生時代に、この大会に参加しては歓喜したり後悔したりと目まぐるしく感情が動いたものです…」
露真こと真紘露は両手を胸に当てて思い出の糸を手繰り、その物語に浸っているような顔を見せた。
何度見ても、あの京絹茶道部の特別顧問を名乗る美形妖怪がショートヘアになっただけとしか思えない容姿だったが、その人から繰り出される言葉は、大きな抑揚と身振り手振りがついて、あの人の掴みどころのないワントーンな音とは、似ても似つかないエモーショナルな響きを放っていた。
(顔は同じだけど全然性格が違うんだな)
「実は第三回戦は、僭越ながら私が試合形式をご提案いたしましたので、私の口からご説明致したいと存じます」
吐息とは違うざわめきが会場内にぽん、ぽん、と浮かび上がる。
「第三回戦は、四種十服茶・脱落戦、でございます」
(…!?…脱落戦?)
「同様に五名の選手で行います。
まず、試み茶として種茶三種『い・ろ・は』を全員お飲みいただきます。
本番は、種茶三種とそれ以外の『客茶』一種、計四種をランダムにお出しします。
お一人ずつ順に、濃茶を飲んでいただいたあと、『い・ろ・は・客』のいずれかの名乗り紙を選んで、ご自身の正面に伏せて置いてください。
名乗り紙を置いたら、茶碗を次の選手に回してください。 」
真紘露は手のひらを大きく広げて正面にグイッと差し出した。
「各服の制限時間は五分です。
その時間内であれば、一度置いた名乗り紙だとしても、替えていただいて構いません。
時間になりましたら司会の方がお声かけしますので、選手の皆さんは一斉に伏せてある名乗り紙を表にして、回答を見せてください」
そして右口角を少しだけ上げてニヤリと笑う。
「間違えた選手はその場で脱落となります。脱落選手は畳から外へ出て待機してください。
十服終えるまでに、より多くの選手を残したチームがトーナメントに進めます」
(!…脱落ってそういうことか…!)
「選手のみなさん、頑張ってくださいね!」
涼やかな笑顔で壇上を後にした。
「露真さん、ありがとうございました。
それではこれより、試み茶として種茶三種をお配りします」
「すみません!始まる前に並び順を変更してもよろしいでしょうか?」
福井北陸のあの子がスッと手を挙げた。
「構いません、速やかにお願いします」
「はい!」
一番後方に座っていたその子は一番前方の子と交代した。
その子は座るなり、碧の方へ穴が開くかと思うような視線を向けた。
(…!
やっぱめっちゃ睨まれてる。
しかも斜向かいに座られて一層視線が強くなった気が…すげー怖い…)
(あぁ〜〜好き。好き好き。
間近で見るとやっぱめっちゃ王子〜!
くりくりなお目めも、ちょっとくせ毛も、かわいすぎて滅ぅ〜!!
絶対、私の一番可愛いところ、気づかせてあげるから…!)
「では最初の種茶『い』をお配りします」
…
「続いて『ろ』の茶です」
…
「続いて『は』の茶です」
(…『い』と『ろ』の違いは意外とわかりやすかった。
『い』は甘味が強く、『ろ』は滑らかな旨味が際立っていた。
『は』は『ろ』に似た旨味の中に甘味があった…いや?
『は』も『い』と似ている気がする。
あれ、つまり全部似てるってこと?
え?やばい、わかんなくなってきた…)
「では本番、第一服をお配りします」
(早い…まだ三種の違いを頭の中で整理できていないのにもう第一服が…)
タイマーがセットされ、第一服が光瑠の元へ運ばれた。
「念の為お伝えいたします。
みなさまに限って、万が一にもそんなことは無いかとは思いますが、カンニングやサインを送り合うなどの不正がないよう、茶師協会の審査員が見ておりますのでご承知おきください」
(さっきよりも審査員が増えたうえに、茶師協会の人…か…)
茶師を目指す茉莉なんかにとっては、この場自体が大きなプレッシャーだろう…。
また焦っていなければいいけど…でも…審査員が見ているからあまり無闇に表情を窺うことができない。
光瑠も…気負ってないといいな…。
いや、自分もすごく心配だけど…。
第一服が光瑠から回される。
かなり悩んでいたが、名乗り紙を伏せる手も、茶碗を送る手も、やっぱり自信なさそうに震えている。
視界に微かに入る膝の上に置かれた手も強張っている。
(……甘い。
これは『ろ』?いや、種茶のどれでもないように感じるから『客』かな…)
(う〜…。また考えれば考えるほど混乱する…)
光瑠は名乗り紙を替えるべきかと悩んでいるのか、何度か手を紙のほうへ運んでは膝の上に戻すのを繰り返しているのが視界の脇に映る。
(本茶・非茶と違って、答えが四択なのも難しい…)
あっ…
(そうだ、味じゃないんだ。
自分の中で感じる色や音を見分けるんだ…
さっき感じた色を思い出せ…
深い臙脂色の中に見える橙と、そこに混ざり合う薄柳色…多分…これは種茶のどれでもない。『客』だ…)
名乗り紙を伏せて、茉莉に回す。
ハッ…!!
やばい!俺と光瑠で時間を使い過ぎた…!
福井北陸はもうすでに四人目まで茶を回している。
タイマーを見るともうすでに残り一分を切っている。
これじゃどんなに茉莉が素早く飲んで回しても千歳先輩まで時間内に茶が回らない可能性が高い…!
というか茶を飲む時の作法を省略するなんて論外だ。素早くなんてできない…!
(ひょっとして…だから福井北陸はこういったリスクを考えて、強いあの子が確実に飲めるように順番を変えたのか…)
四種の茶に、制限時間との戦い、茶師協会の人の目、チームに迷惑かけたくないというプレッシャー、時間内なら替えても良いという迷いの誘惑、対戦形式に合わせた柔軟な思考…。
高校の茶道部大会は、こんなにハイレベルなんだ…。
ピーーーッ
タイマーの音が会場に鳴り響く。
「それでは時間になりましたので、茶碗を回収いたします」
(結局、千歳先輩は茶を飲めていない…)
福井北陸の表情は全員あらゆるリスクを想定していたかのように、ただただ冷静だった。
「ではみなさま、一斉に名乗り紙を返して解をお見せください」
京絹学院:ろ・客・客・客・い
福井北陸:客・客・客・客・ろ
茶を飲めなかった千歳先輩は勘で答えるしかなかった。
当然、勘が当たるなどの奇跡が起きるわけがなく、京絹学院にとって大切な戦力は一服も戦うことができずに畳の外に出るしかなかった。
「第一服は『客』です。
間違えた選手は畳の外へ」
(くそ、しくじった…。俺がもっとタイマーをちゃんと見ていれば…)
「先輩!すみません…俺…」
立ち上がって畳を離れる千歳を思わず振り返る。
「京絹学院!私語および脇見は禁止します」
「あ、すみません…」
少しだけ見えた千歳の表情…。
(先輩…ごめんなさい…俺が不甲斐ないばかりに…
まさか第一服で千歳先輩を脱落させてしまうことになるなんて)
背後では光瑠が声を殺す音が聞こえてきた。
「では、続いて第二服をお配りします」




