第五十六服 播磨白鷺(1)
やばい…やばい…! 王子様…きたぁぁ〜
京絹学院の部員さんだったんだぁ〜
ってことは、もしかしたら次の対戦相手?
きゃ〜!張り切っちゃうな〜!
京絹のみなさんも絶対勝ち上がってもらわないと〜
うちらと対戦できるように、エール送っとこ〜
(!?)
きゃー!いま、目合っちゃった?合っちゃったよね?
わたしのラブな光線、届いちゃった?!
もしかして相思相愛系?
やば〜い!
この人たち、ちゃちゃっと片付けて、すぐ向かいますねぇ王子様〜!
* * *
え、さっきぶつかったあの子、めっちゃ俺のこと睨んでる…俺、すげぇブチギレられてる…
こわ!
そんなに強くぶつかったのかな…
やべ〜よ〜…
いや、とりあえず、目の前の茶に集中しよう…。
「それでは、第一服をお配りします
みなさま、体を壇上に向けてください」
司会の号令で出場者が一斉に壇上の方に体を向け直した。
「飲み終わったら、ご自身の外側へ置いてください。
その際に折据に名乗り紙を入れてください。
半東が茶碗と一緒に折据を次の方へお運びします」
開戦の合図の挨拶と試み茶では、各畳の上で対戦校がそれぞれ向かい合って座っていたが、この本茶・非茶戦では名乗り紙のカンニング防止のために縦一列となるのだ。
背中しか見えないので、名乗り紙どころか表情だって見えない。
第一服を飲み終えた光瑠が自身の右側に茶碗をおき、名乗り紙を折据に入れた。
不正がないかどうかと、横に立つ審査員と半東の目が光る。
手は少し震え、耳の辺りを真っ赤に染めている。
表情は見えないが、明らかに困惑して自信のなさそうな様子が伝わってくる。
(そんなに…難しいのか)
お辞儀をして一口含む。
(…!)
(これは…本茶?いや、試み茶とは若干違う気がする…でも点てた水が違うなら、この微妙な違いもあり得る…。
確かに、光瑠が困惑するのもわかる。味の違いを探そうと思えば思うほど困惑する。
答えは『本』か『非』の二択しかないのに…)
(やばい、はやく茉莉に茶碗回さないと…)
(たぶん…非茶だ…)
みんなはどちらを選択したのだろう…後ろに並ぶみんなの様子も全くわからない。
自分が茶を判別できるかだけじゃなく、みんなが正しい回答ができているかもわからない…だからそれがプレッシャーとなってよけいにメンタルが削られる。
これがチーム戦の闘茶…。
「では、第一服の茶カブキ之記を順に読み上げます。
京絹学院、非・非・非・本・本
播磨白鷺、本・本・本・本・本」
(…!? …播磨は五人とも本茶…!?)
「第一服の茶は…『本茶』
よって、第一服の勝ち星は播磨白鷺となります」
「く…!」
光瑠の肩が小刻みに揺れている。
それを見た途端、膝の上で握った拳のなかで、自分の指の爪が掌にぐいっと食い込んでいるのもわかった。
(第一服、落としてしまった…)
(自分のミスがチームの勝利に大きな影響を与える。
こうやって読み上げられて、間違っているのがわかったら次の一服の判断にもプレッシャーだ…)
「うぅ…」
後ろから茉莉の絞り出すような声が聞こえてきた。
(一年生全員不正解…やばい。すでに京絹の雰囲気が…)
「それでは、第二服をお配りします」
(!…もう配られるのか…思ったよりも展開が早い…)
(…?)
視界に入った何かが気になって顔をあげると、あの人の姿が瞳の中にくっきり映った。
(…)
女性のようにしなやかな手首をゆらりと動かし人差し指を唇に運んだ。
口をパクパクと動かしている。
(何か、俺に伝えようとしている?)
やがてその手を、喉元、眼、そして顳顬あたりにゆっくりと動かした。
『味じゃない…眼で、アタマで、感じて…』
(あ…)
そうだ…味の違いを判別するんじゃなくて…。
感じるんだ。
色を…音を…その奥にある景色を…。
(この茶は…)
今度は、迷うことなく名乗り紙を選択し、折据に入れて、茶碗を右手に出した。
「京絹学院、本・非・本・非・非
播磨白鷺、非・非・非・非・本」
「第二服の茶は…『非茶』
正解数三対四により、勝ち星は播磨白鷺」
(…!)
なんとか俺は正解できたけど、もう後がなくなった…。
まさか茉莉が、第二服目も間違えるなんて…。
播磨白鷺に視線を運ぶと全員うっすらと笑みを浮かべて余裕の表情で座っている…。
「すみません、水休憩いただいても良いでしょうか」
(ハッ…)
透が審査員に進言した。
春戦では一回戦につき一度だけ、三分間の水分補給や口直しなどを目的とする、いわゆる『タイム』が許されている。
水分補給が目的なので、味の情報交換など不正をしないために会話は禁止されている。
とはいえ、プレッシャーのかかるこのタイミングでのタイムはおそらく必須だった。
全員が立ち上がり、無言でペットボトルの水を口に運ぶ。
すると、透が茉莉に顔を向け、人差し指を口元の前で立て、シーっとしてから左後方に目配せをした。
茉莉はその方向へ目をやると、少し目を潤ませた。
その後、茉莉の表情はきゅっと引き締まり、眼差しが静かになったようだった。
三分が経過し各自が戻るとき、透が審査員の耳元に向かって何かを囁いているのが見えた。
(どうしたんだろ)
* * *
え〜!?京絹の部員さんたち、まさか二服目も落としちゃった〜?頑張ってくれないとダメじゃ〜ん!
このままだとなんかやばそうな雰囲気〜?
王子様とお見合いできなくなっちゃう〜!
あの播磨って学校、去年の戦績見たけどあんな強かったっけ…。
確かに去年の茶カブキ之記を見たら、一人だけちゃんと正解していた人がいた気がしたけど…。
あれ…?あの人、ひょっとして…。
…。
「すみません、福井北陸、水休憩お願いします!」
* * *
「それでは、第三服をお配りします」
茉莉は少し緊張がほぐれた様子だったが、光瑠は暗い顔をしたままだ。
光瑠は自分がチームの足手纏いになっていると感じているのか、目を伏せたままだ。
休憩期間中、チームメンバー同士は会話を含むあらゆる接触ができない。
光瑠を鼓舞することもできずに、戻るしかなかった。
…
「京絹学院、本・非・非・非・非
播磨白鷺、非・本・本・非・本」
「第三服の茶は…『非茶』
正解数四対二により、京絹学院に勝ち星が上がります」
(ほっ…)
茉莉、違いを感じるようになってきたのかな。
先輩たちは安定している。
ただ、光瑠は…。
とにかく、一勝したんだ。
この流れを止めないようにしないと…。
その横で、またわっと歓声が上がった。
また福井北陸が奈良・春日野学園を圧倒して、勝ち星を三つ先取したのだ。
(す、すげぇな)
福井北陸の方をチラッと見る。
部員たちはお辞儀をしてから立ち上がって短いスカートをふわりと浮かせて畳を後にする。
(…?)
気のせい…?
なんか…また、あの子にめっちゃ見られた。
つうか、今度はウィンクされた…。
(いや、それより、茶に集中…!)




