第五十五服 第二回戦・開幕
他方で、『に』の畳の応援者から歓声が上がっていた。
福井北陸が対戦校である京都・桂陽に勝ち星を一つもとらせず、あっという間に三つ先取して圧勝したのだ。
福井北陸の畳にいたのは全員女子だった。
おそらく光瑠が見せてくれたPinstagramの投稿に写っていた子達だろう。
茉莉に負けないギャルっぽいメイク。セーラー服のスカートはみんな一様にこれでもかというほど短く、周りのこちらが恥ずかしくなる。
しかし、その姿勢や所作はギャル風の姿に似合わず、長い時間茶と対峙してきたであろう雰囲気を思わせるのだから不思議である。
千歳の眉毛がぴくりと動く。
「やっぱり永井の家の子がチームを牽引しとる感じやな…。
初出場やのに大したもんや」
「ああ…。ただ『は』の奈良・春日野学園と石川・能登島明誠は、おそらく春日野が勝つやろ。
春日野は毎年けっこうええ線いくんや。あの洛西も若干手こずったことあったしな。
そやから、初出場のあの子らがどこまで上ってくるか…」
銀次郎も前例のない相手に顔がこわばっている様子だった。
「その前に、うちらの初戦の相手、播磨や。いつもそない強ぉないはずやのに…圧勝やなんて」
千歳の焦りはより一層濃くなっている。
「せ、先輩!俺、マジで足ガクブルっす!」
「ひかるっち〜そんなんいうたらうちまで伝染するやんかぁ〜、なぁ〜あおっち!」
二人とも緊張の色を隠しきれない様子だ。
「あ〜そうだね…」
というか、いつの間にか顧問がいない。
(こういう時って普通、顧問が声かけてくれたりアドバイスくれたりするんじゃないのかよ〜)
つい先ほど判明した『藤露 透の正体』の動揺からは少し頭が冷えたようだが、今度はいつも何を考えているのかわからないその人の姿が見えずに感情が浮遊する。
(あ〜もう…気持ち…切り替えないと…)
洛西学院の面々はあの御曹司を筆頭に余裕綽綽といった表情だ。
「ま、今更焦っても意味ないねんから、まずは丁寧に初戦突破めざそ」
銀次郎は部員一人一人の肩を叩いた。
副部長の一声で京絹茶道部は少し落ち着きを取り戻し、第二回戦の開戦を待った。
* * *
第一回戦の全ての対戦が終わり、トーナメント表に二回戦に進出した各校の名前が書き出された。
『い』
京都・嵐山学院 対 三重・伊勢旭
『ろ』
奈良・春日野学園 対 福井・福井北陸
『は』
兵庫・播磨白鷺 対 京都・京絹学院
「これより三十分間の休憩時間となります。
第二回戦の出場校は時間までに各校の指定の場所へお戻りください」
司会者のアナウンスがあり、みんなトイレに行ったり、自販機で飲み物を買ってきたりすると言って一斉に出ていき、がらんとした会場が残された。
人がいなくなると途端に天井が伸びたように感じる体育館には、昼に向けて高くなっていく日差しが窓のサッシを通じてその床に短い影を落としている。
体育館の横に並ぶ大きな楠の枝が風に靡いて、若葉の揺れる影が畳の上をさやさやと撫でる。
体育館の中を歩くと、先ほどまでの茶の残り香が、微かに鼻と唇に触れた気がした。
三種類の水、三種類の非茶。
確かに、そこにある色と音が少しずつ違う。
多くの観衆の音や気配がなくなってはじめて、そこにあった小さな個性が碧に話しかけているように感じた。
この感覚が続けば…ちゃんと感じ分けられるかもしれない。
「お〜い碧〜!お前トイレとか行かなくて大丈夫なの〜?」
外の廊下から光瑠の声がしたので振り向いた瞬間、
ドンっ!
「あ!ごめんなさい」
ぶつかった勢いが強すぎたのか、相手が派手によろけたので、慌てて片手で相手の手を取り、もう片方の手を背中に回して体を支えた。
(あ…)
福井北陸の…
「す、すみません!大丈夫でしたか? 後ろにいるって気づかなくて勢いよく振り返っちゃって…」
コクンと頷いたので、上体を起こして手を離した。
腰のあたりまで伸びた髪が体育館に落ちた光をふわりと反射する。
「あ、じゃあ、次の試合、頑張って…!」
(あれ、頑張ってもらっちゃダメな気がするけど、まあいっか。
それよりトイレ行かないと休憩時間終わっちゃう!)
* * *
「あれ〜芽衣。なに顔赤くしてぼーっとしてるの?」
「って、ほんとに固まっちゃって全然動かないじゃん」
「おーい芽衣〜??」
「い、いま」
「ん?」
「王子様に…」
「は?」
「お姫様抱っこしてもらった…」
「は〜?なに芽衣、また得意の妄想〜?」
「いや、マジで…やばい…。運命の王子様…ついに出会っちゃった…」
「はいはい、わかったわかった。とりあえずこの後の二回戦、集中していこ〜」
「え〜私の王子様、どこ行っちゃったの??ねぇ〜絶対結婚する〜!」
「はいはい」
* * *
「それでは、第二回戦、本茶・非茶戦をはじめます。
一回戦同様、試み茶をお渡しします。
本茶は三種類の水で点てられます。
非茶は三種類ご用意します」
「勝ち星三つ先取したチームがトーナメントに進めます。
それではみなさま、頑張ってください」
(いよいよだ…)
『は』の畳に光瑠、碧、茉莉、銀次郎、千歳の順に一列に座して、試み茶がくるのを待つ。
ふと、どこからか視線を感じる。
周りを見渡すと、さっきぶつかってしまった福井北陸の女子から猛烈に睨み付けられている…。
(え、やべぇ…俺…あの子にめっちゃキレられてる…)
とにかく今は集中しないと…。
そう思えば思うほど、いろんな雑念が頭に入ってくるうえに、強烈な視線は相変わらず背中を刺してくる。
すると視界の横に一人の影が入った。
美形妖怪がいつものキラキラ笑顔でひらひらと手を振っている。
(今までどこ行ってたんだよあの人…は〜もう…)
いつも通りの、その他人事のような笑顔にさらに力が抜けた。
光瑠から試み茶が回される。
(やばい、集中しないと味覚えらんねぇ)
「それでは、本番を始めます」
京絹学院の春戦が、今幕を開ける…。(大丈夫かな…)




