第五十四服 藤 真紘露 (キャラクターデザインイラストあり)
「露真さん。どうぞ、こちらへ」
美形妖怪(弟)が壇上に立ち、マイクが渡される。
会場中のどこからともなく、女性たちの桃色の吐息を纏ったざわめきが漂ってくる。
(え?ふじ?ろしん?あの人の実弟だよな? 『ふじつゆ まひろ』じゃなくて?
しかも、藤千家って、三千家の…だよな。その宗家?)
あまりにも聞き慣れない言葉の連なりにクエスチョンマークがとめどなく噴出する。
慌てて式次第を見直すと、確かに、『藤 露真(本名: 藤 真紘露)』と書かれている。
「会場にお集まりのみなさま。
ただいまご紹介に与りました、藤 露真と申します。
本日は、長男の露透が会場におりますのに、兄上を差し置いてこのような場に上がらせていただきますことは、少々憚られる思いでございますが…」
(え??え? ろしゅう?だれ?
兄ってことは、、あの美形妖怪のこといってる?)
「私の学生時代に春戦に出場し、仲間たちと共に切磋琢磨し青春を過ごしたこの場所にお呼びいただいたご縁に、大先輩方の胸をお借りしながら、お応えできればと思っております。
若輩者ではございますが、どうぞ本日はよろしくお願いいたします」
「せ、先輩!フジ…先生、何者なんですか!露透って…?」
なるべく声を小さくしながら銀次郎に耳打ちした。
「は?なんやお前知らへんかったん?
フジ先生は藤千家、宗家の長男で、露透いうのは藤千家の茶名や。
代々『露』の文字をもらうんや。
襲名は『露千』 ちゃんと勉強せえよ〜」
頭をコツンとされたが、それよりも動揺の衝撃が大きすぎてコツンの感触は空を舞った。
『露透』の方を銀次郎越しに覗くと、ふぁぁ、と茶碗一個入りそうな大きな口を開けて欠伸をしている。
「露真さん、ありがとうございました」
マイクが返される。
「え、じゃあ藤露っていうのは…」
「あ〜あれは通称や。あんま好きやないんやて。自分の、藤透露の名前が」
(光瑠、最初そんなこと全然言ってなかった…!)
光瑠を睨むと、『言わなかったっけな〜?』といった顔で惚けている。
(みんな情報伝達がテキトーすぎる!)
「それではルールの説明に入ります」
「第一回戦および、第二回戦は、本茶・非茶戦です。
各校、五人の選手を選出してください」
確かに、少し前に軽く流派について調べた時に、百を超える流派のうち、利休から始まる千家と呼ばれる系譜があり、 その中に藤千家と言う文字を見た。
その時『藤』という文字を見て、フジ先生と何か関わりがあるのかもしれないと、頭の片隅にずっとモヤモヤと残っていたものがあったが、武家の茶道の方に興味を引かれてからいつの間にかそれについて言及するのを忘れていたのだ。
「まず、試み茶として本茶を飲んでいただきます」
(なんだよ『通称』って…。芸能人かよ…)
「本番では、出された茶が本茶か非茶かを答えていただきます」
関わりがあるどころか、宗家の長男なんて…。
「ただし、本番の本茶は、試み茶で点てた水の他、合計三種類の水で点てられます。
その一服がどの水で点てられたかは明かされません」
会場が一斉にざわめき立ったのが鼓膜に触れた。
でも、ルールの説明がまったく頭に入ってこない。
別に、そんなに驚くことではないはずだ。
土色と淡い紫の花弁が開く瞳を持った中性的な容姿と、舞のような所作。
全てがどこか浮世離れしていて、歴史ある茶園や京菓子屋の当主との縁も、弟に頼んで大量に持ってきた銘柄茶も、普通に考えたら茶の世界の巨大な家の血縁なのだとしてもおかしくない。
別に騙されたわけでもないのに。
はぐらかされたことがあったわけではないのに。
「また、非茶も三種類ご用意しています」
会場のざわめきは一層大きくなった。
この世界の『本物』みたいな人が、あの人なんて。
「全五服の濃茶を点てますので、一服を五名で回して飲んでいただきます」
なんだろう…。
(バカに…しやがって…)
ちがう。
別に誰も俺のことをバカになんてしていない。
「各服を飲む毎に、本または非と書かれた『名乗り紙』(*回答用紙のこと)を『折据』(*名乗り紙を入れる箱のこと)に入れてから、次の方に茶碗を回してください。
執筆(*記録係のこと)が、茶カブキ之記に回答を記録します」
でも、なんだかまた急に、この世界から疎外された感覚が降りかかってくる。
自分には何のルーツもないことが、自分には誇れるものが何もないことが、こんなに嫌に思ったことなんてなかったのに…。
「碧〜俺ら全然こんなこと練習していないのに、マジで大丈夫かな〜」
シャツの肘のあたりを摘んでついついと何度も引かれてから、光瑠に話しかけられていることに気づいた。
「各服毎に回答を集計し、正解数の多いチームが勝ち星を取得します。
先に星を三つ獲得したチームがトーナメントを進めることとなり、もし、両校勝ち星二つの状態で第五服が引き分けの場合は、正解数の合計で勝敗を決めることとなります」
『先に星を三つ獲得したチームの勝ち』
かろうじてこの部分だけ脳内で理解できたが、結局ルールが全く頭に入ってこなかったので、もう一度光瑠に説明してもらう羽目になった。
* * *
「なんだよ碧、寝不足?緊張してんの?」
光瑠は説明しながら心配そうに顔を覗き込んだ。
「いや、ごめん、なんかぼーっとしちゃって」
「えーもしかして雪先輩のやつ感染った?」
「いや、体調悪いわけじゃなくて…」
「大丈夫かいな碧。とりあえずみんなで一戦目の『ほ』の対戦、見とこか」
銀次郎が部員を伴って『ほ』の畳の前に移動した。
『ほ』の畳は壇上に近い場所にあり、各校の応援や見学に来ていた立英館の人混みを抜けるのに少し時間を要した。
京都・京雅東山と兵庫・播磨白鷺がそれぞれ一列に並び、試み茶がだされるのを緊張の面持ちで待っていた。
千歳の話だと、茶道部はお作法やお点前の練習を重視している高校が多いため、闘茶という競技を行う春戦は、出場校の大多数が記念出場ということだった。
逆に夏の大会はお点前の技量を競う大会であるので、夏の方が熱量が高いとのこと。
この二校も毎年記念出場らしく、おそらく心配はないとのことだったが…。
今日この日、播磨が東山を圧倒して勝利した。
「今年はなんや…嵐の予感がするねぇ」
壇上で『露真』がそう呟く声がふと耳を掠めた。




