第五十三服 橘 玲央 (キャラクターイラストあり)
「あー橘…はん。どうも」
銀次郎は少し目線をはずしている。
(この人が、例の御曹司…)
「松葉はん。先日もどうも。うちの家のもんがお世話になって。
ほんま、松葉屋はお料理もお部屋も、いつもいつもすばらしいですわぁ」
あの妖怪とはまた別のキラキラを放っている。
なんだか…イメージと違う。
もっと傍若無人なタイプだと思っていた。
もっとほら…よくあるラノベの異世界転生の。
すごい目つきが悪くて、最後は圧倒的敗退しちゃう、カタルシス系ストーリーのめちゃくちゃ性格の悪い悪役っぽい感じなのかと…。
「そういえば、噂に聞いとりましたよ、奥乃瀬の娘さんが入部されたと」
その人は茉莉の方をちらっと見やった。
「たしか、茉莉さん…とおっしゃいますよね。
おばあさまにはいつもお世話になっとります。橘のものです」
「あぁ…『レオ』さんですね。お噂は…予々(かねがね)…」
茉莉は取り繕った笑顔で、その名前をなんとか喉の奥から引っ張り出した様子だった。
(やっぱりお茶業界は繋がっているよなぁ。
福せ、あ、茉莉にとってはたしかに苦手なタイプかもなぁ…)
隅々まで手入れされた清潔感のある容姿と、丁寧なお辞儀、穏やかな笑顔は悪役とは程遠く見え、ライバル校とはいえ、その存在はこの茶の世界にあって然るべきだなと思わせる…。
「どうも…橘はん」
「これはこれは、廻谷はん。
昨年、私に負けてあんなふうに泣いてはったから、今年はいらっしゃらないんやないかと心配しとったんです。
いやぁ、まさか、またお目にかかれるとは。鉄の心臓やわぁ」
前言撤回。
めっちゃ嫌なヤツ。
隅々まで〜七十五文字取り消し。
成敗されろっ。
「それはご心配どうも。決勝でお待ちしておりますさかいに。
ではみなさん、参りましょうか」
くるっと反転し、すたすたと歩き始める千歳を止めることができずにみんな慌ててその背中を追いかける。
「くっそーあいつめ!!ぜったい今年は鼻を明かしたる!」
「ち…!千歳先輩…!落ち着いて…つうか、歩いてる方向逆だし…!」
完璧に炎上した千歳の火の粉が最初に降りかかるのが、一番闘茶の仕上がりの悪い自分であると危惧したのか、光瑠が慌てて千歳を宥める。
(千歳先輩も、くそーとか言うんだな…)
「ちーどうどう…心の乱れはあかんて〜」
「うっさい銀。これが落ち着いていられるかいな…!」
「あ〜銀ちゃん!!ちーちゃん!!ひさしぶり〜」
「あ!マヒロさん、ご無沙汰っす!」
銀次郎が明らかに喜びの表情を見せた先にいたのは、あの美形妖怪の瓜二つの人物だった。
「この間の茶葉、マジ助かりました!」
「ええんよ〜お安い御用やぁ〜」
「今日は何しに来はったんすか?」
「え〜銀ちゃ〜ん。ちゃんと大会ページ見てないん〜?
僕、特別ゲストでお呼ばれしとんよ?」
「え!そうやったんすね!すんません、まったく見てませんでしたわ」
「ひどいなぁ。めちゃイケメンの写真載せてもろてるのに〜」
このマヒロさんと銀次郎先輩は相当仲が良いらしい。
そういえば、あの人とも仲がいいもんな。
この弟も、あの人に負けず劣らずのナルシストと見える。
「すんませんてぇ。あ、そや!うちの新入部員紹介しますわ
奥乃瀬茶園の茉莉。
京焼の窯元の光瑠。
それと、イケメンフォトグラファーをパパにもつ、碧!」
「あ〜君が碧くんね!兄貴から聞いてはるよ〜!
なんかおもしろいのいるって〜」
(おもしろい…。それはオモチャとしてってことなのか…)
美形妖怪の髪を短くしてテンションを上げたような人を目の前にして絶妙な気分だ。
「どうも、多比良です…」
「うちの兄貴がいつもお世話になってま〜す!」
右手を綺麗な両手で包み込まれ、このテンションの高さと、ひんやりとした手の感触のギャップに余計妙な気分になる。
「『碧』いい名前だね」
「え?あ、ありがとうございます…」
握られた手に少し力が入った気がした。
「あ!!兄貴〜!!!」
突然右手は放り投げられるように解放された。
満面の笑顔でブンブンと手を振る奥には、本人のロングヘアバージョンの人物が向かってきていた。
「あ、センセ!やっと来たやん!つうかマヒロさんがゲストだってなんで教えてくれへんかったんすか」
銀次郎もロングヘアバージョンの方へ向かっていく。
「あれ〜伝えてなかったっけ?
まぁ、言っても言わなくてもマヒロがくることは変わらないしさ」
「え〜兄貴、そんな寂しいこと言わんといてぇ。僕泣いてまう〜」
ショートヘアの妖怪がロングヘアの妖怪に抱きついている。
ちょっとブラコンの気がありそうだ。
「マヒロは相変わらず甘えん坊さんだね〜。
というかもう時間だし、早く会場入ろ〜」
(自分がギリギリに来たんじゃないか…)
「あ、僕もそろそろ行かへんと!
茉莉ちゃんと、光瑠くんも!あ、ちーちゃんもね!がんばってなぁ〜!」
千歳は一つ会釈するだけだった。
気のせいか、その人と一度も目を合わせていないように感じた。
会場に入ると、大会の式次第が配られた。
改めてトーナメント表を確認する。
第一戦目はシード以外の十校が対戦する。
・第一シード:京都・洛西学院高等学校
・第二シード:京都・京絹学院高等学校
・『い』:京都・嵐山学院高等学校 対 滋賀・近江栄高等学校
・『ろ』:京都・立英館大学附属高等学校 対 三重 ・伊勢旭高等学校
・『は』:奈良・春日野学園高等学校 対 石川・能登島明誠高等学校
・『に』:福井・福井北陸高等学校 対 京都・桂陽高等学校
・『ほ』:京都・京雅東山高等学校 対 兵庫・播磨白鷺高等学校
『い』・『ろ』の四校の中から勝ち上がった一校が、第三戦で第一シードである洛西学院高等学校と対戦する。
そして第二シードの京絹の初戦の相手は、『ほ』から勝ち上がった学校となる。
「それでは時間になりましたので、第33回、全国高校茶道部選手権 春予選を開始いたします」
開会式は立英館の理事長と副学長がそれぞれ挨拶を行い、日本茶師協会の偉い人が開会宣言を行なった。
「では、今回のルールをご説明する前に、特別ゲストとしてお越しいただいた藤千家宗家のご次男、藤 真紘露さんこと、露真さんより、ご挨拶をお願いいたします」
(…は!?)




