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第四十九服 トーナメント表

 

 全国高校茶道部選手権大会 春予選 - 近畿・北陸地区 トーナメント表

 透が差し出したスマートフォンを覗き込む。


 茶道部を有する高校は全国には山ほどある。

 文化系の部活として活動日はそこまで多くないので他のお稽古事とも両立でき、作法や伝統文化を学ぶ場として特に女子には人気が高い。

 逆に言うと、このような選手権に出るような競技志向の部活はほとんどないということになる。

 だから、『全国大会』といっても毎年同じような顔ぶれの高校が出場枠に名を連ねている。


 花:北海道・東北

 鳥:関東・中部

 風:近畿・北陸

 月:中国・四国・九州・沖縄


 これら四つの地区で予選が行われ、春と夏の予選の成績から各地区上位三校が、冬の本戦つまり決勝戦に出場できると言う仕組みとなっている。

 ただしこの大会の仕組みは名ばかりで、風地区=近畿・北陸、特にここ京都だけが激戦区であり出場校が一番多い。

 逆に北海道・東北地区は予選の出場校が二校しかなかった年もあり、念のため競技は行ったが、成績に関係なく決勝へと進むこともあったとか。

 そこで近畿・北陸地区は不公平をなくすために特例的に他の地区が空いている枠の数分を移設でき、その枠の数分が決勝に進むことになったのが最近の話らしい。


「あれ、やっぱり今年の出場校ちょい減りましたね」


 千歳が透のスマートフォンを奪う形で手に取り、画面を白く形の整った人差し指と中指を使い、拡大しながら隅々まで眺める。

 近畿・北陸地区のトーナメント表を見ると十二校が参戦していた。


 去年は十八校が出場していたらしいが、昨年の選手権の内容の難易度が高すぎたため、千歳は今年は出場校が減るかもしれないと予想していたのだ。予想は的中した。

 京都から六校、その他は奈良、兵庫、三重、滋賀、石川、福井からそれぞれ一校ずつ。


「あれ、うち、シードなんすか?」


 碧は千歳の画面操作に合わせて目を動かし、自分の学校の名前がトーナメントのシード枠にあるのを発見した。

「あれ、ほんまやー!」

 茉莉が覗き込んだので、ピンクの三つ編みで視界が遮られ、画面が見えなくなった。

「うちら、昨年冬の本戦に出場しとるからシードなんよ」

 千歳はちょっと自慢げに鼻を鳴らした。

「じゃあ、初戦勝てれば、もうベストフォーいけるってことっすね!」


「え、あおっち計算早っ!えーっとそうなん?」

 トーナメント表を指でなぞりながら茉莉が確認する。

「ほんまや!」


 出場校の数は十二、京絹学院は第二戦から参戦であるならば、順当に行けば二戦→準決勝→決勝へと進める。

 単純な計算だが角が立つといけないので口を噤(つぐ)む。

「でも、もう一個シード校ありますね。しかも準決勝からなんておれらよりランク上ってことは」

 茉莉の三つ編みを持ち上げて、もう一度スマートフォンの画面を視界に入れる。

「そうや、これが、例の因縁の相手…」

 銀次郎がチラリと千歳の表情をうかがった。



「洛西学院高校…!」

 千歳は昨年負けたのがよっぽど悔しかったのか、目の中にドロンドロンと呪いのような炎を宿しているので、その場にいた全員が無意識に数ミリ千歳から後退りした。


 確かに前回、そんなことを言っていた。


 洛西学院高校。

 東寺のすぐ西に位置し、偏差値75以上を誇る関西屈指の超難関校だ。 

 しかしガリ勉ばかりが通うわけではなく、それどころか各種体育系の部活の全国大会へ出場履歴や優勝記録は数知れない。

 文化系の部活も活発であり、絵に描いたような文武両道の名門で、茶道部もその洛西の名に恥じぬ強豪っぷりを見せている。

 そして昨年、洛西茶道部の新入部員である『某御曹司』とやらに千歳は惜敗したのだ。


「ま、洛西は順当に勝ち進むやろな。

 それはそれとして…なんや、見たことない学校名が一個あるなぁ。福井北陸高校?」


 スマートフォンを握りつぶしそうな千歳から今度は銀次郎がそれを奪い取り、他の出場校の名前をチェックする。


「勝ち進んだら準決勝で当たるんか〜強いんかな。去年も出場しとった他の奴らは、大したことないっちゅう印象やったけどな」


「おれ、時間ある時調べときますよ!リサーチ得意なんで!まずはベストフォー死守っすね!」

 シードであることにほっとしたのか、今日のお点前にある程度うまくいった感触があったからか、いつもの呑気な光瑠の発言がドロンとした雰囲気をカラッとさせてくれた。


「はーい。と、いうことで」

 女性のように細い手首をのばして銀次郎からスマートフォンを取り上げると、それについた指紋などを帛紗で神経質に拭った。


「ぼくもすっかり忘れていたけど、来週って部活はお休みだよね? だから、大会まで部活は、実質あと四日しかないから各自お家で自主練もしてきてね」


 指を四本立てて笑う顧問は、まるで他人事のようだった。


「え?来週休みやったっけ?」

 雪乃が甲高い声で聞き返すと「うわ!そやった!忘れとった!」と茉莉が頭をかかえた。

 千歳もしまった!と言う表情で人差し指をこめかみに押し付けた。

「あーそや来週、中間テストやったわ…」


 そうだ、確か入学式の日に配布された年間スケジュールに【 5/17-20 中間テスト】と書かれていた。


「やべぇ!そうだ、中間テストの勉強に闘茶の自主練なんてできるかな…」

 光瑠はテンパっている時はわしゃわしゃと頭を両手で掻く癖がある。


「え、つーか自主練ってどうすりゃいいんですか?」

 もともとのくせ毛がさらに自由奔放に散らかった光瑠は半泣きな様子で、他人事のように笑っている顧問を見上げた。

「じゃーん! みんなのために、いろんな銘柄茶を用意したよ」

 『サプラーイズ!』と漫画のような文字を頭上に浮かべて、入り口の襖を開け畳に入る前の板間に置いておいた紙袋を取って中身を見せた。

 中には様々な銘柄が書かれた茶筒がたくさん入っていた。


「えー、センセ、ええんですか?高級茶葉ばっかやないすか!」

 銀次郎が紙袋を漁って、畳に並べ始めた。

「うん、弟にお願いしてたんだけど、弟がすっかり忘れちゃっててさ〜時間かかっちゃったの。ごめんね。 はぁ〜ここまで持ってくるの重たかった〜」

 労って欲しそうな表情で右手をグーにして左肩をコンコンと叩いた。


(この人、弟いるんだ…!)

 そんな疑問が浮かんだ瞬間に、ふとまたあの敵意のような視線がどこからか湧いた気がした。気のせいだろうか。

「わ〜マヒロさんにほんまにありがとうちゅうて伝えてくださいね!」

 銀次郎は弟を知っているらしかった。



(マヒロさんって言うんだな。兄弟揃って茶道に関わる人なのか…)

 この美形に似た人物を想像して、なんだか鳥肌がたった。


「え〜銀次郎、僕にもお礼は?」

「はいはい、肩揉ませていただきますって」

「うむ、苦しゅうないぞ。銀」


 銀次郎と先生は仲がいいんだな。

 さっきの、前も感じたあの敵意のような感覚は、誰から…。


 って、そういえばまだ俺なんも道具揃えてねぇや…!


「す、すみません!おれ、茶碗も茶筅もまだ家になくて…!」

「え〜やる気あるんかいなあおっち!」

 茉莉がピンクの毛先をくるくるしながら口を尖らせてツイッと睨んだ。

「う…えっと、ちゃんとしたやつ揃えたほうがいいと思って…光瑠はもうもってんの?」

「俺はじいちゃんが使ってるやつあるから、それ使わせてもらうわ!」


「そしたら碧、明日とか学校終わり空いてるんやったら俺んち来いな!

 確かに道具選びは色々知ってからの方がええから、間に合わせならうちの店で棚に眠ってるやついくらでも貸したる!」


 頼れる兄貴分は、まだ顧問の肩を揉んでいる。


「うわ、まじっすか!助かります!明日行きます!」

「おっし、じゃ、肩揉み交代やな!」

「え…!」


 銀次郎に腕を掴まれ、強引に艶やかな長髪が流れる肩の上に手を乗せられた。

 なんで、おれが…!

 華奢なようでいて、自分よりもずっと男らしい僧帽筋にハリのある着物姿の人物の肩をなぜかマッサージさせられている。


 その人は顎をこちらへ少し向け、いつもの流し目でニヤリと笑った。

 (くっ…!この妖怪め!)

 銀次郎先輩は、なんで何事もなくこの人に絡めるのか…!

 まて、俺がこっち系? いや、いや違う違う。

 くそーまた変な妖術か…!

 は…!!

 こいつが安倍晴明の末裔か!これは呪術か!

 ※違います


 次第に頬が熱を帯びていくのを誤魔化すように、ノリツッコミを頭の中で繰り返しながら、その婉麗たる肩にガシガシと力を込めた。


「あ、あと、碧と光瑠は自主練以外にも、いろんな産地の特徴を調べて覚えておくといいよ。

 先入観はよくないけれど、産地ごとの違いや茶葉にはどんな特徴があるのかの予備知識としてね。茉莉も、他のみんなも復習がてらね」


 顧問はそう言うと、肩を揉む俺の手に自分の手を重ねて「もういいよ、ありがとう」と言ってニコリと笑った。


(わざわざ手を触らんでも…!)


 思わず手を引っ込めた。


「勉強も忘れずにね〜」と帰り際に部員を見送る顧問は相変わらず他人事の様子だ。

 その薄っぺらなエールを受け、部員六人はそれぞれの表情を浮かべた。



 中間テストに闘茶の自主練…本当にこなせるだろうかと不安に思う以上に、自分があの人の思うままに反応していることに納得がいかない。

 そしてそれと同時に、当分おもちゃにされる気がしてゲンナリした。


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