第四十六服 闘茶
今日はなんだか目覚めが良かった。
親父が何気なしに伝えてくれた坐禅という方法は、自分に合っているらしかった。
考えてみれば、たった一回のしかも初めてのお点前の稽古でダメ出しされたくらいで、何をくよくよしているんだか…。寺崎だって、別に一生遊べないわけじゃあるまいし。
なんだかここ最近はいつもとちがうことが目の前で立て続けに起きて、一つのことにソワソワしてしまっていた。
「しっかりやれよ」親父の言葉をもう一度思い出す。
顔を洗う水が気持ちよくて、いつもより風が運んでくる音が心地よい。
学校に着くといつもの奴らが、碧の席の周りを囲む。寺崎もその中にいた。
そう、それはいつも通りの学校の風景だった。何百人といる生徒が、一人一人の物語を刻んでいるうちの一つ。みんながその物語の中で、少しずつ変化したりしなかったりする。
その中で、俺はすこし変化した。いや、すこし変化する方を選んだんだ。
いつもと違うことから逃げずに、進むことを選んだんだ。
変化は不完全なものを歩く道の途中にある必然だ。
だから、今は、そこをひたすら歩くしかない。
そんな気がする。
授業が終わり、黒板に残った文字を急いでノートに書き写し、旧校舎の第二棟の三階、茶道部の襖を開ける。
「おつかれさまです!」
「あおっち〜!!! 昨日、あおっちパパとゆきちゃん先輩の店来たんやて?? めっちゃイケメンやったて、ゆきちゃん先輩がさっきからずっと目からハートマーク取れんで、惚けてん!」
茉莉がすごい勢いで飛び出してきた。
「え?あ…あぁ 親父が仕事でまた長期間いなくなるんで、その仕事先の手土産にって思って行ったんすけど」
「え〜うちもイケメンパパ会いたかった〜」
茉莉が残念そうに言った途端、隣から真剣な目で雪乃が割り込んできた。
「碧くんのお父様、そんな長い間おらんの?次いつ帰ってくるん!」
雪乃がいい終わるのが先か、襖が空いたのが先か、銀次郎がニヤけながら部室にはいってきた。
「俺もイケメンみたかったわ〜。雪、茉莉。二人の声渡り廊下まで響いとるで〜」
その後ろには千歳と透もいた。
「碧の親父さんやっぱ、碧に似とるん?」
銀次郎がもう一人のイケメン(透)をチラ見しながら、対決させたそうな顔をしていた。
「いや、それがぜんっぜん似とらんくて、ビジュがほんまモデルさんみたいなんやぁ」
(おいっ...! 悪かったな、似てなくて)
「はは、ウケる! 俺も碧の親父さん久しぶりに会いたかったな〜!」
少し遅れて光瑠も到着した。同じく廊下で話を聞いていたようだった。
「え、光瑠くんも、碧くんのお父様あったことあるん?」
「はい、小学校の時ですけど!っつか、雪先輩はああいう感じのがタイプなんですか…?」
光瑠は雪乃に向かって若干言葉を詰まらせるように聞いた。
(あれ…?光瑠…?)
「あ〜はいはい、もうこの話はそれくらいにしとき。
てゆうか碧。雪んとに行ったんやったら、うちにも来てくれたら良かったのに。うちの店も烏丸御池にあるんやで。まだ扇子とかも持ってへんねやろ?」
「あ、すみません...!うっかりしてて」
「ちー、そんなこと言って、ほんまはイケメンパパ見たかったんちゃうん〜?」
銀次郎はまだこのネタでもう少し笑っていたいらしかった。
「そ、そんなんちゃうて。もうほら、くだらんこと言っとらんと、今日は闘茶の稽古なんやから。さっさと準備しよ」
(そうだ!今日は、闘茶の稽古だ!)
* * *
「さて、改めて闘茶の話を少ししようか」
碧の父親の話で盛り上がっていた部員たちに、仲間はずれにされて若干不機嫌な様子の茶道部顧問は、全員を座らせ座学を始めた。
(なんだ、さびしんぼうか? イケメンは面倒だな)
「闘茶は中国・宋の時代に日本に伝えられたんだ。
最初は京都の栂尾で穫れた『本茶』と、それ以外の産地の『非茶』を香りと味で当てるという形で始まった」
「お茶にも本物と偽物の戦いがあったってわけか」
光瑠が腕を組んで難しそうな顔をした。
「この二者択一の闘茶はやがて 四種十服茶という、競闘遊戯になった。 これが今の闘茶のルーツになっている」
「ししゅ じっぷく ちゃ……?言いにくいですね」
再び光瑠が口の中で早口言葉のようなそれを繰り返した。
「うん。基本的なルールは
──種茶を三種類と 客茶を一種類、合計四種類が用意される。
──まず種茶の三種類だけを順に試飲して味を覚える。これを試み茶という
──種茶を覚えたら本番、点てられたお茶が次々と順不同で合計十服だされる。
それぞれがどの種茶なのか、または試飲していない客茶なのかを回答する。それらを採点して正解数が多い人が勝ちとしたんだ」
「十服連続で飲むなんてすごいっすね」
碧はごくりと喉を動かした。
「うん、しかもね、その十服を何回も繰り返す「五十服茶」「七十服茶」一番多くて「百服茶」まで記録があって、当時の人は夜通し楽しんだらしい」
「え〜百服!!それマジなやつですか!」
光瑠は「絶対無理!」という顔で悲鳴にも似た声を投げて頭をわしゃわしゃと掻きむしっている。
「まあ、記録上のことだから真意は定かではないけれど…」
「いずれにしてもこのルールは、現在の茶師の段位審査に重要な茶歌舞伎(=茶香服に同じ)の基礎になっている」
茉莉が『茶師』という言葉に、ぴくりと肩を動かし眉を顰めた。
「江戸時代中期以降になると、この闘茶は如心斎宗佐らによって制定された『七事式』の中で、『茶カフキ』として茶の湯の修行のための一つとして遊びではない形で定められた」
「今年の春戦も、四種十服茶もしくは七事式のルールを適用した形で行われる」
「毎年、闘茶のルールが違うんですか?」
光瑠は情報過多ですでに頭がショートしそうな様子だ。
「うん、利き茶は変わらないけれど、チーム戦と言うこともあって、回答方式などいろいろ毎年変わってくるんだよね」
「たとえば、 先鋒、次鋒、中堅、副将、主将の順で利き茶の難易度が変わって一対一で勝ち負けを争う、星取り戦形式。
五人全員が回答を提示して回答して正解数の多いチームが勝ち進む、クイズ番組形式。去年はたしかこれだったね。」
「うわ〜それめちゃ緊張する〜!チーム戦は一人ひとりがめちゃくちゃ責任重大じゃないすか〜」
光瑠が自信なさそうに頭を抱えた。
「まあ、新人戦やし、そんなに気負わなくても大丈夫や…」
千歳が焦る光瑠の方を叩いた。
「ただ、本戦の予選でもある。やからせめてベスト4くらいには残らんと…」
「え〜先輩、それ全然フォローになってない!めっちゃプレッシャー!!」
光瑠はもはや半べそ状態だった。それは碧も同じ心持ちだった。
「まあ、最初はとりあえず慣れるところからはじめようね」
そう言って、透は全員に紙を配り始めた。
「闘茶をする前に、お茶の特徴を自分なりに覚えるところから始めよう。
配った紙に、今から点てるお茶の特徴を自分が覚えやすいように書き出してみるといい。
本番ではもちろんそんなことできないけど、まずは勉強と練習としてね」
「ちなみに闘茶は、基本、濃茶で点てるから」
こうして、京絹学院高等学校・茶道部の闘茶特訓が始まった。




