第三十九服 点と線
いつもお読みいただきありがとうございます!
これから先も茶道や伝統芸能、歴史の欠片が面白くなる描写も織り交ぜて、碧と碧を取り巻くキャラクターたちの紆余曲折と成長、高校の茶道部対決のバトルシーン、新キャラクターを描いていきます。
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ここまで、見よう見まねかつ自由に書いて誤字脱字多数&修正多数で投稿してきました(すみません)
やっとリズムがつかめてきましたので、できるだけ毎日、19:00-20:00の間に1話ずつ投稿していきたいと思います。
「せんせ、宿題ってなんですの?」
銀次郎が興味津々に聞いた。
「うん。 先週の部活の終わりに、碧にこっそり宿題を出しといたんだ。
何かしら茶の世界の一部を知っているみんなと違って、碧は片足入れたばかりのビギナーだから、早くみんなに追いついてもらわないと、と思ってね」
「なんや、そんなんこっそりせんでもええのになぁ!宿題なに出されたん?」
銀次郎の質問に、全員の視線が碧に集まる。
「えっと…まず岡崎にある旧三橋邸がいまの期間だけ特別に公開されてるから見に行きなさいって言われて」
千歳がはっと顔を上げた。
「あれ、限定公開、もう始まっとったん?」
「はい。連休中にひとりで行ってきました」
少し声が弾んでいるのを自覚しながら続けた。
その時に見たものが、目の裏に鮮やかに蘇った。
──門をくぐった途端に現れる静観と整えられた日本庭園。
池には初夏の睡蓮がふっくらと咲きはじめており、錦鯉が当たり前のように泳いでいた。
三橋家の旧邸宅は壮観な日本家屋の裏に洋館を建て増ししたらしかった。
数年前に親父が建築家の巨匠の撮影をしていた時に、これでもかというくらいあらゆる建築の写真と共に入れ知恵された碧は、その意匠が、まさしくコルビュジエの意志を継いだ坂倉準三が三橋家のために古い家屋との調和を果たした設計だとわかった。
母屋から少し歩いたところに離れがあり、そのさらに奥に茶室があった。
不思議な作りで、六角形をなしており、入り口は躙口ではなく、暖簾のかかったガラス戸であった。
これも坂倉の設計なのだそうだ。
商社として財を成した三橋家が多くの海外要人を招く場所として作られたことを知り、そのカタチに合点がいった。
しかし残念ながら、茶室は公開されておらず、中に立ち入ることはできなかった。
その代わり、別棟にある展示室にはあらゆる茶道具、古い書物、が展示されていた。
「建築物も色々すごかったんですけど、三橋家が収集した茶道具の展示会がおもしろかったです。
小堀遠州って人が使ってた螺鈿の施された棗が特に美しくて、茶碗も、平茶碗、井戸茶碗、樂焼に、黒唐津…めちゃくちゃいろんな展示がしてあって…。 その前に立っていると、ひとつひとつの道具が何度も人の手のなかを通ってきたんだとか、物思いに耽っちゃったり」
「あ、それと 片桐石州って茶人の茶杓があったんですけど、なんだかそれが異様にかっこよくて…気がついたら一時間ずっとその前で立ってましたよ」
「俺、そう言えば茶道のこと、ちゃんと勉強してねぇなって反省しました。
今言った二人は、武家茶道の流派だってことも初めて知りました。
細川忠興は戦国大名の名前で知ってたんですけど、茶人って知らなくて。しかも利休七哲?
茶ってめっちゃ貴族の文化かと思ったら武人のもあるんだって」
「まだ、茶も茶人も一部分しか知らないんですが、俺は特に片桐石州の考え方が好きでした。
血縁での家元継承を守る流派とは違って、広く門を開放して、質素な侘びの境地と武の精神を再提唱して、『心を楽しむ数寄者こそ誠の数寄者』だって言葉、あまりにかっこいいんで…あ…」
碧は自身の記憶にある言葉が止め処無く出てくるのに気づいて、はたと口を噤んだ。
全員がじっと碧の表情を見ていた。
その中に、気のせいかもしれないが、敵意のような目線があったような気がした。
(俺、また変なこと言ったかな…)
「お前すげぇな!それ全部、一回で覚えたんか? 一個一個、名前とかまで」
銀次郎が口を開いた。その場の空気を取り繕うような声色だった。
「え、あぁ、覚えたというか、なんというか、見たまんまの映像が頭の中にあるっつーか…」
「あおっちは歴史とか得意やから、きっと覚えがいいんやな〜!うらやましい〜!」
茉莉は勉強が苦手らしい。そういえば、もうすぐ中間テストだと嘆いていた。
茉莉のいつものテンションで空気がやっとゆるんだ気がした。
「つうかぁ先生!それええ宿題やわぁ〜うちも行きたかったぁ〜…なんで教えてくれへんの〜!」
雪乃が口をとがらせて透を責めた目で言った。
「ごめんねごめんね。まだしばらく開いてるから、時間見つけて行っておいで」
透が両手をひらりと挙げて笑ってかわした。
「で、碧、課題図書はちゃんと読んだ?」
「あ、はい」
「えーなんの本?」
雪乃も混ぜて欲しかったと言わんばかりにジトっと透を見ながら質問した。
「岡倉天心の『The Book of Tea』」
「あ、『茶の本』!!まさか英文の原書読んだん?」
雪乃が力を込めて反応した。
「あ、いや、日本語訳のを読みました」
「あ〜びっくりした。あれ全部読めんねやったら、まじでビビるわ!
うちの実家にも何冊もあるんよ。英語の原書も! お父ちゃん新しく入る弟子全員によう薦めはるんやけど、うち実はちょっとしか読んだことあらへんくて…読まなぁ〜」
雪乃はこういう時は大体ぺろっと舌を出す。
「読んで、どう感じた?」
透が心の奥を見透かすような目で碧を見た。
「展示会で見た小堀遠州とか、いろんな茶人の名前出て来て、なんだか点と線がちょっとだけ繋がった気がしました。
第五章の芸術鑑賞はスッと入ってきやすかったです。
でもまぁ、正直結構難しい箇所がいくつもあったんですけど…」
次に出す言葉に対して、一呼吸おきたい気分になった。
深く息を吸った。
「『茶は不完全なものを崇める試み』っていう最初のほうの一節が、なんでか、すごい印象に残りました。
茶摘みの時に言われた、いろんな言葉と重なって…。
『茶の本』すげぇ面白かったです。
俺もお茶でこういう思想や感覚を、体現できるのかなって思いました」
本心から出た言葉だった。自分でも少し驚いた。
「それはよかった」
透は満足そうな顔をしていたような気がした。
「そういえば、流派っていえば…」
碧が気になっていたことを聞き出そうとしたとき、ぱんっと手のひらを打ち付ける音にかき消された。
「さ、ちょっとおしゃべりが過ぎたわ。そろそろお稽古始めよか」
「月の初めやさかい、入室のところから通しでやろ」
「銀、悪いけど一年の三人について、最初から一通り教えてもろてええ?
雪が亭主でうちが半東やるさかい。お道具運びして待ってるわ」
千歳はそう言って、さっさと準備をはじめた。
透は、いつの間に淹れたのだろうか、湯呑みに注いだ煎茶を持って、呑気に縁側で啜っていた。
* * *
あとがき
お読みいただきありがとうございます!
本作は、茶事や工芸に関する事柄や知識をある程度事実に基づいて表現しておりますが、名前やニュアンスを変えて表記している箇所もあります。流派や解釈による違いなどもございます。この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。歴史上の人物を絡めたくだりでも、あくまでもフィクションとしてお楽しみください。m(_ _)m




