第三十三服 春の茶道部対抗戦 (イメージ挿絵あり)
「五月二日!十時にうちの茶園をご案内することになりましたー! 宇治駅からは歩いて十分ちょいなんで、皆さん九時すぎに京都駅集合で良いですか??」
旧校舎を出て正門に向かう途中、父親と五月二日の件のやりとりを終えた茉莉が、ざっくりとした予定を伝えてきた。
「そういえば、連休中は茶道部の部活動は特にないんですか?」
碧は思い出したように聞いた。
「そやねぇ、毎年特に連休の予定組んでへんなぁ…うちは家の手伝いあるしな。あ、そや。みんなに、春戦の話、チラッとしとかな…」
千歳がこう言うと雪乃と銀次郎がさっと姿勢を正した。
「五月の終わりに、関西地区の高校茶道部の対抗試合の、春予選があんねん」
千歳の声に力が入った。
「そこで、確実にライバル校になる高校があるんや。」
「 洛西学院高校…あそこにはな、橘筋の御曹司がおる。うちらは去年、そいつに惜敗した...!今年こそ勝つ!」
千歳の目に刃物のような別の色が差した。
「おい、ちー…いきなり熱出さんといて。一年、引いとるやん」
銀次郎が苦笑しながら横から肘で千歳をつつく。
「ご…ごめんなさい」
千歳の頬がほんのりと赤くなった。
「ま、要するにな」
銀次郎がぐっと声をひそめて茶化すように続けた。
「うちの部長は去年の冬戦の決勝で相手の主将にこてんぱんに負けてな。年末からずーっとその悔しさを温めてはるんや。怨念やでこれ怨念」
「銀、よけいなこと言わへんでええ」
千歳の声がぴしゃりと飛ぶ。
「俺ら新入りも出るんですかその試合」
光瑠が聞いた。
「そこやねん!!」
銀次郎の目にも熱が伴った。
「高校の茶道部対抗戦は、五人で出場するチーム戦や!そやから、みんなにも参戦もらう!」
「えー!うちら、全然何やるかわからないんですけど!!」
茉莉がびっくりした猫のように、ピンクの髪の毛を逆立てるようにして固まった。
「だいじょうぶや!」
ニカっと銀次郎が八重歯を出して笑う。
「春戦は、闘茶や! 茉莉、きっと大活躍できんで!」
「あ、闘茶!それなら、うちもちょっとは役に立てるかも!」
茉莉はびっくり猫から一転して、美味しそうなご飯を目の前にした猫のように目を真ん丸くさせた。
「と、闘茶ってなんすか?」
光瑠と碧が揃って質問した。
まだ基本の”き”を習ったばかりのふたりは、早速一ヶ月後の大会に出場すると聞いて焦ったのだ。
「闘茶はな、別名、茶香服っていうて茶葉の産地と銘柄を、味と香りで当てるお茶の利き分けやねん」
銀次郎がそう言うと、千歳が続けた。
「鎌倉時代の終わりから室町にかけて武家とか公家のあいだで流行した、雅な世界の遊びや。 娯楽の少ない時代によう流行って賭けごとにまでなってしもうて、いっぺん禁止令まで出たくらいのものやったんよ」
「当時の茶は、お公家さんや武家にとって飲むだけじゃない、自分の教養やステータスを示す大切な要素の一つやったんや」
「へえ、賭けまで…」
「でも、産地とか、銘柄なんて、全然わからないし…!一ヶ月で覚えられる気がしないっす…!」
光瑠が珍しく焦って恐縮している様子を見て、碧自身もまったくその通りだと思う他はなかった。
「光留くん! 安心しい! 春戦は新人戦いうこともあってな、『試み茶』ちゅうて出題される茶を最初に試飲させてもらえるんよ。 その中から、当てはまるものをえらべばええっちゅうわけ。前回、うちは半分勘やった!」
二人の緊張をやわらげるようとしたのか、雪乃は悪びれもせず、舌をぺろっと出してこう言った。
(負けたのって、雪乃先輩が勘で答えたからじゃ…)
碧は密かにそう思ったが、気を遣ってくれた雪乃に悪いと思いツッコめなかった。
「そいや、主将と戦うってことは、千歳先輩は去年も部長だったんですか?」
茉莉の鋭い疑問は、確かにその通りだった。
「そやねん、去年は三年生一人しかおらんくて、そいつがヘッポコでな…」
「ちー…地が出てんぞ」
銀次郎のつっこみにハッと千歳が恥ずかしそうにした。
(千歳先輩って、めちゃくちゃ上品な人かと思っていたら、意外と気が強い姉御肌な感じなんだな)
今日一日で千歳の印象がすっかり変わった碧は、兄貴分の銀次郎と共にその姿が目の前にあることになんだか嬉しかったが、ここで碧にも一つの疑問が浮かんだ。
「あれ、でも、三年生が一人しかいなかったら合計四人ですよね? 大会は五人じゃないと出られないって」
「あ、せや。うちの代、ほんまはもうひとりおってん!」
雪乃がふと思い出したように切り出す。
(え…まだ隠れキャラいたのか!)
「桐生 武尊くんいうてな。今パリに留学中やねん。あいつが帰ってきたらまたにぎやかになるで〜」
「おパリ!?かっこいいっすね! 会ってみて〜な〜!ぼんじゅ〜る!じゅてぇ〜む!」
光瑠は好奇心たっぷりにパリに留学中の先輩の姿を妄想しているようだった。
その姿をみて、茉莉も一緒になって妄想に入り込んで楽しんでいた。
「うん、なんや海外で修業しとるんやって。まぁまぁ変わっとるから覚悟しといてな〜」
そう言った雪乃に、千歳も銀次郎もうんうん頷いていた。
(このキャラの濃い先輩方に変わっていると言わしめる、桐生 武尊先輩。いったいどんな人なんだろ…。 俺もこいつらみたいに鈍感力磨きてぇ…)
あまり深く考えない性分だと思っていたが、最近は妙に、新しいことや未知のことに気構えてしまう自分の性格を自覚して、若干うんざりの気分だった。
「それじゃ、五月二日!楽しみにしてまーす」
茉莉の一言で、各々の帰路へと解散した。
最終下校のチャイムが響いた。
見上げるとすでに星がポツポツと浮かんでいた。




